あと一つ。 〜箕輪山〜

早里 懐

第1話

あと一つ。


あと一つで大きな節目をむかえることになる。





何事も継続することが重要である。

また、そのことは子供達にもよく伝えている。


その思いが通じたのか、子供たちは同じスポーツをそれぞれ長年続けている。


いや、それは私の思い上がりかもしれない。

私の言葉の影響というよりも、子供たちはそのスポーツのことがとても大好きだから続いているのだろう。


とにかく、全力で汗を流し競技に打ち込んでいるのだ。


その姿は私にとっての誇りである。




かくいう私も登山というアクティビティに対して全力で汗を流し打ち込んでいる。


登山が大好きだからだ。


まだまだ登山歴は浅いが、登山を始めてから現在に至るまで、振り返ると私の人生にとってとても濃縮された1年2ヶ月だった。


この期間内に登山に費やした時間やお金を踏まえると、今まで生きてきた中で1番の趣味に出会えたと言っても過言ではない。




さて、本日登る山は安達太良連峰で未到である箕輪山だ。


ここ最近はこちらの地域に縁があり、今年に入って安達太良連峰の登山は3回目だ。


更には、本日、箕輪山の頂上に辿り着ければ登山を始めてから登頂した山が99座になる。



人間とは不思議なもので、節目というものを大事にする。


地球規模で見ればちっぽけなことだというのは十分に承知している。


しかし、私もどうせならその節目というものを大事にしたいと思う側の人間なのだ。



節目となる次回の100座目はどこにしようか前々から考え中である。


今日、箕輪山を無事に下山できたら次が100座目の記念登山だ。


…。


…。


いけない。


節目節目とばかり考えていて私は今日の登山に集中できていないではないか。


箕輪山に対してとても失礼なことだ。


怪我をしないためにも今日の登山に集中するのだ。


ということで、本日は箕輪山に登る。

登山口は塩沢だ。


初めて歩く登山道。

ワクワクだ。




始めは塩沢スキー場の森林沿いを歩く。


しばらく進むと分岐点に辿り着く。


本日は時間が限られているため分岐を右に行く箕輪山のピストンコースを選択した。


分岐点を越えると渓谷が姿を現す。


雪解け水と先日降った雨が重なり激流を生み出していた。


心許ない丸太が3本ばかり激流の上に渡されている。


私は丸太の強度を確認しつつ恐る恐る渡った。



そこからは少しばかり急な坂を登っていく。


小雨がちらついているため周りは真っ白だ。


更に上空は灰色が自己主張している雲で覆われている。


レインウェアを着て登っているためすでに汗だくだ。


しばらく進むと先ほどの渓谷の激流に我先にと合流しようとしている沢を2ヶ所越えることになる。


2つ目の沢は木の根のトンネルをくぐって水が轟々と流れている。


とても神秘的な光景だった。


この後も急な登りがしばらく続いた。


水分を補給しながら、木々や小鳥たちが織りなす自然の音をBGMとしてゆっくり進む。


すると目の前に見晴台と書かれた看板が姿を現した。


あいにくの天気のため見晴らしは皆無であるが、ここからは緩やかな登りとなった。


更に進むと木の背丈が低くなってきた。

天気が良ければ景色が開けているであろう。


ふと空を見上げると先程まで灰色が自己主張をしていた雲とは打って変わって白味をおびてきた。


今度は白が自己主張しだしたのだ。


私にとってはとてもありがたいことだ。


更には少しばかり太陽の暖かさまで感じるようになってきた。


このまま雲を越えれば雲海を拝めるのではないかと淡い期待を持って登り続けた。




しばらくすると大きな雪渓が姿を現した。


ここで私はチェーンスパイクを置いてきたことを後悔した。


山を甘く見てはいけないのだ。

反省である。


雪渓を越えるためコースをよく観察した。


雪渓を無理に登るよりも雪渓の終点に生い茂っている熊笹沿いに進んだ方が安全であると判断した。


しかし、そこにたどり着くためには雪渓を10mほど進まなければいけない。


雪を踏み固めながら慎重に進んだ。


その後は熊笹沿いに進み、雪解け水でぬかるんだ坂を登った。


鉄山と箕輪山のコルに着いた。


箕輪山へは藪を漕いで邁進する。


この辺りは登山者が少ないのだろう。

草木が鬱蒼と生い茂っている。


藪漕ぎを終えると今度はガレ場だ。

滑らないように登る。



箕輪山の頂上は本来であれば眺望が良いはずだ。


しかし、今日は白い…。


天気予報は良かったのだが、辺り一面真っ白だ。


しょうがない。

こんな日もある。


私は山頂で軽食を済ませた。


すると先程まで白に包まれた世界であった箕輪山の山頂に光が差してきた。


更には周りの山々、眼下に広がる色とりどりの植物が少しずつ姿を現してきた。


私は祈りながら待った。

素晴らしい景色を見せてくれと。


すると願いが通じたかのように、雲海が広がった。


山の裾野に広がる雲海。


滝のように斜面を駆け降りる雲海。


とても素晴らしい景色を見せてもらえた。


99座目である箕輪山に感謝だ。


そんなことを思いながらしばらく雲海を眺めたのちに下山した。


今日の山行を振り返ると雪渓や藪漕ぎなどアドベンチャー要素の強い登山だった。

コース全体を通して、慎重にならざるを得ない場所は多々あったが、今日もとても楽しかった。


次は安達太良山から縦走で立ち寄り、更に鬼面山まで足を伸ばしたいと思った。




さて、上述した通り、次回が記念すべき百座目だ。


どこの山にしようか…。


まるで遠足を控えている小学生の気分さながら楽しみでしょうがない。

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