第2部 加瀬巡査部長
第1章
第1話
平成二十六(2014)年四月初旬。午前四時過ぎ、神奈川県鎌倉市。
「寺の、お山の向こうが燃えていて、そうそう、……そうです。ひどい煙があがっています。山火事かもしれない。場所ですか? この場所は……。そう、そうです。谷戸の、煙がひどくて。はいはい、そう、火事です、火事。急いでください。こっちに燃え広がったら大変なことに。海側からも見えるんじゃないですか?」
鎌倉消防署に山火事かもしれないと通報があったのは午前四時過ぎ。通報者は寺の住職だった。
早朝、勤行のために早起きした住職は外に出て驚愕した。寺の背後、雑木林が茂る丘陵地帯から、モクモクと黒い煙があがっていたのだ。
焚き火などではないと直感した住職は、すぐ消防署に連絡を入れた。
その二分後、都内へ向かう早朝勤務の住人から別の電話があった。早番で自宅を出た男は異様な煙と匂いにどぎもを抜かれた。
携帯で119を押した彼の声はうわずっていた。
「森が燃えている。道路の北のほうで火があがっているが、かなりの炎ですよ」
「正確な場所をお教えください」
最初の通報を聞いてすぐ、隊員のひとりが消防ビルの屋上に登り、火事を視認すると同時に、消防車が出動するまでにかかった時間は六分。
けたたましいサイレン音とともに、火災現場の正門前に三台の消防車と一台の警察車両が到着したのは、午前四時三十一分だった。
現場は住宅街を通り抜けた先、雑木林の奥深い谷戸にある一軒家だ。狭道のために消火活動は非常に困難だと予想でき、大隊長は気を引き締めた。
「住民は?」
洋館から逃げてくる者はなく、人の気配もない。「ここは前から空き家で所有者は別に住んでいるようです」と部下が報告した。
「大隊長、誰も住んでないようですが、正門の鍵、どうしますか?」
「壊せ!」
火の手は激しく、背後の雑木林に延焼する危険があった。類焼して山火事になっては事だ。その場の責任者である大隊長は正門の鍵をボルトクリッパーで破壊して、強引に内部に入ることを決断。部下たちに指示した。
現場の洋館は窓ガラスが割れ、激しく炎を吹きだしていた。
「ホースを出せ! 全員、怪我をするな。よし、行くぞ!」
「オッス!」
訓練の行き届いた消防士たちは、副長のかけ声で懸命の消火活動を行う。
母屋である洋館、そして、裏の離れ屋。二件の建物を鎮火するのに、ほぼ五時間を要し、完全に鎮火したとき、すでに陽は高く午前九時をまわっていた。
洋館の外壁はレンガ造りで耐火性にすぐれ内部は燃えたが、外壁はほぼ無事だった。
問題は離れ屋だ。
築百年はありそうな古民家は、燃えるのも激しかった。雑木林への類焼はまぬがれたが、ほぼ全焼に近い。
そして、「残火処理」にむかった消防隊員は、さらに驚くことになる。
まだ
黒焦げになった三つの遺体を発見したのだ。
あわてて大隊長に報告した彼は現場に来ていた警官を見る。
そこに、鎌倉警察署刑事課に所属する加瀬和夫巡査部長が立っていた。
(つづく)
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