第33話
順番バラバラにアジトに帰ってくる馬車たち。
まずは意外にもジャンクたち。
その顔色を見れば、何かとんでもないものがあったことは一目瞭然。
「お疲れ様。伯爵の隠し財産はなんだったのかしら?」
「あれはそんな気楽なものじゃない。
……畑があったんだ。何が植えられてたと思う?」
「パンプキン。違法薬物でしょ? 伯爵の私室がそれはもう臭いのなんの」
「そうか。だったら言いよどむ必要もなかったな。
あーそれだけじゃなくて、しっかり金目の物も頂いてきたぞ」
「やるわね」
「当然だ」
お互いニヤリと悪い顔で笑いジャンクたちには休憩を指示。
ジャンクたちが何を頂いてきたのかだけれど、この世界では一枚数十万円相当の金貨が山ほどに、キラキラ輝く宝石たち、そして金の延べ棒が十本以上!
金の延べ棒なんて本当に実在したんだと感動してしまったが、ディータが「家の倉庫に積んであった」と爆弾発言をして、私を見事に呆れさせた。
次にスネイルたち。
「オレらは怪我人ゼロだぞー。光り玉投げまくる役だったからなー」
拗ねイルになってる。
「それはそれで重要でしょ」
「いやそうなんだけどよ、デカいヤマを当てたいっつーか、小便が出切らない感じっつーか……」
「不完全燃焼?」
「それそれ」
「だったら近いうちにいい案件を持ってきてあげる。当てはないけれどね」
「おっけー、んじゃ期待しないで待ってるぜ」
スネイルたちにも大きな被害は無し。
さて、問題は……。
「アルメ、そちらはどう?」
「軽い切り傷を受けたものはおりますが、皆無事に帰還しました。
これもまたお嬢様の作戦のたまものですな」
「そう、分かったわ。みんなお疲れさま。のんびり休んで頂戴」
笑顔でアルメの部下たちを見送り……一方ではアルメの背中に銃口をぴたりと付けて逃がさない。
「お、お嬢様……これはなんの……」
「前回アジトが襲撃を受けた時、貴方は死者はいなかったと報告した。
でもね、あれ以来見なくなった顔が数名いるのよね。
……まだ十日やそこいらの新入り首領ならば騙せるとでも思ったのかしら?」
笑顔を絶やさない私。
対しアルメは大きくため息をついた後、両手を軽く上げ降参ポーズで振り向いた。
「改めて報告しますが、前回も今回も、死者は一人もいません。誓いましょう」
「つまり死に等しい怪我を負った者はいる。そういうことね?」
「ええ、まあ。程度にもよりますが……」
目線を外しうつむくアルメ。
その時、私ではなくディータがアルメの顔面を思いっきりビンタ。
あのアルメがふらつくほどだ。
「貴方がそこまで私を……いえ、私たちの覚悟を甘く見ているとは思わなかった。
正直に言って、貴方には心底幻滅したわ。じゃあね」
あくまで事もなげに言ってのけるディータだが、内心はよくビンタだけで済ませたと褒めたくなるほどに煮え滾っている。
ただこのままフォロー無しではよろしくないので。
「次はないと思いなさい」
と私が言い残しておく。
これをどう取るかはアルメに任せるけれど、部下たちが地獄を見るのだけは間違いない。
次に牢屋に行き、伯爵の様子を確認する。
伯爵は弾痕には包帯が巻いてあるが、パンツ一丁で両手足を縛られ身動き出来ない状態にしてあった。
パンツまで剥ぎ取らなかったのは私に対する遠慮かな?
ちなみにやったのはクロウではなく、牢屋の看守でもなく、伯爵を裏切った私兵のおじさん二人。
「俺らだってこれくらいの復讐はさせてもらってもいいだろう?」
「罪もない女に同じことやってたんだからな、こいつ」
というのがその理由。
私としても否定する気はないので、伯爵にはこのままの姿でいてもらおう。
諸々の準備が整ったので、気つけ作用のある吹き矢で伯爵を起こす。
「……うっ、頭が……割れる……」
「おはよう伯爵。さわやかなお目覚め、いかがかしら?」
「き、貴様……」
最初クロウを起こした時も頭痛に苦しんでいた。
そういった副作用があるのかも。
さて、ここからはディータの独壇場だ。
「貴方が意識を失った後、軽く家探しさせてもらったわ。
反体制派のリストや違法な金の流れは以前盗ませていただきましたけれど、まさか貴方自身が違法薬物売買の元締めだったなんてね」
「私に対しこのような行いをしておいて、命があると思うなよ……」
その言葉に、ディータが高笑いを決める。
「おーっほっほっ! これほど言われて気持ちの良い脅し文句もありませんわ!」
うん、これぞ私の知るデイリヒータ・マイスニーだ。
「伯爵様。貴方は大切なピースを見逃してらっしゃるのよ」
「……なんだと?」
「貴方、あれからどれほど時間が経ったか把握してらっしゃる?」
「何が言いたい?」
「ハァまったく。思考を放棄して答えだけ欲しがるとは、獣よりも劣りますわね。
とはいえ薬で歪んだ鈍重な思考が答えを導くのを待っている暇もありませんから、答えて差し上げます。
伯爵邸襲撃拉致事件は、三日前の出来事です」
「なっ……」
そう、実はあれから既に三日経っている。
この三日間で、当然ながら伯爵を奪い返しに私兵が押し寄せたが、これらも地の利を生かして最小限の被害で切り抜けている。
事前情報と離反者が多数いるという追加情報も合わせれば、残りの私兵はおそらく三十人もいないだろう。
つまりどう足掻いても私たちの勝利なのだ。
さらにだ。
「伯爵はこの少年を覚えているわよね?」
「……ああ。二度と忘れない」
「忘れてもらっちゃ困る」
伯爵相手にこう返せるのだ、やはりこの少年は間違いなく大物になる。
「彼は貴方に直接会うまで、どう復讐すべきか決めあぐねていたの。
でも貴方の所業と言動を見て、彼は覚悟と共にその方法を決めたわ。
国にすべて暴露する、とね」
「ふっ、所詮は大人を知らないガキどもの猿真似よ。
国にすべてを暴露するだ? そんなことをしたところで、誰が信じるものか。
私を脅したいのであれば、もっと頭を使うんだったな」
「あら、猿が何か言っているわ」
少年に続けとばかりに、全く動じないどころか煽り返すディータ。
さすがは悪役令嬢。
さすがは【この光に花束を】全キャラ人気ランキング二位。
そこにクロウがやってきて、私にアイコンタクト。
「ディロス・ヴァン・デシムラット。貴方にはこれから私たちとのドライブに付き合っていただきます。
さあ行きましょう」
「な、なにを……」
これは私からの、わずかばかりのねぎらい。
本業はトーナ・スホルに任せて本人は悪行三昧だけれど、それでもデシムラット領の維持管理をしてきたのは間違いないのだから。
薄汚い布を彼に被せて周囲から気取られないようにして、馬車で出発。
「絶対に、絶対に後悔させてやる……」
「さっきから同じことしか言わねーなこいつ」
「現実逃避しているだけよ」
伯爵自身、もう私たちに復讐することは叶わないと理解している。
あるいはいつかこうなると分かっていて、その絶望から逃避するために薬物に手を出した可能性もある。
……そこまで深堀するほどの興味はないけれど。
「ねえ伯爵。この町や人たちを見て、どう思う?」
「……何が言いたい」
「私はお父様から、こう教わったの。
領主にとって、土地は骨で町は肉、人は血液だと。
土地がなければ町は出来ず、町には人がいなければならない。
そして逆も然り。
人がいる場所に町が出来て、町がある場所が彼らの土地になる。
それからこうも言っていたわ。
人は宝だと。
……だからこそ私は貴方に対して一つの疑問を抱いていたの。
その答えを聞かせていただけませんか? デシムラット伯爵」
だが伯爵はディータの質問には答えず、最後まで口を開かず仕舞いだった。
そして、お別れの時。
「心から残念に思うわ。ではさようなら。ディロス・ヴァン・デシムラット」
「……待て。俺に引導を渡すのは貴様じゃない」
伯爵の瞳は、少年に向いている。
しかし少年は伯爵の最期の願いを笑い、「誰がお前なんか」と言ってのけた。
悔しさに顔がゆがむ伯爵。因果応報だ。
止まった馬車から伯爵と、伯爵邸から盗んだ不正の証拠たちを落とし、私たちはすぐさま走り去る。
私たちが伯爵を落としたのは【審魔官】の泊まる領主屋敷の目の前。
審魔官とは、その貴族が本当に魔法を使えるかを極秘裏に調査する審査官であり、その裁量は時に王族にも及ぶ。
ヘイヤを懐かせた時に話に出た、攻略キャラの【ズー】もその審魔官だ。
さすがに今回の審魔官は別人だと思うけれども。
そんな審魔官が何故タイミングよくデシムラットの領主屋敷に泊まっているのか。
その答えは単純。私が呼んだから。
伯爵の身柄を審魔官に引き渡してしまえば、後は王国がやってくれる。
やったことを見れば間違いなく死罪だが、仮にも伯爵という低くはない地位にいる人物。
どう裁かれるのかは分からないが、しかしそれでも二度と私たちの前に姿を現すことはないだろう。
こうして対ディロス・ヴァン・デシムラット伯爵戦は、静かに幕を閉じた。
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