第32話 交渉
side:ハロルド
「ハロルド中佐、本部の方で貴殿用の歩兵大隊を編成した。まぁ前任の引き継ぎではあるがな。あとは貴殿の好きなように再編成してくれ」
「はっ!」
大隊の将かぁ。確か前任は500人規模の大隊を率いていたか。そのうち戦死者は350名。ほぼ全滅じゃないか。残った150名はこちらで使うとして、同規模を編成するのであればあと350名の補充が必要だが、そこは傭兵から使えばいいか。
500人規模の大隊であれば五つの100人規模の中隊に分けるのが定石ではあるが、信用出来ないやつにオレの大隊を任せる訳にはいかないよな。
まぁここはホフマン大尉に一個中隊の指揮権を渡そう。それで一中隊250人編成で、オレが第一中隊兼大隊指揮。ホフマン大尉が第二中隊指揮と言ったところか。彼の方はさらに小隊にわけさせて、補充の傭兵団はオレの古巣から取れば万事解決か。
◇
「この度は中隊長に任命して頂き恐悦至極でございます」
「そこまでかしこまる必要は無いですよ、ホフマン大尉。それにアワキムにはかの有名なユーサエィ将軍がいますからね。討ち取れば大手柄ですよ」
「……恩に着る、ハロルド殿!!」
「ま、私から手柄を奪えたらの話ですけれどね?」
「はっは、言ってくれる。それでは今のうちから隊の練度をあげておきます。失礼します」
うん、やはり随分の気持ちのいい人だな、ホフマン大尉。しかしまぁ、いつかはサクラ中将の作戦によって死ぬだろうが。いや、その前に眷属として吸血鬼にするとはありではあるか? 優秀な人材はサクラ中将も欲していたし……。
「それにしても佐官になると書類仕事増えるのかよ……。魔王軍にいた時はこんなことなかったのに……」
そもそも魔王軍内で書類仕事してるのアラクネ達だけだろ……。サクラ中将なんて書類仕事とは無縁だろうし。
まぁいい。とりあえず古巣のガルダワルドに連絡を取らなくては。メノンさんなら二つ返事で承諾してくれるだろうが、ガルダワルドはこの国でも人気株だ。ほかからの勧誘があってもおかしくないしな。
◇
「すまない、ハロルド。その件は既にほかの部隊から声がかかっていてな……」
「ま、そうですよね。他を当たります。ちなみに誰の部隊か聞いても?」
「ホフマンのところさ。250人規模の中隊を任されたとかで頼って来たんだ」
「なら、ちょうどいいですね実はホフマン大尉はオレんとこの大隊の中隊長を任せていまして。ガルダワルドを大隊で雇わせてください」
そもそも人気株と言われるだけあるからガルダワルドはガルダワルドという部隊で雇えば良いのだが、この傭兵団の団長のメノンはどこかの部隊と直接契約する方針を取っている。理由は知らないが、実力は指折りだから"出世請負団"と言われている。部隊を任されたらとりあえずガルダワルドに話を通すみたいな風潮がこの国にはあるのだ。
そんな中で一番に交渉したホフマンは流石と言えるだろう。
「そういうことなら構わんよ。350人厳選してハロルドのところの部隊にすれば良いのかい?」
「いや、ガルダワルド全部隊出撃でお願いします」
「……は?」
そもそもガルダワルドは数千からなる傭兵団なのだが、数百程度の人員の要請でも一箇所からしか受け付けない。理由は簡単だ。戦う自分の部下をメノンの目の届く置いておきたいという思いからだ。故にガルダワルドの稼働率は良くて50%、悪ければ数%だ。
「ハロルド、君は僕がなんでこういうスタイルを取っているか知っているよね?」
「はい。しかし、今回の相手はユーサエィ将軍率いるアワキムとその戦力に対応しているアガヌボンです。アガヌボンは傭兵の聖地と言うだけあってあそこの傭兵たちは粒揃いです。横切るだけとはいえ、ガルダワルドの力が必要です。形式上は
350名雇いますが、オレの直轄の別働隊として全員雇いたいんです。無論、お金ははらいます」
「まぁ、そこまでしっかり考えているのであれば良い。しかし、僕の代になってからは全員参加なんてしたことないから別働隊は僕に任せて欲しい。無論、君たちへの部隊の戦力を割くようなことはしないさ」
「感謝します。今回は呼び出したりなんかしてごめんなさい。立場上赴けなくて……」
「構わないよ、中佐殿」
「からかわないでくださいよ」
そう言うと、メノンは「ハハッ、済まないね」とだけいい高い位置で結ばれた黒いポニーテールを揺らしながら部屋を出ていった。
「……さて、書類仕事でもするか」
◇
「本作戦の目的は東側列強諸国の弱体化である! そしてそれを達成するための第一の目標はアワキム及びアガヌボンへの打撃だ。そこで良い知らせがある。先日ハイアットは最後の戦力、テルースを失った。そして悪い知らせだ。その首謀は魔王軍所属だと名乗ったそうだ。魔族が本格的に動き出したと考えていいだろう。そこで
初めて演説らしいことをしたな。サクラ中将は戦の前はこうやって兵士たちの指揮をあげていたし、多分こういう演説は効果的なのだろう。
「へぇ。個体名サクラ、種族不明、危険度特A級、ね。お、ルブさん危険度Aじゃん、ふーん、ギガスの情報はないのか。なるほどね」
「――ッ!!」
幼さの残る好奇心を含む声、目視するだけで心がギュッと握られるような嗤い、圧倒的なオーラ。
この場にいた全員が剣を抜き臨戦態勢に入る。オレの隣にたっていたメノンはサクラ中将に切りかからんとしている。
「なっ、何者だ!」
なぜサクラ中将が? 横には
今このタイミングで出てくるのが最善手か? 悪手ではなかろうか。
「どうも、特A級、吸血鬼のサクラです。以後お見知り置きを。さて、これから君らが手を出さんとするのは魔王軍の敵だ。敵の敵は味方ってやつだ。君ら魔王軍と手を組む気はないか?」
「こ、これは丁寧にありがとう。オレ……私はゼルドナにて中佐の位を頂いている、ハロルドというものだ。そして本作戦にて大隊を任されている将だ。さて、魔王軍と手を組むという話であったな、詳しくお聞かせ願いたい」
離れたところから「中佐殿!」「魔族共の策に乗ってはいけません」などと聞こえるが、ここではオレが一番偉い。彼らの発言よりもオレの方が優先される。まずはサクラ中将の話を聞かなくては。もうチビりそう……。
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