第32話

 準備を済ませ、班に分かれて馬車で出発。

 今回の私の服装は、動きやすさと伯爵に対する最低限の礼儀として男性物の礼服。

 私たちの馬車はクロウが御者をして、他にはヘイヤと少年のみ。

 その後ろには合計で八台もの馬車が連なり疾走している。

 中には御者しか乗っていない馬車もあるが、それらには帰りに荷物が乗る予定だ。


「うちってこんなに馬車を持っていたかしら?」

「半分は借りものだよ。後ろのでかいのなんてウバートのだしな」

「あら。また借りが出来ちゃったわね」


 その借りを返す算段は、これが成功すればいくらでも作れる。


 途中で三台が車列を離れた。

 あれはジャンクたちのだから、気取られないように私たちとは別のルートで近づくのだろう。


「それじゃあ私たちも始めるわよ」

「っしゃーいっちょやったるかー!」

「おー!」

「お、おー」


 元気な男二人に気圧されてるヘイヤ。

 静かというか、若干ビビリなのかもしれない。


 私たちは本隊から離れ、伯爵邸の裏手に回る。

 改めてだが、伯爵邸は郊外にあり背後を森に囲まれている。

 逆に言えば、背後に回り込みさえすれば気づかれる可能性はかなり低い。

 おかげで潜入は容易なのだが、これも人を遠ざけたいが故なのだとしたら、一体何を隠しているのやら。


 到着して馬車から降りたタイミングで、遠くから怒鳴り声が聞こえ強い光が。


「始まったわね。こちらも迅速に行動しましょう」


 目配せして静かに頷き、行動開始。

 まずは伯爵の私室にあるベランダ下まで移動。

 すぐ隣に丁度いいサイズの木があるので、これを登ってベランダに侵入する。

 のだが……。


「そういえば私、木登りはしたことがないわ……」

「ならばここは私にお任せを」


 そう言うとヘイヤは軽く助走をつけて木に向かって走り、三角飛びの要領でバックフリップを決めつつ、いとも簡単にベランダに到達。


「リュウロウの運動神経やべーな。縄、投げるぞ」


 クロウがヘイヤに向かって縄を投げ、ヘイヤは自身に縄を巻きまずは少年を引き上げる。

 その間にクロウもヘイヤと同様の動きで、しかしさすがにバックフリップではなく普通にベランダに掴まりよじ登る。

 最後にクロウとヘイヤで私を引き上げ、全員がベランダに到着。

 ここまでは順調……と言っていいのか微妙ではあるけれど、問題はない。


 次にクロウが窓のカギを開ける。

 この窓のカギは非常に簡素で、鉄の板を上から差し込みカンヌキをしているだけ。

 なので隙間から棒を差し込み上にスライドさせれば、あっさりとオープン。

 これが目的ではないけれど、事前にシドを潜入させておいて正解だった。

 そうでなければ今頃ディータが蹴破っていたところだ。

 ――やってみたかった、だって。

 気持ちは分かる。


 私室に侵入成功。

 と同時に、非常に嫌な感じの甘ったるいニオイが鼻をつく。

 そういえばシドも、甘い匂いがしたと言っていた。


「なにこれ……」

「これ……パンプキンだ。文字通りカボチャのような甘い匂いのする違法薬物だよ」

「うちで取り扱ってる?」

「いや、旦那様の方針でな、うちの組織で薬の類は一切扱ってない。

 薬は連鎖的に人を不幸にするからな」

「さすがはお父様、賢明な判断ね。

 となると……ふふっ、領主の家計簿の謎が解けたわ」

「あー、そういうことか」


 領主トーナ・スホルの几帳面な家計簿には、数か月おきに紅茶+輸送費として不釣り合いな出費が挟まっていた。

 この出費は何かしら別の支出のカムフラージュだと踏んでいたのだが、その正体がこのパンプキンと呼ばれる薬物だろう。

 領主は伯爵には逆らえない立場にある。

 それを利用し領主に薬を購入させ伯爵が使っていたと考えれば、個人の家計簿で何故カムフラージュが必要なのかという謎が解ける。

 同時に、領主を抱き込むための武器にもなる。


 それにしても、実の娘の殺害から始まり連続婦女暴行に違法薬物もだなんて、一体何がどう狂ったらこんな奴が人の上に立っていられるのやら……。


「ところで伯爵はどこだ?」

「隣じゃない?」


 私室は内部で部屋が繋がっていて、隣が寝室となっている。

 しかし寝室のドアを開けたクロウは首を振った。


「……いねーぞ」

「ならば執務室で証拠隠滅を考えているのでしょうね。行きましょう」


 私室から出て執務室へ。

 しかし廊下に出てすぐ私兵の足音がこちらに来ると気づいたクロウが、一旦ベランダに戻るよう指示。

 とはいえこのままでは伯爵に逃げられる恐れがある。

 ここは――そうね。両面作戦で行きましょう。


「私が囮になってベランダ伝いに窓から執務室に行く。貴方たちは私兵をやり過ごした後、廊下側から来て挟み撃ちにして頂戴」

「お嬢、大丈夫なのか?」

「迷ってる暇はないわ。ヘイヤ、そちらは頼んだわね」

「はい」


 ヘイヤ、クロウ、少年の三名は寝室で身を隠す。

 一方私は突入してきた私兵たちに一言「遅かったわね」とニヒルに微笑み、手すりを飛び越え隣のベランダへ。

 おっと、一部屋だけ明かりがついている。あそこだ。

 追ってきた私兵たちは団子になりながらも私を掴もうとするが、私はそのままさらに隣のベランダに移動。

 そして私兵たちが体重をかけてしまっているベランダの手すりを撃って破壊し、彼らを地面に落とすことに成功した。


「あーら、ごめんあそばせ」


 ノリノリのディータ。

 この礼服でこの所作だ、私兵にはさぞかし格好良く映っただろう。


 ベランダ伝いに明かりの灯っている部屋へ。

 中を覗いてみると……いた。寝間着姿の男が急いで何かを燃やそうとしている。


「そうはさせないわよ」

「だ、誰だ!?」


 次の瞬間、やっぱりディータが窓を蹴破った。

 ――だったらここからは任せる。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「夜分失礼するわ、ディロス・ヴァン・デシムラット伯爵様。

 私はデイリヒータ・マイスニー。ご存じよね?」

「……マイスニー家の亡霊め!」

「ふふっ、それちょっと惹かれるわね」


 ディロス・ヴァン・デシムラット伯爵。

 見た目は五十代以上かな。

 頭部が薄くて目の下にしわが多く、そして歯が抜けている。

 若いころは結構モテたんじゃないかな。今は見る影もないけれど。


 次の瞬間、伯爵は私にろうそくを投げつけ逃亡を図った!

 けれどその程度でディータが怯むとでも?

 ろうそくを軽くかわし、彼女の腕を借り伯爵の足を撃ち抜き逃亡を阻止。

 伯爵が床に転がった丁度のタイミングで、少年たちも到着。

 状況を確認したヘイヤはすぐに廊下を警戒し、クロウは少年の盾になるよう斜め前に立った。


「くそっ! 貴様ら、私にこんなことをして、ただで済むと思うなよ!」

「あら驚いた。そんなテンプレートな捨て台詞、本当に言う人がいるのね。

 さあ少年、貴方の出番よ」


 少年、血を見て少しは怯えるかと思ったのだけれど、ところがどうよ、怯むどころかそもそも眼中にないじゃない。

 将来は大物になるわね。


「伯爵、アリッサって人、知ってますか? 東四番通りに住んでいた」

「知らんな。

 ……そうか、貴様あれだな? 俺が抱いてやった女どもが寄越したガキだな?

 フン、馬鹿馬鹿しい。

 こちらはお前のようなガキは見飽きてるんだよ。

 何が認知しろだ、何が養育費を払えだ。証拠もなしに泣きついて俺の金をせびる性悪共め。

 貴様らが何を言ったところで、どうせ国は動かんのだ。証拠がないのでな!」

「……そうか。分かった」


 恫喝されようとも一切怯まない少年と、その肩に優しく手を置くクロウ。

 少年の肝の座り具合も素晴らしいし、クロウもしっかりお兄ちゃんしていて、こんな場面なのに微笑ましく思ってしまうわ。


「オレさ、すっと父親がいないことが悔しくて、それで母ちゃんが苦労してるのが可哀そうで、そんな世界が憎くて仕方がなかった。

 だけど今分かった。

 オレが憎むべきは世界じゃなくて、あんただ。

 そしてあんたは、オレの父親なんかじゃない。ただのクズ人間だ!」

「うぐっ……」


 伯爵が何も言い返せない。

 ――そうね、少年がどのような未来を歩もうとも、私たちはそれを応援してあげましょう。


「ふふっ。よく言ったわ、上出来よ。

 じゃあ最後に、伯爵をどうするかを貴方が決めて頂戴」

「お嬢、それはさすがに」

「大丈夫。……こんな奴、殺す価値もない。考えなくたって分かる」

「承知したわ」


 伯爵に魔法の麻酔弾を二発撃ち込み、しばらくは起きないようにする。

 あとは机を軽く漁って伯爵の悪事の証拠を入手し、撤退開始。


 クロウが担いで伯爵の私室まで移動してから、折れたベランダを利用して伯爵を地面に降ろす。

 次にヘイヤが、そしてクロウが軽い身のこなしで飛び降り、最後に私たち。


「少年、私に掴まりなさい」


 そして風の魔法を使い、少年と一緒にふわりと着地。

 締めに空に向けて火の魔法を数発撃ち、花火のように炸裂。

 これで他のメンバーへの合図になるはず。


「さあ撤退よ」


 鮮やかな、とまでは言えないかもしれないけれど、目的はきっちり果たしたわ。

 さあて、伯爵には洗いざらいすべて吐いていただきましょう。

 ふふふ……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る