第六章

——ショウ視点——

「よし、着いたぞ。じゃあ、道具持っていこうか」

 祖父の家へ着いた翌日。僕らは墓参りへ来ていた。

「うん」

 車を降り、トランクから道具を取り出す。

「よし、それじゃあ向かうぞ」

「うん」


 ここだ、そう行って父さんが止まった前の墓石には、しっかりと僕の名字が刻まれていた。

 なんとなく、自分が死んだような錯覚に陥る。寝不足かもしれない。慣れない場所で、無意識に緊張しているのかも。

 墓石自体はあまり汚れて居なかった。花も色鮮やかなままで、造花なのだろう。線香の煙が上がり、鼻を擽る。

「……あれ?」

 線香……の煙……? でも、線香自体は、ない……。まるで、煙だけが独りでに立っているような……

「ショウ、大丈夫か?」

「父さん、線香が……あれ?」

 既に煙も、香りも消えている。なんで?

「線香? 線香は最後でいいぞ? 大丈夫か?」

「あ、うん。なんでもない……」

 なんで……?

 聞き覚えのある旋律が、僕の思考を揺蕩った——。


 気を取り直し、掃除を進めた。元々そこまで汚れていなかったこともあり、すぐに終わった。

「あんまり汚れてなかったね」

「そうだな、多分、親父がたまに掃除していたんだろう」

「そうなんだ。あとは、花を変えて、このお酒も置いていくんだよね?」

「ああ、頼む。酒は蓋を明けて、ど真ん中でいいぞ。ひいじいちゃんは酒が大好きだったからな。線香より酒の方が嬉しいだろう」

「分かった」

 作法的にいいのかそれで、とは思ったが、まあいいならいいんだろう。

 そんな事を考えながら、酒を起き、隣に線香を焚く。

「終わった……よ……?」

 視界の隅で、白い布がはためいた。

 ふとそちらを見ても、誰もいないし、なにもない。

「……ショウ、大丈夫か? 体調悪かったら、言えよ?」

 心配そうに父さんが顔を覗き込む。

「あ、ああ。うん。大丈夫。ありがとう。これで終わりだっけ? もう帰るの?」

「ああ、あとは最後に挨拶してからな」

 そう言いながら、父さんは手を合わせ目を瞑る。

 僕もそれに習う。ただ——

(うーん……、特になにもないな……。まあ、とりあえず、僕は元気です。お酒は程々に。安らかにお眠りください……)

 僕が顔を上げるのと、父さんが顔を上げるのはほぼ同時だった。

「よし、それじゃあ戻るか。昼ご飯食べたら、どうする?」

「うーん、明日帰るんだよね? じゃあ、散歩でもしに行こうかな」

「そうか、わかった。本当に真っ暗になるから、あまり遅くなるなよ。携帯はちゃんと充電しておけよ」

「わかった」

 そんな会話をしつつ、僕らは車へ戻る。

 まだ旋律は止まらない。


——??視点——

 ずっと待っていた。やっと、やっとこの時が来る。

「ねえ、シュウ。私、ずっと待ってたよ——」

 私は、あなたを想いながら、旋律を奏で続ける。


——アカネ視点——

「もう、急にこんなことになるなんて」

 私は、車の中でつぶやいた。

「ごめんごめん、親戚の集まりに急に呼ばれちゃって」

 というのも、私は昨日、突然長野へ行くぞ、と言われ、そして今日なのだ。

 特に予定はなかった。が、突然遠出というのは予定はなくとも多少の抵抗はある。シンプルに面倒なだけだけど。

「どうせ明日帰るんだし、いいわよ」

 言いながら、頬杖を突き窓の外を眺める。

 太陽に薄い雲が掛かっていた。

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あの空の向こうを空想した、そこで君は咲っていた。 サガシビト @sagasuhito

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