34 アラステアの策
「さあ、早くもぎせんしよう!」
怒色のオーラの主はいきり立っている。
うーん、こんなので良いのかなあ。
我なりに良い仲直り(?)の仕方に出来たような気はするがな。
あれえ?でも前あった時もこんな感じだったっけ。
覚えてないしいいや。
うん、どうでもいいな。
「よーし、やるぞお!」
俺は部屋の隅の木刀を手に取る。
この部屋は質素だが、その分広い。
ベッドは4つ。俺以外のだ。
その他に家具は無いし、模擬戦ぐらいはできるだろう。
「こら!もう今日は夜遅いんだから寝なさい!」
エリナからの叱責が飛んだ。
「ええ〜お母様!どうしてですか!」
ロペスが吠える。
「みんな寝てるでしょう?うるさくしちゃダメですよ」
「ま、まあ明日やろう?」
「フン!」
しまった!もう夜遅かった!
そう思ったときにはもう遅い。ロペスはさっさとベッドに入ってしまった。
うーん、ロペスはなんで俺に怒っているんだろう。
ホントに心当たりがない。
そして怒っている弟にかける言葉も、心当たりがない。
わからない。全部わからない。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「た、ただいま〜」
俺は追いついてきたライアンに感謝を伝え、宿舎に帰ってきた。
気まずい。
半ば無理やり出ていったもんなあ。
「フン!」
エリの声がする。
ああもう。なんで分かってくれないんだよ。
「おやすみなさい」
俺はヤケクソになって言った。少し語尾が強まったかもしれないが、どうでもいい。
「バーカ!」
エドワードの間抜けな声が聞こえた気がした。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「ああクソッ。なんなんだよ全く!」
俺は悪夢で飛び起きた。
俺は崖っぷちで眼下の海を覗いていた。
その深淵は、濃く、しかし儚い、青。
晴天にも関わらずその青は何処か不気味に、俺を呼ぶ。
「何をしているの?」
エリが声をかける。
「見てる」
「何を?」
「海を」
「海なんか見て何になるの?」
俺はエリの方を見る。
エリは、エリ自身も海を見ている。
「海しか見てないから、私達も蔑ろにできるんでしょ?」
「蔑ろなんて、そんな・・・」
「じゃあ何をしているのか教えてくれてもいいじゃない」
「教えただろ!」
「いいえ、まだ不十分でしょ?隠してること、あるでしょ?」
「い、いや、そんなの・・・」
ある。隠し事。
少なくとも学んでいる内容は伝えていないし、龍の契約もそう。
なにも、共有できていない。
「所詮、私達もカイくんにかかればこの程度なのよね」
「そんなことは・・・」
「じゃあね」
そう言ってエリは海に飛び込んでいった。
俺はなにも思わずに風に吹かれる。
ドンッ。
後ろから押される。
落ちる。
後ろを向くと、様々な人達が俺を突き落としていた。
醜悪な笑み。
海に飛び込む寸前で、俺は目が覚めた。
「嫌な夢を見たなあ」
落とされる夢なんか見たのは初めてだ。
きっと死んだんだろうなあ。
いやいや、言いたいのはそういうことじゃない。
俺は今、壁に当たってないか?
こっちにきて生まれ持ったスキルで俺は色んな人と関わりが持てたし、前世の知識とコレも生まれ持った才能で魔術、剣術、それに勉学もそれなりにはできるようになった。
特に身体づくりと魔術の精度は顕著だ。
同年代の奴など圧倒的に引き剥がす俺の精密な魔術の行使とその威力、そして俺の自慢のぼでぇは、俺の誇りだ。
おそらく魔力抵抗で小さい頃に死にかけたのが逆に功を奏したのだろう。
だが、行き詰まった。
確かに行き詰まってしまった。
人間関係もそうだし、魔術、剣術も、頭打ちだ。
成長が見られない。死にかけたし、弟からも嫌われ、幼馴染達とも険悪になってしまった。
どうすればよいのだろうか。
はたと、困ってしまった。
「持たざる力を持つものは、必ず滅びる」
ルシファーとテーラーの言葉がよく思い出される。
ひとまず、この生まれながらの力に似合うほどには、努力をするのだ。
賢くなり、この世界の事を沢山知ろう。
無論、そのためには、辛く苦しいこともあるかもしれない。
でも生憎我慢には慣れっこだ。
アラステア様に師事しよう。
一杯教えてもらおう。
でもその分、自分でもなにかしら調べてみよう。
話はそこからだ。
いったん、ルシファーを呼び出すのも中止だ。
どうせ滅ぶなら、自分の限界まで足掻いて、死のう。
俺はまだ薄暗い朝へ向かって宿舎を飛び出していた。
「やあ、来たか」
アラステアは柔和な態度で俺を迎え入れた。
「カイ・ティルス・ブラッドリー、只今参上いたしました!」
「うむ。よく生きていてくれたな」
「ハハッ!」
その尊大な態度で椅子に座るアラステアは、尊大な割にはちょっとしおらしい。
あれ?もしかして・・・
「すまない。私のせいでお前を殺しかけてしまった」
ああ、やっぱり。
アラステアさん、凹んでいらっしゃる。
これがギャップ萌えだね!
「いえ、謝ることはないですよ。俺が弱かっただけです」
俺は本心を言う。
そうだ、結局弱いのだ。もっと強ければ、死にかけることなど無かったのだ。
「いいや、お前は強い」
アラステアは真っ直ぐ俺の目を見つめて言った。
「よく私の無理難題になにも難癖を付けずに協力してくれたな。礼を言う。そして済まなかった」
アラステアは椅子から立ち上がり頭を下げた。
「頭が冷えた。恐らく私はお前の仲間の信用も失ってしまった。しばらく”龍殺し”の訓練は中止する。その分お前の自由の時間を増やすつもりだ」
「お前の仲間には私から直接謝る。ほんとうにすまなかった」
アラステアはそう言って頭を上げた。
上官に謝られて俺は沈黙する。
だって相手は上官、それも総大将だ。
俺が傭兵時代の頃は、アジア人差別も相まって、上官から怒られ怒鳴られこそすれ、謝られ頭を下げされるなどもってのほかだった。
衝撃、どころの話ではない。
今、眼の前で俺に謝っているのは知略、武力、そして機知に富んだ発明力、全てを兼ね備えたこの世界で誰も知らない者はいない世界最強の実力を持つ、アラステア・ジルス・グラックスなのだ。
人間、つってもまあアラステアは龍族だが、偉くなり、力を持てば持つほど、謝れなくなる。
軍部にも権力者は居た。派閥の長、大隊長・・・。
そんな俺の上司は皆、謝らない。
自分が悪い事案でも、あ〜、とか、ん〜、とか言ってはぐらかす。
自分が悪かったと素直に認めて謝れる大人と俺は遭遇したことはないし、大体俺はそもそもそんな大層な謝罪を受けたことはない。
要するに、びっくりしたのだ。
「え、えと、分かりました。で、でも、俺に対する授業というかは、その、続けて、欲しいです・・・」
俺は消え入りそうな声で言う。
すこし憚られるが、言わねばなるまい。
この人に習わなければ、一体誰に習えばよいのだ。
「お・・・うむ、分かった」
一週間の休塾ののち、アラステア個別指導塾は再開されたのだった。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼
再開した最初の授業は戦略についてだった。
「さて、カイよ。ここはエル・コスタ城と言ったな」
「はい」
「お前が寝ている間に戦況に変更があった。そしてそれにより私達のこれからの戦略の方向性も決まった。見よ」
アラステアはブルガンディ地方全域の地図を開き、説明を開始した。
概要はこうだ。
敵の総大将はやはり”黄龍神”シトラス・サイファ・グラファイト。
幾度となくオルタンの信仰を阻んできた名将だ。
だが彼女の得意は防衛戦であり、攻撃戦は苦手のようだ。
よって彼女はティルス城はてこでも動かないだろう。
それがアラステアの読みだ。
故に今回のエル・コスタ城防衛はシトラス抜きの戦力が来ると予想される。
戦力から除外しても問題ないそうだ。
「次に、この城の守りだが・・・」
この、エル・コスタ城はとても堅固な城だ。
オルタンがティルスを奪取した第三次ブルガンディ紛争の直前、アラステアの発明である魔法陣結界により迅速に展開しティルスの中でも幼気の森にほど近い城を落としたオルタン軍は、出城の形、即ち孤立をしてしまった領地を守るために、小高い丘であるコスタの山に城を築き上げた。
築城主はクローイ・ブラッドリー。俺達の先祖だ。当時の時代では珍しい女の総大将で、彼女には築城と内政の力が優れていた。
彼女が建てた城の中でも随一の美しさを誇る城壁と城の構造物、そして城全体の壮観から世界を旅し、さまざまな建造物をその書物に書き残した伝説の冒険者、ルーベルト・ミュルテンスの選ぶ”世界の名建築100選”にも選ばれた名城だ。
コスタの上に築かれたエル・コスタ場は八芒星の形、言うなれば函館の五稜郭を潰したような形で山の峰に沿うように主要な建築物を配置し、その全てを跳ね橋で繋いだ。
山の麓から幾重にも重なる空堀と土塀の構造は城の中からは魔術が撃てるのに対し、外からは主要な構造物に届かないように緻密な計算が成されている。
その防衛施設の一つ一つが分離しているにも関わらず、その機動力を落とすことなく部隊が城内に素早く展開できるように様々な場所が跳ね橋や取外し可能な板で作られ、城の周りは城の中のほぼすべての場所が身を隠しながら射線を通すことのできる構造になっているのだ。
ここまで緻密な要塞は初めて見た。ミサイル無しなら現代でも通用するのでは無いだろうか。
日本軍が日露戦争でその当時最強の大砲であった
よってこの城にいる限りは負けることはない・・・と言いたいところだが、そんなに簡単なら戦などじゃんけんで決めれば良い。
ここからは策略の出番だ。
このエル・コスタ攻略の大将はカイドン・カーカス・ソゼウ。
だが侮るなかれ。彼はソゼウ王国第三王子であり、世界最大の剣の流派、白龍派の九段、達人相当なのだ。実力は折り紙付きである。
彼の率いる軍はおよそ8万。こちらの10万には及ばぬが、大軍だ。
もっとも、その数でこの城が落とせるとは到底思えないが、好き勝手されると困る。
領内の小規模な砦をめちゃくちゃに荒らされまくるのを見ているだけというのは、よくない。
よって迎撃必死だ。
そこでアラステアは打って出ることにした。
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