第3話 呪物(※妹)の自論

「ディズニーランドにさ、カントリーベア・シアターってあるじゃん」


俺が苦労して開けた部屋のドアの先には、悠々とベッドでくつろぐ呪物…、失礼、妹の伊織がいた。

伊織は部屋の主である俺の姿を見ても全く態度を変えずに俺の楽園ベッドに寝転がっている。

俺が息を切らしながら「あのドアの鹿は何だ」と聞いたところ、冒頭の伊織の謎の自論が始まった。

これまでの流れを無視した妹の発言の意図が分からず、俺は「はあ?」としか返せなかった。


「ステージのクマが喋り出す前に観客席側の壁に飾ってあるヘラジカとバッファローの首が喋るんだけどさ。あれみたいなのがあったら面白…いや、カッコいいなって思って」


こいつの話を黙って聞くんじゃなかったと俺は思った。

そして言い直していたが、目の前の呪物が「面白い」とか言ったのを俺は聞き逃してはいなかった。


「お前今「面白い」って言っただろ」


「言ってない」


「言いました!!絶対に!!言いました!!」


俺は右手で伊織の頬を満身の力を込めて掴んだ。

頬をギュウッと鷲掴みにされた伊織は、涙目になりながら「いいい痛い痛い痛い!!」と叫んでいる。


「何が!!!カントリーベア・シアターだ!!!大体どうしたんだよあの鹿の首は!!!どっから持って来たんだ!!!」


俺は空いていたもう片方の手をドアの方に指差した。

今は見えないが半開きの俺の部屋のドアには依然、あの鹿の首がかかっている。

俺に頬を潰されている伊織は唸りながら答えた。


「むぎゅっ…、学年集会の時に皆の前で『鹿の首か鹿の剥製が余ってたら私にください』って言ったの!」


それで何で本当にそんなものが手に入るんだ、と俺は伊織の頬から手を離して頭を抱えた。


「お前…学年全員の前でそんな謎の発言をして恥ずかしくないのか…」


こいつと学年が被っていなくて本当に良かった。

俺と伊織は2歳差である。

もしあと1年これが早かったら俺は中3、伊織は中1…俺まで煽りを喰らって学校中の笑い者になりかねなかった、と考えブルッと身を震わせた。


そもそもこいつの学年には貴族でも在籍しているのか?

あんな物は普通の一般家庭には絶対にない。


「同級生の家のおじいちゃんのお家にああ言うのがたくさんあるらしくて、1つ譲ってもらったの。本当は玄関に置こうとしたけど、さすがに近所の人に驚かれるかなって」


なるほど、こいつの同級生の親族に貴族なのかそこまで行くのかは知らないが、多少裕福な家庭があるらしい。

まあいい。もうそんな事はどうでもいい。


「あっそう…、大体何で俺の部屋なんだ。自分の部屋があんだろ…」


何だか疲れを感じて来た俺はボソリと唸るように言った。


「えー?私の部屋は無理」


何でだよ!と言いそうになったが、まだ伊織が何かを話しそうだったので俺は歯を食い縛りながらとりあえず話を聞く事にした。


「………っ、」


「私の部屋はいじりたくないし、お父さんとお母さんのエリアには手を出せないでしょ?ならもう1カ所しかないじゃん」


やっぱりこいつの話を黙って聞いていたのが間違いだったと俺は心から思った。

俺は今日何度目になるのか分からない雄叫びをあげた。



「そんな理由で俺が納得するとでも思ってんのかお前はああああああ!!!」





数日後の土曜日の昼。


「はあああ…」


駅前のファミレスのテーブルに俺は顔を埋めていた。


今日は元々、幼馴染たちと遊びに行く約束をしていたのだ。俺を入れて4人いる幼馴染は、2人が遠方の高校に進学をした。

やっと予定が合って、全員で会うのは久しぶりだった。

嬉しいはずなのに、最近の伊織とのやりとりで辟易としていた俺は皆とファミレスで合流早々ため息ばかりついて生ける屍みたいになっていた。


「ねえ…佳澄、どうしたの?」


テーブルと同化している俺を幼馴染の女子・さくらが心配そうに眺めている。

ヌルッと顔を上げると、俺を見ている桜と目が合った。

ちなみに桜は幼馴染の中で唯一俺と同じ高校に進学している。


「桜ぁぁ…、伊織がヤバい」


俺は簡潔にそれだけ呟いた。


「…、それは、昨日今日に始まった話じゃ…」


さすが長年の付き合いだけある。

俺の一言で全てを察したらしい桜は苦笑いを浮かべている。


「ああああああ!!!」


俺は再びテーブルに顔を突っ伏した。

あの呪物をどうしたらいい?きっと今度は鹿以上の物を持ち出してくる。

そして奴は躊躇なく使うだろう…俺の部屋をな!


瑞季みずき…大丈夫?」


「…大丈夫じゃない…」


俺と桜が座っている向かい側、テーブルを挟んでもう2人の幼馴染たちが話しているのが聞こえた。

俺が顔を再びヌッと少し上げると、幼馴染であり親友の瑞季が俺のようにテーブルにうつ伏せているのが見えた。

その横にいる幼馴染の女子・亜芽あめがやはり心配そうに声をかけている。


この2人が遠方の高校に通っている幼馴染である。

2人とも同じ全寮制の高校に通っていて、休みの時でないと帰って来ない。

だから色々な事をたくさん話したいのに。

瑞季も何かがあったのか、俺みたいにテーブルに突っ伏して唸っている。


「……どうした瑞季」


俺がのそっと声をかけると、瑞季は顔を上げた。

久しぶりに会ったと言うのに、この世が終わるかのような酷い顔をしている。


「…しのぶが、」


「忍がどうした?」


忍と言うのは、瑞季の弟だ。

うちの呪物と同級生である。呪物とは違って寡黙な大人しい少年だ。実に羨ましい。

目の前の親友も兄弟と何かがあったのだろう。

喧嘩でもしたのだろうか。

まあ、どちらにしろ俺の家ほどぶっ飛んではないだろうけどな。


どうした、と言う言葉を聞いた瑞季の目は段々と涙でいっぱいになっていった。


「………」


あまりの親友の様子に俺は息を呑む。

桜と亜芽も心配そうに見る中、瑞季はううっと呻き、声を絞り出した。


「忍が、グレた…」


ぽつりと言った後に瑞季は再びテーブルに顔を埋め、グスグス泣き始めた。

隣に座る亜芽が瑞季の背中を撫でている。


「ええっ、ええええええ!?」


俺は今週、果たして何回雄叫びを上げたのだろうか。

この先何回雄叫びを上げるのか。


テーブルから起き上がり叫んだ俺の声は、ファミレス中に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の妹が俺の部屋を改造しまくる件について 遠野みやむ @miya910

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画