第15話 戦闘演習(7)―斬撃
「アタイが攻める!テメェが合わせろ!」
長閑の言葉に合わせて響姫が動く。
長閑は1人で2つの極を発動し、それを共鳴させている。
〈
そしてその斬撃には、魔装の元となった魔獣の〈
長閑は魔装を両手に持ち、斬撃を放つ。
だがそれは、ガレスを狙ったものではない。ガレスの遥か後方を目掛けて魔装を振るう。それがどこを狙ったものかは長閑にしか分からない。
だが、しかし。
「――どこ狙ってんだ?」
ガレスはその斬撃を追いかけて飛び込む。
その威力は暴走時に身をもって経験しているはずにも関わらず、あえてそこに飛び込むガレス。それは勇気ではなく、蛮勇。
「い、イカレてんのか――テメェ!?」
長閑も思わず顔を引き攣らせてしまう。
「普通は敵を狙う。でも狙ったのは俺の後ろ。そんなことされちゃあ警戒しないわけないだろ」
それは蛮勇ではなく、勇気。
敵に当たるまで絶対に減衰しない斬撃。
ならば、自ら受けに行けば良いだけのこと。そう判断したガレスは、左腕1本を犠牲にして長閑の策を潰した。
ガレスは長閑の策を潰し、勝利に歪む笑みを浮かべる。だが、そんなガレスは背後から胸を貫かれる。
貫いたのは、響姫の腕。
響姫がガレスの意識の外から致命となる一撃を入れた。
「アタイがイカレてるっつったのはテメェの事じゃない。斬撃に飛び込んだテメェを追いかけて、一緒に斬撃を受ける覚悟で背後をとった響姫に言ったんだ」
「――あぁ。だから俺は、それも警戒してるに決まってんだろ」
響姫の腕は、確かに背中から胸へ貫いている。
――いるはずだった。
「遠渡の固有魔法を応用すればこんなこともできるんだぜ!!」
ガレスの胸部。
そこだけが全く別の空間へ行っている。
響姫はガレスの心臓を貫いたのではない。何もない無の空間に腕を通しただけ。
「で、固有魔法を解除すれば――」
響姫は危機を察知して、慌てて腕を抜く。
が、それは僅かに間に合わず。
無の場所にガレスの胸部が戻ってくる。それと響姫の腕が重なる。
――ガレスと響姫の体が。
胸部と腕が。
融合してしまう。
「これでお前は俺と一心同体だ。一蓮托生だ」
余裕の笑みをうかべるガレス。
それは完全なる癒着。肉と骨がくっついた見せかけではない。神経さえも同化している。ガレスが痛みを感じれば、同様に響姫にも痛みが走る。
しかし――それさえも、響姫の手の中。仕組まれている。
「固有魔法―〈
蒼浜 響姫。固有魔法〈
響姫本体はハリボテを残して自由に移動が可能。
本来はここから、その分身や響姫自身に能力を付与できるのだが。今回はこれで良い。ただ脆いだけの分身を生成するだけで良い。
「神経すら繋がる。貴方と私のハリボテは繋がっている。完全なる癒着。ならそのハリボテを壊せば――」
その言葉を聞いた瞬間、ガレスの表情が焦りで歪む。
「アタイらを相手にした時点で負けてんだよ。バカが」
長閑は魔装の日本刀を鞘に収める。柄を握りしめてガレスを見つめる。
「―まだ負けてない。俺がお前らの攻撃を受けなきゃ良いだけのことだ!!」
ガレスは今、ガレス・サンチェスとして戦っている。だがその力は西牙 遠渡のもの。彼がこの学園で最初に発動した固有魔法は、〈無限〉の生成。その無限に閉じ篭れば良い。
「――だから、もう終わってんだよ」
ガレスが固有魔法を発動するより前に。長閑の斬撃が背後から襲い来る。その数――不明。不可視にして不可避の、予想外の攻撃の嵐。それがガレスと融合したハリボテを切り裂く。
今のガレスはハリボテと同じ耐久力。
「アタイの極の共鳴によって放たれた斬撃は、対象に当たるまで絶対に止まらない。減衰しない。だから、アタイが最初にテメェとやり合った時に飛ばした無数の斬撃。それが世界一周してここに戻ってきたんだ。進路上のありとあらゆる人や物を切り裂いてな」
その説明は、ガレスには届いていない。彼の絶命を確認して長閑は2つの極を解除する。
その瞬間に、ここまで長いこと発動し続けていた分の反動が襲いくる。
「――嬢ちゃん、大丈夫かい?」
そこに颯爽と現れ、倒れそうな長閑の肩を支えるのは、この学園の養護教諭。
「とんでもねぇ魔力の放出を感知して来てみたら――嬢ちゃん。極を使いすぎたね?」
身長180センチ。そこに8センチのヒールが加わることで188センチ。禁煙中なのでココアシガレットを咥えている。赤いフレームの眼鏡に茶色のレンズ。左耳には9つのピアス。ネイルは某金属の骨格を持つマー〇ルヒーローの爪のように長い。
世界で唯一の蘇生魔法の使い手。
そして、回復や治療系魔法のみではあるが。
世界的にも稀な〈
6つの固有魔法を持つ化け物。
「私の手にかかれば、極の反動だって治せる。任せときな」
――終わった。
これで、全て片付いた。
響姫は緊張が解けたためかその場に座り込んでしまう。
早くみんなの元に戻りたいが、とても歩けるような精神状態ではない。
しばらく休もう。
きっとみんなもそうしているはずだ。
蒼浜 響姫。人生初の人殺しであった。
***
「絶対におかしい」
アメリカ・ワシントンDC上空。WWO本部会議室。
〈
彼は会議室に入るなり、そう発したのだ。
「何が?」
世界最強にしてWWO会長、オスカーは説明を求める。
「そもそもアイツらは、俺たちに勝つつもりなんて無かったと思う」
白恋の考察――というか個人的な見解としては、戦闘演習に紛れた彼らも。遠渡とアレクシアに扮した彼らも。ハナから白恋たちに勝つつもりなど無かったのではないか。
なぜなら、倒せたのは全て偶然だったから。
こちらの策が完璧に決まったから。
それを〈自分たちの方が強かったから〉と簡単に片付けて良かったのだろうか。否、それでは駄目だ。
故に今回の襲撃の目的は、〈偵察〉だ。
体良く明 雨桐の仇討ちなんて理由をつけて、学園に忍び込んだのは偵察が目的。
そもそも仇を討つべき明は生きているのだから、彼らの語ったそれは偽りだ。
ならば真の目的は。当初の予定通り〈ソウカ〉という人物を〈
その為に明は、自らの舎弟にして配下組織の〈蟷螂組〉なる者達を死ぬ前提で学園へ行かせたのだろう。
「ふむ。話をまとめよう」
オスカーはこれまでの話と、今日の話をまとめる。
4月8日月曜日。
入学式の日に学園を襲った〈観察者〉の明。彼女を含め、WWOにいたトラン・バオ、アレクシア、遠渡は第三山泊出身のガレスであった。
彼女らの目的はボスからの命令―〈ソウカ〉を探すこと。だがそれは白恋の思わぬ活躍により阻止された。〈観察者〉は白恋のせいで破綻した計画を何としても遂行する為に、5月13日月曜日に学園を再度襲撃。その際の名目は明の仇討ち。明はボスの判断か自己判断かは分からないが、彼女の部下の〈蟷螂組〉を動員。だがそれも白恋を含む生徒達に阻止される。
――が、これを白恋は〈最初から勝つつもりで来ていないのではないか〉と疑っている。真の目的は単なる偵察。〈ソウカ〉という人物が一凪 颯歌のことか確証はないが、そのソウカを探しに来ただけだろう。
もしかしたら〈蟷螂組〉なんて組織もないのかもしれない。仮にあったとして、あの明の統べる組織が子供ごときに負ける程に弱いはずもない。
「――1度、出向くか。明のいる〈観察者〉中国支部へ」
その言葉に、この場にいる〈十大魔皇〉と白恋に緊張が奔る。
中国支部に出向く――それつまり、明を殺して〈観察者〉の企みを阻止するということ。
即ち、戦争。
その言葉に言い返せる者などいない。反論さえ許さぬ絶対的な圧がこの場を支配する。
「行くのは――ミリア、リチャード、ベルナルド、ララ。そして白恋だ」
「――は?」
思わぬご指名に、呆気に取られる白恋。
「は?とは何だ?不満か?文句か?このワシに反対するのか?ガキのくせに?――ワシの命令には全て絶対に〈YES〉と言え。それ以外の言葉は許さぬ」
オスカーは子供相手でも覇者のオーラで圧し黙らせる。女子供や赤子だろうと異議を認めない。それでなければ世界最強は務まらない。
世界最強の魔法士は、世界最高の自己中。世界最高のエゴイストなのだ。
「なら、俺だって俺を貫くぜ」
オスカーの誤算。それは、白恋も大概だったこと。
そもそも学園にやって来たのだって〈復讐〉という人生を賭したごくごく個人的な目的の為。そのためだけに世界8位を吹っ飛ばした程の男なのだ。
「俺と戦え。俺が勝ったら俺の要求を聞け。中国支部なんて〈観察者〉の中でもトップクラスにイカれた狂った危険な場所だ。そんな所に行くんだ。対価を払えよ――老いぼれ」
「聞かなかったことにしてやる。さっさと準備をしろ、白恋」
オスカーは席を立ち中国支部へ乗り込む準備を始めようと、会議室の扉に手をかける。
「逃げんのか?俺の〈反射〉にビビって逃げんのか?もしかしたらワシの固有魔法でさえ反射は破れんのかもしれん――とか弱気になってんのか?――世界最強が聞いて呆れるぜ!今すぐ〈1位〉の席を代わってやろうか?」
言い終わるのが先か。
「――あぁ、死にたいならそう言え。殺してやるわい」
白恋の額にオスカーのリボルバー拳銃型の魔装の銃口が押し当てられるのが先か。
あるいは。
世界8位を吹き飛ばしたあの技。――気を放つ為にオスカーの胸に白恋の手が当たるのが先か。
(世界最強の動きに反応したって言うの!?)
傍観しかできない他の〈十大魔皇〉の中で、その異常性に気付いたのはただ1人。
学園で手合わせをしているジョージ・ワトソンであった。
「殺せるもんなら殺してみろ。どうせ〈反射〉でアンタが死ぬだけだ」
オスカーと白恋の睨み合い。どちらかが動けば、その瞬間に相手から攻撃を叩き込まれる。
が、そんな読み合いすら成立させないのが白恋の〈呪い〉だ。
ありとあらゆる痛み、傷、ダメージを反射する。こちらがどんなに下手を打とうと関係ない。オスカーの力は全てオスカーへ返っていく。
「―――ふっ」
オスカーは白恋を鼻で笑い、魔装を額から放す。
白恋もそれを見てオスカーの胸から手を放す。
「ワシ相手にここまで退かぬ輩は久しぶりだ。気に入った――玄鉄 白恋。良いじゃろう。お主の要求を聞こう」
オスカーは最初から白恋の狙いに気づいていた。
(あえてワシに喧嘩を売り、絶対に引き下がらない。それ程の蛮勇――否、勇気と自信を見せつけることで、今回の〈中国支部〉行きのメンバーに選ばれなかった他の十大魔皇に力を示す。全く――ワシがお主の狙いに気付かなければ、本気で殺しておったぞ)
オスカーは目の前に立つ15歳の青年を見つめる。この無謀さはまるで自分の若い頃と似ているような気がした。だからこの男に肩入れしたくなるのか。
この男の大胆さは、やはり父親譲りだ。
「俺の要求は全部で3つだ。――要求は1つなんて言ってないぜ、じいちゃん」
玄鉄 白恋の出した要求。
それは――――
***
3日後。WWO本部・オスカーの執務室。そこに招集されたのは、オスカーに指名された中国支部突入組。その中に2人。白恋の要求その1によって招集された新規メンバーがいた。
「は?何で私が行くんだよ。バカか少年」
1人目は、塵芥 暦診。
「で、アタイも行くってことか?」
2人目は 静寂島 長閑。
「他ならぬ世界最強からの呼び出しだ。断れる訳ないよな?」
自分は断ったことを棚に上げ、白恋は2人に圧をかける。
「俺が2人に来てもらったのにはちゃんと理由がある」
長閑は極を2つも有し、更にはそれを共鳴させることができる。震脚による中近距離戦。魔装による中遠距離戦。申し分ない戦力だ。
暦診を呼んだのは、要求2にも関わってくる。
要求2――それは、〈賢者〉と〈愚者〉を使いたい、というものだった。
対象を強制的に〈極〉の発現へと至らせる謎の魔装〈
それでなくとも暦診は治療のプロ。それはつまり、人体の構造を誰よりも理解しているということ。ならば、破壊方法も頭に入っている。
それに彼女は、回復魔法系統だけでも6つの魔法を操る人外。十分に力となる。
「分かったよ少年。私の力で君を手助けできるなら力を貸そう」
これで全員揃った。
〈
ララ・フォン・ヴィンケルマン
〈
リチャード・ホフマン
〈
ミリア・ワトソン
〈
イタリア国籍―ベルナルド・カデロ
〈
静寂島 長閑
〈
塵芥 暦診
〈
玄鉄 白恋
「以上6名だ。現場指揮はベルナルドに一任。目的は明が率いる中国支部の動向の調査及び明の殺害」
改めて、世界最強の口から明確に目的が語られる。それを達成する為に、彼らはこれから敵陣へ乗り込む。
白恋は、きっとこれが己の復讐に役立つと。
因縁の相手、メイリアに近付くと。
そう信じて立ち向かう。
消えない傷と呪いを宿して尚、大切な人を殺した彼女に復讐したい。その為ならば死地にだって赴いてやる。死線なんていくらでも超えてやる。背中に縋る死神さえも屠り去ってやる。行く手を阻む悪魔だって鏖殺してやる。ありとあらゆり障害を踏み越えて、乗り越えて。
最後に立っているのは己だと信じて。
静かに燃える闘志。
「よし――行くか」
男は1人、覚悟を決めた。
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