第6話




 三賀の歩調は断固たる自信にあふれ、はじめて訪れた場所のはずだが、まるで知った場所かのようだ。背筋をまっすぐに伸ばす堂々とした姿は、どこかの王侯貴族かというくらい威厳を感じる。

 と、彼は竹林の途中で足を止めた。

 裏木戸は竹林から少し斜めに入ったところにあり、生い茂った竹に隠され見つけ辛い。

 三賀は、その場でじっとしている。茫然とした表情で立ち尽くしている。まさか、裏口の場所がわからないのだろうか。


「おい」と呼ぶ声が不機嫌そうだ。


 事件も謎だが、この警視もある意味、謎ばかりで、加瀬は扱いに大いに困った。今後、うまくやっていく自信はまったくない。いっそさらに気まずくなる予感までする。


「あの、三賀さん。離れ家に行くなら、そこ、そこです。その先に裏木戸があるのです。ほら、そこです。見えないんですか? バカなんですか?」と、付け加える必要もない言葉が口をついてでて、加瀬は慌てて口を押さえた。

「ほら? そこ? 君は他人に説明するとき、指示語しか使えないのか。まったく語彙力が足りていない。具体的な説明をできないものこそ、愚者の証拠だ。例えば、約一メートル先のひときわ高く育った竹と竹の間と言えば、他者に必要な情報を与えることができるだろう。君の拙い説明の仕方から、頭脳の程度がうかがい知れる」


 自分も自分だが、三賀の対応にも呆れた。

 むっとくる話し方に、加瀬は怒りを通り越して、少し笑った。ちょっと突いただけで反論してくる様子は小学生並みだと思う。

 だから、(あんたも大概、バカだと思うけど)と、心のなかで毒づくだけにとどめた。

 三賀は竹林を斜めから覗き込み、狭い小道に気づいたのだろう。嫌味を言いながら内部へ入っていく。すぐ、裏木戸を開ける音が聞こえた。


「どういたしまして」と、呟きながら、数秒遅れて加瀬も向かった。


 竹林を通り抜けた先にある『離れ家』は、屋根の一部を残し、壁は焼け落ちた状態で、ほぼ支柱しか残っていない。

 規制テープがはってあるが、三賀は気にもせず内部に入っていく。

 

「遺体があった場所は?」

「ちょうど、今、三賀さんが立っている正面です。焼け落ちた瓦礫の下に埋まっていました」


 遺体は一番広い部屋で折り重なるように発見された。午前中には、現場検証をして、その後、遺体は大学の法医学教室に運ばれたはずだ。

 遺族の同意はなかったようだが、裁判所の許可が降りたのだろう。ずいぶんと早い対応だと思う。

 その時、携帯がピンと鳴った。

 電波が届きにくい場所だからか、田部が送ったと言うメールが、今頃になって届いた。

 先ほど洋館前で聞いた内容が簡潔に書いてある。

 それによれば、火もとの特定はまだできていないらしい。

 まあ、全焼した現場は瓦礫の山になっており、火もとを発見するのは難しいだろう。火事現場の火もとは、もっとも酷く焼け落ちている場所というのがセオリーだが、ここは、どこも満遍なく焼けている。おそらく灯油を撒いて、あらゆる場所に火をつけたんじゃないかと、加瀬は推察した。

 一方、ずかずかと火事場に入った三賀はぶつぶつと独り言を呟いている。


「こちらの燃え方が激しい。この匂いは……、塩化物イオンか、煤のせいだな。洋館は後で火を放った。おそらく、室内に残った物証を焼くために火をつけたのだろう」

「残った物証ってなんですか?」


 三賀の右眉が軽くあがった。ほんの数秒前、加瀬と話していたのに、それでも自分以外の人間が、この場にいることに驚いたような顔つきをしている。

 この男は……、と、加瀬は思った。

 傲慢にみえるが、実際は単に思考回路が人と違うだけかもしれない。

 今は夢から覚めた子どものような表情を浮かべているが、虚栄心は感じられない。傲慢で、ずけずけした話し方も、そのせいだろう。

 たとえば、相手によく思われているのか。それとも、嫌われているのか。

 評価されているのか、見下されているのか。

 生きて行く上で普通に人が持つはずの見栄や虚栄心がない。

 初対面ではイケメンでモテると思ったが、こいつは駄目だ。まったく女にモテないだろう。そう思うと笑えてくる。そして、男に対する評価基準が、モテるかモテないかであることに気づいて、少しばかり自分を残念に思った。


「洋館を燃やしたのは後からだが、その理由はなんだ。単純に痕跡を消すことだろうか。なにを、消したかったのだ。つまり、洋館を燃やした理由は、ここに住んでいた誰かがいたことを示唆している。それが、三人を殺害した人間だろうか。しかし、なぜ、その仮定Aは消えた」

「それは、逃げるためじゃないですか」

「誰が逃げたかったのだ。洋館の主か? それとも、使用人か?」


 三賀は離れ屋から出てくると、周囲を探索するようにゆっくりと歩いた。後を加瀬は追った。

 燃えかすが落ちた地面は、ふたりが歩くとカサコソと乾いた音を立てる。

 その音に導かれるように離れ屋から、さらに裏側の雑木林に入った。そこで小さなほこらを発見した。白い徳利と盃が供えられ、四方をしめ縄で囲っている。その手前の土が新しく掘ったようにほぐれていた。


「供えられた徳利と盃は新しい。その上、ここの場所はまだ土が新しい。誰かが掘ったのだろうか。おまえ」

「加瀬です」

「スコップが必要だ」


 確かに、ほこらの前面は土が黒くなって掘り返したようにほぐれている。しかし、加瀬が気になったのは、別のことだ。

 まさか、この祠を掘れというのか。

 あきらかに神聖な場所だろう。

 事件性のある火事現場だが、他人の土地を勝手に掘り起こすことはできない。まして、何かがまつられた祠だ。持ち主の許可を得なければ、後々、面倒なことになる。

 三賀に命じられたが、素直に動く気がしない。

 それに、なんとなくだが加瀬は嫌な気分だった。彼は自分に霊感や第六感などないと思いたかったが、実際は違う。触れてはならない何かを感じた。


「三賀さん、かってに掘るわけには」

「怖がっているのか」

「いや、怖いという問題じゃなく、倫理上の問題です」


 三賀が、ふんっという顔をして、土を両手で掘り出した。

 その時だった。


「何をしておる!」


 背後から力強い女性のしゃがれ声が聞こえた。

 振り返ると老婆が立っていた。身につけた着物は地味だが、非常に高価なものだとひと目で知れる、そんな人物だ。彼女は左右に三人の男たちを従えていた。

 手で土を掘り返そうとしていた三賀が、泥をパンパンとはたきながら、ゆっくりと立ち上がる。

 老婆と同じくらい傲慢で、冷たい顔をしている。

 それで、どちらを止めたほうがいいのか、加瀬は迷った。

 小柄だが尊大な老婆か、長身だが尊大な警視か。迷ったあげく、彼は舞台を降りて傍観することに決めた。


「お前たちなどが、人の敷地にかってに入るなど、おこがましいにも程がある」

「事件の捜査をしています」

「村上、このものたちを外へ出せ」

「何かを隠そうとしているから、慌てているんですかね。九暁辻湖くぎょう・つじこさん」


 九暁辻湖くぎょう・つじこ

 三賀の言葉に老婆の顔をまじまじと見つめた。そうだ、確かに九曉辻湖にまちがいないと、加瀬も気づいた。

 以前、洋館の持ち主を調べたとき、所有者の九暁辻湖くぎょう・つじこの顔写真を見た。

 実際の彼女は写真よりさらに老けてシワが多い。年齢を聞かなければ、百歳を超えていると思うだろう。資料によれば、七十八歳のはずだ。


「ほお」と、辻湖は横目で睨むと、「そなたは、われが所有者と心得ておるのか。では、敷地内のものをかってに触れるでない。聖なる祠さまを眠りから覚ますなど、畏れおおいことよ。呪いが恐ろしくはないのか」


 彼女が『巫女さま』と呼ばれる、九曉辻湖か。言葉がひとつひとつ仰々しく、確かに教祖としてのカリスマ性はあった。




(つづく)

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