第36話
人間と人間が戦う姿を君は想像できるだろうか。
例えば格闘技ならばわかりやすい、殴って殴り駆け引きの末に立っていた方の勝ちだ。
例えば殺し合いならどうだろう。
人が本気で殺そうとし合ったらその様子は一瞬でケリがつきそうだと、そう思わないか?
実際に武器を持っているならなおさら即死で終わってしまいそうだがこと今回の少女たちの殺し合いは事情が違った。
「ほらほら、もっと殺さないと私は死なないよ!?」
「化け物っすね、ししょーに相応しくないほど。」
「…コロス、徹底的に。」
ニーナの短剣がララの胴体に深々と突き刺さったと思えばララはお腹のそれを勢いよく抜き取り、溢れ出る血を抑えようともせずにニーナを殴り飛ばす。
そしてダラダラと流れる血が止まる、まるで傷など無かったかのように。
回復術者。
ソロ冒険者としてはあり得ないような職分、戦闘スタイル。
パーティでの攻略でしかまず見ないような攻撃魔法を一切使わぬ純粋な回復術のみで戦う彼女はそれでもなお金級に至った異常な実力者。
「おえっ…ゲホ…。」
勢いよく壁に叩きつけられたニーナのえずく声が広間に消える。
「あっはは!体が脆いんじゃない?」
「…クソが。」
もうニーナは天真爛漫の鎧を纏っていられる余裕も失っている。
俺の手元で映るコメントも阿鼻叫喚の地獄絵図だ、なんせ冒険者同士が戦うなんてこと自体が異常も異常。
良い意味でも悪い意味でもお祭り状態となった今、視聴者数はどんどん増えていく、望まぬ戦いほど多くの人が見てしまう。
「ああ、配信は消しちゃダメだよ先生。消したらその時は小娘も消すから。」
俺の思考など掌の上、そしてその言葉に一切の偽りはない。
長年の付き合いだ、嘘かどうかなどわかる。分かってしまう。
「いいっすよししょー、すぐにこのイカレ女殺しちゃいますから。」
「ほら、あの子もこう言ってるし。」
ケラケラと、今までの彼女とは想像もできない笑い方をするララを目を合わせることができない。しっかりと彼女を見ることができない。
「…ホントはボス用の奴なんすけど。仕方ないっすよね。」
体勢を立て直したニーナは外套からやがて4本の短剣を取り出す。
「毒かな?それとも
そして…衝突、傷を負った端から直していくララのスタイルは回避を必要としない。
腕や足に短剣が刺さろうとも意に介さずにニーナに向かって突撃してくる。
まさしく戦車、怖れを知らない破壊兵が彼女だった。
「っ!」
慣性の乗った剛腕を躱すニーナだが二の矢三の矢が襲い来る。
「短剣を刺せば怯んでくれると思った?残念慣れてるんだよ痛いのはねえ!!」
俺が教えたこと、泣きながら回復術者でもソロで戦いたいと、そう願った彼女に俺が与えた最悪の戦法。
ニーナや俺のように身のこなしに才があるわけでもなく、攻撃手段としての魔法が使えるわけでもない凡才。
普通では平均的な冒険者として埋もれてしまう彼女に与えた強くなる方法、それが痛みを受容し回復術に特化させた治療人間。
言葉にすれば簡単だが実際にやるのは難しいなんてものではない。
例えるならば目の前に飛んでくる刃物を前に瞬きすらせずに突っ切る狂気。
魔法使用の思考に必要な脳への攻撃以外を自ら喰らいカウンターで殺す。
生物としての根幹から外れた戦法、これを会得してしまったララはおよそタイマンで負ける相手は存在しない。
しかしながらニーナもニーナで人外染みたセンスで何とか命をくいつなぐ。
直撃すれば一発で骨が折れるレベルの攻撃をひたすら躱して切り刻む。
刻めど刻めど治り行く。
あまりにも苦しい戦い、ニーナは一撃が致命的でララは何撃でも無意味に変わる。
勝ち負けとかの話ではなく不可能な現実。
勝利条件がニーナには存在していないも同然の絶望。
死が降りそそいで希望の無い戦い。
そんな破滅を待つだけの抗争に転機が訪れる。
「ったくちょこまかと…鬱陶し」
ガクン!とララの体が崩れ落ちる、まるで右足の感覚が無くなったかのように。
「チッ!遅効毒?まあいいよすぐに治して…」
鈍い音。
ヒトの腕が切り落とされる音。
「やっと崩れたっすね。」
もう2つ、バチン、という鈍くおよそ聞かない音。
ヒトの腕と足が切れる音というのは存外に地味で味気ない音がした。
「たった一瞬欲しかったんすよ。体勢が崩れるだけの一瞬が。」
「だからどうした?こんなもの治してしまえば」
バツン、バツン、バツン。
何度も何度も何度も何度も。
一瞬で生えそろう四肢を切り落とす。
癒えて切れて癒えて切れる。
芋虫のように地面に這いつくばって動けないララを唯々ニーナは拷問するように四肢を切り続ける。
「アア!!クソが!クソクソクソクソ!!!!」
聞くに堪えない絶叫。
それと無表情な拷問の執行官。
「治さなければいいじゃないっすか。痛くないっすよ?慣れててもいやでしょ。」
「こんの…!馬鹿にしやがって!」
ララのセリフに対する皮肉、例え傷を治し続けられるとしても動けなければ意味が無い。
人間というのはその動きを四肢に依存していると言ってもいい。
胴体だけで動くことなど不可能に近いという事は一瞬の隙に四肢を全て切り落とせれば勝てるという机上論。
それを叶えられるだけの戦闘センスを持ったのがニーナであり、
痛がる人間の四肢をためらいなく切り続けられるのがニーナである。
淡々と作業のように手を動かす彼女と、絶叫と共に意思を貫いて手を治す彼女。
勝ち目のない戦いは意外な形で幕を下ろした。
少なくとも15階の奥地、その広間で絶叫が聞こえなくなるころには。
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引退した冒険者が色々あって新人冒険者を指導する話。 狼と子羊 @rilytkg
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