愛成らず

ハナビシトモエ

爆弾

 決定的になったのは小学五年生のクリスマスだった。

 コンビニにアルバイトに行っていた父はそのコンビニで一番いいクリスマスケーキを買ってきた。母は帰りのデパートでいいケーキを買っていた。


 ただの伝達ミスでただの行き違いで、でもその瞬間から明らかに何かが変わった。


「池川君って、私のこと好きでしょう」

 高校の頃、一緒に帰っていたクラスメイトに言われた。

 好きというわけではなく、けして嫌いというわけでもない。ただ真実を告げると明らかに傷つけてしまうと僕は思った。家に帰りたく無かった。

 どうかな分からないと、言ったかもしれない。確かに家に帰る方向とは違うかったし、彼女の言うを持たれたと誤解されても仕方なかった。

 その日からその子と一緒に帰ったことは無い。


 煙草は止めた。止めたと打ったら山田と出てきて、止めたと打ったら辞めたが出てくるこの端末が嫌いだ。


 高校三年生の頃、その時は何となく上手くいきかけた両親が乗った車にフルスピードのワゴンが突っ込んだ。

 十五年前の話だ。幸いよくしてくれる親戚がいたので良かったが、父の悪い噂は絶えなかった。


 余命いくばくかの父親を殴り飛ばした。

 妻に暴力を働いた。


 その二つは正解だった。

 父は余命いくばくかの妻の父親を殴り飛ばして、壁に穴を開けた。そして妻の首をしめた。


 僕には守るべき人を酷い目に合わせた血が混ざっている。ある日、父のバイト先で働いていた夏坂さんという父と同年代の女性から今度ご飯に行きませんかとお誘いを受けた。


「三五郎君。こっちこっち」

 変な宗教やったらどうしよう。勧誘されるのは嫌や。

「どうも」

「見て欲しい物があるんよ」

 差し出されたのはインスタントカメラだった。「1993/07/28」そう刻印されていた。

 僕の誕生日だ。

「これが店のロッカーの中にね。中にはきっとお母さんと三五郎君の写真残ってると思うわ。だってお父さんいつも三五郎くんのこと」

 父は僕を大切に想っていた。ならばあの時なんで、なんで祖父を殴ったんだ!

 周りの空気が張り詰めた。


 声、いつから。 


 夏坂は引き攣った歪んだ笑顔で「そんなんお父さんにも理由があって」とか「何かの間違いだ」とか、たくさんたくさん言葉を吐いて、ならばなぜ母の親を死ぬ間際の人間を殴る事が出来るのだ。


「誰がお父さんを信じてあげるの? あなたが信じないで誰が信じるの?」

「じゃあ、母の傷を誰が信じるのですか? 僕は誰を信じるのですか? 僕は誰をどうやってどのようにどうして信じればいいというのです。もう二人とも死んでいるのに」

「そんなに怒らないでよ。ご飯食べましょう。何でも頼んでいいからね」

「結構です。これドリンクバー代です」

 五千円叩きつけて店を出た。



 父は僕が十二の時に余命宣告をされていた祖父を殴った。「お前のせいでうちの嫁は縛り付けられている。責任取れるんか」と。その時、開けられた穴は両親が灰になるまで残された。まるで呪いの様に。


 縛り付けたのは父方もそうだった。あの頃にしては珍しい家父長制を強いる家庭だった。

 祖父は一番偉かった。田舎から大都市に出てきて、丁稚奉公から始めて工場を継いで定年が終わっても自分の作った機械の整備を続けた。幼い頃、祖父は母の頬を張った。

 おそらくその日から父の基準は低くなってしまったと思う。


 僕は着ていたパーカーを脱ぎ捨てた。真っ暗な空、肌に刺す空気の冷たさ、周りが暗いからまるで一人ぼっちになった感覚に陥る。

 あの日、母に馬乗りになって頬を叩いた父は阪神淡路大震災で母と僕に覆い被さった。東日本大震災の時は家に帰ると父がいた。守られて大切にされていた。

 何で、なんで僕に酷いことを言わなかった。少しでもお前なんて大切に思った事は無いと言ってくれたら、それならば僕は父を嫌う事が出来た。

 母方の祖父を殴っても、その手で頭を触られても嫌じゃなかったのに、あの大きな手が憎い。それがとてつもなく悲しい。

 父は誇りだった。頼り甲斐のある少し頭頂部が頼りなくて、いいお父さんだった。いいお父さんと思う自分が嫌いだ。

「ぐーがぁぁぁ、あぁぁぁぐぅ」

 無様に父さんなんであんなことしたのという問いをする僕は僕が嫌いだ。



「最近、お父さんと似てきたね」

 母方のおばさんにそう言われた。

「そうかな、あんまり」

「そうか。三ちゃんは大丈夫だよ」

「えっ?」

 今日はバーベキューに呼ばれた。

 

 おじさんは僕の父とそして自分の姉である母を嫌っている。病気を隠しておばと結婚した事は仁義に反すると怒り狂った父を抑えずに何の祝福を送ってくれなかった母を恨んでいる。


 本当は父が怖かったのだと思うと言うと、三ちゃんもそっち? と、聞かれて怖かった。もう両親の記憶でいいことを覚えているのは僕だけだ。


 僕の恨む父と母。愛する父と母。その二つを僕は心の中で持ち続けて、これからも生きていく。僕は持ち続けてと打つと、待ち続けてと出る端末が相変わらず嫌いだ。

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愛成らず ハナビシトモエ @sikasann

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