届かない想いを届けたい~君の一番の思い出になりたくて~

多田光里

1話 完結

「相変わらず、すごい人だかりだな…」

ノートパソコンから目を反らし、外を眺めると、南大和の視界にいつもの光景が目に入る。

宮村皇紀。誰の目から見ても、綺麗で美しい顔立ちだった。絶世の美少年と言われ、大学のほとんどの男性からチヤホヤされていて、毎晩、違う男を連れ歩いている、かなりの遊び人とも噂されていた。もちろん女子からも人気があり、インスタやTikTokなどに勝手に上げている学生などもいて、芸能事務所がスカウトにも来たりしていたが、宮村は、あれだけの容姿に恵まれているものの、そういう世界には全く興味はないようだった。きっと、自由に男や女と遊びたいのだろう…と、南は勝手に解釈していた。


ある日、レポートの提出に追われていた時のことだった。一人、大学の中にある、穴場の一室を見つけていた南は、その場所で必死にパソコンと向き合っていた。キーボードを叩く音だけが響く中、突然、激しい音と共に部屋の扉が開いた。

南は思わずビックリしすぎて、

「うおっ!!」

と言う変な叫び声と共に、激しく椅子ごと床に倒れてしまった。

部屋へといきなり入り込んで来た人物は、息を切らし、扉に張り付いて外の物音を聞いていた。誰かの走る足音が近付く。

「皇紀!どこだ!!昨日の夜、ホテルから急に逃げやがって!」

叫び声が届く。そのうち、足音が遠ざかって行った。

ホッとしたように息を吐いた人物に、南は倒れたまま視線を移した。

「お前、どういうつもりだ?」

声がして、驚いたように振り返ったその男は、いつも南がその場所から呆れて眺めていた、宮村皇紀だった。

「…あんたこそ、何してんの?こんな狭い部屋で…。あ、昼寝?」

南は体を起こすと、倒れた椅子を持って、ゆっくりと立ち上がった。

「レポート仕上げてるんだ。用が済んだなら、早く出てってくれ。人がいると集中できない」

「って言うか、派手にひっくり返ってたね。ケガなかった?」

言いながら、口に手をやり、肩を揺らして楽しそうに笑う。

「…だ、誰のせいだと思ってるんだ。急に勢い良くドアが開いたら、誰だってビックリするだろ」

南は、見られていたんだ…と思うと、一気に恥ずかしくなり、顔を赤くした。

そして、気分を落ち着かせるように、ゆっくりと椅子に腰掛けると、再びパソコンへと向き合う。

宮村が、狭い部屋を見渡す。小さな窓からは光も差し込み、気持ちのいい風も入ってきていた。

「へぇ。大学内に、こんな場所あったんだ。よく見つけたね。机も椅子も、自分で準備したの?」

「学内で唯一の落ち着ける穴場の場所なんだ。頼むから、早く出てってくれないか?」

南が、パソコンから目を反らさずに言うと、

「…分かったよ」

と、素直に返事をし、部屋を出ようとドアノブに手を掛けた。

「今度、また男に追いかけ回されても、二度とこの部屋には入って来ないようにしてくれ」

「はいはい」

そう言うと、宮村は、すぐに部屋をあとにした。


そして、その翌日のことだった。

「え…?何でいるんだ?」

パソコンを抱えて、例の穴場の小部屋へとやってきた南が、思わず独り言のように、声を発した。

「ん?空きコマで、時間あったから。コーヒー飲む?」

宮村は、椅子から立ち上がり、小さなテーブルの上に置いてある2つのコーヒーのうちの1つを手に持って、南が置いたパソコンの横に置く。

「もしかして、まだ昨日の男から逃げ回ってんのか?」

「違うよ。向こうが冷静になるのを待って、昨日のうちにちゃんと話したから、もう解決した」

「じゃあ、ここに来る必要もないだろ」

「今日の帰り、俺もここに置く自分の椅子買ってこようかな」

軽くいい放つ宮村に、

「おい。頼むから勘弁してくれ」

と、南はすかさず止めに入った。

「何で?」

不思議そうに尋ねる宮村に、

「人がいると気が散るんだ。俺は一人でいる時間が好きなんだよ」

「いいじゃん、別に。俺もこの場所気に入っちゃったし。静かにしてるからさ」

「ここに来たいなら、息しかしないつもりで来い。もちろん、音も許さない。スマホを使うなんてこともやめてくれ」

「ふぅん…。変なの。そんなんで、毎日楽しい?寂しくならない?」

南は、パソコンを打つ手を止め、顔を上げた。

「寂しい?」

「ずっと一人でいるのって、寂しくない?」

「一人の方がラクでいい。逆に、いろんな奴らと関わって、嫌われないように変に気を遣う方が疲れるんじゃないのか?」

「それって、俺のこと?」

「世間一般的に、だ」

「俺と全く正反対だね。俺は誰かと一緒じゃないと、不安になるし、寂しくなる」

「俺は、友達となんて、年に数回会うくらいが、一番楽しいけどな」

「友達いるんだ?」

「バカにしてんのか?友達くらいいる」

南が、宮村が持って来てくれたコーヒーに手をつける。

「名前、何て言うの?学部は?」

「経済学部の南大和だ」

「大和…って呼んでいい?」

「名前くらい、好きに呼べばいい」

南が言うと、宮村がはにかむように、かわいらしい笑顔を見せた。

「俺、経営学部の宮村皇紀。皇紀でいいよ」

その日から宮村は、毎日のように南の所へやって来るようになった。しかし南は、宮村に対して、いつも淡々とした態度を取るだけで、決して心を開こうとはしなかったのだった。


ある日、宮村がいつも南の机の端に重ねて置いてある小説のことに触れた。

「これ、ひいらぎさくらの小説だよね?」

「え?ああ。知ってるのか?」

「知ってるも何も、俺、実はすごい好きで、5年前のデビュー作から全部読んでる。でも、この人、絶対に1年に1冊しか本を出さないから、いつも待ち遠しくて」

「よく知ってるな」

「発売日が、必ず8月1日なんだよね」

「そうなんだよ。しかも、そこにきて、もう1人気になるアーティストがいて…」

「もしかして、かなで?」

「何で知ってるんだ!?」

珍しく、ポーカーフェイスの南の表情が、とても嬉しそうに輝いていた。

「奏も1年に1度しか曲を出さないし、しかも、必ず9月1日に配信リリースって決まってて。その曲が、いつも柊さくらの小説とシンクロしてるような歌詞なんだよね。誰かがXで呟いたのがキッカケで、今、それがネットでもかなり話題になってるし」

「そう!偶然にしては、出来すぎてるくらいシンクロしてるんだ」

「でも2人に接点なんてなさそうだし…。2人とも所属事務所しか公開してないから、年齢も性別も全部不詳だし、謎だらけだよね」

「俺の予想だけど、2人とも普通に働いていて、あくまで副業として活動してるような気がして…」

「俺は、今は学生か何かで、卒業してから本格的に活動するのかな、って思ってた」

「なるほど…。その可能性もあるな」

南が納得したように、頷く。

「でも、よく知ってたな。柊さくらなんて、レアな小説家」

「俺、小さい頃から本が好きで、しょっちゅう本屋さんに行ってて。そこに店長のオススメで紹介してあってさ。読んでみたら、めっちゃハマって。言葉の言い回しとかもすごく綺麗で、それ以来ファンなんだ。でも、最近、少しずつ人気出てきてるから、ちょっと悔しいって言うか…。まさか、大和も柊さくらと奏を知ってると思わなかったなー」

「今、奏の曲の再生回数も少しずつ増えてきてるだろ?俺は、車の中でラジオを聞いていた時に奏の曲が流れて来て、その時に一瞬で心を奪われたって言うか。すごい高音なのに、ビックリするくらいの透き通った滑らかな声で歌い続けるすごさに感動して。だけど、男なのか女なのか、誰も知らないんだよな…」

「でもさ、知りたいけど、知りたくない、みたいな!」

「そう!」

南がコーヒーを片手に、興奮気味に身を乗り出すと、机が傾き、小説がバサバサと音を立てて落ちた。

「あ…」

「…中古で買った机だから、バランス悪くて」

宮村は、コーヒーを窓際に置くと、しゃがみ込んで小説を拾って南へと手渡す。

「これからこの部屋に長居しそうだし、やっぱり俺、今日の帰り、ここに置く用の自分の椅子、買ってくることにするよ」

と、嬉しそうに笑ったのだった。


「大和、まだレポート仕上がらないの?期限明日だよね?」

頬杖を付きながら、呆れたように尋ねる宮村は、いつも大きめのサイズの服やズボンを着ていて、そんなブカブカの服をうまく着こなしている感じがとてもオシャレに見えた。それでも、服で隠しきれない顎のラインや首や指先などはものすごく細く、肩に添うシャツの形からも、その体の線の細さが伺えた。

南は小中高とバスケをしていたせいか、背も高い方で、体にもそれなりの筋肉も付いていて、少しがっしりした体格だった。そのせいか、あまりにもの宮村の華奢さに、実は、会うたびに、かなり戸惑っていたのだ。

宮村と目を合わせることなく、パソコンを打つ手を止めずに、

「…苦手なんだよ、文章まとめるの。そっちこそ、余裕ありそうだけど単位とかレポート、大丈夫なのか?」

と、淡々とした口調で答えた。

「もう全部済んでる」

アイスカフェオレをストローで飲みなから、サラリと言った。

「へぇ。ほとんどの生徒が追い込まれてんのに、すごいんだな」

「そっ。だから、この時期ヒマなんだよね。遊ぶ相手もいないし」

言いながら、宮村が小さな窓から外を見る。

「大和は、いつも何してんの?」

「何が?」

「ヒマな時間」

「まあ、それこそ小説読んだり、1人の時間を満喫してる」

「ふぅん…」

宮村が黙り込み、しばらく静かな時間が流れた。

「大和ってさ、将来の夢とかあんの?」

宮村が、ふと南へと尋ねた。

「…将来の夢って言うか、俺は正社員では働きたくないんだ」

「え?何で?せっかく大学出るのに?」

「正確に言うと、1ヶ所の職場で働きたくない。副業で、どこか別の会社でも働いていたいって言うか…」

パソコンから目を反らさずに、相変わらず淡々と話す。

「どうして?」

「災害とかの影響もあって、いくつもダメになって行く会社を目の当たりにして、そう思ったんだよ。自分で自分の生活基準を守るためには、仕事においても、色んな選択肢を残しておくのが得策だな、って。そりゃ、正社員だとボーナスが支給されるけど、実際、ボーナスが減ってきてる企業も多いだろ?」

「へぇ…」

「皇紀は?」

「え?」

「やりたい仕事とかあんのか?」

南が手を止めて、宮村の目を見た。

「そんなの、全然考えたことなかった。毎日、いろんな奴らと遊んでばっかで、遊ぶ金だけ稼げればいいかな、って、バイトもロクにしてないし」

「…まあ、誰とどう遊ぼうと、本人の自由だから、いいんじゃないか?俺とは無理だろうけどな」

「無理って?俺とは遊べないってこと?」

「次元が違うだろ。遊び方の」

南の何気ない一言に、宮村の胸がチクリと痛んだ。

「大和も、俺のこと、かなりの遊び人だと思ってんだ…」

言いながら、宮村は、再びカフェオレを口に含んだ。

「遊びで簡単に体の関係を持つような奴は、男だろうが女だろうが、まず無理だ」

「え?俺ってそんな風に見られてんの?」

「初めて会った日、ホテルから逃げ出して、男に追いかけられてただろうが」

「あれは…向こうが具合が悪いって言うから、つい…」

宮村が、分が悪そうに俯く。

「つい、で、普通ホテルなんかに入るか?まあ、俺には関係のないことだから、別にいいけど」

そして、南は、少し気分を切り替えようと、両手を上に挙げて大きく伸びをした。

黙り込んだまま喋らなくなった宮村に、

「どうした?」

と、南がいつもと変わらない様子で声を掛ける。

「いや、あと1週間ほどしたら、もう大和にも会えなくなるんだなー、と思ってさ」

「そうだな。春休みに入るし、4年になると、ほとんど大学来なくて良くなるからな」

「俺さ、何か1人で過ごすことって、ほとんどなかったから、大和とここで静かに過ごす時間がすごく心地良かった」

「かなり退屈そうにしてたけどな」

「最初の頃はそうだったけど、何か自分と向き合う時間が出来たって言うか。やりたいことが分かってきたって言うか…」

「やりたいこと…?」

「俺、電子書籍に、イメージに合ったエンディングテーマを流れるようにしたいな、と思って」

「え…?」

「ものすごい人気のある有名作家や漫画家でも、イメージが崩れるのが嫌で、映画化とかドラマ化とかアニメ化を断る人たちもいるだろ?でも、自分の小説や漫画にイメージに合った曲を好きなタイミングで流れるように電子書籍に設定したら、すごく良いんじゃないかな、と思って」

「…なるほど」

「楽曲は、作家さんの意思を聞いて、イメージに合うアーティストさんに作ってもらえるようにお願いする」

「どうやって?」

「俺が、出版社と音楽業界の仲介をする会社を立ち上げる」

「…マジで言ってんのか?」

「これ、作ってみたんだ。柊さくらの小説と、奏の曲での試作品。著作権とかあるから、ここでしか見せられないけど…」

南が、電子書籍の柊さくらの小説を読んで行く。エンディングに近付いた時に、そのイメージに添った奏の曲が流れ出した。

南の目が、潤み出す。

「ヤバい。感動が倍になる…。いや倍どころか、何百倍もいい…」

「でしょ?これなら、作品のイメージも崩れないと思うんだ。音楽なしで読みたい人は、電子書籍だけ購入。音楽だけ聞きたい人は、配信サービスを利用。イメージの楽曲が入った作品を読みたい人は、俺の会社が販売する商品を購入。どう?」

「発想力が半端ないな。かなり見直したよ」

「実際、出版社と音楽業界に掛け合わないといけないし、かなり大変だとは思うんだけど、作家さんたちが作り上げる良い作品を、より良い作品にしたいから…」

宮村は嬉しそうに目を細めた。


「レポート仕上がったんだ」

扉を開けて部屋に入ってきた南に、机の上で頬杖を付きながら、宮村が尋ねた。

「ああ。今、提出してきた」

「そっか…。じゃあ、もう明日から大学来ないの?」

「そうだな」

「あのさ…」

「ん?」

「俺、誰にも言えない悩みがあってさ…」

「…え?」

「2ヶ月くらい前から、全身に湿疹が広がってきてて。もう3ヶ所くらい皮膚科変えてんだけど、悪化してるんだよね。毎週、点滴に行ってたり、紫外線治療もしたりしてたんだけど、全然治んなくて…。痒みで夜も眠れないし、どんどん広がってくし、怖くてさ」

「じゃあ、毎日アームカバーしてるのって、日焼けしたくないとかじゃなくて…?」

「手首や掌にも、水疱の湿疹が広がってて、隠してるんだ。一回、体育の授業で着替てる時に友達に見られてさ。『何だよ、それ。気持ち悪っ』って。自分が一番気持ち悪いって思って悩んでんのに、すごいショックで…」

宮村の瞳が潤み、声が震え、俯く。

「そんな人の痛みが分からない奴の言うことなんて、気にする必要ないだろ。自分で自分を追い詰めるなよ。人の悩みや弱味を誹謗中傷するような奴は、相手の気持ちも分からない可哀相な奴だと思ってほっとけばいい。治療法が分からないって、想像を越えるツラさだろ?自分くらいは、治ると信じる味方になってやれよ。それに、お前の周りにいる奴らは、そんなことでお前から離れて行かないだろ。ちゃんと相談したのか?」

と、軽く言い放った。

宮村が驚いたように、顔を上げる。

南は、バランスの悪い、小さな机の上を片付け始めた。

宮村は、アームカバーを取り、自分のシャツのボタンに手をかけ、一つずつ外して行くと、南の前で服を脱ぎ、上半身を露にした。

それに気付いた南が、

「何してんだ!?」

と、驚いて動揺する。 

後ろを向き、背中を見せる。そこには、びっしりと水疱を含んだ、赤色の湿疹が広がっていた。

「気持ち悪いだろ?これ、お腹とか足とか腕にも、どんどん広がってきてるんだ…」

「…っ」

南は言葉に詰まった。

「今、胸のあたりにも広がってきてて…」

「…分かったから」

南が宮村に近付き、脱いだシャツを元に戻す。

「気分、悪くなった?」

「そうじゃなくて…。人前で簡単に服を脱いだりするな。ただでさえ男たちが放っておかないのに、そんなことしたら、すぐに襲われるぞ?」

「こんな全身湿疹だらけの気持ち悪い体、誰も抱こうなんて思わないよ…」

「…ちゃんときれいな部分もあるじゃないか」

「え…?」

「湿疹のない、きれいな所もあるって言ってるんだよ。腰の周辺には湿疹なんて出来てないし、それに…」

腕を持ち、内側の当たり全体に優しく触れる。

「ほら。すごくツルツルで綺麗な肌してる。悪い部分ばかり見てないで、湿疹のない肌にも目を向けろよ。顔にも全く出てないんだし」

宮村が、嬉しそうに笑顔になると、ゆっくりと南に抱きついた。

「大和…。俺とホテルに行かない?俺、大和にだったら、抱かれても…」

「…どうしたんだ、急に。俺は、お前の不特定多数の、思い出にも残らない中の一人になるのは、ごめんだよ。それに…」

そこまで言って、南は宮村の両肩を持ち、自分と距離を置いた。

「…大和…」

「皇紀とは、これからも、大切な友達として付き合っていきたいんだ。だから、お前の誘いには応えられない」

真剣な眼差しだった。宮村は、フッと笑うと、

「年に数回しか会わない友達?」

「そうだな」

「分かった。ありがとう。変なこと言ってごめん」

宮村が、ゆっくりと服を着る。

南は、ノートに何やら書き出し、それを破ると、宮村に手渡した。

「何?」

「俺の姉貴が、ここの病院で看護師してて。今年の4月から、大学病院から、週2回、非常勤で来る先生のせいで、月曜日と金曜日は帰りが遅くて、姉貴の子供をうちで預かってるんだけど…」

「うん」

「皮膚の変態、って姉貴が言ってた。県内で唯一アレルギー専門医の資格持ってるらしくて。ただ、初めて皮膚科を受診する人しか診てくれないそうだ。他の皮膚科に行ったことがあるって受付で言っただけで、帰るように言われるって。どこの皮膚科にも行ったことがないと、嘘を突き通す自信があるなら、一度行ってみたらどうだ?物凄く混むから、1日がかりになるだろうけど」

「…分かった。ありがとう」

「朝7時には行って並べ。8時30分には、もう受付が終わる」

「診察は9時からなのに?」

「それだけ人気のある先生なんだろ」

そして、再び机の上を片付け始める。

宮村も、自分で準備した椅子を閉じ、片手に持つ。

「大和って、インスタしてる?」

「いや。前に友達に設定してもらって、他の奴らの投稿は見られるけど、俺自身は、したことない」

「フォローしていい?名前、何にしてるの?」

「本名にしてる」

宮村が、インスタで検索をかける。

「これ?」

出てきた画面を確認してもらう。

「ああ、それだ」

「フォローするから、そっちもしてよ」

「分かったよ」

「連絡してもいい?」

「ああ」

「また会ってくれる?」

「え?そりゃ会うだろ」

当たり前のように返答する南に、

「良かった」

と、宮村は胸を撫で下ろしたのだった。


宮村はその日、一人暮らしのアパートに帰ると、久しぶりに湯船にお湯を張った。自分の湿疹だらけの体を見るのが嫌で、ここ最近はずっとシャワーで簡単に済ませていたのだ。

ゆっくりと、湯船に浸かると、自分の両腕の内側を見て、そして南が撫でてくれたように、自分で撫でてみる。

『ほら。すごくツルツルで綺麗な肌してる』

南の言葉が頭に響き、全身にズクンと刺激が走った。

「やばいなぁ…」

宮村の目に、涙が溜まる。その瞳を閉じると、涙が零れ出した。

「大和のことが、好きすぎて、やばいよ…」

宮村は、溢れ出す涙を止めることが出来なかった。

「俺って、本当にバカだ…。あんな遠回しな誘い方なんてしなきゃ良かった…」

ちゃんと素直に、好きだと伝えれば良かったと、後悔しても、もう遅い。

「あんな断られ方したら、さすがに、もう会えないよ…」

流れる涙が、次から次へと、湯船へと落ちて行ったのだった。


その頃、南も家に帰ってからと言うもの、夕飯も食べずに自分の部屋へと閉じこもり、ずっと頭の中で、宮村と過ごした日々を何度も思い返していた。

「あんなにモテる奴が、俺のことなんて相手にするワケないのに、今もまだ変な期待して、ほんとバカみたいだよな」

みんなが勝手に上げている、宮村が写っているインスタのリール動画やYouTubeやTikTokは、異常なほどの再生回数だった。たぶん、ちょっとした芸能人よりも有名かもしれない。

両手で頭を抱えて机に肘を置き、大きなため息を吐く

「あんな気楽な感じで、ホテルになんか誘うなよ…」

一度そんな関係になってしまったら、きっと俺は戻れなくなる…。

そして、大和は、必死に考えないようにしていた、服を脱いだ時に見た宮村の素肌を思い出してしまった。その瞬間、下半身が少し疼いたのが分かり、また胸がギュッと締め付けられるように、苦しくなったのだった。


その週の金曜日のことだった。宮村は朝7時に、南に教えてもらった病院へと向かった。

「うわ…。すでに、すごい並んでる…」

診察してもらえたのは、それから4時間後のことだった。

診察室に呼ばれると、思ったよりも若そうな医師が「お待たせしました」と、宮村に声を掛けてきた。

宮村は、事情を説明し、服を脱いだ。

「あ~。ひどいね。よく2ヶ月も我慢できたね。痒みで夜も眠れなかったんじゃない?」

「はい…。湿疹も増え続けてて、怖くて…」

医師が付箋に何やら書き出し、宮村へと渡す。

そこには、病名らしきものが書いてあった。

「自家感作性皮膚炎と言ってね、自分の体内で水疱の湿疹を作って、全身にどんどん広がって行く病気なんだ。左右対称に湿疹が出るのも特徴でね。これだけ症状がひどいと、一度入院してもらって、ある程度症状を抑えてから、服薬で治療していく形になるんだけど…。それでも3年以上は、湿疹が出てくるかな…」

「…入院ですか?」

宮村は、膝に置いていた両手をギュッと握りしめた。


南が自宅のソファに座って、姉が子供を迎えに来るのを落ち着かない気持ちで待っていると、外で車のエンジン音がし、玄関の扉が開いたと同時に、南は思わず立ち上がった。

「母さん、ありがとー!」

言いながら、姉がキッチンへと向かう。

「お風呂も入れて、夕飯も食べさせておいたから」

「ほんと、助かる。ありがとね」

姉の息子が、

「ママー!お帰りー!」

と、姉へと抱き付く。

「これ、あんたと旦那さんの分」

そして、母親が、夕飯のおかずが入ったタッパーを手渡す。

「嬉しい!いつもありがとね。あ、これ、この前のタッパー返しとく」

リビングでウロウロする図体のデカイ弟に、

「大和、今日、病院に来たよ。この前あんたが話してた子」

と、姉が声を掛けた。

「え!?本当か!で、どうだったんだ?」

南が、勢い良く姉の方へと近付く。

「入院したほうがいいって言われてたけど、やりたいことがあるから、って、かなり強い薬を飲みながら、服薬治療で頑張るみたい」

「そんなにひどい病気だったのか?」

「原因不明の特定の皮膚疾患だった。でもあんなになるまで我慢してたなんて、相当ツラかったんじゃない?私が見てきた患者さんの中でも、かなり重症な方だよ」

「治りそうなのか?」

「う~ん。分かんない。とりあえず、薬が合ってるか診るのに、次は2週間後に来る予定」

「分かんない、って。今まで同じ病気の患者、見てきたんだろ?それに、そんなにひどい状態なら、何で無理にでも入院させなかったんだよ」

「そんなの、本人に聞けばいいでしょ?あ!もう帰らなきゃ」

そして、子供を抱き抱え、玄関を出ようとした時に、

「あの子、マジでめちゃくちゃ美人さんだね。待ち合わせ室でも、おじいちゃんおばあちゃんに、ずっと話かけられてたよ。お人形さんみたいだねーとか。じゃあね」

そして、玄関の扉が閉じた。

「何だよ…。あいつ、年寄りにまでチヤホヤされてんのか…?」

南が、玄関の扉を見たまま呟いた。

「本人に聞け、って言われても。インスタしか知らないし、どうやって連絡取ればいいんだよ…」

インスタは、見た時に「いいね!」だけを押せばいいとしか説明を受けていなかった南は、DMという機能を知らず、宮村にどうやって連絡をしていいのか分からなかったのだ。

それからというもの、姉に宮村の情報を聞こうとしても、

「患者さんの守秘義務があるから。知りたいなら、自分で連絡取りなよ」

の一点張りで、一切を教えてはくれなかった。


「おはよう」

受診日に、宮村が待合室で待っていると、大和の姉が声を掛けてきた。

「あ、おはようございます」

「少しずつだけど、良くなってきてるみたいで良かったね」

「はい。大和がここの病院を教えてくれたおかげで助かりました。大和のお姉さんや、病気を見つけてくれた先生にも、本当に感謝してます」

「もう、大和がうるさくて。いつもは無愛想なくせに、最近は実家に行く度に宮村君のこと聞いてきてさ。私、守秘義務あるから、自分で連絡するように言ってるんだけど…」

「え?大和が俺のこと気にかけてくれてるんですか?」

「ずっと心配してるよ。早く連絡したらいいのに、って、イライラするくらい」

「そうなんですね…」

宮村は、嬉しさでニヤけそうになるのを必死にこらえて、俯いた。

「もしかして…」

「え?」

「いや、宮村君のインスタしか知らないから、って言ってたけど、まさかDMの機能を知らないとか…?」

「いくら大和でも、そこまでじゃ…」

「そうだよね。いくら何でも、そこまでバカじゃないよね。あいつ、昔から人付き合い悪いし、マメじゃないから。あんな奴だけど、これからもよろしくね」

そう言って、南の姉は診察室へと急いで入って行ったのだった。


そして、二人は、お互いを意識をしていたにも関わらず、連絡を取り合うことや会うこともせず、半年の月日が過ぎようとしていた。

「はい。ですから、柊先生に連絡を取って頂いて、電子書籍の発売と同時に、イメージに合った楽曲をエンディングで流れるように設定して、こちらの会社で販売したいんです」

宮村は、カチッとしたスーツを身に纏い、柊さくらの所属する出版社へと足を運んでいた。

「そう言われましても…。先ほどから何度も言ってるように、私たちも、柊先生にお会いしたこともなければ、打ち合わせも、原稿を頂くのも、メールでのやり取りだけで、電話すらしたことないんですよ…」

「そこを何とか、お願いできませんか?」

何度断られても、宮村は食い下がらなかった。

1人の男が、大きくため息を吐くと、

「…分かりました。一応、メールはしてみますけど…。無理だと思いますよ?」

「ありがとうございます!ダメならダメで良いので、またご連絡お待ちしてます。名刺に携帯の番号が載ってるので、そちらに連絡下さるよう、お願い致します」

そう言って勢い良く立ち上がると、宮村は深々と頭を下げた。


メールの着信音が鳴る。ちょうど執筆作業が終わり、コーヒーを飲みながら寛いでいた柊さくらは、すぐにメールを開いた。そこには、代表取締役、宮村皇紀と書かれた名刺が添付してあった。

「電子書籍に、アーティストの楽曲を添付して販売する…?」

声を出してメールを読み上げると、少し黙り込み、そして口元に笑みを浮かべた。


「やばっ!柊先生から返信が来たぞ!」

柊さくらの担当者が、興奮気味に席を立ち、パソコンを指で差していた。

「何て!?」

出版社内が、少しざわつき、パソコンに集まる。

「奏さんの楽曲なら考えてもいいです、って。ただ、直接、奏さんと会って話せるならという条件付きにして下さい、って。宮村さんとお会いするのは、NGでお願いします、だってよ!!」

「え!?奏って、あの謎のアーティストだよな?逆に会えるのか!?」

「ほら、今、ネットでかなり話題になってるから!柊さくらの作品のちょうど1ヶ月後に配信される奏の曲は、作品のイメージに添って作られてるんじゃないか、って!柊先生も、きっとそれを知ってたんじゃないか?」

「その2人がコラボすることになったら、話題性も出て、めちゃくちゃすごいことになるんじゃない?」

出版社内に、わあっ、と歓声が上がる。

「すぐに宮村さんに連絡入れます!奏の所属事務所に確認してもらえるか聞いてみます!」

電話を掛けようとする、担当者の手が、興奮で少し震えていた。


「本当ですか!?分かりました!では、あちらの事務所に確認してみます!ありがとうございます!!」

宮村は、電話を切ると、

「よっしゃあ!」

と、思わずガッツポーズをした。

そして、すぐに奏の所属する事務所に電話をかけた。

奇跡的に「柊さくらさんの作品になら」と言う返答を事務所からもらうことができ、段取りは早いうちに決まったものの、8月1日の書籍販売まで、もう1ヶ月を切っていた。宮村は、高級ホテルの部屋の一室を予約し、直接、柊さくらと奏にメールで時間と場所を連絡し、誰にも見られないよう、2人だけで会えるように、手配をした。


柊さくらは、緊張した面持ちで、フロントで渡された部屋の鍵を開ける。扉を開けると、まだ誰もいなかった。

お互いに、男性なのか女性なのかも分からない、謎の人物。さすがに、心臓の音が激しく響くのが自分でも分かった。部屋には、ギターとピアノが準備してあった。柊は、仕上がった原稿を持って来るように言われており、今日ここで、奏が原稿を読み、イメージソングの打ち合わせに入るかもしれないと聞いていた。

そこに、カチャリ、と鍵の開く音がした。

柊の体が、緊張で硬直するのが分かった。

キイ…と、扉が開き、足音が近付く。

「初めまして」

細い声が背中に届き、、柊が振り向くと、そこにはスーツを着た、宮村皇紀が立っていた。

柊は、驚きに目を見開いた。そして、ごくりと喉を鳴らしてから、

「…お前、騙したのか?奏が来るって聞いてたのに、何で仲介会社の代表取締役のお前が来るんだ…?」

柊の投げ掛けた質問に、答えることなく、

「…そんな…。まさか、大和が、柊さくら…?」

と、宮村がその場に立ち竦んだまま動かなかった。

「ふざけんな!帰る!!正体を知りたかったんだろうけど、俺は嘘をつく人間と、人を裏切るような奴は大嫌いなんだよ!奏の都合が悪くなったなら、連絡するのが礼儀だろ!!」

「ごめん、大和!待ってよ!!」

部屋を出て行こうとする南の腕を必死に掴む。

「お前がそんな奴だと思わなかったよ。心底見損なったよ…」

「違うんだ!ちゃんと聞いて!!」

「どんな言い訳されたところで、もう無理だ。お前とは二度と会わない。この話もなかったことにする」

「だから!!」

南の腕を掴む宮村の手に力が入り、息を大きく吸うと、

「俺が奏なんだよ!!」

と、宮村が、大きな声を張り上げた。

しばらく、お互いが黙り込み、静かな時間が流れる。

「嘘だろ…?そんなことって…」

先に口を開いたのは、南だった。

「俺だって、信じられないよ。大和が柊さくらだったなんて。あんなにレポート書くのに時間かかってたのに」

「自分の作品とレポートは、別物だろ…」

「そんなもんなの…?まあ、とりあえず、一回座って落ち着こう。飲み物、入れるよ。何がいい?」

「あ、ああ。じゃあ、アイスコーヒーで…」

「分かった。先に座ってて」

部屋に準備してあった、フリードリンクの中から、アイスコーヒーを2つ手に取って、南の座るテーブルの上に置いた。

「って言うか、柊さくらは、社会人とか何とかだと思うって言ってなかったっけ?嘘ついてんの、そっちじゃん」

「まあ、誤魔化すのに…」

と、咳払いをする。

「元気だった?」

宮村が椅子に腰かけ、俯きながら、尋ねる。

「ん?ああ。今、郵便局で配達のバイトしてる。そっちこそ、元気にしてたのか?湿疹、少しは良くなったのか?」

「…うん。まだ治療は続けてるけど、少しずつ良くなってきてるよ」

「そっか…。良かった」

心から安心したように、優しく目を細める南の表情に、宮村の心臓が、トクン、と跳ねた。

「それで、あの…、今回の件、引き受けてくれて、ありがとう」

「あ、ああ…。何か、ちゃんと会社立ち上げて、頑張ってるんだな、って思ったら、協力したくなって」

「原稿、持ってきてくれたの?」

「ああ。でも、その…」

コホン、と咳払いをし、持っているタブレットを出そうとしない。

「見せてよ。もう1ヶ月切ってるんだよ?俺だってすぐに曲を作れるワケじゃないんだから…」

「ダメだ!まさか皇紀が奏だなんて、思ってなかったから…」

「どういう意味…?」

「読まれると、ハズい」

南の顔が、少し赤くなる。

「今さら何だよ」

タブレットを躊躇なく受け取ると、皇紀はそれを読み始めた。

「これって…」

「わ、悪かったな!あくまで作品だから、気にするな」

目を合わせようとしない、スーツ姿の南の横顔をジッと見つめ、そして椅子から立ち上がると、皇紀はピアノの前へと座り、スマホの録音ボタンを押した。

その瞬間、宮村の地声からは全く想像できない、綺麗な高音の澄んだ歌声と、耳に残る優しいメロディーが部屋中に響き渡った。一瞬で空気が変わる。

それを聞いていた南の瞳から、自然と1つ、また1つと、涙が零れ落ちた。

1フレーズを終えたところで、スマホの録音を停止する。

「今の曲、どう?」

宮村が南の方を向いて、驚く。

「…大和?どうしたの?」

心配そうにピアノの椅子から立ち上がると、宮村が南へと近付く。

「悪い…。感動して…」

スーツのズボンのポケットからハンカチを取り出して、涙を必死で拭う。

「何か、娘の結婚式で泣いてる父親みたいだよ?」

宮村が、南の肩に手を置き、からかうように笑う。

南が、そんな宮村を椅子に座ったまま、思いっきり抱き締めた。

「…大和…?」

「会いたかった…。皇紀に、ずっと会いたかった。でも、連絡先を知らなかったから、どうすることも出来なくて…」

「…え?インスタ、お互いにフォローしてただろ?」

「皇紀が全くインスタ上げてなかったから、いいね、ができなかったんだよ」

「…本気で言ってんの?」

「何が?」

「本当に、そこまでバカだったんだ…」

「え?」

「インスタのDMで、メッセージのやり取り出来るの、知らなかったの?」

「何だよ、それ」

「もう、いい。連絡が来なくて悩んでた時間、マジで返して欲しい」

「そっちから連絡くれれば良かっただろ?」

「そんなの…できるワケないだろ…。あの時、ものすごく勇気を出して大和のこと誘ったのに、あんな断られ方したら、気まずくもなるし、もう振られたと思って諦めるしかなかったから…」

「振られた…?」

宮村が、ハッとした表情を見せると、慌てて南から逃れ、椅子へと座る。そして、誤魔化すように、スマホに録音した音を流しながら、譜面へと音符と歌詞を書き起こした。

「って言うか、今回の作品って、何か、最初の出会いとかもだけど、俺たち2人のことを題材にしたみたいな物語だね…。かなりアレンジはしてあるけど…」

宮村が必死にペンを動かしながら、目を見ずに呟いた。

「…皇紀」

「あ、ごめん。そんなワケないか…」

「いや、その通りだよ…」

南が言うと、宮村は顔を上げた。南が恥ずかしそうに目を反らし、俯いた。そんな南の様子をしばらく眺めてから、宮村が口を開いた。

「…俺さ、あの時、大和に誤解されてて、かなりショックだったんだからな。そりゃさ、毎晩のようにいろんな奴らと飲みにも行ってたし、ハグされたりとか、不意打ちで軽くキスされたりとか、そういうのは確かにあったけど…」

「…ああ。毎晩のように飲み歩いて遊んでたのは、噂にもなってたし、知ってるよ」

「でも、俺、まだ誰とも関係持ったこと、ないから…」

「…え?」

「だから、大和に誤解されてたのが、すごく悲しかった」

大きな澄んだ瞳から、雫が零れ落ちる。

「…ごめん。ちゃんと確認もせず、ひどいことを言ってしまって。俺のことなんて、きっと遊び相手にもならないんだろうな…と思ってた」

南が、宮村に近付き、大きな手で右頬を包み込むと、親指で涙を拭った。

「初めてだったんだ。他人と一緒にいて、心地良いと思ったのも、このまま離れたくないって思ったのも…」

宮村の濡れた瞳が、南を見つめる。

「…ずっと窓から眺めているだけの、遠い存在の憧れの奴が、目の前に現れただけでも、俺には奇跡だった」

「大和のいろんな言葉が、俺を救ってくれたんだよ?大和の考え方も、すごく新鮮で…。毎日、会いたくて仕方なくて、あの部屋に行ってたのに…」

「皇紀が俺の目の前で服を脱いだ時、どうしようもない衝動に駆られて…。自制心を保つのに必死だったんだ。だから、なおさら突き放すような言い方しか出来なくて…」

「今なら、違う答えをくれるの…?」

「…初めて会った時から、息をするのも苦しいくらい、皇紀のことが、愛しかった…」

南の顔が、皇紀へと近付く。皇紀はゆっくりと瞳を閉じた。

「小説に書いた通り、情けないくらい、ずっとずっと、主人公のモデルにした皇紀のことだけを想い続けてた。毎日が、切なくて苦しかった」

そして、訪れる、柔らかい、優しい口付け。

唇が離れ、ギュッと、皇紀の小さな体を抱き締める。

その背中に、皇紀も手を回した。

「いいのか?初めての相手が、俺で…」

耳元で囁かれ、全身に一気に血が巡る。

「…大和がいい。俺、大和とじゃないと…」

言うか言わないかのうちに、唇を塞がれる。

激しく、息が出来ないくらいの口付けを交わしながら、2人はベッドルームへとなだれ込んだ。


「病気になる前に、大和に出会いたかった…」

愛撫を受けながら、息も絶え絶えに、呟く。

「どうして?」

「綺麗な肌じゃないから…」

「…すごく綺麗だよ。あまりの綺麗さに、興奮が抑えれない」

チュッ、と音を立てながら、皇紀の白い肌に何度も吸い付く。

「病院で服脱ぐなら、あんまり跡つけると良くないよな…?」

大和が皇紀へと尋ねる。

「…ん…」

返事と喘ぎが同時に漏れた。

「優しくする」

南に耳元で囁かれた宮村の全身に、ゾクリと刺激が走り、それが興奮へと変化して行く。

「…大和…」

宮村は、南の大きな背中に、迷うことなく手を回したのだった。


「大丈夫か…?」

南が宮村の中で放ったあと、汗に包まれて密着していた体を起こして、優しく髪を撫でながら、尋ねる。

宮村が必死に息を整え、

「…うん、大丈夫…」

と、掠れた声で答えた。そして、

「君の一番の思い出になりたくて…」

と、続けた。

「…何…?」

大和が不思議そうに尋ねる。

「あの曲の題名」

「…さっき歌ってくれた曲の…?」

「そう」

「あんなにすぐに出来るもんなんだな」

「幼稚園の頃から、エレクトーン習ってて、即興のレッスンも受けてたから。コードさえ決まったら、あとはメロディーと歌詞を乗せてく感じで…」

「…俺の小説を題材にして曲を作ってるって話題になってるのは、単なる噂なのか?」

「実はそれ、Xで呟いたの、俺なんだ」

「え?」

「ずっと趣味で作詞作曲はしてたんだけど、単なる自己満足で外には一切出してなくて。だけど、柊さくらの作品を読んだ時に、初めて、この作品のために曲を書きたいって思った。そして、その曲をたくさんの人たちに聞いてもらいって思うようになって、今の事務所に曲を送ったら、すぐにデビュー決まっちゃって…」

「そうだったのか…」

「でもさ、不思議なことに、他の作家さんの作品を読んでも、そんな気持ちが沸き上がってこなくて…。これだ!って曲が、思い浮かばないんだ。だから、配信も1年に1回になっちゃって…。事務所からはもっと曲を書くように言われるんだけど…」

そう話す宮村の唇を南がそっと自分の唇で挟み込み、そして、舌を絡める。唇が離れ、

「俺も、奏じゃなかったら、この話は受けてなかった。誰のどんな曲を聞いても、あんなにも感動することなんて、今まで1度もないんだ…」

宮村が、南の首に細く白い両腕を回し、抱き付く。

「絶対に成功させたい。俺たちの作品」

「ああ…。絶対に成功する。心配ないよ」

そして、2人は激しいキスを交わし、再び沈み込むベッドへと身を預けたのだった。


そして、エンディングテーマの流れる電子書籍が初めて販売され、予想を上回るほどのかなりの売上を叩き出し、想像を遥かに越える功績を納めた。

それだけではなく、電子書籍以外の、店頭販売の柊さくらの紙媒体の小説も、奏の配信とは別に店頭販売されたCDも、記録に残るほどの売上げを弾き出した。

しかし、喜ばしいことだけではなく、事業が成功した宮村の会社に、出版社や音楽業界からのオファーが殺到し、毎日がオーバーワークな状態が続くようになった。


「この15作品、今週中ね。あと、その中の10作品は、途中で曲を流す設定にもなってるから、間違えないようにお願い」

宮村が、事業を手伝いに来てくれている同じ大学のサークルだった1つ上の先輩に指示を出す。

「俺たち2人じゃ限界あるだろ。もう少し手伝い頼んだらどうだ?まだ今月中に仕上げなきゃいけないの、300作品近くあるだろ?そのあとの予約だってあるし」

「みんな、今、就活中で、なかなか時間ないみたいで…」

「…まあ、確かにな。俺は仕事辞めてヒマしてたから、こうやって来れてるけど…」

「本当に助かってる。ありがとう」

宮村がお礼を言うと、森谷は嬉しそうに俯いた。

そんな宮村の様子が少しおかしいことに、森谷が気付く。

「大丈夫か?さっきから、全然作業が進んでないぞ?」

「…あ、うん。ごめん。何かちょっと体がダルくて」

「少し休んで来たらどうだ?ここ何日間か、ずっと徹夜で寝てないんだろ?」

「うん。でも大丈夫。今週締め切りの分だけは仕上げときたいから」

森谷が、宮村へとグッと近付く。

「顔も赤いし、目も腫れぼったいし、熱でもあるんじゃないのか?」 

「…大丈夫だよ」

言いながら、森谷を見つめる瞳が、潤んでいた。

その瞬間、森谷の体が、カッと熱くなった。

「やっぱ、ダメだ。頼む、一回でいいから、俺の相手もしてくれないか…?」

森谷が、宮村へと顔を寄せ、唇を奪う。

「…や」

すぐに腕を突っぱねたが、左手で頭を抱え込まれると、勢い良く一気に引き寄せられ、先ほどより深く唇が重なった。

そして、そのまま床へと押し倒され、服を脱がされて行く。

「やめ…!!先輩、彼女いるじゃないですか…!!」

「もう無理だ…。お前が、色っぽすぎて…」

そこに、コンコンと、ノックの音がした。2人がハッと驚き、体を起こし、玄関の扉の方へと顔を向けると、そこには南が立っていた。

「仕事中に、どういうつもりですか?森谷先輩」

初めて聞く、南の低い声。

「あ…俺…。悪い。何か疲れすぎてるせいか、朦朧としてて。ちょっと頭冷やしてくるよ」

そう言って、森谷は慌てて玄関を出て行った。

「…大和…」

はだけた服。熱っぽく潤んだ宮村の瞳が、南を見上げた。

そんな宮村を南は軽く抱き抱えると、寝室へと運んだ。

ベッドに横にさせると、激しく唇を奪う。息も出来ないくらいの、容赦のないキスだった。

「…っ…大和…」

唇が離れ、息を整える。

「お前、熱があるだろ?それに、湿疹も増えてきてる。姉貴が言ってた。最近、皮膚の調子が良くないって。疲れとストレスが悪化の原因にもなるし、免疫抑制剤を飲んでるから、風邪も引きやすいって」

「心配して来てくれたの?いつもなら、土日は家で執筆してるんでしょ…?」

「何でここまで無理するんだ?仕事なんて、少しセーブしたらいいだろ?」

「そんなこと、出来ないよ。みんな、自分の作品を少しでも早く出したくて、待ってるのに!」

「だからって、アイツの理性も効かなくなるくらい、頑張る必要があるのか?」

「…それは…」

「とにかく、休め。ここから動くな」

「無理だよ!まだ仕事が全然終わってな…」

言いかける宮村の言葉を南は、

「いいから寝てろ!」

と、強い口調で遮った。

そして、立ち上がると、電話を掛け始めた。

「今、何してる?」

『今か?柊さくらの新作をコーヒーを飲みながら読むところだ。もう12回目になるけどな。奏の曲とマッチして、最高の作品に仕上がって…』

「今から言う場所に、今すぐ来て欲しい。前回の出版記念の時に抽選で当たった、俺のお宝の、柊さくらの色紙をやるから」

『お前、マジで言ってんのか!?世界に5枚しかないんだぞ?超大切な、お前の宝物だろ?本当にいいのか?』

「ああ。場所はLINEで送る」

『分かった。今すぐ行く』

そして、電話が切れた。

「抽選で、って、自分で応募したの?」

ベッドの中から、宮村が尋ねる。

「ん?ああ」

「自分の色紙を?」

「ああ。俺は誰よりも自分のファンだからな。今の奴も、柊さくらのファンたちで集まるイベントで知り合ったんだ」

「え?」

「自分が感動したり、面白いと思えない作品は、きっと誰が読んでも、感動したり面白いと思えない、と俺は思ってる。だから俺は、柊さくらの作品は素晴らしいと思ってる一番のファンなんだ」

真面目な表情で話す南に、

「…やっぱり、大和って、最高…。そういうところも、すごく、好き…」

と呟きながら、宮村は静かに寝息を立て始めたのだった。


「やばっ!マジで?あの宮村皇紀のアパート…?めっちゃ広っ!!」

「ああ。自宅兼事務所だ。今、無理しすぎて熱を出して寝てるから、静かに頼む。とにかく、皇紀の仕事を手伝って欲しい。風間、確かパソコンに詳しかっただろ?」

「詳しいって言うか、いじるのが好きなだけで、単なる独学だけどな。それにしても、この仕事量は、さすがに引受けすぎだろ。プログラミングの技術はすごいけど、俺だけじゃ、無理がある」

「そこを何とか頼む」

風間は、しばらく考え込んだ。

「お前がお宝を手放すくらい、大事に想ってる奴のためってことだもんな。分かった。助っ人を呼んでもいいか?」

「助っ人?」

「由依絵」

南が、反対意見を堪えるように、グッと口を閉じた。


「今から皇紀様の保存しまくった動画の鑑賞会だったのに!巨大スクリーンも買って、みんな楽しみにしてたのに!それに、あんなに写真撮ってきてってお願いしたのに、学部が違うから接点ないとか言いながら、皇紀様と友達だったなんて、ほんと信じらんない!!」

ぶつくさ文句を言う南由依絵。宮村皇紀の推し活をしている南大和の妹だった。風間と付き合うようになってから、家を出て、風間と一緒に生活をしていた。

「だから嫌だったんだよ…。頼むから皇紀に会っても普通にしててくれよ?」

南が頭に手をやり、困ったように呟く。

「とにかく、手分けして溜まってる仕事、やって行こっか」

風間が言うと、

「悪いけど、無理」

と、由依絵が言った。

「どうしてだ?」

南が、驚いたように声を発した。

「明らかに人手が足りない。私、システムエンジニア関係の専門学校だから手伝いはできるけど。このシステム確かにすごい技術だし、一番最速なプログラミングだけど、パソコン2台じゃ限界がある」

「そんな…。じゃあ、どうしたらいいんだ?」


「私たち、皇紀様のためなら…」

「どんなことがあっても頑張ります!」

由依絵の専門学校の同級生で、皇紀の推し活仲間が、パソコン持参で2人、やって来た。

「じゃあ、始めよっか」

由依絵の一言で、全員が一気に頷いたのだった。

そして、そこに森谷が戻って来た。南を見るなり、

「さっきは本当にすまなかった。マジでどうかしてた。今、彼女に会って、ちゃんと発散してきたから…」

と、膝を付いて謝った。

全員が、発散と言う言葉を聞き、何かを察したように唖然とした表情で森谷を見た。

「と、とりあえず、皇紀がダウンしてるんで、今は仕事に集中してもらっても?」

南が、咳払いをし、森谷の腕を持って立ち上がらせた。

「あ、ああ」

森谷が、自分の席に付く。

そこに、

「お兄ちゃん、お腹空いた」

由依絵が、突然言った。

「そうだな。もう、お昼過ぎてるな」

「さっき冷蔵庫見たけど、何もなかった。皇紀様、何日間もずっと栄養ゼリーだけで済ませてたみたいだよ」

パソコンから目を反らさずに、さりげなく由依絵が言った。

「私たちはコンビニのおにぎりとかでいいから、皇紀様には何か栄養のあるもの作って食べさせてあげた方がいいよ」

「分かった。今から買い出し行ってくるよ」

「え?てか、大和って料理できんの?」

風間が驚いたように、南に尋ねた。

「うちは共働きで、春休みとか夏休みになると、姉貴と由依絵から命令されて、昼飯作らされてたからな…」

「怖っ!」

風間が、思わず声に出していた。


コンコン、と寝室のドアをノックして、少しだけ扉を開けた。

「皇紀、大丈夫か…?」

南が作った、お粥と野菜たっぷりのコンソメスープを持って、部屋へと入る。

宮村が、うっすらと瞳を開き、南を見つめた。

「…ごめん、大和…。いろんな人たちに迷惑かけてるみたいで…」

「大丈夫だよ。むしろ、みんな喜んでる」

「え…?」

「…起きられるか?ちゃんと栄養のあるもの食べないと、体力も持たないし、皮膚も治らないぞ」

「うん」

宮村が、気だるそうに体を起こす。

ベッドの横に置いてあった小さなテーブルに、お粥とスープを置く。

「薬も飲むだろ?ペットボトルの水、何本か置いとく」

「…ありがとう。これ、大和が作ったの?」

「ああ。姉貴と妹に無理矢理やらされてたからな。ある程度の物は作れる」

「…そっか。ありがとう」

「食べられる分だけでいいからな。無理するなよ」

南が声を掛けると、宮村の澄んだ瞳が、ジッと南を見つめた。

「…どうした?」

「…大和ってさ、モテるでしょ?」

「は?そんなワケないだろ」

「絶対モテる。俺が女子なら、完全に惚れてる」

「…それって、今は惚れてないってことか?」

「…さあ…」

宮村の、はぐらかす言葉と、潤んだ瞳の意味深な笑顔に、南は口元に慌てて手をやり、そのあまりにもの可愛さに、ついニヤけてしまうのを隠したのだった。


そして、宮村は完全復帰し、手伝ってくれている5人と、賄い係の南とで、毎日の仕事を何とかこなすことが出来ていた。ありがたいことに、就活中だった全員が、宮村の会社に就職してくれることになり、新年度から、その体制のままで仕事を続けられることに決まったのだった。

「皇紀さん、事務所と自宅が兼用だと、ゆっくり休めないんじゃないですか?」

由依絵が言う。

「あ、うん。でも、やっぱり移動する時間すら、もったいなくて」

「同じアパートの部屋をもう一室借りるのはどうですか?空き部屋とかないんですか?」

「え?」

「今から新しくテナントを探すのも大変だし、ここは整備が整ってるので事務所にして、新しい部屋を借りて、そこを自宅にするんです」

宮村が、考え込むように、黙った。

「なるほど。いい案かも。由依絵ちゃんの発想には、いつも驚かされるし、感心するよ」

宮村が言うと、由依絵が思いっきり目を見開き、

「きゃーっ!!由依絵ちゃんて!聞いた?聞いた?皇紀様が、私のことを…」

自分の両手で頬を包み、真っ赤になって興奮しながら、周りに自慢する。

「由依絵、落ち着けって!宮村さんも、ちゃん付けはダメですって。こいつ、マジで宮村さんの推し活やってるんで」

風間がすかさずフォローに入る。

「あ、ごめ…。えと、南さんの案、本気で考えてみるよ。ありがとう」

「やだっ!皇紀様にお礼を言われるなんて…」

由依絵は、締まりのない笑顔で、宮村を見つめたのだった。


「で、もう一部屋、契約したのか?」

夜遅く、みんなが帰ったあとに、南は宮村のアパートへと呼び出され、話を聞かされる。

「うん。生活の拠点をそっちにしようと思って。それで…」

宮村が、何やら言いにくそうに、口をモゴモゴさせる。

「…何だ?引っ越しくらいなら手伝うぞ?」

「そうじゃなくて…。その、良かったら、一緒に暮らさないかな…と思って」

「え…?」

「俺も仕事忙しくて、平日はまず会うのは難しいし、土日も休めない日が多いのと、そっちは土日に執筆活動があって、あんまり会えないだろ?だから…」

南が、手で拳を作り、口元に当てて黙り込む。

「…ダメ…?」

上目遣いで南を見る宮村に、

「…いや。何だか信じられなくて。俺なんかで、本当にいいのか?」

と、確認を取る。

「…え?今さら…?俺たち、付き合ってるんだよね?」

宮村が言うと、南は宮村を思いっきり自分の方へと引き寄せ、抱き締めた。

「…嬉しすぎて、どうにかなりそうだ」

「…大袈裟だよ」

「大袈裟なんかじゃない。こんなに幸せでいいのかな、って心から思ってる」

そして2人は、お互いを強く抱き締め合ったのだった。


南は、平日は午前7時45分から午後4時45分まで、郵便局でバイクの配達員として、非常勤で勤務していた。残業もなく、土日祝は休みという、規則正しい勤務だったおかげで、忙しい宮村の生活面でのフォローもしながら、執筆活動にも力を入れていた。由依絵とその同級生の2人は学校が終わってからと、土日祝に、そして風間は、週に1度の大学に行く日以外は、宮村の職場に手伝いに来てくれていた。何故か、土日祝には、南がお昼を準備するというルーティンになっていたのだが、もちろん森谷も含め、その和気あいあいとした楽しそうな雰囲気は、南にも伝わっていた。


そんなある日のことだった。久しぶりに2人でゆっくりと休日を過ごしていた宮村の個人携帯に着信音がなり、

「あ、ごめん。ちょっと…」

と、席を外し、宮村は自分の部屋へと移動する。その様子をお昼の準備をしながら、南は心配そうに目で追った。

「だから、無理です、って何度も言ってるじゃないですか。今、自分の仕事も手一杯で…」

ドアが少し開いていたせいで、声が漏れて聞こえてきていた。

「そんな無茶苦茶なこと言わないで下さい。こちらの意見は取り入れてもらえないんですか?そんなの絶対に…」

どうやら一方的に電話を切られたようで、大きなため息を付くのが分かった。

宮村が、肩を落としてゆっくりと部屋から出て来る。

「大丈夫か?」

いつもなら、宮村から話してくれるのを待つのだが、南は思わず声を掛けてしまった。

「…ん…」

明らかに、覇気がない。そのまま、力なくソファへと腰を落とし、宮村は両手で顔を覆った。

「…お昼、パスタでいいか?トマトソースとホワイトソース、どっちがいい?」

南が優しく尋ねると、

「…事務所が、曲を書けって…。今月中に、最低でも必ず1曲。今、人気が沸騰して波にのってる間に、何曲か出した方がいいって、しつこくて…」

南は、大きな鍋に水を張り、パスタを茹でるために火にかけた。

「そうか…」

「今、仕事もかなり忙しいけど楽しいし、そっちに集中したくて。一応、曲を書いてはいるんだけど、いまいちで。大和は、本が売れ出すようになってから、俺と同じようなこと言われたことないの?」

「いつも言われてたよ。でも、俺は自分が書きたいって思った時にしか書かないって決めてるからな。それが当たり前になってきて、出版社の担当者もうるさく言ってこなくなったし、そもそもメールでのやり取りしかしたことがなくて、どんな奴かも分からないから、なおらさキツくも言えないんだろ」

「電話も、今まで一度もしたことないってこと?俺も、メールで音源を送ってるから、事務所の人たちとは会ったことはないんだけど、細かい打ち合わせがあるから、電話だけはどうしても避けられなくて」

「ない。性別とか、どこかから情報が漏れるのも嫌だからな。そもそも、書きたくない時に、無理に書いた作品は、やっぱりどこか違和感があって、しっくり来ないんだ。自分自身、心から面白いと思えないって言うか…。そんな作品を世に出した所で、自分がそんな気持ちでいたら、きっと読んでくれる人たちも、そう思うだろうな、って。だから、俺は常に最高と思える作品しか出さないようにしてる。それもあって、俺は自分の作品の一番のファンでいられるんだ」

そう言いながらキッチンに立つ南の背中に、宮村が近付き、そっと腕を回し、抱き付く。

「…前に皇紀も言ってただろ?これだ!って曲が思い浮かばない、って。自分が納得いかない曲を無理に配信したって、ツラいだけだろ?事務所の意見なんて聞かなくていい。どうせ儲けることしか考えてないんだから。それよりも、自分がどうしたいか、それだけ考えろ」

「…でも…」

「大丈夫だよ。これだけ人気のあるアーティスト、ある程度のワガママを言ったところで、事務所は絶対に手離さない」

「…うん」

宮村は、南を抱き締める腕に、ギュッと力を込めた。

「大和、ありがとう。大和の言葉にはいつも救われる」

「そうか?」

「うん。あ、俺、トマトソースのパスタがいいな」

「分かったよ。すぐに作る」

南は、宮村に分からないように、口元を綻ばせた。


その日を境に、宮村は自分の立ち上げた会社の仕事に、より力を入れるようになり、帰りが毎晩遅くなり、南が作っておいた夕飯に手を付けない日も多かった。帰って来ても、すぐにシャワーを浴びて、そのまま自分の寝室で寝てしまい、朝も、南より早く出勤してしまうせいで、顔を合わせることが、ほとんどなくなってしまったのだ。

「こんなの、一緒に住んでるって言えるのか…?」

南は、自分に自問自答する日々を過ごすようになった。その上、宮村とは、お互いの正体が分かった日に、ホテルで体を重ねてからというもの、そのあとに再び関係を持ってすらいなかった。

「もしかして、あの日、俺、何か失敗したのか…?」

南はソファに座りながら、片手で髪に手をやると、大きなため息を吐いたのだった。


そして、ある日突然、宮村から南にDM が届いた。

『ごめん。しばらく帰れそうにない』

と。

それからというもの、宮村がアパートに帰ってこなくなって、2週間以上が過ぎた。連絡なども一切なく、南は仕事帰りに、宮村の会社に顔を出したりもしたが、宮村は、ほとんど留守にしており、その理由は誰も知らなかったのだ。


南の頭の中には、悪い考えしか思い浮かばなくなってきていた。もしかしたら、他にいい奴が現れたのかもしれない…。代表取締役という立場上、いろんな人との関わりもあるだろうし、あれだけの容姿なら誰に言い寄られていてもおかしくない。そんなことを考える日々が続き、南は不安のあまり、少しずつ元気もなくなり、精神的にも参っていっているのが自分でも分かるくらいだった。


そして、時は過ぎ、宮村と会うこともなく、大学の卒業式の日を迎えた日のことだった。南はスーツを身に纏い、アパートを出た。宮村は、その日もアパートには帰って来なかった。卒業式を終えると、南は初めて宮村に出会った小部屋へと向かった。その窓からは、男女問わず、揉みくちゃにされている宮村の姿が見えた。その笑顔は、とても楽しそうに、輝いて見えた。

「相変わらず、すごい人だかりだな…」

もう、本当にダメなのかもしれない。俺のことなんて、今じゃきっと、頭の片隅にすら、残ってないのだろう。

「もしかして、俺がアパートにいるから、帰って来られないのか?」

ハッと気付く。

「そういうことか…。あいつの名義で借りてるアパートなのに、いつまでも図々しく居候なんかして、俺って、浅はかすぎるだろ」

どうしてもっと早くに気付けなかったのだろう。好きでもない奴がアパートに居座ってるなんて、ただ迷惑をかけてただけじゃないか。

「今日、アパートを出よう…。卒業式も終わったし、もう会うこともなくなるから、ちょうどいい…」

そう呟いた南の瞳から、いくつもの涙が零れ出した。

忘れるなんてこと、出来るのだろうか?

こんなにも、愛しくて、会えなくなると考えるだけで胸が抉れて、壊れてしまいそうになるくらい、苦しいのに?

そこに、突然、学内中で、悲鳴にも似た歓声が次々に上がり始めた。学生のほとんどが、スマホを見て興奮しているようだった。

「何だ…?何かあったのか?」

南も自分のスーツのズボンのポケットから、スマホを取り出そうとすると、由依絵から着信が入った。

『もしもし?お兄ちゃん?今、奏が、アバターで、インスタとYouTubeで生配信してる!!しかも、テレビもジャックされて、東京の駅前もひどいことになってるって、ニュースでやってるよ!!』

とだけ伝えて、そしてすぐに電話が切れた。

スマホでYouTubeのアプリを開くと、そこには、可愛い竜の姿をしたアバターが画面に映し出され、再生回数が、異常なまでに次々と上昇して行っていた。

「みなさん、初めまして。奏です。今年は辰年なので、竜のアバターにしました。どうしても、みなさんに届けたい曲があり、本日は異例のやり方での新曲発表をさせていただくことになりました。3月に入り、いろいろな別れもあるこの時期に、家族や友人、そして好きな人やパートナーなど、伝えたくても伝えられない気持ちを抱えている人たちに、この曲を捧げます。『届かない想いを届けたい』」

そして、曲が流れ始めた。相変わらずの透き通った歌声と、切なく胸がキュッとなるメロディー。南の眺める窓から見える学生たちも、涙を流しながら聴いているのが分かった。そして、南もまた、溢れて止まらなくなる涙を流し続けていた。

キイッ…と、扉が開く。

顔を向けると、そこにはスーツを着た宮村が立っていた。

「…皇紀…?」

「やっぱり居た!」

宮村が、思いっきり南に抱き付く。

「どうだった?俺のサプライズ。1人でスタジオ借りて、泊まり込みで大和のために頑張って作ったんだ」

「…そんな。俺のために?」

「いつも、助けてもらってばっかりだったし。大和のために、書きたい!って思ったんだ。事務所にお願いして、生配信してもらった」

そう言った宮村を南は思いっきり抱き締めた。

「もう、愛想尽かされたのかと思って、今日アパートを出ようと思ってた」

「…嘘でしょ!?」

宮村が驚いたように、南を見上げる。

「皇紀には、もう別の奴がいるのかも…って。アパートにも帰って来なかったし」

「…だから、それは…」

「ああ。今、納得した。それに…」

「…何?」

「…いや。何でもない」

さすがに、関係をもう半年近く持っていない、と言うことは言い出せなかった。

「とりあえず、帰ろうか」

宮村が言う。

「いいのか?いろんな奴らから、飲みに誘われてるだろ?」

「今日は別の用事が入ってるから、また別の日に、って言ってあるから大丈夫だよ」

宮村が、両手で南の右手を握る。

「俺たち、ここから初まったんだよね」

「…そうだな。ちょうど1年前くらいになるのか…」

「大和」

「ん?」

「早く一緒にアパートに帰ろう」

宮村が、嬉しそうに笑う。

「ん?ああ…」

その笑顔を目にした南が、緩みまくった笑顔を見せた。


2人でアパートに戻ると、

「…ねぇ、大和…」

「ん?」

「このまま、俺の部屋に行かない?」

「…え?」

「…だから、その…」

宮村が、恥ずかしそうに俯いて黙り込む。南は真っ赤になって、うろたえていたが、自分へとゆっくり抱き付いてきた宮村をそっと抱き抱えると、宮村の部屋へと連れ込んだのだった。


「もう俺とは関係を持ちたくないのかと思ってた…」

胸に顔を埋める宮村を抱き締め、髪を撫でながら南が本音を漏らした。

「…どうして?」

「いや、初めて関係を持ってから、半年近く…、その…」

「それって、大和が手を出してこなかったからでしょ?」

「え?」

「俺だって、待ってたんだからな、ずっと。自分から誘うなんて、恥ずかしかったし…」

「でも、すごく忙しそうにしてたし、部屋も別だし、なかなか…」

「じゃあ、したい日の夜は、リビングにいてくれる?大和、いつもすぐに自分の部屋に行くから、すごく寂しかった」

南が耳まで赤くして、そして優しく微笑むと宮村の額にそっと口付けたのだった。


「って言うかさ、めちゃくちゃ感動して、しばらく涙止まらなかったよね。うちらの学校、ほとんどの生徒が泣いてたもん」

翌日、由依絵が、宮村のオフィスで仕事をしながら周りのみんなに話す。

「俺らの大学も相当な騒ぎになってたよ。その日のニュースでもずっと取り上げられてたもんな」

と、風間が言うと、

「奏の所属事務所公式のインスタのフォロー数、半端ないみたいだぞ」

森谷も話に入る。

「でも、謎だらけなんだよね。未だに、性別も年齢も分からないし。声も変えてあったもんね」

由依絵が、おもしろくなさそうに言ってから、

「あ!でも1つだけ何となく分かったことがある!」

と、大きな声を出した。

その瞬間、黙って話を聞いていた宮村が、少し顔を上げた。

「な、何だ?何が分かったんだ!?」

キッチンでお昼の準備をしていた南が、思わず由依絵の方を見た。

「奏自身が、すごくいい恋愛をしてるってこと!じゃないと、あんな曲、なかなか作れないよ」

「あ~、それは何となく分かるかも」

由依絵の同級生が呟いた。

「すごく大事に想ってる人がいるんだろうな~って。私が皇紀様を想うように」

「いや、そこは俺だろ!?」

風間がすかさず由依絵に突っ込んだ。

「って言うかさ、お兄ちゃん、何か急に耳まで真っ赤になってんだけど?」

由依絵のするどい指摘に、南が、

「いや、火を使ってるからな」

と、まだ火を付けてもいないのに、しどろもどろになる。

宮村が、その姿を見て吹き出した。

全員が驚いて、宮村を見た。

「な、何?」

「いや、そんな風に笑う皇紀さん、初めて見たな、と思って」

風間が言う。

「そ、そう?」

宮村が、誤魔化すように、咳払いをした。


新年度になり、土日祝に全員が休める体制にしようと、森谷からの紹介で、宮村の会社に新しい職員を2人迎え入れることになった。

「初めまして。伊野部です」

「八尾です。よろしくお願いします。皇紀さんにずっと憧れていたので、こちらで働けることになり、光栄です」

2人の自己紹介が終わると、拍手が沸き上がる。

「伊野部は、昔、皇紀をホテルに連れ込んで、失敗したんだよな」

森谷が笑いを取るように紹介する。

「じゃあ、あの時に追いかけられてた…?」

その日は土曜日で、賄いの料理を作りに来ていた南が、すかさず反応する。

「あ、そこは全く心配ないから。伊野部、今は八尾君と付き合ってるし。宮村にも、そこは面接のときにちゃんと説明して、理解してもらってる」

と、森谷が続けた。

「俺、皇紀に出会ってから、同性の魅力にも気付いたって言うか…。そんな時にこいつと出会ってさ」

伊野部が照れくさそうに話すと、職場のみんなが拍手をし、

「素敵!!」

「真実の愛だよね!応援する!!」

と、歓喜の声が沸き上がった。

伊野部と八尾が恥ずかしそうに目を合わせ、微笑んだ。


「八尾さん、もしかして少しメイクしてる?」

仕事を教える担当になった由依絵が尋ねた。

「あ、はい。少しでも皇紀さんの綺麗さに近付きたくて」

「俺は素っぴんでも、めっちゃカワイイって言ってるんだけど…本人が嫌みたいで」

伊野部がすかさず口を開いた。

「僕、そばかすが少しあって…。コンプレックスなんです。皇紀さんみたいに、きめ細かくて、綺麗な肌ならいいんですけど…」

「そうなんだ。まあ、皇紀様の綺麗さは格別だよね。女子の私たちでも憧れちゃうくらい、透き通った肌してるもん」

「由依絵さんも、もしかして皇紀さんの推し活してるんですか?そのグッズ、僕も持ってます」

「マジで!?そうなの!!憧れの皇紀様の側にいられるなんて、こんな幸せなことないよね~。ちなみにこの2人も推し活仲間なんだよ」

由依絵の同級生2人が、嬉しそうに笑い、頭を下げる。

「皇紀さんの推し活仲間のために、YouTubeとインスタ上げてくれてる方いますよね?」

「あ、それ由依絵だよ。皇紀様お墨付きで」

「めっちゃ儲けてるよね。グッズ作ってさ」

同級生の言葉に、シーッ!と由依絵が人差し指を口の前に当てる。

「今度、人数限定で、握手会の計画を立てるつもりだから。今までは大学に姿を見に行けてたけど、今は、皇紀様の姿を拝むことすらできないでしょ?」

八尾の耳元で、コソッと囁いた。

「めちゃくちゃいい考えですね!」

八尾が拍手をしながら、喜ぶ。

「何の話をしてるんだ?」

南が、大きな鍋を持って、話に割って入る。

「別に。お兄ちゃんには関係ないから」

「はい、はい。さ、お昼、出来たぞ。とりあえず休憩したらどうだ?」

みんなが、一斉に席を立ち、リビングへと移動する。

「大和、いつもありがとう。せっかくの休みなのに」

宮村が、まだ自分のデスクで仕事を続けながら、南に声を掛けた。

「いや、全然。俺が好きでやってるだけだから、気にするな」

「そうそう!正社員で働いてるワケじゃないんだし、じゃんじゃんコキ使って下さい。皇紀様にアパート代とかも全部面倒見てもらって、本当にすみません!マジで、皇紀様のヒモでしかないですよね。嫌になったらすぐに追い出して下さいね」

由依絵が好きなように、言いたい放題言うと、

「いや、大和には本当に助けてもらってるから」

と、口に手を当てて、宮村が肩を揺らして笑う。

「ヤバっ!!皇紀様の笑顔!!瞬殺!!」

由依絵が言うと、

「僕、鼻血出そう」

と、八尾が言った。

推し活4人組が、両手で口を抑え、興奮気味に歓声を上げる。

「あ~、やりにくいわ~」

風間が呆れたように呟き、用意された昼食に手を付ける。

「八尾さんて、いつからメイクするようになったの?」

「あ、僕は皇紀さんの姿をインスタで上げてる人がいて、それで…。こんなふうに綺麗になれたらな、と思って。でも、やっぱり全然違いますね」

「マジで素っぴんでもイケてんのにさ。宮村は、誰から見ても特別なんだから、気にすることないのに」

伊野部が、お昼に手を付けながら、話し出す。

「うん。メイクもいい感じだけど、元々顔立ちも良くてカワイイし、全然気にすることないと思う!」

由依絵が言うと、

「…そんなことないです。僕、本当に自分に自信がなくて…」

と、八尾が俯いた。

それを聞いていた宮村が、席を立った。

「…まあ、素っぴんを見たことないから何とも言えないけど、俺もさ、難治性の高い皮膚疾患にかかってて。全身に水泡を含んだ湿疹が広がってく病気で。今も治療中なんだけど、身体中に気持ち悪いくらいの湿疹がびっしり出来てた時は、すごく悩んでた」

「…え?そうだったんですか?」

八尾が、驚いたように、目を開いた。

「友達にも、気持ち悪っ、て言われたし、いろんな皮膚科に通っても治らなくて。そんな時に、ある人に出会ったんだ。こんな湿疹だらけの俺の身体を見ても、綺麗な部分もあるんだから、そこに目を向けろって言ってくれて。その日から、いつもは自分の身体を見たくなくてシャワーしかしてなかったけど、湯船に入れるようになった」

「そんなことがあったんですか?知らなくて、別格だとか、好き勝手なこと言って、ごめんなさい」

由依絵が謝る。

「あ、そうじゃなくて。今は自分に合った病院が見つかって少しずつ良くなってる。ただ、俺はその人に出会ってから、いろいろとすごく救われたんだ。ありのままの自分を見て、受け入れてくれる人もいるんだ、って。それが自信にも繋がった気がして。すごく芯の通った人で、俺の悩みにも、いつもちゃんと向き合ってくれて。その時に、一生、この人の一番の思い出の中にいたいって思った。だから、八尾君も、伊野部やここのみんなは絶対に嘘なんて付かないんだから、もっと自分に自身を持ったら、って言いたかったんだ」

そして、宮村が微笑む。

「…皇紀さん…。はい!ありがとうございます!」

宮村を見つめる八尾の瞳が、潤む。

「…すごくいい話だけど、ちょっと待って!ってことは、皇紀様には、もう…」

「嫌だ!!考えたくない!!」

事務所内が、一瞬、騒然となる。

「奏の曲にあったな、そういうニュアンスの歌が」

風間が冷静に呟いた途端、

「あの、柊さくらとコラボした最高の曲!!次の新作も、絶対にコラボしてくれるだろうし、本当にものすごく楽しみだ!!」

と、立ち上がって興奮し出した。

「いいから、飯を食え!!」

南が声を荒げたが、顔は真っ赤で、瞳も潤んでいた。

「やだ!お兄ちゃんまで皇紀様の話に感動して泣いてんじゃん!」

由依絵が、涙声で突っ込む。

結局その日は、宮村に想い人がいることを知って意気消沈した4人のせいで、あまり仕事が捗ることなく、1日を終えたのだった。


「お疲れ様」

お風呂上がり、ソファに腰掛ける南の背後から、宮村が抱き付く。

「…ハラハラしすぎて、疲れたよ」

南が、その腕を優しく掴む。

「俺たちの関係がバレるかと思った?」

「あんなこと急に言われたら、感激しすぎて、感情が抑えられなくなる」

「由依絵ちゃんて、面白いね。大和が大人気作家って知らないから仕方ないけど、ヒモって…。ここの高級家具や日用品、全部大和が買ってくれたのに」

クスクスと笑う宮村の肩が揺れる。

「あいつ、マジで昔から普通に言いたいこと言うからな」

「でも羨ましいな。言いたいこと言い合える関係って」

「…そういえば、皇紀、兄弟は?」

「年の離れた兄が2人いるんだけど、俺だけ母親が違うんだ。すごく優しくしてくれてはいたけど、やっぱり少し遠慮しちゃって。たまに一緒に食事とかには行くけど」

「そうか…」

南の手が、宮村の手を力強く握った。

「…あのさ、大和の一番は俺でいいんだよね?」

宮村が南の耳元で囁くように尋ねた。

「え?当たり前だろ。皇紀以外の奴なんて考えられるワケないだろ…。今さら何だよ」

「じゃあ、大和は?」

「…え?」

「俺の一番になりたくないの?」

「…え?なってないのか?」

不安そうに、宮村の方を向く。

その唇を宮村が優しく塞いだ。唇が離れると、今度は南の方から、キスをする。

「俺も、一生、皇紀の一番の思い出の中にいたいよ」

そして、どちらともなく、もう一度、唇を重ね合わせた。

「今日はどっちの部屋でする?」

言う皇紀の唇に、南が激しく吸い付いた。

「移動する時間も勿体ないくらいだよ。今日はこのままここで…」

南が宮村の腕を一気に引くと、ソファへと2人で寝転がるつもりが、そのまま床へと落下してしまった。

2人は、目を合わせて、笑い合った。そして、より絆を深めるかのように、もう一度、唇をそっと重ね合わせ、お互いの愛を確かめ合うように、強く強く抱き締め合ったのだった〈完〉

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届かない想いを届けたい~君の一番の思い出になりたくて~ 多田光里 @383103581518

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