7
三月二十七日。時刻は二十時ちょうど。
たくさんの人々が集まった公園。その中にすっかり大人びた二人の姿があった。
「思い出したよ。あのカレンダーは俺がスカイランタンの日にちを忘れないように美里がくれたんだ」
「忘れるとか、ひどい」
「仕方ないだろ、十年前なんだから」
「もう十年か」
普段過ごしているうちは何も思わないのに、振り返ってみると雪崩が崩れるみたいに一気に時間の流れを感じる。
「ね、私たちもランタン上げにいこ」
美里は航の手を引いてイベント用に設営されたテントに向かう。
そこでランタンとマッチ棒、マジックペンをもらう。
「航はなんてお願いする? 昔みたいに、おもちゃばっかり書かないでよ?」
「書かないよ。何を書くかは秘密」
「えーなんでよ。教えてくれたっていいじゃない」
「そう言う美里はなんて書くの?」
「教えなーい」
「自分も教えないじゃん」
二人はそれぞれ自分の願いをランタンに書いた。
七夕にお願いするみたいに、ランタンに願い事を書いて空にあげたら願いが叶う、そんな言い伝えがこの街にはあった。
「それではみなさん、準備はいいですか。3、2、1────」
係員のアナウンスとともに、一斉にランタンが空へ昇っていった。
二人のランタンも徐々に空高く昇り、小さくなっていく。
「ねぇ、航」
美里は空を見上げながら、ポツリとつぶやく。
「私、航のことが好きみたい」
気持ちを伝えることは決めていた。今まで、散々我慢してきた。父親が倒れて、思い描いていた学生生活は送れなかったし、母親に甘えることも、弱音を吐くことも我慢した。大学だって、本当は行きたい気持ちはあった。それでも、母親を一人にしておく選択肢はなくて、だからまた我慢した。
でも、今日くらいは。
好きな人────航の前くらいは、我慢なんてせず、自分の本当の気持ちをちゃんと伝えようと思った。
「あのさ、美里。俺はまだ美里の気持ちに応えられるほど立派な人間じゃないんだ。ドジで間抜けで頼りなくて。全部美里の方がうまくできて、頼り甲斐があって。だから、これから東京に行って、色んなことを学んで、色んなことを経験して、成長してここに戻ってきたい。そしたら今度は、俺から告白させてほしい」
「……東京に行っても、航は航のまま?」
「なんだよその質問。当たり前じゃん。俺は俺のままだよ。ただ、立派な人間になってくる。美里に負けないくらい立派に」
美里は肘で航を小突いて「航のくせに生意気」と言って笑った。航もにっこり笑う。
「また一緒に見に来よう」
「うん。また、一緒に」
空に浮かぶランタンは夜をオレンジ色に照らす。
後ろで花火が咲いた。
その光に照らされて、二人のランタンに書かれた文字が浮かぶ。
『これからも、二人の時間が続きますように』
『立派な人間になって、二人の時間を迎えに行きます』
完
ランタンに願いを込めて 中川ネウ @nyujiro
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