そこに物語が生まれる

あさの

そこに物語が生まれる


「姉さん、ねえさあん」

 俺は一階の居間から姉さんを呼ぶけど返事は帰ってこない。仕方ないから二階へ上がって姉さんの部屋のドアを開ける。

「ねえさ――」

 姉さんは首に縄跳びを括り付けているところだった。プラスティック製の、小学生が使うもの。

「何やってんだ姉さん」

 俺は姉さんに駆け寄って首から縄跳びを外す。姉さんは泣いていた。こんな縄跳びでも姉さんにとっては死ぬための手段なのだろう。本気だったのかもしれない。

「姉さん! しっかりしろ」

 姉さんの肩をつかんで揺さぶると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった姉さんの顔はいっそうしわくちゃになった。そしてくしゃみした。

「う……」

 うめき声をあげた姉さんは何かを指さした。その方向にはスマートフォンがあった。

「なに? どうした」

「お……落ちた……」

 スマートフォンの画面を見る。短編賞の結果が表示されている。短編賞の受賞者の名前がつらつらと書かれている。そこに姉さんの名前はない。

「わたし、がんばって、かいたのに……」

 わっと泣く姉さん。ひーんひーんと、両手を目に当てて泣く姿は子供のころのままだ。姉さんは初めて、公募に落ちた。そう、初めて、だ。



 姉さんが俺にアイデアを出して、僕が小説を書くようになってから二年がたった。僕たちは思うがままに短編賞をとっていた。

「私のアイデアがいいのよ」

 いつも姉さんは言っていた。たしかに、普通の人には思いつかないようなタイトルや複線、展開を考える姉さんはすごい。でも俺は、自分のアイデアで小説を書いてみたくなっていた。

「姉さん」

 なあに、と返事する姉さんはクッキーを食べている。それ俺の分じゃないのか。

「俺、自分で小説が書いてみたい」

「えー」

 なんだその返事。小学生のときみたいだ。

「だって、アイデア出せないでしょう」

「確かに俺はアイデア出すのは苦手だけど、でも」

 俺には文章力がある、と思っている。自分の気持なんかを書くのは得意だ。

「でも、何よ」

「やってみたいんだ」

「うーん」

 姉さんは頭を掻いている。

「じゃあ、どっちが先に新人賞撮れるか競争ね」

「おう」

「よーい、どん」

 どん、といって姉さんは部屋に向かって行った。そして小説をすごい勢いで書き上げ、短編賞に送った。その結果がさっきのだ。



「でも、これは勝負じゃないから」

 新人賞というのは、もっと大きな、長編向けの賞のことを言うらしい。

「俺も、今アイデア出してるところ」

「そんなカメみたいにとろかったら、今年には応募できないわよ」

 ふふん、と得意げに姉さんは言う。

「姉さんは、長編を書きあげられるかが勝負だろ」

「どういう意味よー」

 姉さんが元気を取り戻したみたいだ。

 とにかく俺らは長編小説を書きあげて公募に送った。そしてその結果は……。


「このたびは、残念でしたね」

 二人とも落選した。ただ、俺のは二次審査に残ったみたいだ。

「でも、すごいじゃない」

 俺の小説だろうか?

「勝負にはなったわ。ね?」

 負け惜しみか。いや、本当に嬉しそうだ。

 小説はきっと書き続けた先に何かある。俺はそう思ってる。書き続けられるのは姉さんか、俺か。その勝負だ。


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そこに物語が生まれる あさの @asanopanfuwa

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