第10話 これからのこと



 クレイヴのもとを離れて、ソニアは思考を巡らせながら街中を歩いていた。

 取り敢えずクレイヴの容態は安定している。呪いの効果は時間が経って増していく。その為、今はまだ普通の生活ができるが、これからどうなっていくか分からない。



「うーん、どうしよう……」



 呪いを解除するには、その大本──呪いをかけた本人を倒すしか方法がない。デュランダルのように呪いそのものを無効化するのも手だが、今現在デュランダルと呪いをかけた本人がどこにいるのか不明だ。



「師匠のことは助けたいし……けど、いまはなにも分からない……」



 今はどうすることもできない。だから、今できることを精一杯するしかない。師匠が楽をできるように看病する。

 ソニアは拳を握って「よし」と呟いた。



「なにがよしなんだ?」



 背後から肩に手を置かれ、その聞き覚えのある声に振り返った。

 誰よりも一際目を引く真っ赤に燃え盛るような髪、その下にある勇猛に輝く双眸がソニアを真っ直ぐに見つめていた。



「グレアムさん」



 その名前を呼ぶと、グレアムはニッと笑う。小さい頃にセラフ王国に来てからなにかと絡んでくる幼馴染のような青年。十八歳になってからも、ソニアを見かけるとよく絡んで来ていた。

 セラフ王国の魔法学院の制服に身を包んで、グレアムは飽きれたような表情を浮かべた。



「なあ、その〝さん〟付けやめようぜ。同い年なんだしさ」



 グレアムの言葉にソニアが首を傾げる。同い年〝だから〟敬語をつけるな、という意味なのだろうがなぜ同い年だから敬語をやめる必要があるのか分からなかった。

 グレアムはソニアの様子に苦笑して「ま、いいけどよ」と軽く手を振った。



「だけど、なんで深刻な顔してたんだ? またクレイヴさんにボコボコにされたのか?」

「あ、いや。その……」



 クレイヴの呪いについて話すべきか思考を巡らせ、ソニアはグレアムの性格を思い出す。彼にならいいか、と息を吐いてクレイヴの呪いのことを神妙な面持ちで話した。

 その間、グレアムは真剣な眼差しでソニアから一切視線を逸らさずに聞いていた。



「なるほどな。あの剣鬼クレイヴが、呪いか……しかもただの呪いじゃなく、死ななきゃ解除できない呪い……」

「はい……それで、私には何ができるのかって考えていました」



 腕を組んで思考を巡らせるグレアムだったが、ふと一瞥したソニアの悲しげな表情に奪われてしまう。何年も見てきたはずの儚い顔に、グレアムは前に出てソニアを見つめた。



「なにができるのか、なにをするべきなのか、俺には分からない。だけど、俺も手伝うぜ」

「…………え?」



 グレアムの言葉にソニアがきょとんとした表情を浮かべる。そしてその紅蓮の如き瞳で真っ直ぐ見つめた。



「だ・か・ら、俺も手伝うって」

「でも、流石にそれは悪いですよ」

「良いんだよ、幼馴染みたいなもんなんだし。クレイヴさんには命も助けてもらったしな」



 グレアムは「ここで恩を売っておけばソニアと──」と訳の分からないことをソニアには聞こえない声で呟く。言葉とは裏腹に変な企みを思い浮かべていた。

 ソニアはそんなことも気が付かずに首を傾げた。



「師匠は、七年も前のことなんて覚えてないと思いますよ?」



 十一歳になった頃、二人は盗賊に誘拐されたがクレイヴに助けられた。その間、盗賊はクレイヴの慈悲無き剣戟に壊滅させられたとか、させられてないとか。



「本人が覚えてようが覚えてなかろうが、恩は返すしお礼もする。それが礼儀ってもんだぜ」

「ふふ、そうですね」



 グレアムの言葉にソニアは思わず微笑む。彼はそういう人間だったと改めて思い出した。

 彼はしっかりしている。敵であろうと認めた相手を敬い、困っている人間には誰であろうと手を貸し、恩は絶対に返す。人情に厚い素晴らしい人だ。



「クレイヴさんに恩を返そうとしてもう七年……俺の顔を見る度に嫌な顔をされて追い返されるんだ……」

「あー……」



 クレイヴがグレアムに会うたびに浮かべる表情を思い出し、ソニアは僅かに苦笑する。クレイヴはグレアムのことをなぜか心底嫌っている。その理由こそ分からないが「顔を見ると腹が立つ」と口にしていたのを聞いたことがあった。



「この前なんて修行を頼みに行ったら、剣ぶん投げられて殺されるかと思ったんだよ……」



 グレアムはそこまで言ってから何かに気が付いて、途端に顎に手を置いて呟いた。



「まさかあれが修行だったのか……?」

「そんなわけないと思いますよ」



 流石のクレイヴであってもそこまで鬼畜ではない。

 グレアム・スルトの特徴その一、ポジティブ思考。その所為もあってクレイヴがどれほど嫌って拒もうとも、グレアムには傷一つとしてつかないのだ。



「まあいいや。取り敢えず呪いだよな」



 グレアム・スルトの特徴その二、切り替えがいつも早い。

 グレアムは「そうだ」となにかを思い出したように声を漏らして、ソニアに一枚の紙を渡す。そこには学院への編入について事細かに書かれており、ソニアはそれを見下ろしてからグレアムを見つめた。



「私、学校には行きませんよ?」

「まあまあ聞いてくれよ」



 グレアムの考えを察して首を傾げるが、彼は腕を組んだ。

 もともと王国の外から来たソニアには、学院に通うほどのお金はない。スナットやクレイヴにそこまで面倒をかけるつもりもなかった。

 しかし勉強に関してはまったくしていないというわけではなく、そこはクレイヴが親身になって教えてくれている。学院でも悪い方に目立たないほどには勉強をしているつもりだった。



「もうすぐ編入試験があって、そこでいくつか模擬戦が行われるんだ」

「編入試験なのに戦わないとダメなんですか?」

「もともとはいくつかの試験をクリアしなきゃダメだったんだけど、学院に入学しようと不正をするものが絶えなかったんだ。だから自分の実力を簡単に見せることができる模擬戦になった」

「はあ……」



 紙には『試験官から課された課題をクリアした上位十名が編入試験戦へと上り、それぞれ二人で戦い、勝ち抜いた五名が編入を認められる』といったものだった。

 世界でも有数の魔法学院ゆえに、入学を希望する者は多い。だがその倍率の高さや試験の難しさから落ちる者が大半。そこで年に一度だけ行われる編入試験戦は、落ちた者にとっても絶好のチャンスなのだろう。



「でも、私にはお金がありません」

「そこは問題ない。なんとだ、聞いて驚けよ? 戦いを勝って編入が認められた五人と更には学院長に認められた者は入学金やその他もろもろが全額免除だ!!」

「全額免除!?」

「そうよ! だけどまあ何人もいる中から学院長に認められなきゃだけどな」

「ハードルが高いですね。でも、そこまで認められた人間なら学院でも生き残れるという確信からでしょうか……」



 入学すりだけでも大変な学院で、全額免除ともなれば夢がある。金銭的に厳しい家庭でも認められる可能性がある。試験を受けるだけ受けようとする人も多いだろう。だが、それと自分になんの関係があるか分からず、ソニアは「でもこれがどうしたのですか?」と首を傾げた。



「よく考えて見ろよ。学院は世界でも有数の魔法の最先端を言っている場所だ。俺も聞いただけだが、呪いを解呪する方法を研究しているとも聞く」

「えっ……?」

「編入できれば、クレイヴさんの呪いを解呪できる方法が見つかるかもしれない」



 ソニアは顎に手を置く。今現在クレイヴの呪いに関しては情報がまるでない。相手がいつ、どこで復活したのか、倒す方法と呪いを解呪する方法も分かっていない。正直行き詰ってもいる。学院に入学できても確実に解呪できるか確信はない。

 そこでソニアはグレアムに制服を見て顔を上げた。



「そういえばグレアムさんって……」

「ん? 俺も一応セラフの学院生だぜ?」

「ならグレアムさんが解呪の方法を見つけて私たちの教えてくれるっていうのは……」



 こずるいことを考えるソニアにグレアムは「あのなあ……」と呆れた声色で呟いた。



「学院での研究内容は他言無用。外部に漏らすことは禁止されている。自分で開発した魔法を誰かに使うことは認められているが、他者のものを漏らせば、学院からは永久追放だ」

「ですよね。冗談です。それに、私がやらなきゃ意味がないですし」



 分かっていることではあった。だが、ただでさえ今は大変な状況で、これ以上クレイヴに負担をかけるようなことはしたくないのがソニアの心境だった。



「クレイヴさんやスナットの叔父さんにも聞いてみてくれ。二人とも快く受け入れてくれると思うぜ?」

「そうでしょうか……」



 グレアムの微笑みを見て、ソニアは悩みに悩む。試験を受けるべきか否か。試験に合格すれば、呪いに関する研究ができてクレイヴを救うことができるかもしれない。



「クレイヴさんを助けたくないのか?」

「それは……もちろん助けたいです」

「なら、決まってるんじゃないか?」



 ソニアは目を伏せる。そして過去の情景が目蓋の裏に走り抜け、ゆっくりと瞳を開いた。

 リラレスタとの約束を思い出して、その紙を強く握り締めた。



「そうですね。編入試験戦、私も出てみようと思います」

「そうこなくっちゃな! それじゃあ早速クレイヴさんの所に行ってみようぜ!」

「それはまだ待ってください」

「どうしてだ?」



 首を傾げたグレアムに向けて、ソニアは彼の背後へと視線を向ける。その先を辿っていき、グレアムは思わず微笑んで「なるほどな」と声を漏らした。



「あっ! お姉ちゃんやっときた!!」

「お姉ちゃんこっちこっち!!」

「今日はなにして遊ぶのー?」



 広場から元気よく手を振る子どもたち──十人ほどが、勢い良く駆けてきてソニアの足下に集まる。皆、セラフ王国に住む子どもだが、中には孤児院で育てられている子どもも遊びに来ていた。



「ほんと、子どもに好かれてるよな」

「良い子たちばかりですよ」



 当然のように答えるソニアは、子どもたちの手を取って駆け出し始める。その様子を眺めていたグレアムもカバンを適当に放ってあとを追いかけた。


 ソニアは週に二日、孤児院の子どもたちも混じえて広場で遊んでいる。それがどんな理由なのかグレアムには分からなかったが、子どもたちと遊んで全力で笑っている彼女の姿にいつしかずっと目で追っていた。



「今日はお姉ちゃんが鬼ね!」

「良いですよー。じゃあ、誰から捕まえちゃいましょーか!」



 逃げ回る子どもたちを、明らかに手加減して追いかけるソニア。喜色の声で笑う子どもたちを追いかけていたソニアの表情は、咲き誇った花のように可憐で、心の底から笑っているように見えた。

 クレイヴの呪いや、これからのことで頭がいっぱいだとしても、子どもたちと遊ぶ時は全力を尽くしていた。



「ソニアの為に、俺もなにかできないものか……」



 思考を巡らせていると、制服の裾を軽く引かれて視線を落とす。そこには天真爛漫に笑う女の子が一人グレアムを見上げていた。



「どうした?」

「ねえ、お兄さんも一緒に鬼ごっこしよっ!」

「俺も? 良いのか?」

「人数多い方が楽しいよ!」



 女の子に腕を引かれて、グレアムは駆け回る子どもたちに視線を向ける。子どもたちと遊ぶ時ぐらいは頭を空っぽにして遊べばいい──そう思って笑った。



「そうだな! 俺もやるぜ!!」



 瞬間、肩に手を置かれて振り返る。そこにはいたずらな笑みを浮かべるソニアが立っていて、彼女は「はい、次はグレアムさんが鬼ですね」とそのまま踵を返して逃げ出した。



「えっ? おれ?」

「わー!! お兄さんが鬼だー!!」



 裾を引っ張っていた少女もそれに気が付き、声を上げて逃げ出す。そこでようやく思考が全てを理解してソニアにやられたことに気が付いた。



「ソニアやったな!」

「突っ立ったままなのが悪いですよ!」



 全員で笑いを漏らして、グレアムは駆け出す。クレイヴのことは良いのだろうか、そんなことを考えてしまったが、ソニアは────、



「師匠なら『子どもと遊ぶ時ぐらいは俺のことなんて忘れろ』って言いますよ」



 そう言ってグレアムから逃げ出した。

 なるほどな、グレアムは頷いてから子どもたちを追いかける。ソニアにも狙いを定め、喜色の声が響き渡る。辺りが橙色に染まるまで、全員は駆け続けた。


 

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彗星を継ぐ剣 〜故郷を失った少女は、聖騎士になる為に剣を振る 〜 渚 龍騎 @NagisaRyuki

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