第4話 影は曲がった光に照らされる、物語で言うなれば結。

 走って走って走って、家に駆け込んだ。

部屋の隅に鞄を放って、制服を脱ぎもせずにベッドに倒れ込む。

走り疲れて泣き疲れた僕はすぐに眠りに落ちた。













 目が覚める。どれくらい眠っただろうか。

時計は23時前を示している。

もう5時間弱も寝てしまっていたのか。

今頃彼女はどうしているだろうか。

騙された僕を笑っているだろうか。

或いは呆れて僕を見損なっただろうか。

それとも本当に悪意なんてなくて僕を心配してくれているだろうか、なんて思ってもしまって。

今になっても彼女を信じてしまえている。

ここまで来ると最早異常だ、人に依存しすぎてるな、出会って2日も経たないのに。

あまりにも異常だ。でも。…でも。

それをおかしくないと思えるほど、僕の心は彼女を信じている。

「はっ…1人で全て解ったようにうそぶいて、なんにもわかっちゃいなかった。」

僕は、解っていた。

1人でも生きていける。

僕だけが解っているだけで良い。

僕が解っていれば僕はそれで良い。

別に間違っているとも言えない。

そう、僕1人が全て解っていて。

他の人たちがなんにも解っちゃいなくても。

そう自己完結をして生きてきたし、それに足りうる程には世界はくだらなかった。

でも。


彼女と話すのは楽しかった。

彼女と居るのは幸せだった。


別に1日に満たない短い関係。

それでも、それを知ってしまった僕は。

もう一度だけでも彼女と話したかったし、これで夢の時間は終わりだとしても、別れをちゃんと告げたかった。

「なーんて、仰々しい飾り文句ばかり並べ立てて自己完結するから君はっ!にししっ!」

天井に手を伸ばして僕は彼女みたいに笑った。

もしかしたら彼女は哀しすぎる限界男の僕が視ちゃった幻覚なのかも。

だったら虚しいな、ははっ。

でもそんなこと、それこそ、どうでもいい。

僕が今やるべきことは。その道は。

いつもの凝り固まった頭じゃない、

心が示してるんだッ!!!!!!!!!!

 そして僕は、あの日、なーんて大げさに言うとドラマチックだけど。

なんてことはない、昨日彼女と出会った公園へ。

走る。

そもそも僕は間違えていた。

走る。

人と出会って、その人とどんな関係になるか、心配して。

拗れてどんな関係になるか恐れて、勝手に諦めて。

走る。

公園の入り口が見える。

昨日、いや、きっと彼女はもっと前から気付いてくれていたんだろう。

僕があそこで黄昏れてる恥ずかしい姿を。

そして気遣ってくれたんだろう。

どうやら僕は諦めが良すぎたらしい。

だから今からでも、僕は彼女を見習って、僕みたいな奴にあれだけ愛想尽かさずに付き合ってくれた彼女みたいに。

「僕は、君とのえにしを諦めない!!!!!」

「だから君はそういうとこだよッ!!!!!」

うわぁっ!?

そもそもなんか勢いと自分の酔って僕は公園に走ってきただけなのにっ!?

―彼女は、そこにいた。

「いてくれた。なーんて、大げさだよ。これだから、君は。」

「…ほんと、君には全部お見通しだね。いや、見透かしてくれたのかな、浅い僕の底を。」

本当に彼女には勝てそうにないな、もなにも人と人の付き合いは勝負なんかじゃなかったな。

「そうだよ、やっとわかってくれた。

私はさ、君が思っているより君に助けられてたんだよ。」

そして彼女は、僕に語り始めた。

「まあいい加減不自然すぎて気付いてるよね、私さ。昔から人の気持ちが、考えが読めちゃうんだよ。」

その不思議な超能力みたいなスキルだな。

「うん。ただの超能力か、或いは私の察する共感力が高いのか。まあ、後者だろうね、あはは。だからさ、ずっと私は調子に乗ってたの。」

まるで僕の独白のように、彼女は僕が全く知らない彼女の歩んできた生き様を脈絡もなく、思い出すがままに語ってくれた。

それは家での両親との些細な会話だったり、中学校での大きな揉め事での振る舞い。

そこには僕が知らなかった、人に寄り添う生き方があった。

「私もさ、そんなだから世界を蔑んでた。あぁ、またこいつらも私の解る範囲内にしかいないくだらない人間達だ、って。あはは、幻滅しちゃうよね。」

そんなことない、僕は形だけでも人を尊ぶその努力を怠って、そして独りぼっちになって、

「そんなこと、意外とないよ。人と居ても独りぼっち。私を解って、って。私はこんなにすごいよ、私はこんなに出来るよって世界に訴えてた。でも皆は私を空気の読める良い人、程度にしか思わない。」

そう世界に訴える勇気なんて僕にはなかった。

誰の為にもならない自己完結を繰り返して…「でもね。」

そこで彼女は、僕の目を強く見つめた。

そしてにへらっ、と僕のよく知るいつもの笑顔を見せてくれる。

「ある時、君が私の世界に現れた。

ただ同じクラスになっただけ。

でも、君は私には解らなかった。

どうして寂しくも無さそうに1人でいられるの。

どうしてそんなに強く在れるの。

今まで解らない人なんていなかった。

私は自分が思ってるほど全能じゃないと教えてもらった。

君のことを知りたいと思った。

君に私を知ってもらいたいと思った。

…なんでそんなに急に思ったのかは私にも解らない。」

そこで彼女は1度口を閉じた。

でも僕には、

次に彼女の言うことが、

何故だかわかった。

僕も、君に自分が全知じゃないと教えて貰った。

多分、君にしか僕は救ってもらえなかっただろう。

この感覚が人とわかり合う感覚なのだろうか。

全くもって今まで知り得なかった、でも今は確かに解る。

……まったく、世界もなかなかな演出家だ。

こんな短い間で、とても浅く、だけどなぜか深い彼女との出会い。僕のこれからのまだ長いであろう人生は、少しは、いや、大きく変わる、違うな。変えられるんじゃない。

僕が変わるんだ。

たまには感情で動くのも、世界の奇跡に身を委ねるのも乙なものだろ、

そう、僕たちの出会いは


運命うんめい運命さだめだったんだな!」かもね!」


月が細く、でも強く輝いていた。

風が微かに夏の始まりを思わせる暖かさで、僕の頬と彼女の髪を撫ぜた。

そして彼女は輝く世界の中でも一際輝く笑顔で、

「だから、そういうとこだよっ君は!

でも、それがいいぜっ!!」

「君のそういうツッコんでくれるところも、いいぜっ!!」

―2人の手が立てる、ぱんっ、と軽やかなハイタッチの音は、静かな夜空に高らかに響き渡った。

なーんてかっこつけちゃって、


「「そういうとこだぞっ!」」


僕たちの、出会うまでの物語は幕を下ろす。

そしてこれから、

僕たちの、共に歩む物語が幕を上げる。

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回折 風若シオン @KazawakaShion

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