第34話

 時を戻し、伯爵邸襲撃事件から一夜明けたこの日。

 私はヘイヤを伴って、町役場まで来ていた。

 当然服装はよそ行きのしっかりしたもので。


 まずは受付でアポがあると嘘をつき領主を呼び出してもらい、その間に私たちは別ルートで領主の執務室へ。

 扉を開ければ当然領主はいない。潜入成功だ。


「何故このような手の込んだことを?」

「私のことを強く印象付けるためというのが一点。

 もう一点は……ふふっ。こういうの、一度やってみたかったのよね」


 私は領主の椅子に座り窓のほうを見て、ヘイヤにはガラスの反射で姿が見えるように入り口側の壁に立ってもらう。

 ……うん、完璧。

 ヘイヤに手でオーケーサインを送り、その時を待つ。


「――、この非常事態にわざわざ呼び出しておいて誰もいないだなんて」


 ドアを開けて部屋に入ってきた、領主トーナ・スホル。

 彼女は私たちに気づ……かないの!?

 そのまま応接用の椅子に座って天を仰いで、だら~んと溶けちゃった。

 ――うん、まあ、大変だろうから仕方がないよね。

 格好いい登場はご破算になったけれど、おかげで面白い場面が見られたからヨシ!

 ということで椅子をくるりと回して、その動きにちらりとこちらを見た領主にニッコリ笑顔で手を振る。


「……………………え」


 中々良き間が空き、ヘイヤはギリギリで笑いをこらえている。


「お初にお目にかかります。トーナ・スホル様」

「……あ、幻覚だこれ」

「残念ながら私は実在していますよ」

「幻覚ってことにしてください……」


 デシムラットの領主、トーナ・スホル。

 二十代後半の女性で、魔法爵としては異例の速さで出世し準男爵となった。

 だがその理由は、デシムラット伯爵が町の運営を押し付けるため。

 と、たったこれだけの説明でも十分に察せられるほどの苦労人だ。


「今このタイミングを逃せば、貴方は後悔することになりますが、それでもよろしいのですか?」

「これ以上問題が増えるほうが後悔すると思うんですけど……」

「ならば余計にです。なにせ私は問題を一つ解決しにやってきたのですから」

「うう……分かりました……」


 さすがは元平民。

 貴族のような堅苦しい言葉遣いではないおかげで、こちらとしてもあまり気を遣わずに話せる。

 彼女は大きくため息をついて立ち上がり、ヘイヤに気づいて驚いた後、もう一度ため息をついて机の前へ。

 なおヘイヤのポーカーフェイスは驚かれた時に瓦解した。


「それで、あなたたちはどちら様ですか?」

「裏社会の者です。心当たりは?」

「一応。デシムラットには【夜鷹の爪】という名の犯罪組織が巣食っていると。

 お飾りの領主に回ってくるような情報だから、本当かどうかは知りませんけどね」

「ふふっ、それだけ知っていれば十分ですよ」


 さすがにそれくらいの情報は知っているか。

 知ってなかったらこの先困るのは私だったのだけれど。


「単刀直入に申し上げます。ディロス・ヴァン・デシムラット伯爵の身柄はこちらで預からせていただいています」

「生きてるんですか?」

「はい。貴族殺しは極刑ですからね」

「殺してもよかったのに……」


 聞こえてますよー。


「領主様、まずはこちらを」

「え、これ、うちの家計簿!?」

「あまりにも警備がなさ過ぎて、正面玄関から出入りできたそうですよ。

 ……領主なんだから、そこら辺しっかりしないとダメですからね?」

「はい。反省します……」


 これでは居直り強盗だけれど、しかしこれに関しては本当にちゃんと反省してもらわないと。


「この家計簿の中身ですが、数か月に一度、大きな出費が挟まっていますよね。

 名目は『茶葉購入費+輸送費』」

「……ええ、そうです。お察しの通り、それは伯爵への裏金を意味しています」

「ではその裏金で伯爵が何を購入していたかについては?」

「いいえ。さっきも言いましたけど、私はお飾りの領主なので」

「そうですか」


 彼女をこの目で見た時から違和感を覚えていたのだけれど、その理由が分かった。

 彼女には違法薬物を購入するほどの度胸などない。

 要するに、伯爵のカモにされていただけの哀れな女なのだ。


 次に私は、伯爵邸から持ち出した不正の証拠を並べる。

 一つ出すごとに、彼女の顔色が可哀そうなほど青ざめていく。


「本題に入りましょう。

 私たちは今、伯爵の身柄と不正の証拠。その両方を手にしています。

 そこで取引です。

 私たちの要求は、この町での我々【夜鷹の爪】の安全の確保。

 なに、犯罪の全てを見逃せとは言いません。ただ憲兵団に口利きをしていただければ、それで構いません」

「……そう来るとは思いましたけど、でも私は」

「次に、審魔官の召喚を要求します」

「しん……まかん?」


 あ、これは本当に知らない顔だ。

 なので先に、審魔官が何者なのかを教えた。


「貴族が魔法を使えるか審査する……そんな人がいるんですね。

 でも何故あなたがそれを知っているんですか?」

「答えるとお思い?」

「あ、いえ。なんとなく聞いただけです……」


 少し考えれば分かることだから、彼女もすぐに気づくだろうけれど。


「つまりは、審魔官を呼んで伯爵を突き出せということですか?」

「それだけではありませんよ。

 デシムラット伯爵には後継ぎがいませんからね、ここで伯爵が失脚し貴族の地位をはく奪されると、デシムラット領の領有権が宙に浮くことになります。

 そこで領主様の出番というわけです」

「えっ!? ま、まさか私にデシムラット領全体を継げと!?」

「左様」


 彼女はお飾りとはいえ、伯爵と繋がりのある歴とした領主だ。

 それはつまり、このデシムラット領を継ぐ権利を有しているということ。

 ……ついでに言えばこんな田舎の土地、誰も欲しいとは思わないだろうし。


「もしも貴方がデシムラット領を継ぐとなれば、当然貴方の爵位も上がります。

 おそらくは準子爵。二階級特進ですわね」

「いい言葉には思えないんですけど……。

 ともかく、私がデシムラット領を正式に継げば憲兵団を抑え込めるようになって、そうすればあなたたちの安全も確保できると」

「ええ、その通り。

 逆に貴方がこの提案を拒否した場合、この家計簿は国の知る所となります」

「うっ……ちゃんと脅すんですね……」

「ええ、悪い人ですから」


 ニッコリ笑顔。

 正直、彼女には同情すべき点も多々あるので、穏便に済ませたい。

 なので彼女が頷いてくれるのを、善の面でも願ってしまう。


 さて、長居をしてもいられないので、ここいらでおいとましよう。


「こちらの話は終わったので、これにて失礼させていただきます」

「え、私はまだ」

「それとこちらをどうぞ」


 話を遮り、事前に足元に置いておいた箱を差し出す。


「……何ですか? これ」

「高級紅茶の茶葉よ。

 次はぜひ友人として、お茶を楽しみたいところだわ」

「えー……」


 呆気にとられる領主に軽く手を振り、私たちは執務室を後にした。


 その日の夕方、『夜鷹の爪宛て』の便箋を受け取った。

 便箋にはただ一言『友人より』とだけ書かれ、そして良い香りのする紅茶の茶葉が一枚だけ添えられていた。




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悪役令嬢に転生しましたが、世界滅亡エンドが確定していたので悪の道を突っ走ります 塩谷歩 @673670

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