第1話 転生者たち

 ユウトは抵抗していたが、教会が急遽用意した聖女の衣装に着替えるために兵士に強制連行されていった。

「何で俺が聖女なんだー。これは何かの間違いだー」

 ユウトの雄叫びがむなしく王城に木霊していた。


「ユウトったら本当に往生際が悪いわね」

「ねえ、セリアちゃん。ユウト君が聖女で私が勇者だって本当に知っていたの?」

 アイリスがセリアに尋ねた。その様子はユウトのように怒っているわけではなく、困惑しているようであった。

「アイリス。ごめんね。あなたが聖女になりたい理由を知っていながら黙っていて。でもね。私も確信があったわけではないの。もしかしたらと思っていただけなの」


 セリアは、転生することになったきっかけの事件を思い起こしていた。

 それは、今から時間を遡ること18年前のことだった。



(セリア視点)


 私は、病院の車いすに座っていた。15歳の私は、生まれてからずっと入院生活を送っている。病弱で、歩くこともままならない。原因不明の虚弱体質で普段はベッドに寝たきりの状態だ。そんな私に、唯一の楽しみは、ルナリスさんとの散歩だった。


 ルナリスさんは、私が何年も前に病院で知り合った女性だ。私より5歳年上で、いつも優しくて気遣ってくれる。長く波打つ黒髪が、光の加減で赤く見えるのが印象的だ。


 今日は、天気が良かったので、ルナリスさんが私の車いすを押して、病院の庭を散歩していた。庭には、色とりどりの花が咲いていて、鳥のさえずりが聞こえていた。私は、そんな自然の美しさに心を癒されていた。


「セリアちゃん、彼氏はできたの?」 ルナリスさんが、突然恋バナを始めた。私は、驚いて顔を赤くした。


「で、できるわけないじゃないですか。入院してるんですから。出会いなんてないんですよ」


 私は、そう言って、はぐらかそうとした。私は、恋なんてしたことがない。病気で学校にも行けないし、友達も少ない。そんな私に、恋なんて無理な話だった。

 いえ、でも一度だけ、病室に迷い込んできた男の子と仲良くなったっけ。あれは何歳の時だったかしら。

 私が物思いにふけっているとルナリスさんの明るい声が私を現実に引き戻した。


「そんなことないわよ。ほら、あそこにも、男の子がいるじゃない」


 ルナリスさんが、私の視線の先にあるベンチを指さした。そこには、私と同じくらいの年の男の子が座っていた。彼は、右腕にギブスをしていて、本を読んでいた。怪我をして通院しているのだろうか。


「知らない子ですよ」


 私は、そう言って、目をそらした。私は、彼に会ったことがない。でも、どこかで見たことがあるような気がした。

 私は改めて彼のことを確認した。彼の顔は、なんだか親しみやすくて、優しそうだった。


「ほら、手を振ってごらんなさいよ」


 ルナリスさんが、私の手を掴んで、彼に向かって振った。私は、恥ずかしくて、抵抗した。


「やめてください。恥ずかしいです」


 私は、そう言って、顔を隠そうとした。私は、人見知りで、初対面の人に話しかけるのが苦手だった。ましてや、男の子なんて、もっと緊張する。


「あら、こちらに来るみたいよ」


 ルナリスさんが、そう言って、ニヤリと笑った。私は、顔を上げて、彼の方を見た。彼は、本を閉じて、私たちの方に歩いてきた。私は、ドキドキして、息が詰まりそうだった。


「何か用ですか?」


 彼は、私たちのそばまで来て、尋ねてきた。彼の声は、低くて落ち着いていた。私は、彼の目を見て、言葉が出なかった。


「特に用ではないのだけど、暇なら私たちに付き合わない」


 ルナリスさんが、代わりに彼に話しかけた。ルナリスさんは、彼に親しげに笑っていた。私は、ルナリスさんの態度に驚いた。ルナリスさんは、いつもこんなに積極的だったかしら。


「診察の時間までならいいですけど」


 彼は、私たちを見て、考え込んでから、返事をした。彼は、私にも優しく微笑んでくれた。私は、彼の笑顔にドキドキして、目をそらした。


「やったわね。ナンパ成功よ」


 ルナリスさんが、小声で私に言った。私は、ルナリスさんに呆れた。


「ナンパだなんて」


 私は、そう言って、ルナリスさんをたしなめた。私は、ナンパなんて嫌だった。私は、恋愛に興味がないと言ったのに。


「ナンパだったんですか?」


 彼は、聞こえたらしく、照れているようだった。私は、彼に申し訳なく思った。


「そうよ。セリアちゃんが、彼氏が欲しいって」


 ルナリスさんが、平気で嘘をついた。


「違います。ルナリスさん、私そんなこと言ってません」

 私は、ルナリスさんに怒った。

「ルナリスさんが勝手に言ってるだけで、私そんなこと言ってませんから」

 私は、そう言って、彼に訂正した。私は、彼に誤解されたくなかった。


「セリアちゃんとルナリスさんですか。俺はユウトといいます」


 彼は、私とルナリスさんとの会話から私たちの名前を聞き取り、自分の名前を告げてきた。彼の名前は、ユウトだった。私は、彼の名前を聞いて、何か引っかかるものがあった。


「ユウト……。私たち以前にどこかで会ってないですか?」


 私は、そう言って、彼に尋ねた。私は、彼に会ったことがあると感じていたが、あと少しで思い出せそうなのに、なかなか思い出せない。


「あらセリアちゃん、口説き文句にしては平凡よ」


 ルナリスさんが、私をからかった。私は、恥ずかしくなってルナリスさんに食って掛かった。


「そ、そんなんじゃないんです。本当に以前に」


 私は、そう言って、説明しようとした。私は、彼とどこで会ったのか、思い出そうとした。


「実は、俺も以前にお二人にあったことがあるような気がして」


 彼は、私の言葉を遮って、言った。彼も、私たちに会ったことがあると感じたのだろうか。


「あら、私も? ふふふ。二股は駄目よ」


 ルナリスさんが、彼をからかった。


「そんなんじゃありません」

 彼は、そう言って、否定した。


「すみません。リハビリ棟はどちらでしょうか?」

 いつの間にそばに来たのか、私の目の前に可愛らしい女の子が現れて、声をかけてきた。


「リハビリ棟ならあっちだけど、あなたは?」

「あ、おばあちゃんのお見舞いに来たんですけど。初めてで場所がわからなくて」


 初めて? 私は、この女の子にもどこかで会ったことがあるような気がした。

 でも、病院から出たことがない私が、病院に初めて来る女の子に会ったことがあるはずがありません。


「君、俺とどこかで会ったことがない?」

「え? 初めてだと思いますが」

 ユウト君が、女の子に声をかけた。ユウト君も私と同じ感覚を感じたのだろうか?

 それともナンパかしら。


「こらこら、ユウト君、私たちがいるのにその子にも粉をかける気?」

「いえ、そんなんじゃなくて」

 ルナリスさんに詰め寄られユウト君が慌てた。


「そういう悪い子には、お仕置きよ」

 そう言って、ユウト君に近づいたルナリスさんが手を振り上げた。


 ドサ!


 なんの前触れもなく、ユウト君のギブスをしていた腕が地面に落ちた。

「うっつ!」

「キャー!」

 それを見た女の子が叫び声をあげ、尻もちをついた。


 状況から見てルナリスさんが何かしたようだ。彼女は嬉しそうに笑っていた。

「ルナリスさん、何をしたんですか?」

「セリアちゃん、これは復讐なのよ」

「復讐? ルナリスさん、ユウト君に何かされたんですか」


「ふふふ、お父様を殺されたの」

 ユウト君がそんなことをするようには見えませんが、本当のことでしょうか。


「そこの勇者と聖女にね」


 ルナリスさんが腕を押さえてうずくまっているユウト君と隣で驚いて腰を抜かしている女の子を指さします。


「え? 私も???」

 女の子は訳も分からず戸惑っているようです。


 そんなことお構いなしに、ルナリスさんが手を横に払うと、目の前の二人の服が切り裂かれ、血が噴き出しました。


「ルナリスさん! やめてください」

「ふふふ、そして、賢者であるセリアちゃん、あなたも同罪よ」


 え? 賢者? そうだ、私は転生前に異世界で賢者だった。突っかかっていたものが外れたように今ハッキリと思い出した。

 勇者と聖女と賢者わたしが殺した相手、ということは。


「ルナリスさん、あなた魔王の娘なの」

「ふふふ、どうやら記憶を思い出したようね。今は、私が魔王ですけど」


 まずい。あの二人が本当に勇者と聖女だったとしても、あの出血状態では長くはもたない。

 魔法が使えれば何とか二人を連れて逃げるくらいはできただろうが、この世界では魔法は使えない。

 助けを呼びに行こうにも、満足に歩くこともできないこの身体ではとても無理だ。

 仮に、騒ぎを聞きつけて誰か来たとしても、助けてもらうどころか、むしろ、その人の方が危険である。


「どうしたものか」


「ははは、それでは賢者にも死んでもらおうか」

 ルナリスさんは魔法で私を切り裂こうとする。きっとあれは、風魔法とかではなく、空間断絶魔法だ。


 こんな時まで冷静に分析している、自分が憎らしい。

 あれ、空間断絶魔法……、魔法? なぜ、ルナリスさんは魔法が使えるの?


 この世界にも魔力があったのか?

 私は、魔力を探索する。すると、魔力があふれ出ている場所があった。


 あれは、特異点!

 転移門が開きかけているのか。

 私たち三人が、集まったせいで時空のゆがみが限界を超えたのね。

 いや、魔王の娘であるルナリスさんを含めれば四人分のゆがみか。


 一か八か、あそこに逃げ込むしかない。


 私は車いすでルナリスさんに体当たりを敢行した。

「チッ。ろくに動けないと思って油断した」

 ルナリスさんは車いすの体当たりを食らってよろけて倒れた。

 こちらはその反動で車いすが倒れ、上手い具合に、勇者たち二人の上に倒れ込むことができた。


 良し、計算通り。死にかけた二人であったがまだ生きてはいるようだ。特異点がゆがみの大きいこちらに移動してきている。


「よくもやってくれたわね」

 ルナリスさんが私につかみかかろうとする。


 ばっちりだ。ゆがみが限界を超え、特異点は全員を飲み込むように転移門を開いた。


「これは! 転移門か」

 ルナリスさんに焦りの表情が浮かぶ。


「勇者と聖女は死んだようだし、賢者、お前は後からゆっくり始末してやる」

 そう言って、ルナリスさんは姿を消した。

「あれは転移魔法だわ。ルナリスさんは時空魔法の使い手なのね。厄介だわ」


 そんなことより、今は勇者と聖女だ。

 二人共既に息をしてないようだ。

「心配だけど、このまま転移門に入って、女神を頼るしかないわね」

 私は前世を思い出し、思わず独り言ちる。


 私たちは、そのまま転移門に飲み込まれ、日本では消息不明になったのだった。


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