第9話 火遊び


 ダリウス子爵家の領地内にある最北端の町へと、俺は盗賊団の馬車を走らせていた。とても広い荒野だが、徒歩じゃなく馬車なら数時間ほどで到着できるだろう。


 もちろん、視界も前後左右をカバーしているだけでなく、アイテムボックス内の視界も片隅に置いてあるので、何かあったらすぐ対処できるようにしてある。防犯カメラのようなものだ。


「あ、兄貴、向こうのほうから何か来やす……!」


「お……確かになんか来るな……」


 アッシュはとにかく野性的なやつで視力もいいから、俺より先に前方から来る何かに気づいたらしい。やがて、馬車が何台もこっちへ向かってくるのがわかった。


「……あ、あれは……この領地内でも最強の盗賊団でやんす……」


「なんだと? アッシュ、それは本当なのか?」


「へ、へい。あっしらが50人規模のリトル盗賊団なら、やつらは1000人規模のマンモス盗賊団でやして……」


「なるほど……」


 そりゃ腕が鳴るな。盗賊団の癖して何が最強だ。そんな狭い世界での最強は認めない。俺が一番だ。俺が世界最高だ。


「あ、兄貴、今すぐ逃げやしょう!」


「へ? 逃げろ、だと……?」


「へい、今なら間に合いやすから! っていうか、アイテムボックス内に逃げ込みやしょう!」


「……」


 アッシュの言葉には、折角湧いてきた高揚感に水を差されるような思いがして、俺は憤りのあまり思わず首を刎ねそうになった。やつの首筋に血がついたのが証拠だ。


「ひっ……⁉ あ、兄貴ぃ、お助けを……。あっしは、兄貴のためを思って……」


「何が俺のためだ、ふざけるな! アッシュ、俺の力は知ってるだろう⁉ なのに、逃げようという言葉は、俺の力を見下しているに等しいぞ!」


「す、すいやせん! けど……やつらは、数だけじゃねえんで……」


「数だけじゃない? どういうことだ?」


「それが、やつらのボスのギランは魔術師でして……それも、かなり強力な……」


「ほう。魔術師か。だが、魔術師なんて珍しくもないだろう」


「それが、かなりやべーやつらしくて。村で略奪するのは普通の盗賊団のやり方っすけど、あいつは必ず配下に女子供含めて村人を虐殺しろって指示するような外道でして……」


「ほう。容赦なしか」


「へい。しかも、ショーとして捕まえた村人を生きたまま燃やしやがるんで。それを見ながら酒を呷る変態でやんす」


「クソ野郎だな。だが、ワクワクしてくる……」


「さ、さすがキルス兄貴。しかし、ギランの魔術は、相当にやべーっすよ」


「どんな風にやばいんだ?」


「自由自在に炎を操り、それがまるで生きているかのように見えることから、炎の道化師レッドジャグラーなんていう異名もあるくれえでして……」


「……ほう、面白い。相手になってやる」


「ちょっ……⁉ いや、マジ無理っす。いくらボスが強くても、無理っす。剣は魔法には勝てねえでやんすよ……」


「いや、勝てるから突っ込め」


「そ、そんな……」


「行け、アッシュ。俺に首を刎ねられるか、それとも一か八かに賭けるか、どっちかに決めろ!」


「ど……どうなってもしらねえっすよおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「……」


 まあ確かにアッシュの懸念はわかる。


【切る】スキルが万能だとはいっても、限界がある。


 近くと遠くじゃ威力が全然違うんだ。


 近くだと真っ二つにできても、距離があると裂傷程度。遠く離れていれば掠り傷にもなるかどうか。


 そこら辺は魔法のほうがよほど優秀だ。魔法の塊をぶっ放せば、距離なんて関係ないからな。


 だが、舐めてもらっては困る。こっちにも考えがあるわけだからな。


 それに、俺たちの戦いはアイテムボックスからも見えるようになっている。中にいる連中に、この戦いを見せてやるためだ。これは、俺の威厳を示すためでもある。ここで尻尾を巻いて逃げるようであれば、やつらは俺のことを内心見下すだろう。そんなことが許されるか。


 確かに、【切る】スキルは近距離専用かもしれない。だが、それは言い換えれば近距離では無敵だということだ。


「おい、止まれ!」


 連中の馬車が続々と止まり、大勢の配下とともに、ウィザードハットを被ったボスのギランらしき魔術師が出てくる。


「ヒヒッ……お。てめーは、もしかして、ダリウス子爵の息子ではないですかねえぇ?」


「そうだが、何か?」


「「「「「「おい、ボスに失礼だぞ!」」」」」


 やつの配下が威嚇してくる。


「いや、チミたち、待ちなさい。ちと、様子がおかしいですよ。他の盗賊たちはどこにいるんでしょうかねええ?」


「俺がほとんど殺したよ」


「へ……?」


 まあ全部じゃないが、ほとんど殺したっていうのはあながち嘘じゃない。かなり粛清したからな。


「ヒハハッ! ユーは人質にされてるだけでしょう。冗談が上手いですねえ!」


「「「「「ギャハハッ!」」」」」


 ギランは腹を抱えると、部下と一緒にげらげら笑い始めた。


「あのダリウス子爵のダメ息子が!」


「外れスキルもちが!」


「ゴミが!」


「こりゃ傑作だぜ!」


「……せいぜい笑ってろ。さあ、俺はここにいる。来い」


「フン。チミたち、とっととこのゴミを捕まえなさい! こっちが人質にして利用するんですよ!」


「「「「「へい、ボス!」」」」」


 ギランの命令で俺のところに配下どもが一斉に寄ってくる。とにかくギリギリまで待つんだ。


 ――よし。俺はやつらがすぐそこに迫ったのを見計らい、【切る】スキルを使うと、全員の首が一斉に飛んだ。


「……な、な、な……⁉ よ、よくもやってくれましたねええぇええ。チミたち、こいつらをぶっ殺してあげなさい!」


「「「「「了解!」」」」」


 盗賊どもが一斉に襲いかかってくるが、同じことだった。そのたびにやつらの胴体と首が離れることの繰り返し。


 そのうち、やつらは血の海を見て逃げ出すようになった。


「キッ……キイィイィィッ! なんなのですかこれはあああぁ⁉ って、チミたち、待ちなさい! ぶっ殺しますよおおおぉっ⁉」


「おいギラン、お前は逃げなくていいのか?」


「まあぁあぁ、馬鹿をおっしゃい! ミーの火魔術によって、今すぐぶち殺してさしあげますうううぅっ!」


 目を充血させたギランの手元から火の魔法が出現したかと思うと、それがまたたく間に竜のような形になり、高々と舞い上がってから俺のほうへ急降下してきた。


「あ、兄貴、逃げてくだせえ!」


「アッシュ、バカか。今更逃げても遅い」


「き、来やす! ひいいぃぃっ!」


 もう魔法の火竜は俺たちのすぐ近くまで迫ってきていて、アッシュは頭を抱えながら俺の足元に伏せた。


「さあ、喰らうのですよ――って……⁉」


 火竜は俺たちを飲み込めなかった。それどころか、頭部から尻尾まで左右に裂かれて散っていった。【切る】スキルによって『魔法』を切ってやったんだ。


「がっ……?」


 おまけに、ギランの胴体も頭頂部から股間にかけて縦に真っ二つにしておいた。

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スキル【切る】が最強でした。~子爵の令息として転生しましたが、ハズレだからと縁を切られたので、流浪の貴族として色んなものをぶった切って快適に生活します~ 名無し @nanasi774

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