第19話 吸血鬼堕ち


「マルスさん、ちょっといいですか……?」


「あぁ、どうした」


「こう……、鍔迫り合いした時の読み合いなんですけど……」


 この世界に来てはや数週間。私の師となったマルスさんはこの世界で九人しかいない仙人と呼ばれる人間が進化した種族の人だった。この人の指導のおかげで私の剣と魔法の腕はメキメキと上達した。


「それにしても凛殿は剣術の上達が異常に早いな。向こうの世界でも嗜んでいたのか?」


「いやぁ、殺しの剣ではなく競技として剣道と言うものを習っていました……」


「なるほど……。その独特なフォームもそれに由来するものか。素晴しいな」


「ありがとうございます!」


 マルスさんは真っ赤な長髪を靡かせながら剣を振るう姿がとてもかっこいい。文字通りハイアット騎士団の紅一点だ。


「まぁ世間話はそれくらいにして、魔王軍が本格的な動きを見せている我々は魔王領に面している三都市のどこかに派遣されるはずだ。実力的に見て私と貴殿は別の都市に配属されるだろうが、絶対に生き残ってくれ」


「もちろんです……!」


 私の役割は戦線の維持。私が魔王軍を足止めしていれば魔王軍を蹴散らしたマルスさんがいずれ助けに入ってくれる。ただそれだけの簡単なお仕事……。悠真君に会えるまでただ耐えるだけ、それでいいのよ。


 ◇

 side:サクラ


「事前に街に入っている人狼の手引きがあるはずだ。勝負は夜、街が寝静まった頃に町中の人間を貴様らの食料にせよ」


『はっ!』


 うん、いい返事だ。


「こちら229にーにーきゅー。所定の街に着いた」


222ニーニーニ到着』


221ニーニーイチも到着してますぞ。これより各大隊作戦開始!』


 作戦開始とは言われたが今は昼間。やることはない。


「既に人狼への連絡は済んでいる。奴らの案内で街に入り次第自由時間! 日没と共に街の最北端に集合だ」


『はっ!』


 ◇


 そして、迎えた日没。昼間はみんながみんな街で食べ歩きを堪能していた。

 どうやって人間世界の金を工面したかと言うと、その辺で適当な魔物を狩って売っただけだ。


「これより作戦を開始する! 各隊所定の位置につけ!」


 俺の指示に従い、吸血鬼達は一気に散開する。

 円の形をしているこの街はドーム型の結界を貼るのに都合がとてもいいからな。みんなで協力して一個のアホみたいにデカイ結界を作るのもロマンだよな。


「全員所定の位置に着いたか?」


『A班到着!』『B班到着!』……『G班到着!』


「よし、強制睡眠結界発動!」


 俺のいるポイントを含む八つのポイントを支点に結界を作る。これは対人間用の結界だから魔族には効かない。人間たちが強制的に眠りにつく魔法だ。


「結界の維持はリリアーヌ。他は適当に吸血しょくじだ。俺は奴を倒してくる」


 はぁ、これで眠ってくれたら良かったんだけど、どうやら対人間用結界は仙人には効かないらしい。


「人狼達の言っていた事は本当だったのか……。信じていればもっと被害が減らせたのだがな」


「貴様が火星のマルスか」


「ご名答めーとー。しかしながら私は君の情報は持ち合わせていない。お名前を聞いても?」


「サクラ。魔王様より直々に名を貰い、軍内では中将の座を賜っている。種族は吸血鬼。貴様ら人間の血は部下たちが美味しく頂く」


 急に現れたのは九星仙人エニアグラムが一人、火星のマルス。

 赤い長髪に真紅の瞳。その切れ長の目は全てを見透かしているよう。

 そして、彼女の口ぶりからわかったことがひとつ。人狼が裏切りを図ったこと。


229にーにーきゅーより、人狼の裏切りが発覚した。各隊人狼狩りも視野に入れて欲しい。それと229にーにーきゅーA~F班は人狼の討伐だ。G班は人間たちの気を失わさせて一箇所にまとめろ」


222トリプルツー了解』


 いや、こいつ絶対遊んでるやろ。なんだよトリプルツーって。緊張感の欠片もねぇよ。

 しかし、リュシアンからの返答はないが平気だろうか。


「それは遠方の仲間に言葉を届ける魔法かな? やっぱ魔族は人間の数段先を行く技術を持ってるね」


「まぁな。それより貴様足が震えてるぞ? 俺を前に恐怖を感じてるか?」


「これでもLv500は超えてるんだけどね、どこか圧倒的な差を感じるよ」


「そりゃあ1.5倍以上も上のレベルのヤツを前にしたら差は感じるだろうな」


「それでも私は君を殺して勇者の元へ向かわなくてはならないんだ」


 ふぅん。やっぱり勇者も来てるのか。俺たちのようなただの魔族では異世界の勇者にトドメを指すことは出来ない。出来るのはダメージを負わせることだけ。そのダメージすら数日程度で戻るらしい、木端微塵にしても、だ。

 一応全部隊には勇者を見つけ次第上長に報告するようになっているし、この街には勇者はいない。リュシアンのところにいれば安心なのだが。


「そうか。お前吸血鬼になる気は無いか?」


「そんな気……私にはさらさらない!」


 その言葉と同時に抜刀と踏み込みで俺の懐に入るマルス。対する俺は一ミリたりとも動かない。


 ――キィィィン!


「……なっ!」


「ククッ、どうやら貴様の攻撃力は俺の防御力の半分未満らしい。さぁ! 俺に屈服しろ!」


「くっ! 動けない!」


「安心しろ。貴様の足にある水分を凍らせただけだ。気を楽にして堕ちると良い」


 そう言って俺はマルスの首筋に噛みつき、血を啜る。あぁぁぁ、うめぇぇ。なんだこれ。美味すぎるぞ。家畜村の人間たちの血なんて比較にならないほどの美味さ。これが強者の血。あいつらも強くすればこんな美味い血になるのかな……。


 致死量の血をすすってやればマルスは死んだ。次第に角が生えてきて八重歯も伸びてきた。肌は不健康なほど白い。下級吸血鬼ではなく普通の吸血鬼が出来上がった。


「貴様はこれから俺の子だ。記憶はあるか?」


「あぁ」


「そんじゃあ勇者の元へ案内しろ」

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