無視しないでよ

瘴気領域@漫画化してます

無視しないでよ

 ねえねえ、無視しないでよ。

 怖い話、先輩から聞いたんだけどさ。

 こういうの苦手?


 まあいいから聞いてよ。

 先輩の知り合いが小学生の頃の話。

 Aちゃんってことにするね。


 Aちゃんの通学路にね、変な女の子がいたんだって。

 な~んにもない空き地にぼんやり立ってるだけ。

 白いブラウスにプリーツのない吊りスカート。昭和かなって感じの古臭いファッションの女の子。毎朝毎朝、通学路を行く小学生の列を眺めてるんだって。


 指一本動かさず、その場を一歩も動かない。

 次の日も、次の日も、一歩も動かない。

 放課後も一緒で、雨の日も風の日も女の子は同じ場所に立っている。


 ねえねえ、ちゃんと聞いてる?

 ここから面白くなるから、ちゃんと聞いてね。


 あの子、おかしいよねって、Aちゃんは友だちに聞いてみたんだ。

 でも、友だちは誰もそんな女の子はいないって言う。

 Aちゃんはね、いわゆる見える人・・・・だったんだね。

 女の子はAちゃんにだけ見えてたんだ。


 お化けや幽霊は自分に気がついてくれる人につきまとうんだって。

 それを知ってたAちゃんは、女の子に気がついてないふりをしたんだ。


 見ないように、見ないように、見ないように。

 見えない、見えない、見えない、私には見えない。


 自分に言い聞かせてたんだけど、そうなると逆に気になっちゃうものだよね。

 Aちゃんは目の端で女の子をよ~く観察するようになっちゃった。


 それで気がついたんだけど、女の子の様子がほんのちょっとずつだけど、毎日違うんだよね。

 スカートが黒から濃紺になってたり、髪型がおさげからおかっぱになってたり、靴下の長さが違ったり。そういうことに気がつくようになっちゃった。間違い探しみたいだよね。


 間違いはだんだん露骨になってきて、あるときは頭が何倍も大きくなってたり、口が耳まで裂けてたり、目がいくつも増えてたり、両手が虫みたいになってたり、一本足になってたり、服が血まみれだったり、肌がロウソクみたいに溶けてたり――


 Aちゃんも初めは怖がってたんだけど、だんだん慣れてきちゃった。今日はどんな間違いがあるんだろうってノートをつけちゃうくらい。


 ちょっと楽しみになってたくらいなんだけど、ある日、こんなことがあった。


 近所のおじいさんやおばあさんが空き地に集まってたんだ。

 真ん中には白装束に縦長の帽子をかぶった神主さんがいて、紙のばさばさを振って「祓い給え~、清め給え~」なんてやってたんだって。

 何のためにやっていたのかはわからないけど、みんな真剣に拝んでるのがAちゃんにもよくわかったんだって。


 で、その日を境に、女の子はいなくなっちゃった。

 間違い探しが楽しみになってたAちゃんは、少し残念に思った。


 誰もいない空き地には神主さんが置いた小さな鳥居があった。

 手のひらに乗りそうな、オモチャみたいなやつ。

 一口サイズの羊羹とか大福とか、和菓子が供えられてた。


 Aちゃんは空き地に入って、鳥居の前にかがんで手を合わせたんだ。

 きっとあの女の子は成仏したんだろう。天国で安らかに眠ってください。


 お祈りを終えて目を開くと、生ぬるい風が吹いて、耳元で声がした。






『無視しないでよ』






 あはは、びっくりした? したよね? いま「びくっ」ってしたもん。

 やっぱり私の話、聞こえてるじゃん。

 無理やり目を逸らさないでさあ。ほら、ちゃんとこっち見てよ。


 ねえねえ、ねえねえねえねえねえねえ。






「無視しないでよ」


(了)

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