第8話 怒りの女

眼帯をした女武者が騎馬を降りて、ヒロに向かってくる。


兜などは付けておらず、軽装のいで立ち。着物は派手ではないが上質の生地でできた品のある柄もので、着ている者の身分の高さを示していた。

雑兵にあらず。それはとてもまずい状況だった。


ヒロは一歩進んで自ら女武者と対峙した。


「僕は逃げも隠れもしない、他の人間に迷惑をかけるな!おとなしくついて行ってやる」


女武者は、ヒロの頭に手を伸ばすと、グイッと頭頂部を掴み、そのまま髪の毛をくしゃくしゃにして頭を撫でた。


「カワユイ坊主よ。一丁前に男を気取るか」


そういって大声で笑った。予想外の展開にヒロは呆気にとられる。


「悪い女には騙されるよう気を付けるのだな、坊主。私の相手はその女よ。いや、そもそも女なのかな?」


女武者はすべてを理解しているとでも言いたげに、不気味な笑みを見せる。


「まて、お浜さんは僕の連れだ。何も怪しい人じゃない」


「咄嗟にかばうか。だが、人が良いのは美徳ではないぞ」


女武者は品定めをするようにヒロとお浜を交互に見つめる。


「お浜とやら、旅人というには随分と服が綺麗ではないか? 草履も汚れていないな」


「あら、やだ。たまたまですよ。長旅ですので、丁度宿で綺麗にしたところですの」


「目立つ紅を付けているが、茶碗に紅が移っていないな」


「おほほ、淑女には淑女なりの気配りというものがございますのよ」


 女武者は表情を変えず、冷静に、冷淡に次々と言葉を継いでいく。

 ただそれだけで息苦しい圧を感じる。


「ならば手荷物を見せよ。旅の女なら、必ず持っているだろう? アレを」


「アレ、でございますか。いえ、その、アレはねぇ。宿に置いてきましたわ」


「ほう、アレを宿にか。なら、宿まであないせい。確認できれば嫌疑は晴れたものとしてよいしてよい」


お浜はおびえた様子でヒロの腕にすがりつき、ぎゅっと握る。


「お兄さん。事情がありますの。天地神明誓って私は捕まるようなことはしておりません」


 お浜は怯えた目で見つめるけれど、それは宿には戻れないということか。

 どうやら面倒な展開は避けられないらしい。


「ふふふははは、小芝居はそこまでにせよ。我が名は氏家卜全。この右目には代々受け継いできた魔眼が埋まっておる。物の怪の幻術など、最初から喝破しておるのだよ」


「あんだと、この性悪ババア」


 お浜は次の瞬間には、ヒロよりも3つか4つ年下の、子供言っていいような少年の姿に代わっていた。


「なぁ兄ちゃん。おいら捕まったら殺されるんだ、助けてくれよ」


「それがお前の本当の姿なのか」


「ああ、もう嘘も何もねぇよ。人を訪ねて旅をしていることも、一人旅が心細かったことも全部本当さ」


その苦しげな表情を見て、嘘ではないと確信した。


「氏家様ぁ。コイツはまだ子供じゃないですか。だったら近くに両親がいるかも知れねぇ。それからゆっくり事情を聞いてあげてもいいんじゃねーか……」


 村でも寡黙だったヒロ、身分の高い人間と話すのはどうにも苦手だった。しかし、それでも精いっぱい、少年をかばってみることにしたのだ。


「下賤の者が私に意見するか! 私にはこの街の治安を預かる重責がある。小僧といえでも、幻術使いの物の怪が紛れ込んでいるならば、これを排除する義務がある」


 少年を物の怪と呼ぶのか。ヒロは納得いかず、少年に尋ねる。


「ええと、キミは人間なのかな? 」


「違うよ。でも、獣人でもないよ。世間じゃ知られちゃいないマイナーな種族さ。でも幻術を使う以外はほとんど人間と変わらないんだぜ」


 我々がよく知る人間族。その盟友である森の人エルフと山のドワーフ。おおむねこれらが広い意味での人であり、それ以外の小鬼ゴブリンのような種族を獣人と呼ぶ。だが、どうやら世の中はそんな単純なものではないようだ。

 人間族の都を京という。日ノ本の国では京に近づくほど人間族の支配が強くなる。都にそう遠くない、この周辺地域ならば、兵士にしばしば小鬼や歩武鬼が混じっているように、おおむね人口の2割程度が人間以外の知的種族である。


「じゃあ、君は逃げろ。世界にはまだまだ不思議なことがあると教えてもらった、お礼だ」


 そういってヒロは片手で少年の目を覆うと、懐から印籠のような何かを取り出す。

 次の瞬間、世界を覆うように白い光条が広がっていった。

 卜全は咄嗟に少年の手を掴もうとするが、それをヒロが振り払う。


「だから、ガキは嫌いなんだ」


 代わりにヒロの腕をぎゅっと掴む。


 卜全の後ろに控える兵士たちは約20人。

 茶々姫から支給された閃光弾はまだ2つあるが、それだけじゃどうにかできる数ではない。

 正体はバレてないんだ。ぼこぼこに殴られるくらいで済むならそれでもいいや、そんな気持ちだった。

 卜全は眼帯に手を当て苦しんでいる様子だった。閃光が眼帯の上から邪眼を痛めつけたのだろうか。見えすぎるのもよくないらしい。

 卜全は手を挙げて「隊列そのまま警戒を続け」と一括、動揺する兵隊を沈めた。

 

 卜全はヒロを睨みつけると、強烈な蹴りを放つ。ヒロは後ろに吹っ飛んだ。彼女は少年を見つけることを諦め、怒りに任せて攻撃してきているようだ。

 これはあくまで憂さ晴らし。

 一発、二発と拳骨を顔面に放つ。


「自分が、したことの、責任も、取れない、ガキには、躾が、必要だってね」


 鋼鉄製の籠手を着けたまま、一言一言言い含めるようにこぶしを振るう。

 ふらつくヒロの体を支え、腹にもう一度蹴りを入れると、店中を引きずり回す。


「ここからが本番だよ。根性を見せな」


 自分に立てついた、その気概を見せろというのだ。

 ヒロはよろつきながら立ち上がると、大声を上げ卜全に向かっていく。


「だああああああああ」


 そこに痛烈なカウンター。ヒロは重さを失ったかのように吹っ飛ばされる。

 卜全は再び間合いを詰め立ち上がろうとするヒロに対して足払いを放つ。


「ふらふらじゃないか、もう少し地面に頭をつけて休んでたらどうだい」


 再び立ち上がろうとすると、kん度はどんと肩をつく。

 バランスを崩して、片膝をつくヒロ。


「もう少しきゅけいが必要なようだね。最後はきつーい一発だから、死なないように歯を食いしばりな」


 これで最後かありがたい。ヒロは何も考えずにすっと立ち上がる。顔は晴れ上がり、もはや棒立ちの様子だった。

 振り上げた卜全のこぶしをそっと掴む男の姿があった。


「もう、それくらいにするでござるよ」


さっきの侍だった。


「なんだ貴様は?浪人か」


「拙者は旅の武芸者でござるよ。氏家殿が立派な志をお持ちだということはよく分かり申した。この童もよい勉強をさせてもらったと感謝しておることでしょう。なんといいますかな、これで丁度良い塩梅。これ以上はやりすぎでございます」


卜全王では興奮で震えていたが、それもすっと収まり、ヒロの予想に反し、卜全は反論することなく黙ってその場を収めた。


「あと一発殴れば私の気も晴れたものだが、それでは完全な私情になろう。腹は満たないくらいが丁度よい」そういって店を出ていく。


「あ、ありがとうございます、おっぱいの好きな侍さん」


 髭ずらで誤魔化されていたがこの侍、近くで見ると思っていたよりもずっと若い。


「大丈夫でござるか? おっぱいがどうとか、殴られすぎておかしくなったのではないか」


「いえ、ごめんなさい。実はお浜さんお胸が偽おっぱいだったのです。それにも関わらず助けてもらって、本当にありがとうございます」


「だから、おっぱいは忘れるでござるよ」


サムライの肩を借り、店を出るヒロ。

だがしかし、そこにいたのは隊列を崩すことなく待機する氏家卜全とその兵士たちだった。


「すまないね。まだ、デザートを食べそこなっていたようだ」


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