悪い人ですから
第31話
仕事の発注と共に忙しくなる私たち。
伯爵邸の位置だが、町から少し離れた郊外にあり、背後には森がある。
昔は、現在トーナ・スホルの住む領主屋敷がデシムラット伯爵邸だったのだが、ディロス・ヴァン・デシムラットが当主になった際に現在の屋敷を建て、そちらに移り住んだ。
そのため伯爵邸はまだ築年数が
伯爵邸は上から見ると、H字型の二階建て。
正面から最も遠い位置に伯爵の私室があり、私たちの最終目的地もそこになる。
「こんな広い豪邸に一人で住んでいるだなんてね」
「例の話が本当ならば、自業自得だろう」
ディロス・ヴァン・デシムラット伯爵には家族がいない。
昔は結婚して子供もいたそうだが、伯爵がとんでもない胸糞事件を起こしたせいで離婚している。
その事件だが、妻のいない間に実の娘に性的暴行を働いた挙句、殺害したのだ。
伯爵はこれを事故として処理したものの、妻は女のカンですぐに見抜き、葬儀も終わらぬ間に実家に帰り絶縁。
この事件が引き金となって、伯爵は婦女性的暴行通り魔へと変貌したらしい。
つまり元より伯爵は生かす価値のないクズなのだ。
次に、元私兵の二人と少年から聞いた情報を見取り図に書き込んでいく。
だがこの作業が進むほどに、ディータのため息が増えていく。
「貴方たちを疑うつもりではないけれど、さすがに無防備が過ぎるわ」
「そう言われてもな」
「オレもこれで合ってると思う」
「だよな」
少年がそう言うのならば。
……いやいや! だとしてもやっぱりおかしい。
貴族の屋敷なのに屋内警備がほぼゼロ。
これでは襲ってくれと言っているようなものだ。
「伯爵の人となりを聞く限り、警戒するに越したことはないのだけれど。
……シド、いるかしら?」
「いまーっす」
すぐそこにいた。
もふもふの黒猫なのに、気配を消すのが本当にうまい。
「実際に潜入してみて、気になった部分はあったかしら?」
「人が出払ってるタイミングだったってのもありますけど、それにしても人の気配がないなとは思いましたね。
メイドとか執事の巡回もありませんでしたし、私兵も外で警戒してるだけで中にはまったく。
あとは……お香なのか、甘い匂いがしてたくらいですね」
「だから言っただろ」
もしかしてデシムラット伯爵って、バカなの?
――ディータまで同じことを言ってるし。
「お嬢としてはどう思うんだ?」
「第一に罠の可能性ね。
実は貴方たちも知らない伏兵が潜んでいて、人知れず侵入者を狩っている」
「なんかホラーじみてるな」
「あら~? クロウってそういうの苦手だったのね~?」
「バ、バカ言うな! 俺が幽霊だとかガイコツだとかでビビるわけねーし!」
ふぅ~んニヤニヤ。
まあそれはそれとして。
「そして第二の可能性もあるのよね。
あえて屋敷から人を遠ざけているという可能性が」
「警備を減らしてまでってことだろ? 意味が分からんぞ?」
「逆に聞くわ。私たちが人を近づけたくない時、そこには何がある?」
「……! 秘密がある!」
「ふふっ、ご名答」
あっ、という顔をした後にこの回答。さすがは犯罪組織の元ボスだ。
おそらく伯爵は、屋敷内に大きな秘密を隠し持っている。
その秘密を知られる可能性を少しでも減らすため、屋敷内の人を減らしている。
あるいはその秘密のために自分が動きやすいように、とも考えられる。
そしてその証拠は、この見取り図に書かれている。
「厨房と食堂の間を見て頂戴。ここ、不自然な造りなのが分かるかしら?」
厨房は見取り図で言うと、一階右翼の最上部。H字の右上だ。
すぐ隣に食堂があるのだけれど、厨房側の仕切りだけが何故かクランク状になっていて、間に隙間が存在している。
煙突じゃないかと思った人、残念。
煙突は厨房の屋外側に二本あり、二階の見取り図にも書かれているのだ。
そしてこの不自然な隙間は、二階の見取り図には存在しない。
つまりこの隙間は煙突や柱ではないということ。
「厨房や食堂って、常に人がいるわけじゃないでしょ?
だから何かを隠すのに最適なのよね」
「そういやマイスニー家のお屋敷にも、厨房に隠し扉があったよな」
「小さい時、入ったらお父様にとてつもなく怒られたわよね……」
「ワルガキだったからな、俺たち……」
「ワルガキは貴方だけよ」
「そこで梯子外すなよ!」
ディータとクロウは幼馴染なので、思わず昔話をしてしまった。
そして周囲も私もニヤニヤ。
「ともかく、デシムラット伯爵の人となりからして、屋敷に隠し部屋を持っているのは間違いないわ。
そしてこの見取り図を見る限り、その可能性があるのはここだけ。
……ふふっ。どうせ私たちの手で失脚させられるのだから、襲撃のついでにお宝をすべて頂いてしまいましょう?」
「伯爵の隠し財産を根こそぎか。面白そうだ!」
「だったらそこは僕たちに任せてほしい。なにせ専門家だ」
「ええ分かったわ。隠し部屋のお宝はジャンクに任せます。
ちなみに、少しくらいならば懐に入れてしまっても、見なかったことにしてあげるわね」
「……善処する」
いわゆる特別報酬だ。
どんなお宝が隠されているのかは分からないが、それを運び出す手間と、準備の短さを考慮すれば、この特別報酬は至極当然。
次に私たち突入班の動きを決める。
ここでポイントとなるのが、少年の配置。
少年には復讐のチャンスを与えたいので、必ず伯爵の私室へと到達させなけばならない。
となれば私兵を陽動する班と、伯爵の元に向かう班とに分かれることになる。
しかしなるべく戦力を保持したままにしたいので、伯爵の元には少数で、それこそ私とヘイヤとクロウと少年、この四名だけで向かうのが得策だろう。
「でもお嬢って戦えるの?」
「少なくともワシと互角にやり合える腕前をお持ちですな」
アルメの言葉に少年の顔が引きつった。
そして少年も私のことをお嬢と呼ぶのか。面白い。
「んでだ、お嬢は正面突破するつもりなんだな?」
「当然じゃない」
そう返すと、クロウはもとより周囲のベテラン勢も一緒になってニヤニヤ。
「なによ、気色悪いわね」
「いやなに、お嬢もまだまだなんだなって思ってよ」
「それはそうよ。なにせ首領になってからまだ十日と経っていないんですもの。
それで? 言いたいことがあるのならば、はっきり言いなさいな」
呆れ半分にそう促すと、クロウは見取り図の一点を指さした。
そこは左翼の最奥、伯爵の私室のすぐ外。
「ここ、何があると思う?」
「そういう質問をするということは……場所的にベランダかしらね」
「おっ、正解。んでもってそのベランダのすぐ近くには、でかい木があるんだよ。
つまり愚直に正面突破しなくても、ここから侵入すれば目と鼻の先に伯爵がいるってわけだ」
「愚直で悪かったわね。
でも安全かつ素早く行動が出来るならば、そちらを採用しましょう」
思えばシドは正面突破なんてしていないはず。
最初から聞いておけばよかった。
「伯爵を確保したら合図を出すから、私兵を抑える班は即時に撤退ね。
いい? 私兵は倒すのが目的ではないわ。とにかく時間を稼いでくれればいい」
「だったらジャンクのアジト襲撃に使ってそのまま余ってる光り玉、あれで私兵の邪魔をしまくればいいな」
「ええ、それで構わないわ。
ジャンクたちも合図が来たら逃げる準備ね。モノにもよるけれど、欲をかいて逃げるタイミングを失わないように」
「ふん、僕たちを誰だと思っている? 言われなくとも分かっているさ」
「ふふっ、それもそうね。失礼しました。
それじゃあみんな、準備にかかるわよ!」
「「「おう!!」」」
さーて、私が首領になって最初の大仕事。
きっちり成功させて、弾みを持たせたいところだ。
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