後編

 僕は、自分の口から勝手に言葉が出てくるような気がした。

 言って良いのか悪いのかも分からない。

 ただ、口から水のように零れた。


「僕ら……親子になれるかな?」


「……分かんない」


「咲良……ゴメン。優子ちゃんもゴメン。でも……僕は……君を幸せにしたい。苦しいのは、僕だけでいいよ。こんなに苦しいのは。もう、咲良と同じ事をしたくない。自分勝手だけど、君を幸せにしたい。僕の自己満足だけど、そういう人間なんだ」


「幸せに……」


「どんなに咲良に償いたくてもダメなんだ。君とご飯食べると美味しいと思うし、君と話したり笑顔を見ると気持ちがホッとする。そしてたまらなくまた、君を喜ばせたくなる……ダメなんだ……咲良が……重なる」


 しゃがみ込んだまま声を詰まらせながら話す僕に、優子ちゃんはそっと背中を撫でてくれた。


「私も……おんなじです。何でだろ……ママ、ごめんなさい。なんで私、幸せになりたがってるんだろ?」


 そのまま二人でどれだけ泣いただろう。

 外が暗くなり、お互いの姿がボンヤリとし始めた中で優子ちゃんがつぶやくように言った。

「パパ……ご飯食べようか」


 パパ……その言葉に僅かに驚いたけど、それ以上にスムーズに受け入れていた。


「そうだね。何にする?」


 ※


 あれから、僕と優子ちゃんは役所に届け出を行い正式な親子になった。

 僕の仕事も慣れて軌道に乗ったので、優子ちゃんは高校に通うことになった。

 最初は中学校を出たら働くと言ってたのだが、説得して高校だけは行ってもらった。

 でも、2年生になる頃には大学も行くよう説得するつもりだ。


 あの日。

 お互いに泣きながら話したことの答えは見つかっていない。

 僕らは……僕は幸せになっていいんだろうか?

 僕らは親子になっていいんだろうか?

 彼女は母親に。

 僕は咲良に真っ直ぐ向き合うことが出来るんだろうか。

 正直自信が無い。


 ただ、僕は優子ちゃん……優子を幸せにしてやりたい。

 彼女に大切な人が出来て、その人との人生を歩くときまで。

 僕のことが経済的にも社会的にも必要なくなるときまで、隣を歩いてあげたい。

 優子もきっと母親に対しての罪悪感を抱えている。

 お互いにそれは死ぬまで無くならない。

 今はそれでいいと思っている。

 よく分からないけど、僕らはそれでいい。

 

 いつか……咲良の事を真っ直ぐ見られるようになれたら。

 そしたら、優子と一緒に彼女の母親の……そして咲良のお墓参りに行きたい。

 

 ※


「パパ。どこにあるの?」


「ゴメン。もうちょっと歩くんだ」


 あれから8年が経った。

 もう40近くになるとガクッと体力が落ちるな……


「パパ、大丈夫? 運動不足なんじゃない?」


 僕の遙か先を歩いている優子が振り向きざまに言った。

 桜の花びらが舞い散る景色とよく似合っている。

 思わず携帯を出して写真を撮ろうとしたが、舌を出してかわされてしまった。


「仕事で動いてるはずなんだけどな」


「嘘ばっか! 施設長さんなんだから、事務仕事場ばかりって言ってたじゃん。豊さんの方がずっと体力あるよ」


「彼と比べないでくれよ。消防士だろ!」


 優子は大学卒業後、電機メーカーの経理として就職したが、友人の紹介で消防士の彼と知り合い、この6月に式を挙げる。

 その前に彼女の母親と……咲良の墓参りに来たのだ。

 僕ら親子で。


 二人の墓参りはあっけないほど自然にお互いの口から出た。

 拍子抜けするくらいに。

 でも、咲良のお墓の前に来ると、これまた拍子抜けするくらいに……愛おしかった。

 

 大好きな娘、咲良。

 ダメなパパでゴメンね。

 パパはまだダメなパパなんだ。

 お前へのお詫びも全然出来ない。

 きっとお前はもう、パパの事なんて忘れて天国で彼氏を作ってるかな?

 そうであってほしい。

 パパはこれからもきっとお前へのお詫びの仕方を見つけられない。

 でも……お前のお姉ちゃんは何とか幸せに出来たよ。

 これからは彼氏がそうしてくれる。

 

 なあ、咲良。

 こんなパパだけど、もうちょっとだけ幸せになろうとしてもいいかな?

 お前の事を。そして優子の事を考えると泣きたいくらい幸せなんだ。

 お前の誕生日のある春。

 こんなに暖かくていい匂いがして、こんなに綺麗な空なんだな。

 世界ってこんなに輝いてるんだな。

 お前のお陰で気づけたんだ。

 だから……許してくれるなら、パパはもうちょっと頑張ってみたいんだ。

 幸せになってみようかな、って。

 そしたらお前に向き合える気がする。


 呆れてるかも知れないな。

 怒ってるかもな。

 でも、ゴメンな。

 パパ、自分勝手だからお前と同じこの透き通った世界を見てたいんだ。

 お前が気付かせてくれたこの景色を。


「パパ、大丈夫?」


 背中を軽く撫でられたので振り向くと、優子が優しく微笑んでいた。


「大丈夫」


 どうやら泣いていたらしい。

 桜の花びらが舞っている。

 咲良が5歳の頃、花びらが舞っているのを夢中で追いかけてたな……

 そんな事を思い出すとまた涙が出てきた。


 それに嬉しくなる。

 自分が咲良の、優子の父親でいられるような気がするから。


【終わり】

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想春 京野 薫 @kkyono

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