第16話 酒

 翌朝。


 まぁ、自分は寝る必要が無いので、徹夜明けの疲労だとかはない。することと言えば、時折魔族の軍団に飛び込んで、制御マニピュレートを使う程度。それ以外は、混戦状態の魔族を眺めているだけだった。


 そして、遂にできました。例の魔法が。

 ずっと本を二冊運んでいて非常に重くて泣きそうだけど、このリュックの中に入れていた『死霊魔法大全』のお陰で、やっと使いたかった魔法が使えるようになったのである。この数時間ずっと本を前にして苦闘した効果があった。本を読むためだけに提燈ランタンに火を灯して、こんな夜中に格闘した効果が。


 最初は魔陣シートで魔法を作ろうとしてたけど、死体に対して遠隔で発動する魔法だったために、どうやら魔詞ワードの方が良いということが分かった。

 そんな色々な試行錯誤を経て、やっとできた魔法。それが、軍団レギオンである。


軍団レギオン


 大量の死体が起き上がると同時に、魔力が大量に消費される感覚があった。


 因みに、魔族と軍団の違いの見分け方は、肌の色である。魔法で肌の色を黒くして、黒い味方は殺さないようにという指示を下した。

 状況だけ見たら、黒い肌の軍団が魔物に襲い掛かってる意味の分からない状況だけどね。


 ともかく、目的の魔法は完成した。次の魔法は、腐敗コラプトの大軍バージョン。これに関しては、殆どの部分が軍団レギオンをまねれば良いわけだから、そこまで時間はかからないと思っている。


 30分ぐらい魔法書と格闘して、大群相手に魔法を使う感覚と、若干の魔陣シートを頭の中に想像して、言葉を呟く。


消滅フェイド


 俺の英語がだいぶ中二病なのは気にしないで欲しい。英語がカッコいいと思っていた時期が俺にもあったんです。英語はできるようにはならなかったけど。


 大量の魔族の死体が消えて、魔力が流れ込んで来る。これで筋力なんかも強化されるわけだから、信じられないぐらいに有用だよね、これ。

 軍団が魔族を殺して行くのを見ながら、軍団レギオン消滅フェイドを交互に発動していく。これで魔力が尽きることもない。魔族がいる限りは永久機関である。


 結局昼前までそれを繰り返していたんですが。


「おい、死んだかと思ったぞ、テメェ」


 例のスキンヘッドが遠くから歩いて来る。どうせミアの件でここは離れるわけだから、もうこの付近で屍術士ネクロマンサーを隠す意味もないし、別に軍団は隠さなくとも良いだろう。


「何とか生きてたな。帰るか」

「戦場は…………なんじゃこりゃ」

「知らん。なんか出てきて食い止め始めたから任せてた」


 別にわざわざ明かす意味もないけどね。


「とりあえず魔族の侵攻が止まってるなら、良いのか?」

「良いんじゃない?」

「まぁ、一旦帰るか。お前も休息が必要だろ」


 実は魔法のお陰で体力も凄いことになってるし、ちょっとお腹空いてるだけです。言わないけど。


 スキンヘッドに着いて行って、町へと戻る。街の付近では残党らしき魔族が彷徨ってはいるものの、門の周辺に集まっていた魔族はいなくなっている。

 とりあえず、何とかなったらしい。


「魔族の侵攻が落ち着いて良かったよ。例の黒魔族のお陰だな」

「そうかもね」

「お前が一番見てただろ」


 スキンヘッドに引っ張られて、酒屋へと向かう。本当は直ぐに出発する予定だったけど、確かに精神的には少し疲れた。

 ミアも、この騒動が終わって直後に新たな騒動を引き起こそうとは思わないだろう。是非とも思わないでいて欲しい。


 このスキンヘッドとて、俺が魔族もかくやの鱗を持っているだなんて知れば、一瞬で態度を変えかねない。本当はそんな心配なんてせずに友人関係を築くべきなのかもしれないけど、知ったこっちゃないね。人間ってのは直ぐに態度を裏返すもんだし。


「おい、酒飲むぞ。俺のおごりでいい。テメェは普段は飲んでるとこ見ねぇが、まさかエール一杯も飲めねぇわけじゃあないだろうな」

「飲めない。飲んだことないし」

「かぁー! これだから若造は。今日ぐらいは良いだろ、今日ぐらいは」


 まだ17なんですけど。そういうの関係ない感じですかね。てか嫌な上司かよ。飲み会でテンション上がってパワハラとかしてくんなよ。


 という嫌な想像とは裏腹に、到着したのは少し雰囲気の良いバーだった。「騒がしいの嫌いだろ、テメェ」と言われて、困惑する。そういう気遣いは美女か美少女にされたかった。


「マスター、強めの酒二つ。そのままでいい」

「はいよ」


 渋めのヒゲオジが棚からウイスキーらしきものを取り出して、それを透明なグラスに注ぐ。ことり、とカウンター席に置き、それを滑らせてこちらに寄せる。


「ほら、飲むぞ」

「………頂きます」


 金はビタ一文払わねぇぞという感情を込めて、敬語で返した。スキンヘッドが苦笑いしながら、グラスを傾ける。

 自分もそれをまねて飲むが、喉が焼ける感触がして、熱い何かが胃へと落ちて行った。


「流石にこの町と心中することになるかと思ったが、何とかなったなぁ」


 確かに、あの強さで、あの量の魔族はきつかっただろう。しかも、殺しても殺しても後続が来るのだし。


「お前は本当に今の今まで何をしてたんだっつーの。割と期待の新人だったんだがなぁ…………」


 誰もそんなこと言ってませんでしたけど。


「お前信じてないだろ、その顔。そうやってずっと俺等との関係持とうとしねぇでよ。俺は担当の時間が同じだったから少しは話したけどよ、他の奴らだってお前のこと知りたがってたぜ。誰も、若造との話し方なんて分かんねぇ、っつって諦めてたけどよ」


 オジサンたちはオジサンたちならではの悩みがあるらしい。若造って言ったって、こっちの世界では一応成人しているはずなんですけどね。確かに、この田舎の戦場だと若い人を見るのは珍しいかもしれないけど。


 まぁ、魔族襲撃の心配がない建屋の中で、誰かと話しながら飲む酒も悪くはなかった。少なくとも、緊張していたはずのメンタルはマシになったわけだし。

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