第17話 介抱
強い酒を飲んで酔いも回ったところで、やっと酒屋から解放された。本当はここまで飲むつもりはなかったのだが、他にも飲み始めたオジサンどもに絡まれて、結局大量に飲むハメになった。胸やけがひどく、歩いていてもフラフラする。まだ翌朝にもなっていないのに二日酔いにでもなった気分だった。
これ以上付き合わされてもごめんだと思って、町の出口まで急ぐ。もう既に日も暮れかけていた。どれだけ飲まされていたんだか。
這う這うの体で、夜の町を進む。一歩前に進むごとに頭が痛かった。
「………すいません」
後ろから、少し前にも聞いた声が聞こえてきて振り返る。そこにいたのはミアだった。どうやら着替えたようで、見慣れない服を着ている。
返事をしないでいると、ミアも口を噤んで黙って立つ。居心地の悪い沈黙が二人の間を流れた。
少し間が空いて、また彼女が口を開く。
「………どうして私のことを殺さなかったんですか」
酔っていてまともな考え事もできない頭の中で、彼女の言葉を反芻する。
「俺に人が殺せると思う? ただの一般人だよ?」
魔族だけど。
ミアは納得がいかなかったようで、少し首を傾げた後下を向く。その間にこの場所を逃げ出そうとしたら、一度立ち止まったせいで平衡感覚がおかしくなっていたらしく、躓いて転んだ。
雑兵の連中はどうして、こんなに体がボロボロになるものを毎日飲もうと思うんでしょうかね。普通に理解できない。
「じゃあ、この町を助けたのは」
「助けたのは俺じゃないし」
「聞きましたよ、黒い魔族がいつもの戦場で戦って食い止めてくれてる、と。森の中でも使ってた、魔族を操る力でしょう」
魔族じゃなくて魔族の死体ね。
ヤケクソになって、そのまま地面に座り込む。もう立ち上がるのですら辛いような気がする。ミアは少しこちらに視線を向けただけで、その後はあたかも気にしていないように振る舞った。
「別に俺がいなくても助かってたから。多分」
実際、スキンヘッドたちは辛そうにはしてたけど、耐えられないほどではなかったように見えた。もう少ししたら、町の防護の体制を整えつつ、元の場所まで戦線を戻す作業に入っていたと思う。
道路に体育座りをして、腕の中に顔を埋める。まじで気持ち悪くなってきた。
「………あなたは、本当に魔族なんですか」
「こんな場所で話す内容じゃないでしょ」
実際、そんなこと俺が一番知りたいけどね。こっちの世界に急に呼び出されて、足に鱗が生えてることに後から気が付いて、その後に魔族の説明を受けた。で、自分の特徴があまりにも合致しすぎてたせいで怖くなって、逃げ出した。
だから結局、誰かから確証をもらったわけではない。魔族がなんなのかも全くもってわからない現状では、如何にもこうにもしようがなかった。
「ただ、魔族を操れる力なんて」
「だから、俺のは魔族を操るんじゃなくて………うぅ」
気持ち悪さと酩酊感が唐突に襲ってきて、うずくまる。少しの間そうしていたら、すぐに意識がなくなっていった。
次に目が覚めたのは、知らない部屋の中だった。体を起こして周囲を見渡すと、窓の外はまだ暗い。
眠ったのは、いつぶりだろうか。感動のような、人間としての感覚をまた味わえたような気がして、感情が掻き乱される。
扉の開く音がして後ろを向くと、そこにいたのはミアだった。
「声は上げないでください。私が男を連れ込んでると勘違いして、兄がもしかしたら来るかもしれないですから」
よく見れば、内装は大幅に異なっているが、部屋自体は見知った宿のものだった。………ミアの部屋か。分かりやすい女性ものは置いていないが、部屋自体は整っていて、色彩も若干淡い色が多用されているように見える。
にしても、俺はなぜここにいるんでしょうか。
「どれだけ飲んだのかは分かりませんが、この町の店で大量に飲酒するのはお勧めしませんよ。酒を強くする魔法が流行して、他よりもだいぶ強いものが出回っていますから」
アルハラまがいに飲まされまくっただけなんで、自分としては一滴も飲むつもりはなかったんですけどね。
まぁ、本当に嫌だったらスキンヘッドの腕を振り払えば良かった話だ。どうしても町が若干名残惜しくて、引っ張られてまんまと付いて行ってしまった。
「拘束は?」
「………あなたの力は森の中で十分見ました。縄で縛って動きを制限できるような人ではないでしょう。それに、どうせ一度は失った命ですし」
俺が殺しかけた方か、それともこの町がなくなりそうになった方か、一度は失った命ってのはどっちの出来事のことを言ってるんですかねぇ。
というか、こんな世界に生きてれば、命の危機なんて何度もあってきただろうに。
「で、俺はどうすればいいわけ。これから」
「どうもこうも、知り合いが酔っ払って道で潰れてたから介抱しているだけです。私は何かを求めているわけじゃないですし、治ったら出て行ってもらってかまわないですよ」
それで言ったら、もう酔いは覚めているわけですけど。どれだけの間眠っていたかはわからないけど、ともかく今は全くもって酩酊感がない。
「………俺に声をかけたのはなんだったわけ? 別にそのまま隠れてればよかったのに。もう俺と接触して良いこと何もないでしょ」
「別に、もう一度話したかっただけです」
意識を持った魔族として人間の間で暮らす苦しみを想像したから、とミアが付け足す。そのまま彼女は視線を逸らして、棚の整理を始めてしまった。
その表情は見えない。
ネクロマンサー死地を逝く 二歳児 @annkoromottimoti
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