第6話
管理官の指示によって、加瀬はドサグサ紛れのように『敷鑑』チームの班長に抜擢されてしまった。
六人編成とはいえ、班長は班長。加瀬にとってはいい迷惑だった。
とぼけた態度に隠してはいるが、実際は一寸の隙も見せない桂川管理官と、自分勝手で頭脳明晰な三賀警視は、よく似ている。
(まったく、三賀さんといい。どうしてこう勝手なんだろうか。きっと溢れるような自己肯定感の持ち主たちにちがいない。迷惑この上ないが、いつも流される俺もなさけない)
「なあ、今後とも期待しているよ、加瀬くん。三賀警視が見込んだ方だからねぇ」
とぼけた声で言う管理官に抗弁しようか。ギリギリまで考えた末、加瀬の口から出た言葉は、まったく自分の意思とは別ものだった。
「九暁家を二十四時間張り込みする許可をしてください。張り込みに必要な監視カメラの設置など予算を回してもらえるでしょうか」
「まあ、いいだろう」
「管理官」と、背後にいた捜査一課の大脇が眉をひそめた。
「違法だと訴えられる可能性があります。あの家の背後にいる人物が把握できていませんが。想像通りですと、うかつに手を出せば、大ヤケドをしそうですが」
「あの家は、いろんな意味で聖域になっているようだな。いいよ、加瀬、わたしが責任を持つ。徹底的に追い詰め、ぐうの音もでないよう証拠を固めろ。三賀さんに顔向けができる仕事をしてくれ。わかったな。ただ、向こうさんにバレるな」
管理官の言葉に、「わかりました」と加瀬は素直に答えた。
田部が驚いたように目を見開いている。管理官が去ったあと、彼はすぐに加瀬の背中にへばりついた。
「加瀬さん」
「なんだ。くっつくな、暑苦しいぞ」
「別人すっか? ホント、あなたは僕の知っている加瀬さんですか。すっごく変わりましたよね。いや、ちょっと県警本部に出向していただけで、あの癒しの加瀬さんが変わってしまうなんて」
「前と変わらんよ」
「いえ、まるで、できるエリート警官みたいすよ。俺、ずっとついてきますから」
「いや、ついてこなくてもいい」
田部に言われるまでもなく、加瀬も自分の変化に驚いていた。その理由を説明できないが……。九暁家に関することは妙に心が騒ぎ、冷静ではいられないのだと思っている。
「さあ、張り込みだ。手配するぞ」
「あの場所は警官泣かせっすから、これは考えないと」
「そうだな。周囲に張り込みに適した家がない、ポツンと一軒家だが、方法はあるよ」
九暁家は雑木に囲まれた一軒家で、秘密裏の張り込みには難しい問題が多い。
都会のゴミゴミした場所なら、近くで借りられる
考えた末、数名の警官が電気工事の振りをして、近くの電柱に監視カメラを設置した。その上で、少し遠くにある横道に隠したキャラバンで、二十四時間体制で張り込み体制を敷くことになった。
その日から加瀬たちは映像をひたすら眺め、終日、人の出入りを確認した。それは、まったく無駄な作業に思えた。
何もないのだ。
近くのスーパーから日用品や食料が、宅配ボックスに配達される。スーパー側に確認すると、週一回くらいらしい。それを内部で取り込む者がいるが、門が邪魔をして、人の姿が映らない。
以前に手伝いに来ていた女性は、すでに解雇されていた。三賀と電話で話した女だ。
聞き込み調査をしたが、ひどく無口な中年女性で、寡婦であり、最初は家政婦協会から派遣されたという。
彼女は、当主である
何を聞いても、「わたしは何も知りません」という答えしか返ってこない。
ただ、九暁辻湖について聞くと、恐れおののくように『巫女さま』と呼ぶ。
三賀殺害の後、一方的に解雇されていたが、それを恨む様子もない。むしろ怯えているような態度が見られ、けっして口を割らなかった。
もう一人。コンビニに駐車していたセダンの運転手は、都内にある系列病院に所属し、日頃はグループ病院の運転手をしていた。頼まれるときだけ向かったと言う。それも、年に数回もないそうだ。これも運転するだけで、まったく何も知らない様子だった。
「コンビニで待っていたとき、辻湖のほかに誰がいた」
「巫女さま、おひとりを乗せました」
「そんなはずはない。男がいただろう」
監視ビデオに映っていた大柄な男を見せたが、実直そうな彼は、生真面目に首をふった。
「巫女さまのお買い物にお付き合いしただけでございます」
「コンビニの駐車場で、どれくらい待っていた」
「おそらく、二十分ほどでしょう」
「もっと長い時間だったが」
「すみません、時計を確認していたわけじゃありませんので、正確には」
監視ビデオの映像では、駐車場から出た車に辻湖が乗り込んでいるが、もうひとりの男が乗り込む姿はうつっていない。
捜査はまったく手詰まりな状態で、確かに辻湖を任意同行しろという意見もうなずける。
藤島から連絡がきたのは、そんな時だった。
三賀の自宅にあったパソコンデータを保存したメディアを渡しに来たのだ。
「遅くなって申し訳ない。関係あるものだけをデータ化するのに手間取った。有吏が使っていたパスワードはこれだ」
メモ用紙には藤島の字でパスワードが書かれていた。
『hangon』と。
保存された内容は、三賀が集めた多くの資料。
『九暁家』というフォルダには「九暁家の資産の不透明性について」というタイトルがあった。
『九暁家の資産の不透明性について。
九暁の収益はグループに貸し出した土地代がメインのようだが、実際には税務署に届けられていない金の流れがある。
巫女による呪詛の収益だ。
政財界を含め、秘密裏に巫女の呪術を信望する者がいるのは、その利益が確かに存在しているからだ。
一説には一祈祷に対して、数百万単位の金が動いているようだ。その流れは巧妙に隠されている。
彼らは闇の処刑人として呪術を使い、莫大な資金を得る経路を確立している。呪詛は祝福よりも権力を持つようだ。
調査によれば、呪術能力は血脈の巫女にしか備わらないと信じられており、そのために八百年の昔から近親婚を繰り返してきた。
巫女は自身を
八百年の間、彼らは私的に呪詛を行い闇で名をなしてきた。
魂の半分を公暁に渡し、その呪いを身にまとう。およそ馬鹿げた悪魔信仰に近いものだ。しかし、それを信じる者たちにとっては、真実なのだろう』
『歴史上では、彼らの信望する
父は第二代将軍源頼家。父親は将軍を廃され、伊豆の修善寺に幽閉されたのち、北条氏によって惨殺された。
源頼家が殺されたとき、公暁はまだ四歳だった。
のちに彼は叔父である第三代将軍源実朝の猶子になる。
公暁は出家したが、しかし、髪は剃らなかったために、周囲のものにいぶかられたと『吾妻鏡』に書かれている。
彼の母親である辻殿は頼家の正妻であることから、公暁は自分こそ第二将軍頼家の長子で、正当な世継ぎだという思いが強かった。
実朝を誅殺する前、公暁は一千日の参籠を行った。
一説には呪詛のためという。
女系血族を連綿と守る九暁家の成り立ちは、ここからはじまったようだ』
(つづく)
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