第4話 ハルディン・デ・カンパーナ

「あっははははは! いいねぇ、祭りの客が増えるのは喜ばしいことだ! マルティス、乗せてやりな!」


 マムートが引く後続の荷車へ指示が飛ぶ。逆光でもギラリと光って見える大きな深緑色の瞳の生命力が眩しい。旅一座って言ったか? 移動演劇の団体みたいな感じなのかな。

 歩くのもふらふらな俺たちは帆布が張られた車内へ引っ張り上げられ、板間へ仰向けに転がされる。久々に地べた以外の感覚を感じて、一気に力が抜けた。


「た、たすかったぁ~~~!」


 腹の底から吐き出された全身全霊の一言に、周囲の筋肉粒々で屈強なおじさんたちからどっと笑いが起きる。


「坊主たち、命拾いしたなぁ!」

「あとで座長に礼を言っとけよ!」

「座長って、さっきの女の人?」

「ああ、セプテントリオで一番の興行集団、ハルディン・デ・カンパーナの偉大なる母グラン・マードレ、カーラ座長だ!」


 自分の事のように誇らしげに語る姿からは、彼女への尊敬の念がひしひしと感じられる。丸太も素手で圧し折れそうなほど太い二の腕をしたおじさんたちがそう思うくらい、きっと魅力的な人物なんだろう。

 すると、むさ苦しい集団をかき分けて一人の男が俺たちの前に立った。歳は三十代前半くらいだろうか。夕焼けの色をした赤毛を無造作に後ろに撫でつけ、はっきりとした目鼻立ちを惜しみなく披露している。いわゆるハンサムな部類だ。さらには粗野にも見えるあご髭がワイルドで妖し気な魅力を際立たせた。ゴリゴリマッチョのおじさんと比べれば細身に思えるけど、バネのようにしなやかな身体はどこから見ても隙がない。シャツにレザーのベストを合わせた旅人のラフな軽装も様になる。

 男は人好きする気さくな笑みを浮かべると、革袋を二つ差し出した。


「水と食料だ。カーラ座長からお前らに。腹減ってるだろうからって」


 神だ。現存神だ。ここのおじさんたちと一緒にカーラ教へ入信したい。

 涙ぐんだべしょべしょな声で「ありがとうございます」とお礼を言う。が、袋を受け取ろうとした途端、ハンサムお兄さんにひょいっとかわされてしまった。


「おっと、その前に。――お前ら、いったいどういう素性だ?」

「おいおいマルティス、こいつら野垂れ死ぬ寸前だったんだ、あんまり意地悪してやるなよ」


 マルティスと呼ばれたハンサムお兄さんは、表情こそ穏やかだが藍色の目が一切笑っていない。これ、逆に怖いやつじゃん。


「カーラ座長は母なる海のように懐が広い御方だ。困ってる奴には身分を問わず手を差し伸べるが、そこから先の管理は副座長の俺に一任されてる。うちは規模がデカいから敵も多い。商売敵からの刺客なんて日常茶飯事なのさ。悪く思わないでくれよ?」


 こ、これは、デキる右腕の典型だ。しかもハンサム。ハルディン・デ・カンパーナ、恐るべきラインナップ……!


「仕方ないですよ、俺たちの得体が知れないのは事実だろうし……」

「おっ、こっちの黒髪の坊主は物分かりがいいな。よしよし。で、そっちの白い魔法使いの兄ちゃんはどうだい?」


 俺の頭を犬のようにわしゃわしゃ撫でながらネージェへ問う。普段なら性別問わずに魅了しまくってのらりくらりと立ち回るところだけど、カーラ座長にご心酔なマルティス副座長には効果がないようだ。


「最近じゃ王家直々に一級指名手配してるおっかない魔法使いもいるんだ。念のため魔塔に在籍確認を取るから、どこの所属か教えてくれないか?」

「魔塔はとうに抜けた。もう名前も残っておるまい」

「へぇ……? じゃあ冒険者ギルドへの登録は?」

「ない。集団行動が苦手でな」

「つまり身元を保証する手段がないってことだな? 無所属のはぐれ魔法使いなんて、自分から犯罪者ですって名乗ってるようなもんじゃないか」

「ちょ、ま、待って、待ってください!」


 藍色の瞳にたゆたっていた疑いの色が一気に濃くなったのを感じて、慌てて止めに入った。せっかく拾ってもらえたのに、このままではまた道端に放り出されるかもしれない。


「ネージェは生活魔法も使えないへっぽこ魔法使いなんです! 一級指名手配されるようなたいそうな奴じゃありません!」

「擁護してるのかけなしてるのか、どっちなんだおぬしは!?」

「事実だろ! でもウェントゥスまで連れてってくれるって言うから、俺が個人的に道案内をお願いしたんです。だからその、へっぽこだけど、悪い奴じゃなくて……」

「なら、坊主はどういう事情でウェントゥスへ? 馬車道で野垂れ死ぬのもいとわず星降祭アストラへ向かうなんて、よっぽどのワケがあるんだろ?」

「え? え、えっとぉ……」


 マルティスさんの執拗な追及に頭の中がぐるぐるしてきた。「記憶喪失のことを不用意に話せばよこしまな輩に付け入られるから黙っておけ」とネージェから言われているので、その辺を上手く隠して説明するのが難しい。こんなことなら事前に二人で設定でも練っておけばよかった。歩きっぱなしで時間だけはあったんだから。

 すると後方腕組み保護者面で話を聞いていたおじさんたちが、したり顔でマルティスさんの肩を小突く。


「おい副座長、それ以上聞くのは野暮ってもんだぜ」

「男が故郷を離れた理由を言えねぇなんて、そりゃあもう一つしかねぇだろ」


 そう言って、小指をくいっと曲げてニッチャリと笑った。

 そ、そんなベタな理由でこのデキる右腕マルティスさんが見逃してくれるわけ――。


「そうなのか……!? まさか身分違いの令嬢と禁断の恋に落ちて駆け落ちの約束を果たすために星降祭アストラへ!? 流れ星に永遠を誓うほどの純愛を遂げようと!? 怪しいはぐれ魔法使いに縋ってまで!? そうなんだな!?」

「えっ!? あ、はい!」


 言ってない! 誰もそこまで言ってない!! なんでそんな目をキラッキラにさせて都合の良い高解像度な妄想を一瞬で組み立てられるんだよ!?

 でもとりあえず、ここは話を合わせよう。後ろで俯いて笑いを堪えているネージェはあとでシバく。


「人生の全てをなげうって旅に出るほどの一途な恋を応援しないわけにはいかないな。ようこそ、覚めない夢を売るハルディン・デ・カンパーナへ。えーっと……」

「テオです」


 フッ、と鼻の下を指先で擦って得意気に笑うマルティスさん。絵になるんだけど、なんか、なんだかなぁ。

 デキる右腕改め夢見がちな右腕のマルティスさんは、差し出された食糧の袋を受け取ってぎこちなく笑う俺の肩を抱き、マムートのやぐらを真っ直ぐに指さした。


「テオ、恋多き者は大歓迎だ。お前の真実の愛が実を結んだ時、俺たちの祝福の鐘の音が響き渡るだろう」


 カーラ座長がいるやぐらの天井には、ブロンズ製の大きな鐘が備わっていた。マムートが羽織る織物にも鐘が描かれているし、一座のシンボルなんだろう。

 舞台役者みたいなキザなセリフも様になるマルティスさんには申し訳ないけど、存在しないご令嬢を思い浮かべて、俺は乾いた笑みを返すしかなかった。

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