第6話 女神とテネブラエの手首輪
最初の出会い以来マムートから降りることがなかったカーラ座長に、結局ちゃんとお礼ができていなかった。しゃんとしたいのに、マルティスさんの締め技が首に食い込む。もう、これじゃあつま先がとがったヒールサンダルしか見えないじゃないかっ!
「あら坊や、すっかりマルティスに気に入られてるみたいだね」
「あっ、あの! 助けてもらったこと、ちゃんとお礼を言えてなくて、俺っ」
「カーラ座長、こいつ使えますよ! 俺の剣を初見で受けきったんだ! 前座で剣舞でもやらせりゃあ客席も大盛り上がり間違いなしです!」
もぉぉおおマルティスさん、俺に話をさせてぇえええ!! というか前座!? 素人にそんなのできるわけないだろ、勝手なこと言うなーっ!
「それは本当かい坊や?」
「むむむむ、無理です、人前で剣を振るうなんて、そんなっ……」
ヘッドロックからどうにか抜け出して顔を上げ、途端に息を飲む。初対面の時は
あのへっぽこ顔だけ魔法使いと並んでも遜色ない――いやむしろ、小麦色の肌や美しく割れた腹筋が健康的な美を象徴してより眩しい。しなやかな筋肉に浮かぶ柔らかな脂肪が芸術的な凹凸を作り上げた肢体の頂点に御座すは、生命力が
「いいかい坊や、一宿一飯の恩義って言葉があるだろう?」
「は、はひぃ……」
「ならさっそく恩を返してもらおうじゃないか。――身体でね」
「ひゃい」
たっぷりと水分を含んだような色っぽい声に妙な言い回しをされただけで、呂律も回らないほどへろへろになってしまった。ネージェにひっついてくる女の人も、いつもこんな気持ちなのかな。
「いい子だ。よし――あんたたち、出番だよ!」
「「「はぁい、マードレ♡」」」
カーラ様が手のひらを叩くと、どこからともなく美しい女性三人衆が現れた。それぞれ散髪用のハサミや化粧道具、それに棒状に丸めた布生地を持っている。三人はぼーっとしている俺をあっという間に取り囲んだ。
「やぁ~ん、かわいい~♡」
「未成熟な男の子にお化粧するの、夢だったの♡」
「この光沢のある布なんてどう? 舞台でとっても映えると思わない?♡」
「あんたたち、本番は明後日の夜だ。好きにこねくり回すのはいいが、くれぐれも遅れるんじゃないよ」
「「「は~い♡」」」
あれ? いつの間にか舞台に立つことに? ……まぁいっか!
「――……いやよくないだろ! あぶなっ! 洗脳されるところだった!」
「こぉら、採寸中なんだから動かないの♡」
「ひぃっ!?」
妙に艶めかしい手つきの女性の一人が耳元でささやくと、俺の薄汚れたスカーフの端を摘まんで引っ張った。「あ」と間抜けな声をこぼした喉元が外気に晒される。露わになった首へ、女性三人分とカーラ座長、それにマルティスさんの視線が突き刺さった。
「あ、あらぁ……ずいぶんと趣味の良い首飾りねぇ」
すっごく言葉を選んでお姉さんがドン引きしている。それもそうだろう。ぎっちぎちに握手してる無数の腕が連なった真っ黒な首輪なんて、何の呪物だよ。
「こっ、これは旅に出る前、ネージェに無理やりつけられたやつで……!」
「ふ、ふぅん……? あんたたち、何かの特殊プレイでもしてるわけ?」
「んなわけないじゃないですか!! 外したくても取れないから、仕方なくスカーフで隠してるんです!」
「キャーッ! それってやっぱり特殊プレイじゃない! 南部で流行ってるの!? ちょっと詳しく教えなさいよ!」
「テオお前、駆け落ちの約束をしてるご令嬢がいるってのにどえらい趣味だな!?」
「でもわかるわ~。四六時中あの顔面と一緒にいたら、変な魔が差すわよね」
「ちがーーう!!」
興奮気味な集団に詰め寄られ、なぜか妙な方向へどんどん話がこじれていく。それもこれも、全部ネージェのせいだ!
恥ずかしくて、腹立たしくて。地団太を踏んで弁明する俺を見つめていたカーラ座長の瞳が細まる。
「――テネブラエの手首輪」
「え?」
「黒い手は闇の王、つまりテネブラエを意味してる。暗黒期の古代人が凶悪な生物、例えばフェンリルなんかを捕える時に使ったとされる呪物さ」
「呪物……!? えっ、本物!?」
「アハハハッ、まさか! 今じゃ
軽快に笑い飛ばしてくれたカーラ座長にほっとして、スカーフを巻きなおす。旅立つ前に問答無用で装着された首輪にそんな意味があったなんて。ネージェは俺を躾してるつもりなのかな? やっぱりあいつ、ろくでもないんじゃ……。
「それで、その悪趣味な魔法使いはどうした?」
「ネージェなら女子の天幕に入り浸ってるわよ、マードレ」
「踊り子組がひっついて離れないの~! わたしも楽しみたいのにっ!」
「ああいう線の細い美男子ってここじゃ珍しいから、入れ食い状態ね♡」
あの野郎、姿が見えないと思ったらそんなところに……! 俺がマルティスさんに巻き込まれて大変なことになってるっていうのに、本当に腹立たしい!
でも、俺以上に
「ほう……あたしの大事な娘たちに次々ちょっかいかけるなんて、大した節操なしだねぇ」
「む、娘!?」
「あー、血は繋がってないが、一座のみんなは家族同然なんだ。ちなみにもし俺らが無断で女子の天幕に入ったりしたら、マムートのケツの前に半日逆さ吊りの刑だ」
マルティスさんが青い顔で説明してくれた。
何そのえげつない刑、ぜひ今すぐ執行してほしい。半日と言わず終日でいいから。
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