カーマンライン

維 黎

第1話

 23世紀初頭、人類は絶望的な危機が迫りつつあることを知る。

 事の始まりは西暦2204年6月。2週間の間に三つの隕石が地球に飛来した。

 二つの隕石は大西洋と地中海の海上に落ちて人的被害はなかったが、三つ目の隕石がアジア連邦日本国に衝突。北海道南東の領海内に落ちた隕石の衝撃は、十勝平野と釧路平野の2/3を消失させた。

 HOKKAIDO IMPACTホッカイドウインパクトと呼ばれる隕石の衝突から1年半後。各国の宇宙機関から選抜された人材が共同で参加する国際宇宙機構の調査により、観測可能領域限界近くで直径数百キロの小惑星が地球に向かっているとの報告が、各国元首に極秘裏に伝えられた。世界の人々にパニックを与えない為の措置であった。

 報告によれば小惑星が地球に衝突するまでおおよそ20年。しかしながらその小惑星は、小惑星帯アステロイドベルトに衝突して大量の流星雨メテオシャワーを発生させた。HOKKAIDO IMPACTホッカイドウインパクトはその流星雨の最初の隕石と思われた。

 国際宇宙機構はその後も増え続けるであろう流星雨に対処すべく、宇宙空間作業用ロボットを改良した対流星雨人型有人兵器、通称‶狙撃手スナイパー″を投入することとなる。





 イギリス宇宙軍所属の狙撃手中隊〝Umbrellaアンブレラ″の第三小隊にオリヴァーが配属されて2年がたとうとしていた。その2年の間で地球に降りれたのは休暇の1週間と新型‶狙撃手スナイパー″の重力下稼働試験のテストパイロットとして地上勤務をした2週間のみ。それも1年前の話だ。


【――UⅢ2番機ユースリーツーへ。カタパルト準備OKです。セットアップして下さい】


 耳に心地よい声がヘルメット内のスピーカーから流れて耳朶を打つ。

 過酷な宇宙空間での作業は神経をすり減らす。その為、パイロットの負担を少しでも軽減する為の措置が個人レベルで施されている。通信AIオペレーターの合成音声を自分好みの声にするのもその一つだ。


「UⅢ2番機了解ラジャー


 オリヴァーが操縦する狙撃手スナイパーの両足が射出装置カタパルトの上に乗る。同時に前方の格納ハッチが開いて漆黒の宇宙空間が見えた。

 訓練所出たてのひよっこニュービーの時は、その闇が怖くて目をつむって出撃した頃もあったが、今では家の玄関を開けて外へ出るのとなんら変わりはしない。


射出軌道ラインクリア。UⅢ2番機、射出ゴーッ!】


「――UⅢ2番機、オリヴァー・アデア、出るぞッ!!」


 人型のロボットが筒状の棒のような物――電磁速射砲ライフルを抱えて中腰のまま滑るように前進し、解放された格納ハッチの扉まで行くとスキーのジャンプ競技のように射出装置カタパルトを蹴って飛び出していく。

 オリヴァーが出撃した母艦から後続機が2機、同じように出撃する。


『――UⅠ1号機リーダーより各機へ。本部指令室きしょうちょうから本日の予報は豪雨スコールとのことだ。各自、撃ち漏らすことのないように気合入れていけよ。〝Umbrella雨傘″の名は伊達じゃないってところを見せてやれッ!』


 流星雨メテオシャワーを狙撃すべく中隊長機の号令の下、Umbrellaアンブレラ第三小隊4機は等間隔に散開した。

 オリヴァーの位置から右斜め下に地球があり、地球の向こう側から太陽の光に照らされる位置関係は黒のキャンバスに青白い光の弧を描く。

 宇宙そら地球うみとの水平線――カーマンライン。

 

『暗闇を裂く光の弧線は希望を予感させるのよ』とは娘の言葉。


「――良いタイミングだ。お気に入りを録画してやれば喜ぶかな、アイツ」


 そうつぶやくとオリヴァーは愛娘の為にとサブカメラの録画ボタンを押す。と、同時に機内に緊迫した声が響く。


『大量の隕石を感知したッ! くそッタレ! 豪雨スコールだッ! 来るぞッ! 各機、狙撃用意――てぇッ!!』


 流星群を予想した指令室は3個大隊、総勢180機の狙撃手スナイパーを展開させた。

 漆黒の宇宙空間に色鮮やかな光が散りばめられ、時には美しい花火が広がることもあった。

 その美しい花火が一つ上がるたびに命が一つ、消えていく。


(――アイツが生きる地球に一つたりとも落とすものかよッ!!)


 超望遠スコープカメラを覗き込みながら電磁速射砲ライフルのトリガーボタンを押す。

 どれほどの時間が過ぎ、いくつの隕石を撃ち落としたのか。

 突然、機体が上下左右の位置関係が分からなくなるほど激しく揺れる。

 機内が赤く点滅を繰り返し、どこの場所ともわからないほど警告音アラームが鳴り響く。


(――くそっ! 撃ち漏らしに当たったのか!?)


 機体制御が全く出来ない苛立ちから、がむしゃらに操縦桿を動かしてみるが状況は変わらない――と、パチッという音が聞こえ、脇腹を思い切り殴られたような衝撃を受けたかと思うと意識が霞んでいくのを自覚する。


(――あ、録画を転……そ……う――)

 

 

 そして新たな花火がまた一つ。





「――さ、急いで地下のお家へいきましょうね」


 母親だろう年若い女性が幼子の手を引いて歩く。

 何やらアニメのキャラクターのTシャツと短パンという恰好から、おそらく男の子だろうその幼子は、夜空に何本も引かれた赤く燃える線を見て「きれぇー!」と無邪気に手を伸ばした。



――了――


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