18 すっかり餌付けされてしまったみたいだよ

 その日の僕は、妖精庭園フェアリーガーデンでピピと一緒にのんびりしていた。


 今日のピピは可愛らしいエプロン姿をしている。というのも、ついに納得できるレベルの美味しいお米を育てられたというので、僕のために塩おにぎりを作ってくれたんだよね。

 前世で一人暮らしをしている時には、僕はとにかくお米だけは切らさないように気を付けていた。バイト代が入ったらとにかくお米。それさえあれば、あとは適当でもお腹が膨れるわけだから……なんというか、僕にとっては色々な思い出の詰まった味なんだよ。


「はい、クロウさん。あーん」

「あー……ん。めちゃくちゃ美味しい」

「様々な品種のお米を集めてきて、クロウさんの話していた前世の味になるべく近くなるよう掛け合わせました。色々と手間取りましたが、なかなか味の良いものができたので、ぜひ召し上がっていただきたいと思い、本日はご足労いただいたのですが……大成功。やったー!」

「ありがとね、ピピ。最高」

「にゅふふふふ……こほん。私だってクロウさんのお嫁さんですからね。皆さんに負けないよう、まずは胃袋をガッチリ掴むことにしたんでしゅ……ふふふ」


 うんうん。ピピの身体のサイズでおにぎりを作るのは大変そうだけど、魔手スキルまで覚えて頑張ってニギニギしてくれたからね。その気持ちがすごく嬉しい。もちろん味はめちゃくちゃ美味しい。それに、一口サイズだからいくらでも食べられてしまうよ。

 まいったねぇ、僕はすっかり餌付けされてしまったみたいだ。やるなぁ。


「ピピにはいつも世話になってるから、何か労いでもと思って来たんだけど……結局また今日も世話になっちゃってるね」

「いいんですよ。私にとって、こうやってクロウさんの世話を焼かせてもらえるのは最高の時間なんです。無限にあーんしていたいので、気にしないでくださいね。もし何かしていただけると言うのなら……その、頭でも撫でていただけれたら嬉しいです」

「うん……いつもありがとう。ピピ」

「ふぁぁぁ、至福ぅ……しゅきぃ……」


 そうして、しばらくピピと戯れながらおにぎりあーんを繰り返している時だった。


『クロウ、聞こえる? ごめんね、ちょっと急いで伝えなきゃいけないことがあって』

「ミミ? 何かあった?」

『若頭からの伝言で、急いで本部まで来てほしいんだってさ。なんか、他のヤクザ組織と抗争が始まるかもしれないとかで……シナモン伯爵領、帝国南部との領境がなんか危ないらしいんだよ』

「分かった。すぐに行くよ」


 そうして、僕はソファから立ち上がる。


「ごめんね、ピピ。緊急みたいなんだ」

「はい。気にしないでください。今度は塩以外のおにぎりも色々と研究しておくので、楽しみにしててくださいね。どうかお気を付けて」

「うん、ありがとう」


 そうして妖精庭園の事務所を出ると、そこでは先日保護した少数民族の十人の実験被害者たちが、少しずつ身体を動かしているところだった。うんうん、だいぶ回復してきたみたいだね。

 それと遠くの方には、オーキッド率いる魔物使役師の集団が、魔物の訓練のようなことを行っているのも見える。みんな楽しそうにしてて良かったな。


 そんな光景に背を向け、妖精庭園の出口へと向かっていると。


「あ、クロウ。どうしたの、そんな慌てて」


 声をかけてきたのは一人の少年だった。

 ルーカス・クレオーメ。元若頭候補の一人で、敵対してしまったヴェントスの実弟……そう、初対面ですやすやと思いっきり寝ていた、十五歳の男の子である。


「なんか本部から緊急で呼び出されたんだよ。抗争が始まりそうなんだって……ルーカスの方は、体調はどう?」

「うん。すごいね、あの耐えようのなかった眠気が嘘みたいに晴れてるよ……君の錬金薬と、小人ホムンクルスたちのおかげだ。感謝してる」


 やはり僕の思っていた通り、ルーカスが眠りこけていたのは、別に彼が怠惰な性格だからではなかった。魔力の流れを見ていると、どうも魔臓の働きが悪いようだったから、体質の問題かなと思って。

 ルーカスは今、錬金薬で魔臓の働きを手助けしながら、魔臓強化スキルを鍛えている。それと、小人たちは妖精魔法を使って彼の意識に干渉できるようだったので、眠りに落ちても無理なく短時間で目覚めさせることが可能になっていた。


 ルーカスの肩の上には、小人のシュシュという子が座ってのんびりしている。ずいぶん仲良くなったみたいだね。


「ルーカスはまだゆっくりしててね。僕は急ぎで行ってくるからさ」

「ふぁーい……僕の方は、シュシュともう少し昼寝を楽しむとするよ。ヤギ牧場あたりの風通しが気持ちいいんだよね」

「……本当に治ってるんだよね?」


 まぁ、急な眠気に襲われる頻度が減ったとはいえ、ルーカスが昼寝好きなのはそれはそれとして別の事実らしい。とりあえず、しばらくのんびり過ごすのがいいと思うよ。いいなぁ、僕よりスローライフっぽいじゃん。


 さて、そんな風にして妖精庭園を出た僕がやってきたのは、マグ川に突き出ている桟橋である。


「てってれー、操水式ボート」


 これはトレンの操水魔法を込めた魔宝珠を使い、川の流れに関係なく自由に進めるように作った魔道具の川舟である。これは試作三号機だ。必要となる魔力量が多くて、僕やレシーナくらいしか使用できない舟なんだけど……逆流を進む時にも水棲魔物による牽引を必要としないから、すごく便利なんだよね。


 妖精庭園とフルーメン市の行き来は、なんだかんだ川を使うのが最短ルートである。

 無造作に川舟を浮かべた僕は、それに飛び乗って、魔力を込めてフルーメン市まで進んでいった。


  ◆   ◆   ◆


 サイネリア組本部へ到着すると、僕はすぐさま若頭の待つ会議室に通される。そこには何人かの幹部が渋い顔をして話し込んでいるようだった。


「若頭。連絡をもらって来たけど、どうしたの?」

「あぁ……とりあえず、こっちに来てくれ。クロウ」


 僕は招かれるがまま若頭の横に行って、テーブルに置かれた地図を覗き込む。

 セントポーリア侯爵領の東側にある貴族領。帝国西部と他の地域の境目に、縦に長い領地を持っているのがシナモン伯爵領であり、そこには南北に三つの防衛都市が並んでいる。そして今回、抗争が起きかけているのが最も南側……帝国南部と接しているトライデント市だ。


 若頭は小さくため息をついて説明する。


「帝国南部の情勢はかなり混沌としていてな。近頃は貴族家の間での小競り合いも頻繁に発生している。裏社会を取りまとめていたリアトリス組も、いくつもの派閥に分裂して抗争に明け暮れていた。そんな状況だったから……サイネリア組の方にまで本格的に手を伸ばしてくる余裕はないと踏んでいたのだが」

「何か状況が変わったの?」

「あぁ……これはクロウも関係していることだ」


 僕に関係すること? そう言われても、僕は帝国南部に影響を及ぼすような活動は、特に何もしていないと思うんだけど。


「メープルシロップ、メープルシュガー、最近はメープルバターやメープル飴も売り出しているそうだな。アマリリス商会が扱う商品の中で、それらのメープル製品についてだけは数量制限をせず、比較的安価に放出していると聞くが」

「うん。食品関係の大きな商会がいくつか、ぜひ取り扱いたいと言ってきたからね。メープル製品は在庫が特に山積みだったから、定期販売契約を結んで売り飛ばしてるけど」

「その結果、拮抗していた南部のヤクザ組織の力関係に歪みが生じたのさ。なにせ力を失った“甘党連合”の主な収入源は――サトウキビ栽培と砂糖製品の製造、および流通だったからね」


 なんでも、僕がメープル製品を比較的安価に放出したのと時を同じくして、彼らはサトウキビ製品の値段を釣り上げて内部抗争のための資金を調達しようとしていたらしいのだ。

 その結果、帝国西部を中心に「味は変わるけど、馬鹿みたいに高いサトウキビよりメープルシュガーの方がいいや」と市場が大きく置き換わり、帝国の他の地域にもメープル製品が浸透していって、サトウキビ関連の売上がガクンと減る結果になってしまったのだという。なんというか……めちゃくちゃタイミングが悪かったんだなぁ、としか言いようがないけど。


 あとどうでもいいけど、その「甘党連合」っていうのは正式名称なのかなぁ。


「“甘連”の奴らは事業に失敗した」

「そう略すんだ……」

「どうやら貴族からも税収が減ったことを責められたらしいな。だから、サイネリア組に恨みを……というより、クロウ個人に恨みを持って、帝国西部の縄張りを切り取り、派閥の力を取り戻そうとしているわけだ」


 なるほどなぁ、僕にそんなことを言われても困るんだけど。


「……逆恨みじゃないかなぁ」

「そうだな。厄介ではあるが、読みやすくもある。奴らの狙いはクロウだ。クロウが現地で対処にあたって奴らの目を引ければ、あちらの攻撃目標は分かりやすく絞られるだろうからな」


 うんうん。つまり僕はリアトリス組を引き付ける囮ってわけだね。まぁ、その役割をするのは別に構わないけど、そう上手くいくかな。


「周辺地域の守りは若頭に任せても?」

「もちろんだ。これを好機と見て、帝国北部や中央が動き出す可能性もあるからな。シナモン伯爵領のフランベルジュ市、ハルバード市には私の手勢を追加で送る」


 なるほど。それなら、僕が気にすることも比較的シンプルに絞れるかもしれないね。


「私からクロウへ命令は一つだけ――トライデント市にてリアトリス組を完膚なきまでに叩きのめせ。帝国南部の連中に、サイネリア組に不用意に手を伸ばせばどうなるかよく理解させてやれ。以上だ」

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