第16話 パシリリアーヌ


 side:リリアーヌ


 わたしはサクラ中将に頼まれ、魔王様がいる本丸にやって来た。魔王様は一度だけお会いしたことがあるけれど、あの方は別格だ。最近ではサクラ中将の方が魔王様より強いのではないかなどと言われているが、そんなことを言う人達は魔王様を見たことがないから言えているの。

 あの圧倒的な風格……魔王覇気とも言えるようなものは文字通り魔王様にしか出せない。アレは化け物だ。

 そんな魔王様に再びお会いできるチャンスがやって来――


「止まれ、魔人。これより先は本丸である。見たところ給仕人であるが、何用か」


「あー、えぇとサクラ中将より魔王へ伝言を頼まれまして……」


「サクラ様からの伝言ですか……。あの方ならパシリを出す可能性もありますね……良いでしょう通ってください」


「ありがとうございます!」


 そういえばこのアラクネさんはサクラ中将のことをサクラ様って呼ぶけど、彼に限らず、魔王軍拡大前の幹部のことを役職名ではなく様付けで呼ぶ人はそれ以前から魔王様にしか仕えていた古参勢だけ。

 魔王軍拡大後は分かりやすいよう役職を付けたがそれが定着しているのはそれ以降に魔王様の軍門に降ったもの達だけ。私達に古参新参に対する偏見は無いけれど、そういうのって憧れるわよね。


「そういえば貴殿はよく見る顔ですな。魔人の中でも古参のお方かな?」


 城内では付き添いの方が着くらしく、青竜人の方が私の付き添いになってくれている。


「えぇ、確か私が来た時は魔人族は私たちの集落の出身の者たちだけでしたね」


「それであれば魔王様も覚えていらっしゃるかもしれませんな」


「そうかしら……。サクラ中将は私の事初めて見たような感じで話しかけて来ましたが……」


「彼はいつもそうです。しかし、わざとやっているらしいですよ。サクラ殿の覚えのいい者とそう出ないものを分けてしまうとそこに亀裂が入るからとか何とか言っていましたね。魔王様はあえてそういうのを作って差別化するべきと仰っていて喧嘩になっていた時もありましたな……」


「へぇ、とても興味深い話です」


 魔王軍に私が入る前の話が好きだ。魔王様やサクラ中将、他の幹部の方の話が聞けて楽しい。

 特にサクラ中将は他の幹部の人達より魔王様に強く出るらしく、そのエピソードを聞くだけでも微笑ましい。


「っと、ここですね。今日は謁見の予定は無かったので魔王様は執務室にいます。アポ無しではありますが、サクラ殿からの伝言ということで大目に見ていただけるでしょう」


 ――コンコンコン


『……何用だ』


「ジェイドでございます。サクラ殿からの使者を連れて参りました」


『入れ』


 ……!? 扉の奥から聞こえる威厳のある声に聞き惚れてしまっていたが、この人ジェイドって言った!? 四天王筆頭のジェイド大将!? こんな気さくな方だったの……?

 そんなことを思っているうちに大将は扉を開け、私を中へ迎え入れる。


「お主は……最初の魔人か」


 大将の言っていたことは本当だったのだ。魔王様は本当に私のことを覚えてくれていた。


「は、はい」


「ククッ、なぜ自分のことを知っているのかと思っている顔だな。全員の顔を覚えている訳では無いが、軍門に降った種族の最初の顔ぶれだけはなんとなく分かる。物珍しいからな」


「は、はぁ」


「ふむ、そういえばサクラからの伝言であったな」


「は、はい! サンイチからニーヨンレーでお願いします!」


「……? あぁ、伝言はそれだけか?」


「はい!」


 これで何が伝わるのかは分からない。でもこれだけで伝わるくらい簡略化されたシステムであろうことは私でも理解出来る。給仕隊にしか理解出来ないような暗号もあるし、多分これは軍属の人にしか理解出来ない事なのだろう。


「ギガスのところは確か……。あぁ、不死者アンデッドの件か。やはりギガスのところは雑さが目立つな。その点デックの部隊なら……大隊でも十分か。あやつなら最適な人材を再編成して送るであろう。よし、君の伝言はちゃんと聞いた。サクラの方へこれを渡してくれ」


「あ、はい!」


 そう言って魔王様は私に何かを書いた紙を私手渡してくれた。魔王様からの手渡しとか感激すぎる!! 興奮で一瞬ふらついてしまったが、魔王様より新たな任務を請け負ったので、ソッコーでサクラ中将に渡してくる!


「あ、くれぐれも気をつけてくれたまえよ」


 わたしは、そんなジェイド大将の気遣いの言葉も耳に入らないほど興奮して走っていった。


 ◇

 side:サクラ


「サクラ中将!! 魔王様よりこちらを……うわぁ!!」


「ん? あぁ随分と早かったな。それと驚かせてすまないな。ゾンビ達の食事を見るのは初めてか?」


「は、はい」


「まぁ、初めてならびっくりするよな。グロすぎるし」


「少し驚いてしまいました……。あぁ!? それよりこれ! どうぞ!」


 そう言って魔人の女は一枚の紙を俺に手渡す。てか、この子危なっかしいな。見た目年齢的には大学生くらいか? まぁ魔族は見た目で年齢は測れないからなんとも言えないが落ち着きのない子と言うのはわかった。

 それよりもこっちの紙だ。見たところ魔王から俺宛の手紙らしい。包装すらせずに紙切れ一枚で済ませるなんて。面倒くさがりすぎるだろ。


 ……ふむふむ。魔王からの手紙は要約すれば、「了解した。今からルブさんに指示し、直ちに魔物狩りに向かわせる」との事。うん、いいね。


「ありがとう。褒美は俺の方で支払う。何か欲しいものがあれば俺宛に手紙を書け」


「はい! ありがたき幸せ!」

 俺は確認した紙をリュシアンに渡し、別の場所へ移った。

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