第2話 女神
前回に続きセリアの回想(セリア視点)
転移門を抜けた先では女神が佇んでいた。
ここは今まで私たちがいた地球とは全く違う、異空間、女神がいるので神界と呼ぶのが妥当かもしれないが、だからといってなにがあるわけでもない。雲の上というわけでも、神々しい光に包まれているわけでもない。ただ女神が一柱佇んでいるだけである。
「女神」
「……」
私は女神に声をかけるが、女神からの反応がない。聞こえなかっただろうか?
「女神!」
「……」
私は再び、今度は大声を上げて呼びかけたが、やはり女神からの反応がない。いや、反応がまるでなかったわけではない。わずかにこちらではない方に視線が動いた。聞こえていないわけではないようだ。
「女神シリウス! 無視してないで、返事をしなさいよ」
「……様」
「?」
「……美しい女神シリウス様」
女神でなく、女神様と、様を付けろということか。
女神と会うのもこれで三度目になるから知っていたが、女神はなぜかこういう面倒くさいところがある。もっとも、会ったことがあるのはこの女神シリウスだけであるから、他の女神たちはまともで、面倒くさいのは女神シリウスだけかもしれないが。
「女神シリウス様」
「神々しくも美しい女神……」
チッ! 本当に面倒くさいな。
「なにか言ったかしら?」
「いえ、いえ。神々しくも美しい女神シリウス様」
「あら。誰かと思えば、魔王を倒したから元いた世界に帰せと駄々をこねて、無理やり転生していった賢者じゃない」
「そうです。神々しくも美しい女神シリウス様に突然強制的に異世界に転移させられ、魔王討伐の使命を負わされ、なんとか魔王を倒して、これで元の世界に戻れると思ったら、元いた地球に帰るには生まれ変わるしかないと言われ、仕方なく地球に転生した賢者のセリアです」
「なによ。そのことをまだ根に持っているの? ちゃんと三人の転生先の希望を聞いてあげたじゃない。それでチャラのはずでしょ」
「なにがちゃんとよ! 私は病弱で、ずっと病院で寝たきりだったんだから」
「でも、賢者の希望は家族に愛される医者の娘だったはずだけど」
「確かに医者の娘で、家族からは愛されていたけど……」
「それと、勇者に聖女より先に巡り合わせろだったっけ」
「そ、そんな願いもしたわね」
転生前の私はなんて恥ずかしいことをお願いしたのだ。
別に、ちょっと勇者と聖女の仲が羨ましかっただけで、勇者を好きだったわけではないんだからね!
「ほら、ちゃんと希望どおりにしてあげたでしょ」
「でも、あれじゃあ同時と変わらないじゃない」
「そんなことはないと思うけど? ナンパに成功したじゃないの」
「なななんぱ! そ、それより勇者と聖女よ。魔王の娘に襲われたの。なんとか助けてよ」
「勇者と聖女?」
女神は私の足元に転がっている二人に目を落とした。
二人は既に息をしていないが、女神であれば助けられるだろう。
「おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」
「そういうのはいいから、早く生き返らせて」
「なぜ私が勇者を生き返らせなければならないの」
「なぜって。魔王の娘にやられたのよ。あなたの命令で魔王を倒して恨みを買ったんだから、助けてくれてもいいじゃない」
「うーむ。それは一理あるか。だけど、前の時も説明したけど、元いた世界に帰ることはできないわよ」
「地球とこちらでは階位が違って、地球の方がこちらより階位が上で、上から下には移動ができるけど、下から上には移動ができないんだったわよね」
「そうよ。地球からこちらへの一方通行なのよ」
「でも、前回は転移は無理だけど、転生ならどうにかなったじゃない」
「無理やりね。おかげで地球では空間の歪みである特異点が発生しやすくなっているわ」
「ああ、そうだったわね。おかげで魔王の娘から逃げられたけれど……。ちょっと待って、魔王の娘が地球に転移していたわよ」
「魔王の娘も転生したのよ。転移ではなかったわ」
魔王の娘は、転生してまでも仇を討ちたかったのか……。
女神の命令だとしても、魔王を討伐してしまった事が本当に正しかったことか、今でも私の心に陰を落としている。
「おかげで空間の歪みが大きくなりすぎてしまったわ」
「そこに、私たちがまた転生して戻ったら」
「地球ではこれから神隠しが頻発するでしょうね」
自分のせいで、見知らぬ他人がどうなろうが知ったことではないが、歪みは私たちを中心に発生しやすくなるだろうから、それだけ知り合いが巻き込まれる可能性が高くなる。
家族が異世界に落ちてしまうかもしれないと考えたら、再度の地球への転生は諦めるしかないだろう。
「わかったわ。地球でなくても構わないわ」
「それと、二人は既に死んでいるから、蘇生させても記憶は戻らないわよ」
「え! なんで。転生しても記憶が戻るのにおかしいじゃない」
「デスペナルティなのよ。死んだら今までの経験値がゼロになったり、所持金が半分になったりするでしょ。あれよ」
「そんな。ゲームじゃないんだから」
「あはは。(元々ゲームの世界だからね)」
「え? 今なんて言ったの」
「なんでもないわ。この世界ができた時からそういう決まりだから、これは私でも覆せないわ」
「そんな……」
「ということで、二人は、蘇生して記憶がない状態で異世界に放り出されるよりも、このまま転生したほうが本人たちのためじゃないかしら」
「それは……」
記憶がないとなれば、赤ちゃんからやり直したほうが本人たちのためになるか。
「それじゃあ、転生させてちょうだい。ただし、いくつか条件があるわ」
「条件? また聖女より先に勇者に巡り合わせればいいの」
「そうじゃないわよ! むしろその逆。二人が私と関わりを持たないようにして」
「あら、どうしたの。二人は記憶がないんだから、今度こそ聖女から勇者を奪えるかもしれないのに」
「そんなんじゃないっていってるでしょ。魔王の娘は復讐のため今度は私を狙ってくるわ。二人と近くにいたらまた危険なことに巻き込むことになるでしょ」
「だから二人とは距離を置きたいということね。わかったわ。三人とも転生先は離れた場所にしておくわね」
「それと、魔王の娘は勇者と聖女は死んだと思っているの」
「確かに死んでるけどね」
「だから、勇者と聖女を勇者と聖女ではなくしてほしいの」
「勇者が勇者に転生したら、また狙われるかもしれないということね。わかったわ。勇者は勇者に、聖女は聖女に転生させないわ。それで、賢者は賢者のままでいいの?」
「魔王の娘に狙われていることを考えたら、賢者の力は持っていたほうがいいと思うの」
「まあ、そうね。それじゃあ賢者はそのまま転移させるわね」
「ちょっと待って。私も転生させてほしいわ」
「賢者は死んでないからそのまま転移できるわよ」
「その、そのままがまずいのよ。この不健康な体のまま転移しても困るだけだわ」
「ああ、確かにそうね。こっちの世界では一年もしない内に死んじゃうわね」
「だから、今度はちゃんと健康な体に転生させて」
「健康な体ね。わかったわ。条件はそれだけ?」
「理想をあげたらキリがないから、それでいいわ」
「理想? 欲望でしょ。人間の欲望には限りがないから。まあ、その点、賢者は慎ましいわよね」
慎ましいわけではない。女神にこれ以上条件をつければ、全て反故にされてしまう可能性があるからだ。女神は気まぐれで、気分次第で、私なんか存在自体が消されてしまいかねない。
前回地球に戻るために転生した時につくづくそう感じた。
「じゃあ、条件の確認ね。第一に三人は距離的に離れた場所に転生させる。第二に賢者は賢者に、勇者は勇者以外に、聖女は聖女以外に転生させる。第三に健康な体に転生させる。ただし、勇者と聖女の記憶はデスペナルティで消滅します。以上、間違いないわね」
「ええ、間違いないわ。それでお願い」
「では早速転生させるわね。おっと、その前に、勇者たちは死んでいるからいいとして、賢者は魂を肉体と分離しないとね」
「覚悟はできているわ。一思いにやってちょうだい」
「そんな一思いだなんてもったいない。三日三晩かけてゆっくりと蕩けさせてあげる」
女神が近寄ってきて、私の体を優しく抱きしめ包み込んでいく。
くっ! いっそ、魔王の娘に殺されていた方がマシだったかもしれない。選択を誤ったか。
「あああー」
徐々に体と現実の境界が曖昧になっていき、女神の中に私が溶け込んでいく。
「ああ、なんて甘美なのかしら。賢者。あなたとってもいいわ」
女神がなにか言っているが、私にはすでになにを言っているのか理解できなかった。
蟻地獄にハマったアリはこんな気持ちだろうか。
どれぐらい時間が経ったのだろうか、肉体と分離し魂だけになった私は女神の中に溶け込んでいた。そのため、女神の思考がわずかに伝わってくる。
「賢者は確保できたけど、勇者と聖女を新たに用意しなければならないのは面倒くさいな……。そうだ! 勇者を聖女に、聖女を勇者にしてしまえばいいわ。これなら賢者と約束した条件にも反していないし」
いいわけあるか! 既に肉体がないので声をあげることはできない。心の中で反論してみたが、女神には届いていないようだ。
このままではユウトが聖女にされてしまう。どうにかしたいけど私には何もできない。それに、女装したユウトの聖女をちょっと見てみたいかも。案外アリじゃないかな。
そんなことを考えているうちに転生の時がきたようだ。
「そうと決まればさっさと転生させてしまいましょう。まずは賢者から」
女神は私の魂を自身の身体から取り出すと、異世界へ続く穴を作り出し、そこに私の魂を放り込んだ。
ちょっと、扱いが雑過ぎでしょう。もっと丁寧に扱ってよね。女神に悪態をつきながら、私は二度目の異世界に、今度は転移ではなく転生したのであった。
男の俺が『勇者』ではなく、なぜか『聖女』だった件 なつきコイン @NaCO-kaku
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