ネガイダマ

七瀬紬希

ネガイダマ

なぜこんな森の奥に入ったのかわからない。もうかれこれ3時間は彷徨っている。帰ろうにも道もわからないし、携帯もずっと圏外だ。

そろそろあたりが暗くなった。本当に死んでしまう。そんなことを考えていると、少し先に光る何かがあった。昔話みたいな展開だ。入るときっとろくな目に合わない。

 それでも、私は光のほうへと進んだ。何かに導かれるように。

 光は小屋でもなんでもなく、ビー玉からだった。何の変哲もないビー玉だ。私は拾い上げて「きれい」といった。

 するとビー玉は光った。ものすごい光で、その瞬間だけ昼が戻ったように。私はそれをポケットに仕舞ってまた歩き出した。

 しかし、いくら歩いても戦慄迷宮のように、出口が見当たらない。途方もくれて、私はその場に座り込んだ。

-もう家に帰りたい。

 気が付くと、朝を自分の部屋で迎えていた。


 昨日のことを思い出しながら、私は通学路を歩く。何かものすごい出来事があったのに、今はポケットに入っているビー玉ですら、どこで手に入れてしまったのかわからない。ともかく、遅刻するまいと私は脚を動かした。

 違和感に気づいたのは、実に帰る時だった。「あんた今日珍しくずっと元気だったじゃない」「なにかあったの?」

「強いて言うなら、このビー玉を持ってたことかな。ま、もうどこで拾ったのかも忘れちゃったんだけどね」

「えーなにそれ、子供のおもちゃ?」

「なんか異様にきれいね」

確かにこのビー玉は、異様にきれいなのだ。傷一つついていない。新品でもここまできれいにはならないはずだ。

 そこで私は一つの仮説を立てた。

 このビー玉は私の願った通りにこの世の中を動かしてくれる、いわば魔法の何かではないか、と。私がどこかですごくきれいになるようにこのビー玉に願っていれば、すべて辻褄が合う。考えは実に幼稚で、まるで小学生が考えそうなことだが、ビー玉を身にまとっていた時だけ幸せが続いたのは、今日だけではなかった。

 例えば、テストでいい結果と取りたいと思えば、学年主席を取った。

 例えば、好きな人の告白したら、意外と反応が良くてそのまま付き合うことになった。

 これらのことから、私はこのビー玉の仕業だと確信し、私の生活は豊かになっていった。

 

 目覚ましが鳴る。私はあわてて飛び起き、時計を見る。遅刻しそうだということがまず頭に浮かんできて、急いで支度をする。朝ご飯を食べずに急いで家を出る。

 そして、うっかりビー玉を忘れてしまった。

 勿論その日は最悪だった。今までビー玉のおかげでこなせていたことが、全てできなくなるのだ。私はビー玉から離れられなくなった。

 いつしか、私はビー玉に依存するようになった。人生は運やキセキでできているものでなく、人生のほとんどがこの小さなビー玉によって作られるようになった。ビー玉に少しでも触れる輩が現れればそいつを殴った。

「あんた最近すべてのことが乱暴になってきてるよ」友達がそういえば、自分を正当化し、縁を切った。

 周りに邪魔する人がいなくなって、ある種幸せなのかもしれない。

 そんな日々が、長らく続いた。

 私は大学生になっていた。気の合う友達も随分と変わっていって、今はUMA研究所の人(だったような・・・)と仲が良い。

 今日はその人たちと遊園地に来ていた。目的はもともと「遊園地の土地には昔宇宙人が基地として生活していた!?」だか何だかだった。胡散臭さ全開だったけど、遊園地に行けるということでまさかのサークル全員が出席した。

 結局サークル長まで目的を忘れて一日遊び倒した。

 日が落ちて暗くなると、サークル長が「観覧車に乗って、UFOがくるその瞬間をとらえよう」と突然言い出した。意外と趣旨を覚えていたようだ。

 しかし、これは少し困った案件だった。

 何を隠そう私は観覧車が小さいころから大の苦手だったのだ。

 尻込みをして中に入る。少しずつ上に上がっていって、とうとうてっぺんに着いたとき、私は我慢できなくなっていた。

 とその時私はビー玉のことを思い出した。大学生活には特に不満を持っていなかったために、しばらく使っていなかったあのビー玉が。

 私は咄嗟にビー玉に願った。

-早く下に行ってください

 次の瞬間、私たちの乗っている観覧車は留め具が外れて下へと落ちた。


「えー続いてのニュースです。昨晩、観覧車の一部の留め具が外れ、落下した事件が発生しました。これにより大学生5人が死亡しました。警視庁は原因を追っていますが、事件発生の前日、すべての機器の点検が行われており、不備はなかったようです。現場には、小さなビー玉が無傷で光り続けていた、とのことです。」

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ネガイダマ 七瀬紬希 @Hiyori-Haruka

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