第7話:【屍塊夜行】

 戦闘の始まりは相手から、気配がすっと消えて骸骨の姿が霧散する。

 それと同時に迫ってくる元冒険者のアンデット達……アンデットを二人に任せて俺は後方で待機しながらも、少し感じている違和感を探るために観察を続けた。


 そして観察を続けていると……虚空から濃密な殺気が襲いかかってくる。

 狙いは俺……攻撃される瞬間に姿が見え、鋭利で巨大な鎌が俺に向かって振り下ろされる。本能というか直感でこの攻撃には当たっていけないと感じた俺は回避に専念する。


「……やっぱり、消えるか」


 殺気で大体の位置は予想できるので攻撃を避け、消える前に蹴りをたたき込もうとしたのだが攻撃を当てる寸前にまた骸骨は霧散した。

 必要以上になんか俺が狙われるし、この骸骨の殺気はとても濃い。

 まるで絶対に俺を殺すという意思を持っているのか……どこまでも俺の首を体を切ろうと迫ってくる。


「おや、この子がそこまで激昂するなんて初めてですね――興味深いです」


 それを見る男は、この骸骨の挙動を観察しながらもアンデット達に守られながら此方を見ている。

 

「主……こいつらすばしっこい」


「……壊さへんのはきついわぁ、なぁ旦那はん駄目?」


「駄目だ、せめて死体ぐらいは持って帰る」


「……はぁ了解、頑張んで」


 二人の実力を考えるとアンデット達を倒すだけなら簡単だが、壊さないという制約が邪魔をしている。俺の我が儘だから仕方ないが、奥の奴の事も気になるし……何より無防備に立ってるあいつに下手にちょっかいはかけたくない。

 

 ……そんなことを考えながらも、この場所を観察しながら次の攻撃を待っているアンデット達が俺に向かって走って来て俺の回避を邪魔してきた。

 一瞬だけ回避が遅れて俺に迫る鎌、その瞬間に俺と骸骨の間に誰かが割って入ってきた。俺を庇った朱璃はその攻撃をモロに喰らい、その瞬間に……彼女の腕がだらりと垂れる。


「……助かった朱梨」


「別にええで。それより旦那はん、こいつ面白い能力持ってんで?」


「見た限り……斬った場所を殺せるのか、面倒くさいな」


「そうやなぁ、そないなもんを旦那はんに向けるなんて許せへんなぁ」


 ぶらんと垂れて、もう動かないだろう彼女の左腕。

 それを見て相手の能力を大体理解した俺は、やはり警戒しといて正解だったと思えた。朱璃も朱璃で、相手の能力が面白いのか笑顔を浮かべており、やっと相手を強敵だと認識したようだ。


「……次から当たるなよ」


「はぁい……弾けばええやろ?」

 

 迫る六人のアンデット。

 消えては現れて縦横無尽に鎌を振るう骸骨、それと相対しながらもリルの魔法でアンデット達が拘束されていき、徐々に人数差が埋まっていく。


「……貴方達、やはり強いですね。アンデット達は元の能力よ七倍は強化した筈なんですが……本当に人間ですか?」


「えっと、私はウェアウルフだけど……」


「うちは鬼やで?」


「多分そんな事を聞きたいわけじゃないぞ……で、そう聞くあんたは人間じゃないような口振りだが、何者なんだ?」


 こいつの気配は人に近いが、持ってる魔力が歪で……感じる限りは人だと思えない。まるで複数の気配がごちゃ混ぜになったかのようなこいつは何なのだろうか?


「私……ですか? そうですね、せっかくですし名乗りましょうか。私はクルト、しがない元魔族の現キメラでございます」


「……自分を弄ったのか?」


「ええまぁ……はい。実験を続ける上で魔族にこだわる必要が無く、自然とこうなった感じですねぇ」


 イカれた発想。

 自分の体を弄るのは理解できないが、こういう手合いとは対面した覚えがあるのでそこまで不思議には思えない。それどころか、そういう事を平気で行う魔族集団とは昔に対峙したことすらあった。


「……というか、お前。その白衣はあの研究所のやつか?」


 そこで思い出したことが一つ。

 俺は過去にある魔族の研究所を壊滅させていたのだが、そこの奴らと同じ白衣をこいつが着ていることに気がついた。


「……なぜ、知っているのですか?」

 

 そしてそれを聞いた途端に、今までの態度を崩して顔色が変わるクルト。

 動揺……そして不快感、それどころか明らかに俺を見て不思議がっている――いや、理解できないのか顔をこわばらせていた。


「当たりか……そうか、お前あそこの生き残りか」


「あの研究所の存在は極秘の……いや、まかさ――あり得ない、そうだとしたら何故貴方が生きている!? そもそも容姿が――でも、その紅い目は!」


 激昂するのに加えて、存在しないかのような者に対峙したときの恐怖を感じさせるようなその態度。


「……貴様は、お前は――なぜ髪の色が違う!? 同じだったら気づけたんだ。そしたら最初から殺しに行っていた!」


「まぁ、あそこに行ったの六年前だしな髪色くらい変わるって」


「…………もういい、実験材料にする気すら起きない。殺せグリムリーパー、その男だけは、絶対に――貴方も憎いはずです! 貴方が生まれたのはそいつを殺すためなのですから!」


 ……その言葉を機に、骸骨改めグリムリーパーという存在の目が怪しく紫に光る。

 そして変化はすぐに現れた――自分を作った主の言葉によって覚醒したのか、骨が刺々しくなり理性を完全に失った。


「八つ裂きにしろ――まずは仲間から殺すんだ! そいつの心を壊して殺せ!」


 俺の事を恨みすぎだろとは思うが、かつて相対していた敵だったし気持ちは分かる。まぁ、分かるといっても殺される訳にはいかないが……。

 ……変化したグリムリーパーの姿はまた消えて、そのまま朱璃の真横に現れる。先程よりも段違いに速いその攻撃を防御しようとした彼女だが、当たる寸前に攻撃が投下したのか腕を無視してそのまま首が刎ねられた。

 

「まずは一人、流石はグリムリーパーだ! 次はそこのウェアウルフ、さぁさぁ――殺すんだ!」

 

「――喜んでいるとこ悪いけど、もうアンデットいないよ?」


「それがどうした!? たかだか人間の冒険者がいないくらいで、私の私たちのグリムリーパーが負けるはずが無い。だって、こいつはその男だけを殺すために作ったのだから!」


 そんな中、この状況で黙々とアンデットを拘束していたリルが口を挟んだのだが、彼は怒りのままにそう言った。


「そうじゃなくて――もう手加減する必要が無いの。それといつまでも死んでないので起きてよ駄肉、起きないなら良い機会だし凍葬してあげるけど」


「はぁ久しぶりの死やさかいもうちょい味わいたいんやけど……まあしゃあない――旦那はんを殺すって言うたあほな魔族にはお仕置きしいひんとね」


 刎ねられ絶命したはずの朱璃の首から声がする。

 そちらを見れば、その首からは悍ましい気配が発されてそのままどろりと溶けて――朱璃は何事ものなかったようにそこに立っていた。


「――あ、腕は死んだままななんや――しゃあない捥ごう」


 そのまま自分の腕を捥げば……彼女の腕がすぐにじゅくじゅくと再生して、また使えるようになったようだ。


 彼女が生き返れるのは理解しているけど、その蘇り方はいつ見ても慣れない。

 ……だから出来るだけ死なないでほしいって思うのだが、彼女の性格的に多分今のわざと死んだのだろう。だってあれなら多分避けれただろうし。


 グリムリーパーは……今の現象のせいか、理性を失った様子なのにも関わらず本能から恐怖してしまったのか完全に動かない。

 そんな様子を見てか……クルトはわなわなと震え、大声で喚き散らした。

 

「――なぜ、生き返れる? それに、なんですかそいつは! ――私のグリムリーパーは、数多くの魂を寄せ集めて作った私達の英雄だ――でも、その化け物は、百や二百じゃ足りない、どれだけの屍を積んで作ったんだ!?」


 なまじクルトは頭が良いのか、魂に関する知識があるのかのどっちかだろうが……彼女の蘇り方を見て、どうやら朱璃はどんな存在かを理解したようだ。


「作られた訳とちがうで? うちは最初からこうやったんや――うちは桜国の天災から生まれた屍の塊、可愛い可愛い鬼やよ?」


「――悍ましいの間違いだと思う」


「……後で喧嘩やで、犬っころ」


「失言した。面倒くさいから許して」


 そんな軽い言い合いの中で、そのやりとり理解できないのか――あり得ないと繰り返しながらも怯え始めるクルト。それほどまでに、朱璃という存在を理解したくないのだろうか?


「――まて、聞いたことがある。桜国には――死体を飲み込む災害があると、確かそれは――その名前は、屍塊夜行しかいやこう――まさかお前は、それを手懐けたのですか!?」


「手懐けたというか……拾った感じだぞ? だからその言い方良くない」


「そや、うちは旦那はんに調教されて嬲られて――身も心も染められたんや、どう羨ましいやろ?」


「言い方なんとかしろよ……俺が変態みたいだろ」


「そやけど事実やし……」


 此奴しかいないからいいけど、誤解が広がるので止めてほしい。

 ……そんな事を想っていると、怯えたグリムリーパーの方に狙いを定めたのか朱璃が一気に加速してそいつの頭上に飛び、そのまま蹴りを叩きこんだ。


「やっぱし脆いわ、似たようなもんだしもうちょい頑張ってほしいんやけど……」


「あり得ない……なぜ、グリムリーパーが負けるんだ。そもそも、なんで――私の悲願が皆の犠牲が……どうして……」


 完全に諦めたのか、クルトは膝をついて消えていくグリムリーパーの方を見ている。そんな彼を見て今回の事件の犯人だしと捕まえようとした時だった……朱璃が俺より先にそいつに近づいて、


「そんなん旦那はんを殺そうとしたさかいやわぁ? 彼を殺すのんはうちの役目、誰にも譲らへんねん……でなぁ、絶望した? きっと頑張ったんやんな? 見たら分かんで、この子ずっと叫んどったさかいね、恨めしい、許せへん、旦那はんを殺すねんて。そやけどあかん、それは全部うちの役目、彼を殺すのも殺されるのも全部うちのやさかい――そやさかい運がなかったってことで、ほんまにかんにんな?」


 ゆっくりと囁くように彼女は嗤ってそう言った。

 ……それが彼女朱璃の本性。元が生粋の悪性である彼女は他者の絶望を好み……何よりもそれを見て愉しむ性を持っている桜国の化生だ。


「……それでまだ頑張るん? そうやったらおもろいんやけど」


「朱璃……そいつもう折れてるからそれ以上は止めてあげろ。えっとリルは、氷で拘束頼む」


「うん任せて――あ、そうだ冒険者の方は皆傷つけなかったよ?」


「流石だな……じゃあ依頼達成って訳で、帰るか二人とも」


「はぁーい――そうや旦那はん、今日滾ってもうたさかいすぐ付き合うてな?」


 ……彼女が最後に倒したから、何かは渡すつもりだったが先にそう言われたので自然と褒美はそれになる。

 そんなんだったら自分で倒せば良かったなと……そんなことを心底思いながらも俺は死体とクルトを運んで貰うためにギルドに連絡して今日の依頼を完遂した。

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世界を救った元勇者の俺、隠居ついでにギルド創ったんだがクセ強問題児ばかり集まるせいで心が安まることを知らない 鬼怒藍落 @tawasigurimu

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