勇者になりたくない勇者が魔王になりたくない魔王を飼うお話

水上の月

第1話 - プロローグ


俺は勇者が嫌いだ。


「魔王を討伐せし勇者よ。よくぞ無事に帰ってきた。やはり貴殿こそ人類の希望だ。」


白髪の60代くらいのおっさんが玉座に座って、何やら偉そうな事を言っている。実に強かそうな顔だ。こいつがこの王国の国王らしい。


俺が生まれたこのエスタリア王国は大陸一の領土を持つ国で、魔族との戦争で人類側の盟主を務めた。そう、この世界では魔王が50年に一度出没する。


小さな辺境の村で育った俺はどうやら勇者スキルというのを女神から授けられてるらしい。物心ついた頃には教会に預けられ、ただ魔族を討伐することだけを吹き込まれてきた。


今さらながら考えてみると、なんで勇者になったんだろう、俺は。


地位や名声のため?

いや、そんな野心は無いし、厄介ごとは御免だ。


女を侍らせるため?

俺にはハーレム主人公みたいに器用にはなれないだろう。都合良く鈍感にもなれない。


「で、その横にいる麗しき御仁はどなたかな、勇者殿?」


国王の横に立ってニタニタ不気味に笑うこの男は宰相だ。


そうだ、俺は根っからの勇者じゃない。スキルを与えられただけのただの村人Aだ。そんな俺だが、なぜこんな厄介事を抱え込んでしまったんだろう。俺の横にいるこの女が全ての原因だ。


「この女は私の奴隷です。魔族領で見つけた時には奴隷紋が施されていたので、主人を私に変え連れて帰った次第にごさいます。」


そう俺は言う。ああイヤイヤ、こんな堅っ苦しい話し方。


俺の横にいるこの美女。艶のある真紅の髪に意志の強そうな目元。やや人間離れしたそのスタイルは人の目を惹きつける。きっと100人見たら99人が美人だと答えるだろう。この浮世離れした美女こそ、かの魔王様だと誰が信じようか。


「ご機嫌麗しゅう、この国の陛下と宰相様。籠の中の蝶の如く、悪しき魔族により囚われた私、エルナリーゼは、勇者ガイル様によって救われました。」


おいおい、君魔族だよね、魔王さん?蝶ってナニ?アンタ詩人?そもそもその口調、自分が奴隷って隠すつもりあんの?


そう勇者が思うのも無理はない。この勇者は人類側の盟主たる王と、魔族を統べる魔王に挟まれているのだから。

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