20 討ち入りだぞぉ、討ち入り

 僕は魔手を伸ばして、事務所の塀に並べられている生首や、縄張りを主張するように立てられた旗なんかを回収していく。

 まったく、なんでこうヤクザの世界ってのはいちいち殺伐としてんのかなぁ。


「キコは影魔法で被害者の救出を頼むよ。ペンネちゃんはキコと一緒に行ってもらって、事務所内の道案内や睡眠魔法でのサポートをお願いしたい。僕は真正面からひと当てして、奴らを引き付けておくからさ」


 この事務所はペンネちゃんにとっては古巣だし、内部にも詳しいだろうからね。


 僕から分離したキコの影が、目立たないように塀に沿って移動していくのを確認しながら、体内でほどほどに練り上げた魔力を放出する。あ、拡声魔道具を出した方がいいかな。


「えー、僕はサイネリア組次期若頭、並びにダンデライオン辺境伯家名誉騎士、およびアマリリス商会の代表……クロウ・ダンデル・アマリリス・ポステ・サイネリアだ。討ち入りだぞぉ、討ち入り」


 他にも色々と肩書きがあるから、今度名刺でも作っておこうかな。コットン一家の特別顧問とか、黒蝶館と舞葉館と歴史資料館のオーナーとか、なんか色々あるらしいんだよね。

 なぜか僕の知らない肩書きもあって、その全容はレシーナしか把握してない。どうしてなんだろう。それはともかくとして。


 僕の名乗りを受け、事務所からは大勢のヤクザ者が武器を持ってぞろぞろと現れた。うんうん、けっこういるなぁ。みんな顔がいかついんだよね。

 この場に出てきた者だけで二百人くらい。建物の中にいるのも合わせると、五百人くらいはいるか……もっとも全員が敵かどうかは分からないし、作戦もあるから皆殺しってわけにはいかないけどね。


 さてと。とにかく今の僕の仕事は、キコたちの救出作戦を成功させるため、こいつらの気を引き続けることだ。


「――魔弾チャカ魔弾チャカ魔弾チャカ


 指揮官らしき者を狙い、三人ほど撃ち殺す。賢く統制を取られるのはちょっと厄介だ。


 奴らの魔術師が慌てたように魔障壁を張り、その内側で皆が一斉に魔法や魔術の準備を始める。奴らのうち数名が慌てた様子で事務所に入っていくが――うん。増援を連れてきてくれるなら、こちらとしても願ったり叶ったりな状況だ。僕が注意を引いた分だけ、キコとペンネちゃんが動きやすくなる。


「障壁解除ぉ! 撃てぇ!」

「――魔残影デコイ


 残影魔術を使って、纏っていた魔力を切り離し、気配だけをその場に残す。そしてそのまま、僕は体勢を低くして真っ直ぐに駆けだした。

 まぁ、この魔術は体外に出している魔力を全て切り離して無駄にしてしまうから、少し運用の難しい魔術ではあるんだけど……今はそこまで魔力を放出してないし、ちょうど使い所だろう。


 一対多の戦いの基本は、集団の中に飛び込むような馬鹿な真似はせず、なるべく敵戦力を分断して局所的な一対一を作るのが良しとされている。

 だから一見すると、奴らの中に飛び込んだ僕の行動は完全に間違っているというか、悪い例そのものでしかないんだけどね。まぁ、今回は勝つことよりも引き付けることが目的だし、この感じだと問題はないだろう。


「撃てぇ! 撃ち殺せぇ!」

「ゴフッ」

「撃つなぁ! 同士討ちになるぞぉ!」

「撃てぇ!」


 今回の僕の戦い方はめちゃくちゃシンプルだ。


 リアトリス組にとって一番の手柄首である僕が、無謀にも単身で乗り込んでくる。それは、奴らの目には非常に美味しい状況に映るだろう。実際、少しでも隙を見せれば、すぐさま魔法や魔術が容赦なく飛んでくるからね。

 だから僕は、魔手で捕まえた者を「盾」としながらそれらを避ける。もちろん、盾役が死なない程度に加減をしながらだけど。そして、ほどほどのダメージを負った盾は、戦場の隅にポンポンと積み上げておく。死にはしないけど、これでしばらくは動けないだろう。


「いったん引けぇ! 同士討ち狙いだぁ!」

「――魔弾チャカ

「アガッ」


 あんまり賢いと長生きできないよ?


 敵が使ってくる魔術は魔弾チャカ魔矢ボルト魔刃ジンなんかが多いだろうか。それに魔法なんかを組み合わせると、本当に多種多様で面白い。

 ジュディスのように遠距離魔術と組み合わせて高い効果を発揮するもの、身体の形状や材質を変化させるもの、一時的に姿を消したり地面に潜るもの、植物や土石を操作するもの……初めて見るものもけっこうあったから、なかなか興味深いよね。


「捕まえた! 撃てぇ!」

「残念、同士討ちだよ」

「ゥアバッ」


 事務所からは次から次へと強面集団が現れるので、奴らが懐に隠し持っている錬金水薬ポーションだけこっそり収納しながら、劣勢を装って攻撃を誘う。


――うーん、この状況になっても、木端のような敵しか現れないということは。


「(ミミ。レシーナに連絡してくれるかな。トライデント支部を壊滅させた敵の主力は、既にこの場にいない。フルーメン市を狙って既にここを発っている可能性がある。奴らの移動速度は分からないけど、襲撃に備えてほしい)」

『はーい、伝えておくね……うん、レシーナちゃんが了解だって。こっちの心配はいいから、クロウは目の前のことに集中して、だってさ』


 うんうん、レシーナは頼もしいなぁ。


「あー、こんないっぱいの敵、負けそうだなー。そろそろキツくなってきたなー」

「クソ、舐めやがって。斬り殺せぇ!」

「――魔弾チャカ


 敵集団のうち頭を使うのが得意そうな人間を優先的に撃ち殺していくと、程なくして奴らの攻勢は単調なものになっていき、僕はすっかり怪我人の量産体制を確立してしまった。

 なんというか、生かさず殺さずの絶妙な状態を作り出す職人仕事みたいな感じだよね。致命傷を避けつつギリギリを攻めるのが重要なポイントだ。いいんだよ、親方と呼んでくれても。


 そうして駆け回りながら、三百人ほどの戦闘員のうち過半数を怪我人に変えた頃だった。


 事務所の中から現れる強い気配。なるほど、おそらくはここの管理を任された人材ってところだろうか。魔力等級は特級。


「てめえ。よくも俺の子分どもを可愛がって」

「――魔弾チャカ

「チッ。ちったあ話を聞きやがれえ!」


 年齢的には三十代ってところか。

 難なく魔弾を避ける動作から、戦闘職としてはなかなか優秀なんだろうと推測できる。多くの修羅場をくぐり抜け、経験も実績もたくさん積んできた……そんな雰囲気だ。帝国南部の情勢はだいぶ物騒だと聞くから、戦場には困らなかっただろうしね。


「クソ、見た目通りの魔力じゃねえな……お前ら、いったん攻撃をやめろ。こいつは俺と同等、いや、それ以上の実力者だと思え。不用意に攻めれば、絡め取られて怪我人が増えるだけだ」


 彼の言葉に、魔法や魔術がピタリと止む。

 あーあ、せっかく怪我人作りの名人になれるところだったのになぁ。まぁ、これだけやれれば今は十分だと思っておこうか。


『――クロウに連絡。キコちゃんの影魔法に、捕らわれてた女の子たちをみんな収容したよ。あとペンネちゃんの案内で、錬金薬の保管庫に侵入して中身をぜんぶ回収してきたってさ。これで怪我人の治療はできないね』

「(さすがペンネちゃん。気が利くなぁ)」


 よしよし。一番の目的を果たせたなら長居は無用だけど、目の前の彼は、あまり僕を逃がしてくれそうにはないね。ちょうど良い。もう一つ仕事をしておこうか。


「はじめまして、僕はクロウ・ポステ・サイネリア。何やら君たちは僕の命を狙っていると聞いたんだけど、一体どうしてなのかな?」

「白々しい。古来から続いてきた俺たちの砂糖商売にケチつけておいて、ただで済むと思うなよ」

「あ、本当にそれが理由だったんだ……うわぁ、くだらなすぎて、逆に笑えてくるよ。あっはっは。え、これだけ敵味方の血を流して大騒ぎしておいて……その理由が砂糖? 君らが命をかける理由は、砂糖で本当にいいの?」


 と、思いっきり煽ってみる。

 すると途端に、彼ら全体から怒気が放たれて、戦場は再び荒々しい魔力に包まれた。


 いや、僕も分かってるよ。サトウキビの栽培から砂糖製品の生産、そしてその流通にはたくさんの人の生活がかかっているから、くだらないことなんて何もない。大勢が食い詰めてしまうのを阻止するためには、時には武力でもって利権を守る必要がある。

 こちらからすれば侵攻してくる悪だけれど、帝国南部で砂糖産業に関わる人達にとってみたら彼らは英雄なわけだ。善悪なんて、立場が違えば真逆になるもんだからね。


「あ、そうか。君たちは甘党連合だもんね。そんなに砂糖が大好きなのかぁ。きっとリアトリス組では、盃を交わす代わりにケーキの食べさせあいでもしてるんだろうね。強面同士で、あーんってやってさぁ」


 分かった上で、煽る。

 なにせここで煽れるだけ煽るのが、この後の作戦において重要な要素なのだ。彼らが逆上して冷静さを失うだけ、こちらが有利になる。


「いやぁ……本当に、くだらないな」


 そうして、僕はこれまで抑えていた魔力を一気に放出した。特級魔力を持つ彼を、少しだけ上回る規模でね。


「そういえば、君の名乗りを聞いてなかったね」

「くっ……リアトリス組幹部、砂糖頭のスウィーティ・シュガーケインだ。この野郎……魔力量だけで、戦闘の全てが決まると思うな」

「それは僕も同意見だけどね。スウィーティか……君の名前は覚えておくよ」


 というか、忘れられないよね。

 スウィーティ・シュガーケイン。この世界で出会った人々の中でも、声に出して呼びたい名前ナンバーワンだよ。すごいゴツい顔してんのに、なんて可愛らしい名前してるんだろう。スウィーティかぁ。


「さて、今日のところは様子見だからね。君との勝負はまた今度ということにしよう、スウィーティ」

「……逃げるのか?」

「無駄な犠牲を出すのは僕も不本意だからさ。そこに転がってる怪我人の大半はまだ生きているよ。ちゃんと治療をしてあげるといい」


 そうして、僕は踵を返す。治療できるといいけどね……錬金薬の在庫は全てなくなっていると思うから、治癒魔法使いや錬金術師を総動員して頑張ることになると思うけど。死にはしないと思うから、頑張ってね。

 もちろん、生かさず殺さずに加減したのは意図的なものだ。慈悲と呼ぶには少々悪辣な作戦だけど。


 慌ただしい様子の事務所を去ると、僕の影からキコがニュッと顔を出すので、反射的に飴をあげる。ありがとね。キコの魔法にはいつも助けられてるよ。


 彼女の背後には……え、ナタリア? ついて来ちゃったんだ。あ、僕が戦ってる様子を絵に描いてくれたのか……え、レシーナからお小遣いを貰って描いてるの? 他のみんなからも? そうかぁ。

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