第2話 白き秘宝は誰の手に II

 シャルンの合図に合わせてジンとラウムは塔の入口へゆっくりと近寄る。油断しきっている衛兵に背後から一撃を入れ気絶させた。


 衛兵が気を失っている間にラウムは辺りを警戒し、ジンは塔の入口の扉を解錠する。


「ザザッ———解錠でザザッ—ぞ」


 ラウムから合図がきた。


 手筈通り合図の後には周囲の索敵した上で塔の入口へと向かうはずだが……


(なっ!? おいッ!!)

 

 リリスは作戦を無視して先に駆け出す。その姿を見て俺も索敵を辞めリリスを追いかけた。リリスは振り返り俺の姿が見ると嫌がらせのように走るスピードを上げる。


 そして、そのまま二人して塔へ飛び込んだ。




 フフフーンー フフフーフーフーフンッ——……


 リリスは鼻歌混じりに螺旋階段を軽やか登る。まるで先程のことがなかったかのように平然としていた。

 

(帰ったら絶対にベリアルへ告げ口してやる)


 俺の心中なんて気にも留めず、リリスはいつも通り絡んでくる。


「わかってる? 今日は大捕物おおとりものよ!」

「それじゃ、俺達が捕まるんだが……」

「うっ、細かッ! そんなんじゃ、モテないわよ」

「……悪かったな。リリス先生」


 リリスは俺の頭を軽く叩いた。


「親方! そう呼びなさいって言ってるでしょ!」

「わかったよ! オヤカタ!」


 少し前まで俺とリリスはこんな関係ではなかった。苦手な面もあったが俺は彼女を慕っていたし、彼女は俺に優しかったように思う。


(リリスが変わったのか? それとも俺の方か?)


「……————破だ! って、聞いている!?」

「イエス・マイ・オヤカタ!」

「ヨシ! 先を急ぐわよ!」


(やっぱりリリスの方か……?)


 暫く階段を登ると螺旋階段の頂上には鉄製の扉があり俺達の行手を阻んだ。鍵が掛かっている。扉の解錠は俺の仕事だ。


 シリンダーを覗き込むとどこにでもある簡単な錠であった。刃先が可逆性のナイフをシリンダーに突き刺すと魔力を込め刃先を硬化させる。


「……開けるぞ」

「えぇ。いいわよ」


 片手は扉のノブに、片手は腰のナイフの柄に手を当て、ゆっくりと扉を押し中を覗き込んだ。


 中を覗き込んだ瞬間に全てを。まさか盗みに入った俺達の方が目を奪われるなんて予想もしていなかった。


 

 窓から差し込む月明かりが少女の髪を光の糸の様に、赤い瞳は先日盗んだ宝石の様に光を放っている。そして何より白い肌と純白の寝衣は境界線が不明確で目のやり場に困るが目を離すことができなかった。


 事前に見た写真とは確かに一致する……一致するが実物はまるで別人だった。とても自分と同じ生物とは思えない。芸術家が自身の理想を詰め込んで造った石像のようだと思った。

 

 そんな彼女の大きな瞳が瞬きをした瞬間に本物の人間だと気付き我に返る。背後にいるリリスを見るとまだ小さく口を空けて彼女に見惚れていた。


「あら? もしかして…ブラウニーさんかしら?」

「あ、いや…その……」


 咄嗟に返す言葉が出てこない。

 頭の中で言葉が渋滞してる。


「なら、迷子のヘンゼルとグレーテルかしら?」

「……俺達は…盗賊だ」

「ザンネン。ここにお宝はないわ」

 

 まだ頭が回っていない。『お宝は目の前にある。お前だ!』なんてセリフを思いついたが、恥ずかしくて声に出すことはできない。


「お宝は目の前にあるわ。そう、それは貴方よ!」


 へタレな俺に代わりリリスが聞いているこちらが恥ずかしくなるような台詞を堂々と言い放った。これには彼女を『親方』だと認めざるを得なかった。


「アハハハ……ッ。面白い盗賊さんだね」

「私はリリス・サーペンツ。こっちはヤコ」

「……ヤコ・サーペンツだ」


 流れで名乗ってしまったが正体を告げたことを後悔した。


(ダメだ……完全にリリスのペースだ)

 

「アナタが『アリエル・フィデス』ね」

「……うん。そうだけど……」


 彼女は小さく頷くと俺達を品定めしているように上から下へ目線が動く。


「……私を攫ってどうするの?」

「マフィアに引き渡して、お別れね」

「そっ…か。うん…そう……だよね」


 彼女は俺達にを期待していたのだろう。笑顔から作り笑いに変わった瞬間に何故か思わず、喉の奥から何かが声になりかけた。


「と思ってたけど……。やっぱ、や〜めた!」

「お、オイッ!? な、なニを言ってんだ!」

「私が彼女をいただくわ。……文句ある?」

「あるに決まってるだろッ!」


 当たり前だ。


 依頼人を裏切り獲物ターゲットを持ち逃げなんてしてみろ。この業界での噂はロードランナーより足が早い。二度とどこからも依頼が来ることはない。


 ましてや今回の相手は街を牛耳るマフィア『アダムス』だ。


 アダムスの構成員が三百人を超える上に街の隅々まで情報網を張り巡らせている。自身が経営する賭博場、風俗店だけでなく、カタギの飲食店や街の自警団まで彼らの味方だ。


 カタギの人間まで彼らに肩入れするのは理由がある。彼らがこの街で他の組織が悪行を行わないようにその力を誇示し、目を光らせているおかげで街は一定の治安を維持しているからだ。


 だからこそサーペンツも今回の依頼を受けた。


 そんな相手を裏切るなんて、下っ端の俺でさえ仁義に反するし報復に合うことが理解できた。


「ダメだ! 絶対に駄目だ!!」

「親方の命令は?」

「……ゼッ…タイ。だが、それだけは駄目だ!」


 アダムスとの抗争なんてことになればサーペンツの戦力でどうにかなるわけがない。こちらは非戦闘員を含めても四十人程度。


 この街から逃げ出す選択肢もあるにはあるが、ウチにはまだ年端もいかない団員だっている。そんな彼らを連れて逃げ切れる保証なんてどこにもない。


「安心なさい。ちゃんと考えがあるわ」


 自信満々のリリスの笑顔が俺には悪魔の微笑みに見えた。

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クレプトマニア・サーペンツ こまりがお @komarigao

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