祖母とりんご飴
黄昏 彼岸
祖母とりんご飴
お鈴の音で目が覚めた。しかし、目の前は真っ暗闇だった。それはもう、夜目も効かない漆黒ぶりだ。困ったものだ......。どうやら風も吹かない空間で、洞窟のように気流を辿り出口まで探り回ることも叶わない。(そもそもこの空間に出口があるかどうか分からないのだが)確か今日はいつもと変わらず仕事をして、真っ直ぐ家に帰っている途中でいつも通っている、横断歩道を渡るところでプツリと記憶がなく気づけば此処にいた。
不思議と恐怖心は湧かず、ただこの暗闇の中でどうしたものかと困りあぐねているばかりで、その場にぽつんと突っ立っている事しか出来なかった。すると途端に目の前でボッ、ボッと蠟燭の火が灯った。よく観察してみると、それぞれ真っ赤な林檎が描かれた可愛らしい和ろうそくが、等間隔に並び一本の長い道を照らしていた。
明らかに、何らかの罠の様にも感じたが、それ以上に進めるところもないため。蝋燭で示された道に足を踏み出した。
「ねぇ、バァチャンいつも祭りになると、りんご飴買って食ってるよね。そんな、ウマいん?」
「ふふ、そうねぇ。おいしいわよ。それにね、りんご飴には大切な思い出があるの」
「ふーん?そうなん?」
「ふふ、おバアチャンがまだ子供の頃…。そうね、アナタと同じくらいの頃に、家族と夏祭りに行ってねぇ。まだ幼かったおバアチャンは、ルンルンではしゃいじゃってねぇ。いつの間にか、一人迷子になってしまって。泣きじゃくってあっちこっち歩き回って家族を探してたら、おかめのお面に桃色の浴衣着た、髪の長い女の子がねぇ。りんご飴をくれて、そのりんご飴を食べて落ち着いたおバアチャンの手を取って、家族の許に連れて行ってくれたのよね」
「へー。なんかフシギな話だねぇ。その女の子ってのは、知っている子なん?」
「ううん。知らない子だと思うのよねぇ。あの時、一言も話してくれなかったし、当時地元で思い至るような子が居なかったのよねぇ」
懐かしい。とても懐かしい記憶が、急に思い出された。あの頃はまだ私が小学に入学するよりも前の幼少時代だ。そうかあの頃はまだ祖母はまだ元気だったな...。
当時の祖母は、背筋がピンと伸びて、今どきの若い人達よりシャキシャキした足取りで大きな庭を毎日手入れするのが習慣で草花を弄るのが好きな人だった。幼少の頃、祖母にべったりで、一緒にお手玉やあやとりをして遊ぶのが人生で一番幸せな時間だった。
だが、私が高校時代の冬に凍結した路面に滑って足を骨折して以降寝たきりになり、少しずつ認知症の症状が現れ始め施設に送られた。最初のうちは頻繁に顔を見せに行っていたが、大学受験の時期と重なり受験勉強が忙しくなる事を言い訳にし、次第に足を運ぶ機会が少なくなっていき、しまいには見舞いに行くのも無くなった。本音を言えば祖母が徐々に衰弱し、記憶が薄れていきやがて孫娘である私の存在を忘れてしまうのではないかと思うと祖母に会いに行くのがとてつもなく恐ろしくなった。
そして、時は非情に流れていき、第一志願の大学の合格通知と同時に祖母は他界してしまった。
祖母について色々思い出し、懐かしんでいると目の前に拓けた空間が見え始めどうやらその空間には、一店の屋台がポツンとあった。
その屋台に近づいてみるとそれは、縁日の祭りに良く並んでいるりんご飴の屋台だった。中を覗いて見ると、店内には狐の面で顔を隠した男が一人店番をしていた。男は私に気が付くと飄々とした表情で話し掛られた。
「さぁ、いらっしゃい。お客さん見ない顔だねぇ」
と手を擦り合わせながら、顔を隠しているはずの面の裏側で嫌らしくニヤついているように見えて気味が悪かった。置かれているりんご飴は、ぱっと見るだけでも林檎が血の様に赤く染まり飴でコーティングされ黄金色にてらてらと輝き、甘酸っぱい林檎とべっこう飴の甘い香りが鼻孔を擽り、目が離せない魅力を引き寄せていた。
「すごく...。おいしそうだな」
ポツリと私の呟きが聞えたのか、狐面の男がさらに口を歪ませた。
「おっ、お客さん。目敏いねぇよし気に入った。お客さん、1本タダであげちゃうよぉ。さぁ、好きなモン1本選んじゃいなよぉ」
と狐面の男がニタニタとした口調で、数十本並べられた飴たちを指先で円を描きながらどれかを選ぶよう促した。私は一瞬たじろいだ。そういえばこの屋台は1本いくらで売っているのか気になり、値札を探すと屋台の垂れ幕の端に半紙で、‟一本。六文銭”と達筆な筆文字で書かれていた。六文銭というワードが頭に引っ掛かったが、私はただ目の前のりんご飴に夢中でそれ以上深く考えず、タダで貰える事に嬉々として奥に陳列された林檎が大きめの物に決め、それを手に取ろうとした瞬間。
誰かの手で妨げられた。止めた腕の主を見ると、おかめ面で顔を隠した女の子だった。その女の子を見た狐面の男は、とても苦々しく睨みつけていたのがやけに印象的で、その子はただ一言だけ「取ってはいけない。取ったら戻れなくなる」と告げた。その声は小鳥のさえずりに似た、透き通って可愛らしく何処か聞き慣れた懐かしい声色だった。
見慣れない天井の下で目が覚めた。どうやら、話を聞くと私は徒歩で家に帰る中で脳梗塞を発症し倒れた私を、偶々出合わせた人達が救急車を呼び、病院に運ばれここ数日間眠っていたらしい。
体調が安定してすぐに見舞いに来た母に、そのことを話すと大層驚いたようでさっきまで剥いていた林檎を取り落としそうになっていた。
「きっとその女の子は亡くなったおばあちゃんかもね、おばあちゃん、施設にいた頃はなかなか顔を出さないアンタの事を、すっごく心配しててさ。ボケてもアンタのことは忘れずに見舞いに来た私をアンタだと思い込んでいたっけ」と母の言葉で、涙が後から後から流れ落ちしばらく、泣きながら祖母に謝った。
症状が軽く対処が早かったおかげか、想像していたより早くに退院することが出来た私はすぐに、祖母の眠るお墓に出向き生前好きだったダリアと撫子の花束と、リンゴ飴を供え、見舞いに行かなかった謝罪と助けてくれたお礼をして手を合わせた。
墓参りが済み、家に帰ろうと霊園の敷地から出ると、温かな風が吹いて私の頬を優しく撫でて、元気でね。とあの時聞いた声が耳元で聞えて思わず後ろを振り向くと、
おかめ面を外した祖母が微笑み手を振っていたが、直ぐに煙の様にぼやけて見えなくなった。
祖母とりんご飴 黄昏 彼岸 @tasogarehegan
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