36 エル・コスタ城の戦い(1)

「来たか・・・」


 俺達は今、エル・コスタ城北東、ノハス塔の中にいる。

 前方に見えるのは土煙だ。


 敵軍、ソゼウ王国軍の襲来である。


「軍議を開く。各将を集めよ」



 エル・コスタ城の戦いが始まった。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 やばいよやばいよ!始まっちゃうよ!戦争、始まっちゃうよ!


 と、言いたいところだが、俺の前世の仕事は戦争屋だ。戦争自体に恐怖心は、ない。


 もちろん、最初は恐怖だった。人を殺す。相手の一生を奪う。

 だが、生きるためだ。殺さないといけなかった。


 俺は無我夢中に殺した。



 俺の高校時代の話をしよう。


 高校時代、俺は剣道部だった。

 剣を打ち合う時以外、叫んだり喋ったりはしない、族に言う陰キャだったが。

 バイトで溜めた金でやりくりしていたのだ。俺の生活する金は税金からも出てくるし、バイトで溜めた金を使うところもなかったからな。


 勉強もした。文武両道だった。

 中学時代から勉強は得意だったしな。


 俺は、勉強や部活などで堕落し、墜ちていく奴らを横目に見ながら勉強するのが大好きな、偏屈な子供だったのだ。


 もっともその感情は、妬みだ。自分より良い生活を送っている大多数の人に向かっての。


 周りの人から殴られ、蹴られ、罵倒されながら過ごす日々。

 俺は意中の人からものすごいフラレ方をしてEDになり、それは今も治っていない。


 好きの反対は、無関心。


 誰からも気にされない生活。


 そんな俺よりも酷い状況のやつを無理やり見つけ、「俺はアイツラよりはマシなんだ」と心のなかに言い聞かせ、それを糧にして生きていた。さながらゾンビのように。


 中学時代は勉強しかせず、部活にかまける奴らを見下していたが、ある日に部活に入っていないことをバカにされてから、俺の中に火がついて剣道部に入ったのだ。


 不純な動機だ。



 思えば、傭兵稼業も、その延長線上だったのかもしれない。

 家庭もあり、幸せな生活を送ってきた奴らを殺し、どん底に叩き落す。


 さぞかし辛いことだろう、不幸せだろう?

 家族を残して逝くのは、さぞ心苦しいだろう?


 そうやって殺すごとに相手に問いかけ、その絶望を貪り食う俺が、俺のどこかにいた。



 俺は、報いを受けるべきなのだろうか。

 俺の抱く恐怖は、まさにそれだ。


 俺はこの数年間、幸せに暮らしすぎてしまったのかもしれない。

 その反動で、なにか大事な物を失ってしまうのでは無いだろうか。


 幸せをここまで感じたことは初めてだ。

 だからこそ、この幸せを奪う罠がどこかに存在しているのではないだろうか。


 考えてしまうと、止まらない。


 まず、俺に無償の味方を提供してくれた家族に、友情をくれた幼馴染たち。それからそれから・・・



「どうした?カイ」


 思い詰めていると、アラステアが不思議な顔をして聞いてきた。


「いえ」


 俺は頭を振る。


「戦いの前だ。それも人殺しだ。思慮に耽る気持ちも分かる。だが、やらねばやられる。殺され、全てを奪われる」


 諭すような音色で、アラステアは続ける。


「そもそもティルスには残った領民とブルガンディ地方の財産が残されている。隣のダラサスの里のダラサス城ではダラサスの民が歯を食いしばって耐えてくれている」


 ダラサスとはブルガンディの第二都市のことだ。


「俺はソゼウがソゼウが攻撃することを知っていて、予め予防線は貼ってあったのだ。全て作戦通り。このまま行けば我らの勝ちだ」


 アラステアが尊大な態度で俺に言う。


「何も心配することはない。”業神大戦”を戦い抜いたこの私が、保証しよう」



 お


 最近の勉強の成果だ。分かるぞ!


 ”業神大戦”。今から1200年程前に起こった大戦争だ。


 まだ人と魔族が相慣れて居なかった時代に起こった大戦争で、魔族側は”裏切りの龍帝”でおなじみ”白帝王”エルメスが大将で、人族側の大将は、”賢将”アルヴァリー・ケイタ。


 この戦いで人族側は敗戦したものの、最期の一矢でアルヴァリー・ケイタに殺されかけたエルメスは自分の半分の分体をこの世の”業”をすべて背負った”業神”として逃がし、分裂して力を失ったとされる、この世界における最大の戦争だ。


 ”狂気王”アラステアはこの戦争に参加していたと言うのだ。


 年の功というやつか、いずれにしろ俺を勇気付けようとしているのだろう。



 そうだな。


 考えても無駄だ。


 やらなきゃ、やられる。


 厳しい世界だ。それはお前が一番わかってるだろ。



 それでも、目を凝らすといつもと同じ中々優れない色のオーラが現れて、俺は更に不安になるのだった。



 そう、自分に言い聞かせながらドアの前まで行く。


 ガチャリ


 ドアが開く。


「これより、軍議を始める!」


 だが、ひとまずは


 戦闘の準備だ。



 エル・コスタ城の本丸、謁見の間には10名ほどの将が集まっていた。


 ううん、隣から凄いオーラを感じる。俺の隣の人の目線が怖い。なんだこの紫色の髪の人は。目線だけで刺殺してきそうだ。まるで仮面のヒーローを見つけたホネホネ星人みたいだ。アンパンを見つけたバイキンとも言うな。

 懐かしい。


 あとは・・・おお、ライアンさん。元気そうで何よりだ。


「敵は北東より接近中。敵の総大将は”防風ぼうふう”のカイドン・カーカス・ソゼウ。敵の主な大将はソゼウ四天王の一、”鍾鳥しょうちょう”のマタイス・ジョルジオール、二の”黄鳥きちょう”アフネス・ジョルジオールです」


 へえ。”防風”に”鍾鳥”に”黃鳥”。


 ”防風”のカイドンはともかく、マタイスとアフネスに関しては全くわからんぞ。


「了解。敵の陣容は」


「敵の陣容は5万の騎士団と3万の魔導団です。それぞれ騎士団の方に”鍾鳥”、魔導団の方に”黄鳥”のようです」



 地図の上にコマが置かれていく。


 ウチの陣営のコマが白で、敵が黒。

 それぞれ100,1000、10000事にコマの大きさが大きくなっていく。


 さらに重要戦力にはマーカー付きのコマを置く。


 簡易模擬戦の完成である。



 アラステアが指示を出す。


「まず、敵の騎士団が突撃する前に地形変化を行う。土魔術と水魔術が得意な魔導団兵を集め、騎士団白狼中隊による護衛の下、任務を遂行してもらう」


「次に騎士団餓狼大隊は、そこのライアンとベンノの指揮で敵軍主力と対峙しろ。ティルス軍は地の利を活かし、引き込んだ敵軍の背後に回れ」


「「ハハッ」」


 ライアンと、ベンノと呼ばれた白い髪の騎士が頷く。


「魔導団賢狼大隊は中隊ごとに城の守りと遠距離狙撃で分け、遠距離狙撃隊は敵軍の真ん中を撃ち抜け。ご多分に漏れず相手は魔力付与品の鎧だろうから地形を変化させる術式を優先的に使え。敵の進軍を遅らせつつ、横っ腹からティルス軍が奇襲を仕掛けるのが今回の作戦の大筋だ。カラン、アータイル、そしてダン。よろしく頼んだぞ」


「「「ハハッ」」」


 魔術師のローブ姿をした二人組が頷く。

 緑の髪とえんじ色の髪で、緑の方は女でエルフか?えんじ色の方は男だな。だが肌は緑色だ。


 もう一人はパパンだ。説明はいるまい。


「グレイ、ノーニン、パードラ、エディシャスは餓狼大隊に入り、敵将と対峙せよ。だがくれぐれも”防風”、”鍾鳥”、”黄鳥”には対峙しないように」


 呼ばれた将・・・全て騎士か。は全員頷いた。


「さあ、餓狼大隊、君たちは”ライドンの森”の中にある抜け道を抜けてくる敵兵を叩きに行ってもらいたい。ライドンには簡易的だが関所があるだろう?そこに敵兵を丸腰で配置したまえ」


 アラステアはなんでもないかのようにコマを配置する。


 へ?


「「ま、丸腰?」」


 驚いて場にいる全員が聞き返す。


「なんのために!大事な将兵を死なせるおつもりですか!」


 俺の隣の紫野郎が返答する。うっとおしいぐらいには暑苦しい。いいから黙れ。唾が飛んできてる。


「レゲンデ兵法第九五法、”大軍相手の戦には相手の慣れぬもので望むべし”」


 アラステアはまるで俺に教えるかのような口調で伝える。


「これで相手の進軍は止まる。そこに大量の魔術で目眩まし。混乱したところで横からティルス軍が間道から敵の横から襲撃する」


 そこまでアラステアが一気にまくしたてると、場は静まり返った。



 なんということだ。


 奇策にも程があるが、しかしこれほど説得力のある説明は聞いたことがない。


 まず、”レゲンデ兵法”とはレゲンデ・アレラと呼ばれる女性が書いた約2800年前の兵法書であるが、それ自体は決して時代遅れというわけではなく、むしろ現代でも最先端の兵法の呼び声も高い。


 不死や長生きの種族も多いので、兵法の更新も少ないのだ。


 そのレゲンデ兵法の中でも最も有名なのが、この九五条目。

 様々な戦で使用されてきた兵法の中でも最も有名な兵法である。


 至って単純だが、それを看破されようとも関係ない。一瞬でも良いから進軍が止まることを期待するのだ。


 そして恐らく地形の変化も併用して完全に敵の足を止めてから、勢いをつけてティルス軍が側面からボディブロー。


 そこに・・・あれ?俺は?


 配置し終わっていないコマが何体かいる。


「そしてラーゼンとホッグス、そして傭兵団は別働隊としてティルス軍を助けよ!」


 おお、よかったよかった。俺にも出番があった。


「「「ハハッ!」」」


 俺と、ラーゼンと呼ばれていた・・・赤髪の・・・蜘蛛族か。ライアンと同じだな。

 それと紫野郎。ホッグスってか?こっち見るのやめろよ気持ち悪い。


 悪かったな。ガキのお守りでよ。


「俺は、お前のことは絶対に認めない」


 紫野郎が俺に言う。

 だが、俺はフフッと笑って言い返す。


「その言葉、覆させてあげますよ」

「なんだと?」


 俺達の間に火花が散る。


「各自がしっかりと命令通りに任務を遂行することを命ずる。”狂気王”の名において大いなる加護あらん!行って参れ!」


「「ハハッ!」」


 鶴の一声で軍議は終わった。


 アラステアの顔は、冴えないままだった。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



「これより愚国、ソゼウを討つ!皆心して備えよ!」


 アラステアが城壁から眼下の将兵に向かって呼びかける。


「これより五名の罪人を討ち、軍神に捧げる!皆のもの!出陣じゃ!」


 そう言って、俺の横で五人の罪人が打ち首になり、祭壇に飾られた。



 俺達の初陣が、始まる。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 もう寒くなってきた風に吹かれながら宿舎に戻ると、エドワードとジェイダ、ヘルマンダ、そしてエリが吐いていた。

 恐らく罪人の処刑を見たからだろう。当てられたのだ。


 だがこれでよいのだ。予め人が殺せるものと殺せないもので篩にかけるつもりだったのだから。



 俺が死にかけたあと、すぐにアラステアはコイツラに謝りに行った。何と言ったのかはわからないが、ひとまず仲直りはできたのだ。


 子どもの喧嘩なんぞそんなもんなのだろうか。


 わったくわからないし、エリに話しかけられた時には怒ってないよと言っておいたが。



「じゃあ、体調が悪くないやつで行ってくる。留守は頼んだぞ」


 俺はそう言い残すと、宿舎から出ていった。

 後ろでエドワードの力尽きる音を聞きながら。


 ・・・本当に大丈夫なのだろうか。



 ▼ ▼ ▼ ▼ ▼



 さあ、戦が始まる。ワクワクする。


「ライアンさん。嬉しそうですね」


 隣にいる彼の部下から声がかけられる。名前は忘れた。


「ああ、もちろんだとも。武功を早くたてたい」


 こいつの頭にはそれしかない。


 忠義、礼儀、そして欲望。


 この3つのみに突き動かされて生きる人物である。



 策に完璧にハマって立ち往生する敵軍を睨みつけ、ライアンは告げる。



「かかれ!」


 開戦の火蓋が切られたのだ。



「「うおおおおおお!」」


 ガキン キン


 剣のぶつかる音がする。


 そう、この音だ。この音だけが、彼を奮い立たしてくれる。


「うおおおお!」


 横から襲いかかってくる敵軍の兵士。それを見て、ライアンは思うのである。


 こいつか。


 今回の戦場の最初の死者は。


 彼は剣を抜く。両方大剣ではない。


 反りの入った太刀型のショートソードだ。ちなみに魔剣である。


 右手を左手にクロスしつつ抜刀したショートソードで受け流し、開いた左手で相手の首をねじ切る。



 その間、僅か0.01秒ほどか。



 鋭い金属音が聞こえたあと、続いて人肌の切れる鈍い音。


 彼の後ろでは何が起こったのかもわからずに敵兵の胴と首がはちきれ、事切れる。



 八双流高王、またの名を”赤鬼せっき”ライアン・ウリアス・スペーサーその人である。

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