ボクのとなり

シンシア

一話

 湾岸を走っている。



 本当のボクは車なんて運転できない。そもそも車なんか手に入る状況ではなかった。それはなぜか。音楽が禁じられているからだ。ドライブに音楽は欠かせない。そのことにボクのセカイの偉い連中が気付くのに時間はかからなかった。車から音楽の再生機能を除外するだけでなく車自体を禁じた。音楽を聴きたくなる状況をはじめから潰したわけだ。




 サイドミラーから見えるのは先程通り抜けたスペクトラムアナライザ群。



 車がないセカイの住人であるボクがどうして運転できるのか。僕には特別な力があるからだ。


破損しているディスクを媒介にしてボクは音楽の中に入り込むことが出来る。ここでは車を運転できた。ということは車がこの音楽の中で重要な要素として歌われているということだ。



 ジジジジジジ!



 首に下げたヘッドホンからノイズが聞こえる。僕は素早くヘッドホンを頭に装着する。



「スイ。調子はどうだ」



 ぶっきらぼうで愛想が無い声である。しかめっ面で大きな椅子にふんぞり返っている司令官とでも言ったところか。



「セイ。今運転中だよ。特に用が無いなら話しかけてこないでよ」


「ハンドルを離してみろ。アクセルも踏まなくていい」


「え! そんなことしたら危なくない? ここ、きついカーブも多いし」


「いいから」



 ボクはゆっくりと握っているハンドルから手を放す。すぐにカーブに差し掛かる。ハンドルを動かしていないのに車は綺麗に曲がりきった。次は足を上げてみる。やはり何事も無かったかのように車は速度を保っている。



「ちぇっ! なんだよ、もっと早く言えよ! なんか浸っていたのがアホらしいよ」


「悪い。スイが何かに思い馳せているのを邪魔出来なかった」



 とても恥ずかしい。この声の主はスイ。ボクの双子の兄である。スイはこのセカイには入ることができない。そのかわりに破損しているディスクから情報を読み取ることができる。その情報をもとに僕がこのセカイで重要な何かを見つける。そうすればディスクは元通りになって音楽を再生できるようになる。



「セイ。で、これから何をすればいいの」


「そうだな。スイ、お前に恋人はいるか?」


「は?」



 運転していなくて良かった。手元が狂って仕方がないだろう。いくらブラコンだといえ、こんな時に弟の恋愛事情を聴き出そうとする兄がいるのだろうか。



「いや、大事なことなんだ。いいか。お前は湾岸を走っているんだ。隣には誰が居て欲しい?」


「誰って。それは」



 僕にとって大切な人。それは。



「──言いたくない」



 しおらしく小声で呟いた。



「悪い。ノイズで聞き取れなかった」


「ほっっとっにさぁ!」




 君の瞳に映るものが見たい。




 助手席に目を向ける。僕にはセイの他に家族はいない。いつだって二人だ。だけど音楽のセカイに入るときだけは一人ぼっちだ。それが酷く心細く寂しかった。それならなんでこんなことをしているのか。それは。


 音楽が流れ始めた。車のスピーカからだろうか。甲高いシンセサイザ。電子ドラムの乾いた音。シューゲイズ混じり。どことなくおしゃれな感じ。


 車内を彩るBGMが気まずい心の内を甘やかに溶かしていくようだった。



「スイ。心音が安定している。何かあったか?」


「セイ。聞こえる? この音楽」


「──聞こえない……」


「そっか」



 セイは悲しそうだった。

 こちらからセイのバイタル情報は分からないが、酷く落ち込んでいるのが声色から分かる。間違いなく僕よりセイの方が音楽が好きだ。きっと彼は僕のこの力を羨ましがっている。僕はセイみたいに音楽を聴くことはできない。セイは音楽をまるで見るかのように聴く。破損したディスクを手にした時のあの顔からそう感じるのだ。



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ボクのとなり シンシア @syndy_ataru

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