35 接敵(色々)
「打って出る・・・?」
「そうだ。打って出る」
打って出る・・・?この要塞から?
聞いた時、俺は耳を疑った。
この城に籠っていれば勝てるというのに・・・。
「何故・・・?」
「ここで総力戦に持ち込む訳には行かない。シトラスは築城の名手だ。黄龍神の能力を使い、地形を変形させる事ができる。築城しながら近づいて来ると、流石の私でも勝ち目は薄い。これはただの前哨戦だ。完膚なきまでに叩き潰さねばならん。士気にも関わる。故に打って出る」
そうだ。逃げ腰ではダメだ。今回は見えない敵をミサイルでバカスカ殺す訳では無い。剣士達による肉弾戦だ。
肉弾戦は、一瞬の気の迷いが死に至らせる。
俺が前世で死んだ時もそうだし、アサシンに殺されかけた時もそうだ。
負けるかも、嫌だ、戦いたくない。
その気持ちは、一瞬のスキを生む。
となれば、勝たなければならない。全勝だ。この戦いでは一戦も負けてはならない。
なるほど、そういうことね。
「分かりました。敵将はどうやって排除しましょう」
なら、まずは敵将からだな。指揮系統を削ぎ落とすのは戦闘の常識だ。
「ほう、敵将とな。お前は戦い方を心得ていると見える。やはり期待通りだな」
だろう?良い弟子だろう?
ドヤア
だが得意げになる俺に対しアラステアの顔は優れない。
ありゃ?
「だが、外れだ。今回は敵将は狙わん」
へ?
「生け捕りにするか、そのまま帰すかの二択だ。敵の士気を下げる。言っただろう。これは前哨戦だ。腕が一本二本三本欠けた敵将を見ると、軍の士気は確実に下がるからのう」
ああ。なるほどね。そういうことか。
ああ、それにしても怖いですアラステア様。その端正なお顔が歪んでおられます・・・。
「まあそういうことだ。最初は野戦だ。叩きのめすぞ」
「ハハッ!」
俺は大層に頷いた。
その後、細部まですり合わせを行い、その日の個別指導は修了された。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
俺は今、戦いの最中だ。
神経を研ぎ澄まし、己の剣に手をかける。木刀だ。
「ゆくぞ!」
「こい!」
「「ハアアアアアア!」」
ガキーン!
上段に構えた幼子の剣は俺の居合で跳ね飛ばされた。
俺はそのまま首筋に添える。
「どうだ!まいったか!」
「ふぬぬぬ!」
そういいながら幼子は魔術を俺に向けて放つ。水弾。無詠唱だ、この年で無詠唱ならよくやっている方なのか?
そう思いながら炎弾でレジスト。
そして頭を木剣でポコンと叩いた。
「いっでぇ〜なにすんだよ!」
我が弟、ロペスが痛がっている。それもそのはず、俺の毒牙にかかったのだ。
俺達は約束の模擬戦を行い、見事に俺が勝利した。
授業の後ですぐに家族のいる部屋へ向かうと、ロペスが俺との一騎打ちを所望した。
エリナに聞けば、ロペスは学校での俺の名声に嫉妬しているとのことだった。
「まあ、一時の気の迷いだと思うけどね」
偉大な兄ちゃんの弟なのにそんなことも出来ないのか、と。その言葉に反骨心を燃やしているらしいのだ。
それでロペスは俺の実力を疑い、兄ちゃんに勝って、学校でなにも言われないようにしたい、と。
なら簡単だ。叩きのめして尊敬されるお兄ちゃんになればよいのだ。
威厳のある、かっこいい。
すこーしいたぶってポコンだ。
だが俺はロペスと模擬戦会場まで歩いていく時に盛大にずっこけてしまった。これでは威厳もクソもないだろう。
見ると明らかに舐め腐ったピンク色のオーラが浮かび上がり、俺は少し腹がたった。
と、言うことで若干本気で叩きのめしてしまった。
ロペスは落ち込んでいるのかと思ったら、明らかな怒色のオーラを浮かべて俺に言った。
「・・・馬鹿兄、ずるい」
「なぜだ」
「僕が負けたのは、身長の差。剣筋見えなかった。だから、負けた」
言い訳し始めた。
ふーむ、言い訳は良くないなあ。
「じゃあ、お前は何でも使うがいい。俺は水弾魔術だけでお前に勝ってやるよ」
「なに!」
ロペスは小さい体をワナワナと震わせて怒る。目に力を入れて見ると、まだまだ発展途上の芯とオーラが徐々に怒色に変わる。
「コレで俺がお前に勝ったらお前は俺の言う事を聞け」
俺は言い放つ。これ以上不機嫌で俺の前をうろつかれるのはゴメンだ。
「なめるな!」
不意打ちの炎弾。俺はなんなく躱す。
しかし、最上段に剣を構えたロペスが俺の眼の前まで来ていた。
この国、オルタン国で盛んな流派は白龍派と八双流の二流派だ。
その中でもティルスで盛んなのは白龍派。
世界一有名な白龍、当時世界最強だった生物、”賢龍王”バラガスを倒した流派なので白龍派と呼ばれる。
白龍派はなりふり構わない攻撃で有名だ。
賢龍王を倒したのは白龍派の祖、グラージ・マイアラ。彼は”剣帝”と呼ばれる剣豪界の四大聖人の一人で、またの名を”必殺神”。
彼の賢龍王を引き裂いた必殺技の事を”急所奪回”といい、この世の魔術剣術など、全ての技をひっくるめての難易度、10級10段の更に上、”高王級”のそのさらに上で”帝王級”のそのまた次の最高難度、”神刀級”に値する。
彼は賢龍王の頸動脈を一瞬で切り裂き、神話時代から続く最強の英雄の名前をほしいままにした。
よって白龍派はその力と最速のスピードで相手の急所を確実に仕留める流派である。
狙うのは敵の急所一点のみ。極めて単純。
だが、あえて敵に、「自分はお前の急所を狙っているんだぞ」と伝えることにより、意識した相手の動きは、鈍る。
そこを突く、極めて単純かつ愚直で迷わない攻撃で相手を揺さぶる強力な流派だ。
ロペスは確実に俺の急所である首を狙っている。これをとっさにかわそうと横に避けるが、あえて
そして態勢を崩した俺に横からの太刀。
これを飛んだまま一瞬で行う。我が弟ながら見事な技術だ。
しかし、それに負けるほど俺の肉体はやわに出来ていない。
全身の筋肉を使って体をのけぞらせ、その居合の太刀を避ける。
そしてアンダースローの状態でロペスの顔に水弾を的確に当てる。
飛んだままの状態で顔にエネルギーが入ったため、ロペスは後ろに倒れる。
俺はロペスの落下点を予測し、風魔法で威力、速度を増幅させた水弾を五発叩き込む。ロペスの落下点の地面だけを抉り取り落下してきたロペスは一瞬で出現した沼に体ごと落下した。
「どわあ!」
勝負あり。
無様な姿となったロペスの手を持って引き上げて、再度お湯で流してあげると、ロペスのオーラはなんとも言えないグレーっぽい色となった。
「・・・」
「模擬戦前の約束、覚えてるか?」
「・・・覚えてる」
「なら、言うぞ」
ロペスは目をつぶって身構える。
殴られると勘違いしたのか?
間違っても俺は殴らんのにな。
「これから俺の事はちゃんと、お兄ちゃん、と呼ぶように」
そういうと、恐る恐る目を開け、ロペスは意外そうに呟いた。
「・・・それだけ?」
「それだけだ。だが馬鹿兄はやめてくれ。流石に俺のメンタルヘルスがパーになりそうだ」
「メンタ・・・?」
「ごほん」
俺はロペスの目を見つめて言う。
「お前、強くなりたいか?」
「強く・・・はい」
「お前は何になりたいんだ?」
「何に・・・?」
まだ年端もいかない子供だが、聞かねばならん。この世界の成人は早いからな。
「ぼ、僕、剣士になりたい!」
ロペスは目を輝かせて言った。
「俺がお前に”最強”になるために訓練してやる。明日の朝、迎えに行くから一緒にどうだ?」
「う・・・」
「どうするんだ?」
「い、行く!」
こうして、俺の弟子が誕生した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
それから1ヶ月後、朝にロペスとサーキットトレーニングをして、いつものように講義を受けている途中だった。
うう、寒いなあ。こんなに寒いならもっと着込めばよかったなあ。
「聞いているのか?」
「え、ええ、もちろん聞いております!アラステア様のお言葉は一言一句――」
「も、申し上げます!」
俺とアラステアは装飾の沢山施されたドアの方を見る。
ソワソワしている一兵卒が膝をついて伝令する。
「敵軍発見!北東約16km地点で確認!」
ついに、俺達オルタン・ティルス軍のティルス奪還が開始された。
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