21 なんでニヤニヤしてんの

 ダルマーたちが拠点にしているのは、革製品を作っている工場だった。


 広い敷地には疲れ切った様子の組員たちがあちこちで座り込んでいる。怪我人もちらほらいて、中には苦しそうに呻いてその場から動けない者もいるようだ。

 早く治療してあげたいところだけど、もうちょっと待っててね。先にやることを済ませないと。


「兄貴! よくぞ、ご無事で……」

「ただいま、ダルマー。ミミから連絡がいってると思うけど、閉じ込められていた女性たちは無事に保護してきたよ。幸運なことに、奴らから暴力を振るわれる前に助け出すことができたらしい――キコ。みんなを出してくれ」

「ん。分かった」


 キコが影の中から被害者たちを取り出す。

 話によるとけっこう危ういところだったみたいだけど、捕らえられたのが昼間で、助け出したのが夕方だったから、比較的短時間の拘束だったのが幸いした。受けた被害といえば、少々尻を撫でられたくらいだそうだ。


 女性たちは呆然とした様子で地面に座り込んでいるけれど、ショックも大きいんだろう。ついさっきまで、閉じ込められて貞操の危機に晒されていたんだ。無理もない。


「さて。慌ただしいけれど、ここからは時間との勝負だ。この場の仕切りは僕に任せてもらうよ」

「へい。もちろんでさ」

「ダルマーの配下と、トライデント支部の生き残りで、戦闘を生業にしている者は何人くらいいる?」

「三百程度でしょうか」

「怪我人を除くと?」

「へい……二百と五十程度になりやす」


 うん、まぁ十分かな。

 僕は亜空間の中から、金貨をごっそりと取り出して、その場に山のように積む。よしよし、けっこう稼いでるけど使い道がなかったから、ちょうど良かったよ。金は天下の回りモノって言うし、こういう時にこそ遠慮なく大放出しないとね。


 ぽかーんと口を開けているダルマーの顔は面白いけど、これからキリキリ働いてもらうんだから、あんまり呆けられても困るよ。


「ダルマーたちには手分けして、このトライデント市全域に散ってもらうよ。まず何より最優先なのは、保護した女性のうち一般家庭から攫われた者を無事に家にお返しすること。そして、各家に見舞金として金貨を一枚ずつお渡した上で、彼女たちが再度攫われることがないよう警備にあたってほしいんだ」

「へ、へい」

「その他にも、これからリアトリス組が現れるだろう場所に先回りしてくれ。奴らの先手を取りたいからね。この金貨は、そのために使用してもらうものだ」


 僕が敵の命を極力奪わず、怪我人を量産するに留めたのはこのためだからね。この作戦が上手くハマれば、奴らに大打撃を与えることができるだろう。他にも色々な効果を期待できるし。


「僕はつい先ほど、リアトリス組の戦闘員のうち約半数を怪我人に仕立て上げてきた。そしてペンネの働きにより、あの拠点にあった治療薬は全て回収してきた。ダルマー、奴らはどう動くと思う?」

「へい……奴らは街で、錬金薬を買い集めるかと」

「その通りだ。錬金術師の工房や薬屋。あとは清潔な布なんかも必要になるから、衣料品店にも奴らは訪れるだろうね。食料品店や雑貨屋なんかにも生活必需品を求めてやってくるはずだ。あと、僕がさんざん煽り散らかしたから、奴らはかなり気が立ってると思う」


 相手の動きを読めるのなら、対処するのも比較的容易だろう。それに、ダルマーたちが理性的に行動すればするほど、怒り狂っているリアトリス組との対比が明確になると思うんだよね。


「ダルマー。君たちベラドンナ家は、この都市で自警団として活動し、有事に備えて民衆から金を貰って飯を食ってきた。だから今こそ、その恩をしっかり返さないと仁義が通らない。そうだろう」

「……へい。その通りで」

「君たちは店に先回りし、リアトリス組の奴らに物を売らせないよう店の人と交渉してくれ。そのために必要な金貨は、ここからいくらでも持っていっていい。補償金はどんぶり勘定でいい。それと同時に、街の警備の任についてもらう」

「分かりやした」

「あぁ、そうだ。ツケや借金のある奴は、この機会にまとめて返して来なよ。銀貨なんて細かいことは言わず、端数分は上乗せして全額金貨で払ってくるといい。胸を張って堂々とね」


 僕がそう言うと、ダルマーたちは戸惑ったように互いの顔を見合わせながら、ぞろぞろと金貨の山に集まってきた。うん、ここは金貨を多めに積んででも、リアトリス組を追い込むべき場面だ。


「そもそもヤクザの揉め事に、カタギの皆さんを巻き込んでしまっていること自体が今回の大きな反省点なんだ。そこのところは街の衆にきっちり謝罪して、丁寧な態度で警備にあたってくれ」

「へい。分かりやした」

「細かい人員配置はダルマーに一任する。知恵を出し合って、みんなでこの事態を乗り切ってくれ。全てが終わったら、みんなで美味いものでも食べよう。だが今は時間がないからね。さっそく動いてほしい」


 僕がパンパンと手を叩くと、ダルマーはキリッとした顔になって動き始める。まずは女性たちの帰宅支援と、錬金術師の店との交渉から始めるようだ。うん、ダルマーは有能だなぁ。


「次にキコ。君にはこの都市の代官、ウラジーミル子爵の居城に忍び込んでほしい。かなり高い確率で彼らはリアトリス組と繋がっているはずだから、証拠を確保して。場合によっては首を刎ねてきてほしい」

「ん。任せて」

「ここは防衛都市だから、暗殺への備えはかなり固いと思う。だから決して無理はせず、自分の命を第一に考えて引き際の判断をしてほしい。どう行動するにしろ、責任は全て僕が取る」


 僕はそう告げて、キコの口に飴を放り込む。

 装備を強化して、セルゲさんから隠形の技術を学び、フルーメン市の大神殿にすら忍び込めるようになったキコなら、かなり良い働きは期待できるだろうけど……なにせ相手は貴族だ。油断できる相手ではない。


「何も成果がなくてもいい。無事に帰ってきたら、また前みたいに、キコのために僕の一日をあげるよ。だからどうか慎重にね」


 そうしてキコの滑らかな黒髪を撫でると、彼女はコクコクと頷いて影の中に潜った。

 よし、あとのことは彼女に一任しよう……あ、そういえばナタリアを影に入れっぱなしだけど、大丈夫かな。弟子とか言ってたけど、首刈りの現場に同席させるんだろうか。うーん。


「それから、ジャイロたちは配下を連れて精霊神殿に向かってくれ。もしも神殿がリアトリス組に医療神官を派遣するならば、抗争に加担したものとみなし、神官も襲撃対象とする――と圧力をかけて、神殿の前に目立つように陣取っておいてほしい」

「へい。分かりやした」

「奴らが言うことを聞かないようなら、僕の名前を使って脅しをかけてくれ。なにせジャイロは僕の舎弟頭だからね……そうだな。今後は僕の名を自由に扱う権利を、ジャイロには特別に与えるよ。状況に合わせ、君の判断で良いように使ってくれ。僕と君の仲だ、遠慮はいらない」

「へい。必ず……兄貴の信頼に応えてみせやす」


 ジャイロはずいぶん気合いの入った顔で、配下を引き連れて出発していく。

 周囲からは「あれが義賊ジャイロか」なんて言葉が聞こえてきたから、けっこう有名人になってきたらしいんだよね。うんうん、評価されて良かった。僕はどうも精霊神殿とは相性が悪いし、ここはジャイロにまるっと任せてしまおう。よろしくね。


「ペンネちゃんには、この拠点の防衛を任せたい。おそらくリアトリス組の者が様子を見に来るだろうから、見つけたら丁寧に寝かしつけてやってくれ」

「おう。あーしに任せとけ」

「僕は怪我人の治療をするから、動けるようになった者からペンネちゃんの配下として割り当てるよ。何かあったらミミを通してすぐに知らせてほしい。もちろん、自分の身の安全を第一に考えて行動してくれ」


 そうして、ペンネちゃんに干し柿をひとつ渡す。彼女は護衛頭として、レシーナと共に拠点防衛の経験を積んできたからね。睡眠魔法も優秀だし、ここは任せてしまって問題ないだろう。


 さてと、必要な仕事の割り振りは済んだから、さっそく怪我人の治療を……と思っていると、僕の前に小柄な女の子が一人現れて、地面に片膝をつく。えっと、君はたしか。


「この度は助けていただき、ありがとうございました。自分はベラドンナ家のベッキー。クロウさんがリアトリス組の奴らを一蹴する様子は、キコ姉さんの影から皆で観戦してたっす。めちゃ強じゃないっすか。正直惚れました。どうか妻の末席に加えてほしいっす。あと、自分にも何か仕事をください」


 ベッキーはそう言って、ショートカットにした栗色の髪のもみあげをイジイジと弄りながら、ほんのり頬を赤らめている。

 あー、なんというか……これまでは彼女のことを、ベラドンナ家からの政略で送り込まれてくる女の子としか思ってたんだけどさぁ。こう純情な感じで来られるとなぁ……うん、とりあえずレシーナに任せようか。今は考えてる余裕ないし。


 彼女は道着みたいな服装で、手甲とブーツで武装しているから……魔力も強いし、わりと戦える感じの子だろう。とはいえ、助け出されたばかりの彼女たちにバリバリ戦ってもらおうだなんて、僕はこれっぽっちも考えていないけどね。


「嫁がうんぬんの話は保留にしておこうか。今はまだ、色々と急なことばかりで混乱してると思うんだよ。僕もベッキーもね……そうだな。君にはとても重要な仕事をお願いするよ」

「はっ。自分は何でもやるっす」

「女衆の取りまとめをベッキーにお願いしてもいいかな。助け出されたばかりの彼女たちが、絶対に仕事をしないよう、厳重に見張っておいてほしい。これは非常に重要なことだ」


 僕の言葉に、ベッキーは固まってるけど。

 くくく、残念。今の君たちに仕事なんかさせられるわけないじゃん。大人しく休んでなよ。


「目立った被害がなかったとはいえ、彼女たちは体も心もまだ疲弊しているだろう。男が近くにいると落ち着かないかもしれない。疲れ切ってるはずなのに“自分は働ける”なんて思い込んでいる人は……今は感覚が麻痺しているだけだ。そう思わない?」

「それは……はい」

「どこか隔離された部屋を確保して、寝床を整えて、ゆっくり食事を取り、安心して眠ること。怖い思いをしたんだ、悪夢を見る子だっているだろう。緊張の糸が切れれば、疲労を自覚して体調を崩す子だって出てくる。そんな子たちを休ませる仕事が……まさか重要じゃないなんて言わないよね、ベッキー」

「は、はい……分かったっす」

「うん。それと、ゆっくり休ませる対象にはもちろん君自身も含まれているからね。しばらくは絶対に働いちゃダメだよ」


 そうしてベッキーを立ち上がらせ、その場から追い出す。できるだけゆっくり過ごしてもらわないとね。


「さてと……ミミ、ちょっといいかな」

「はーい。どうしたの?」

「彼女たちが寝入ったら、精神状態を妖精魔法で確認してあげてほしいんだ。心に傷を負ってる子がいたら、できるだけ早めにケアしたいから」


 僕がそう言うと、ミミは小首を傾げて唸る。


「うーん、大丈夫だと思うけどね。あたしはどちらかというと、クロウの嫁が何人増えるんだろうって方が気になるかな。ベッキーちゃんの他にも――」

「え、何それ。え……それ今度こそ本当にレシーナに刺される案件なんだけど。さすがに、吊り橋効果みたいな一時的なものでしょ。ねえ。なんでニヤニヤしてんの、ミミ。ねえってば」


 そんな風にして、僕はこの抗争に決着をつけるため動き始めることとなった。若頭からは「完膚なきまでに」と言われているし、ここは全力で対応することにしよう。忙しくなりそうだね。

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