第14話 戦闘演習(6)
私の世界に
指を入れるな
***
汎用魔法。完全に使用者の力量に依存した魔法。魔法士ならば誰でも使える、初歩の初歩。属性魔法と概念魔法にわかれ、火を起こす、重力を操るなど、簡単な効果しかない。
固有魔法。使用者の精神が。思想が。心が。魂がとてつもなく強く反映された、その人にしか扱えない魔法。火を起こすだけにとどまらず、例えば〈火を人の形にして意思を持たせる〉など、一つの魔法で複雑な効果を発揮する。
そして、固有魔法には。〈極〉と呼ばれる、魔法の頂きに足る力がある。それは命の危機に瀕したり、眼の前で最愛の人が殺されたり――とにかく、抑えきれない激情がや感情が、最高潮に達してさらに限界を超えた先にある力。
極の発現者は、漏れなく歴史に名を残す。正式には極を扱える存命中の魔法士は、8人だけ。
だが、ここに一人。静寂島 長閑という例外がいる。
彼女はもともと、魔装の力を借りれば極が使えた。だがそれはWWOに記録されない。なぜなら本来の魔法による極ではなかったから。しかし、彼女は戦闘演習中に真の極を会得し、そのまま〈極の共鳴〉までたった一人で至った。
その世界の常識を変える魔装。
それが〈
「〈賢者〉は刺した相手の固有魔法を一時的に消す。無効化ではなく、白絡泉ごと消す。そして〈愚者〉は――」
猫の言葉に、すでに驚きを隠せない白恋たち。しかし、次に発した猫の言葉のほうが、さらなる衝撃を齎す。
「刺した相手の固有魔法を、強制的に〈極〉へ昇華させる能力」
――歴史が変わる。
こんな魔装を発現する意味がわからない。
白恋たちが駆けつけたとき、周囲の土が濡れていた。水たまりがあった。
ということは、相手の能力は水を操る能力。それがなぜ、こんな魔装になるのか。
いや、そんなことよりも。
「この魔装は、WWOで保管する必要がありそうだ。今は私が預かろう」
理事長は2つの短剣を手に取り、それを持って理事長室の金庫へしまいに向かう。
「理事長。それ、試して良いですか?」
それに待ったをかけるのはアレクシア・レイルヴァイン。
「――何のために?」
理事長――草凪 咲良。
世界8位に位置する彼女は、アレクシアの言葉から何かを感じ取る。
短剣を傍らに控える夏南に渡して、アレクシアと対峙する。
「何のために?そんなの決まってるでしょ。ここでアナタ達を殺すためよ」
そこに、学園を護る為に戦ったアレクシアはいなかった。
「私の正体は、〈
アレクシア・レイルヴァイン。
否。
「第三山泊出身。ガレス・サンチェスだ」
山泊計画。
中国政府が行った、〈固有魔法〉の量産化実験。
不死の兵士を集めたり、驚異的な回復力の兵士を集めたり。
あるいは、ガレス・サンチェスのような。
何にでもなれる者を集めたり。
中国で行われた計画にも関わらず、彼らの名前は山泊ごとに異なる。それは浅はかで、けれど確かな隠蔽だった。
誰もガレスが量産型の中国軍人だとは思わなかっただろう。
「――――っ!!!」
ガレスの名乗りと同時に仕掛けたのは、理事長と白恋。
理事長の時間停止に合わせる。止まった時の中でも自由に動けるのは白恋だけだ。糸を生成し、それを束ねる。強度と硬度を極限まで高めたそれは、一瞬にして破壊不可の拘束具となる。
まだ時間は止まったまま。
ならばここで殺す。
このまま殺す。
白恋は糸を束ねて剣に。
理事長は己の拳に氷属性の汎用魔法をかけ、氷の刃を生成する。
「「ここで止める!!」」
2人の攻撃を回避する術はない。
――はずだった。
長閑がひたすらに放出し続けた魔力。
それが遠渡の生成した異空間のキャパシティを超えて、溢れ出る。謎の空間ごと破裂し、中から出てくるのは遠渡と長閑。
「〈
理事長の固有魔法をコピーして、謎の空間から現れる遠渡。
否――ガレス・サンチェス。
彼のせいで、今度は理事長が止められてしまう。
この場で動けるのは、〈反射〉で時間停止が効かない白恋。
〈刹那の切り抜き〉を重ねてかけたガレス。
時間停止に〈適応〉した長閑。
この3人だけだ。
「リーダー!コイツが入学式ん時に学園を襲った犯人だ!」
理性を取り戻した長閑は、今までの出来事を説明した。
「――話をまとめようか」
白恋は状況を整理する。
そもそも、入学式の日の主犯である〈観察者〉幹部の
あの日、学園を襲ったのは本物の明ではなかった。明に擬態したガレス・サンチェスだった。
ガレス・サンチェスは中国政府の実験である山泊計画の被検体。固有魔法を量産化された軍人であった。
ならば、戦闘の心得もある。〈十大魔皇〉の1人、トラン・バオを殺せたのも納得はいく。
手始めに、適当な男子生徒を、明の固有魔法で殺した。
アレクシアと遠渡は、白恋たちに協力することで、自分達が〈観察者〉の人間だと疑われないように動いた。
最初はアレクシアも遠渡も学園に残るつもりだったのだが、白恋が魔力を見る力を持っていた為に、これを警戒。もしかしたら〈
放送室をジャックしたガレスは、さすがにあの人数の相手は無理だと判断し、予備の伏兵が待機する異空間へ遠渡の本当の能力を用いて飛ばした。
あのとき、放送室で白恋と戦ったのは明ではなかった。だから彼女は名乗らなかった。
中国人の〈名前〉は、それだけの覚悟をもって。誇りをもって名乗るもの。故に、偽りの名をガレスは口にできなかった。
一方、その頃。
WWO本部のアレクシアと遠渡は、役目を終えて駒として役に立たなくなったガレスを処分したかった。だからあれだけの立ち回りを、他の魔法士に疑われることなくやってのけた。
トラン・バオ。
明・雨桐。
西牙 遠渡。
アレクシア・レイルヴァイン。
――全員が、ガレス・サンチェスだった。
第三山泊によってつくりだされた、擬態のプロフェッショナルであった。
「――理解が早くて助かる」
遠渡は〈刹那の切り抜き〉の特性を用いて、偽物のアレクシアも動けるようにする。
〈刹那の切り抜き〉は単なる時間停止ではない。
発動者の任意の状況を作り出して時間を止める。故に、偽物のアレクシアも動けるように設定できる。
「2対2ね。1人は極の連続発動で疲労が溜まりに溜まってる。そしてもう1人は、固有魔法も汎用魔法も使えない。――どうやって勝つのかしら?」
体の操作権を取り戻したアレクシアは、遠渡の隣に並び立ち、白恋と長閑を煽る。
「――お前ら、本当にバカだな」
白恋の口から出たのは、トラッシュトークとも言えない、幼稚な罵倒。
「俺が。この俺が、何も考えてないと思ったか?」
白恋の顔には、未だ余裕がある。
「4対2だ。それも、俺の味方は〈二つ名〉持ちだけだぜ」
玄鉄 白恋。
実は誰よりも先に、この異変に気付いていた。
だから、彼が今回の戦闘演習でチームに選んだのは全て二つ名持ち。
テキトーに選んだのではない。
あわよくばここで、今回の事件の幕を下ろしたかったから。だから彼らを選んだ。
何があっても――何が起きても対応できるように。
「す、すみません!思ったより遊んじゃってました!」
〈
「遅くなってごめん!」
〈
「俺と写詞でアレクシアをやる。長閑と響姫は遠渡を頼む」
白恋の指示に従って彼らは散る。
「さぁて、アレクシア――のニセモン。てめぇを倒して、全部スッキリ解決するぜ」
「どうやって倒すんだ?」
アレクシアの偽物は白恋に擬態しようとする。
「やめとけ。俺の固有魔法は俺以外に使いこなせるものじゃない」
だが、白恋は冷静に言葉を返す。
その言葉に嘘はない。白恋の固有魔法は白恋以外に使いこなせない。それは紛れもない事実。
「――かもね」
アレクシアの偽物は――ガレスはその言葉が偽りではないことを察した。
「やろう、白恋くん!」
「あぁ」
そして白恋は、いつもの通りに名乗りを上げる。それは絶対に外せない彼なりの流儀。誰がなんと言おうと貫き通す、自分だけの主義。それを相手にも求めようとしたことはない。
自分だけが守れば良い、自分だけのこだわり。
「〈
命のやり取りをする相手へ敬意を込めて名乗る。
「〈
ガレスは、今度こそ己の真の名を名乗る。姿も声も、所作も。全てがアレクシアなのに、その口から出る名前だけが違う。
「見た目に騙されるな。相手はアレクシアじゃない。ガレスだ」
隣で息を呑む写詞に、念のためだが釘を刺しておく。
「――うん!」
とはいえ、彼もまた二つ名持ち。とうに覚悟は決めているのか、手には魔力が集められている。
「好きに動け。俺が合わせる」
白恋は写詞の固有魔法に合わせられるように、糸の性質を変更する。撥水加工を施した糸と、吸水性に優れた糸の2種類を用意。
「分かった。いくよ――固有魔法!!」
速攻で片付けるつもりだ。
白恋は写詞の声に合わせて走り出す。〈影〉から教わった足運びを用いて、ガレスの視界から外れる。糸を伸ばし、ガレスの意識の外から攻撃する。先に巻き付かせたのは吸水性の糸。
ガレスの両腕に巻きついたそれを縛り上げ、それを頭上で固定する。
その腕の糸を目掛けて写詞は固有魔法を放つ。
「〈
発動と同時に両手の平と指先から墨が出てくる。
その墨は、対象に一滴でも付着すれば効果を発揮する。
付着した途端、それは対象の体を這い文字となる。その文字に書かれていることを対象に強制する魔法。単純な効果なら墨は少量で良いが、複雑な効果になればなるほど、付着させる墨の量が多くなる。
それが写詞の〈
今のガレスには、吸水性に優れた糸と、撥水性に優れた糸が織り重なっている。吸水性の糸で墨を捉え、ガレスの肌に付着させる。一度付着した墨は、撥水性の糸で覆うことによりガレスの肌に染み込ませる。染み込んだ墨は、ガレスの腕を這う。
「これでお前は身動きがとれない!!」
「――バカが」
ガレスは、その墨を避けようともしなかった。
否、避ける必要がなかったのだ。
忘れてはならないのが、彼がガレスだということ。
アレクシアに擬態しているということ。
アレクシアには固有魔法が2つある。うち1つは、相手の固有魔法をコピーし、完璧に使いこなす、という能力。
「〈
アレクシアのコピー能力を用いて、ガレスは写詞の固有魔法を真似する。
写詞の墨を、己の墨で上書きする。
ガレスの腕にあった墨が。
〈二人に勝て〉と、上書きされた。
行動を強制する魔法。
今のガレスは、白恋と写詞の二人に勝つまで止まらない。
即死魔法にコピー魔法に擬態。
彼は自身に〈勝利〉を強制する。
最悪の相手が誕生してしまった。
「――まずいな」
「そうかな?」
白恋の焦りとは対照的に、写詞は冷静だった。
「使えるでしょ、あの魔装」
写詞が指さしたのは、理事長の持っている魔装。
〈賢者〉と〈愚者〉だ。
「あれを使おう。僕の固有魔法を〈極〉にする。それからガレスの固有魔法を消す」
写詞は簡単に言うが、障害が多すぎる。
まず、ガレスが自身に書いた墨。それによる勝利の強制を掻い潜り、理事長の元まで短剣を取りに行き、写詞とガレスに刺さねばならない。
次に、写詞の魔法が極になったとして――それが長閑のように暴走する可能性がある。
猫は〈固有魔法を極にする能力〉と言ったが、それが本当かどうかは分からない。なぜなら、極とは単純に固有魔法の強化。何故そんな強化するような真似を敵は長閑にしたのか。
白恋は〈固有魔法を極へ昇華させ、それを暴走させることで白絡泉の破裂による死亡を狙う能力〉だと見ている。
つまり、写詞の極が暴走したら。彼が魔人になり白絡泉が破裂して死ぬ前に決着をつけなればならない。
「俺がガレスの相手をする。写詞はあの短剣を取りに行ってくれ」
白恋はその身に宿した呪いがある。〈反射〉であればガレスともやり合えるはずだ。仮にアレクシアの即死魔法がきても反射できる。
「分かった」
写詞は踵を返して走り出す。止まった理事長の手にある2つの魔装を取るために。
「――させるか!!」
写詞が走り出しただけで何をしたいのかガレスは察した。故に白恋を無視して写詞を追いかける。
「真窮流剣術・秘剣の壱―
鞘のない居合抜き。白恋の真横を通り過ぎたガレスの膝から下を刹那の間に切り落とす。いきなり膝から下を失ったガレスは体のバランスを崩して倒れ込む。だが手を着くことによって完全な転倒を回避。ハンドスプリングによって体を浮かせ、着地よりも早く回復魔法で足を再生させる。だが、その着地を狩ることこそ白恋の目的。地面に張り巡らせた糸。その糸は触れれば切れる程に細い。無論、切れるのは糸ではなく肉の方だ。更には粘着質の糸。それにより鋭い糸はガレスに巻きついて離れない。
「痛みに悶えれば余計に糸が巻き付き切り刻む。お前は自分で自分の体を傷付ける」
白恋の策にハマったガレス。
――だが、白恋は知らない。
写詞の固有魔法の効果の強制力を。その墨の威力を。
写詞は自身の体に〈止まった時の中で動ける〉と書いた為に今もこうして動けている。
時という概念さえも超越するその力。それだけの力は、今。
変幻自在の大罪人に〈勝利〉を約束している。
――それを、白恋は知らない。
「この程度で負けるとでも?」
切り刻まれた体が。切られたそばから再生する。それだけにとどまらず、白恋の糸を溶かし始める。
「俺の勝利!それは既に決定している!!」
ガレス・サンチェス。
更にその勝利を確実なものにする為に、魔装を取り出す。
煙幕弾。地面に叩きつけて煙を出すだけのシンプルな魔装。
だが、それを許さないのが白恋だ。
「悪いな写詞。お前が戻ってくるより早く俺が勝っちまうぜ」
玄鉄 白恋。
その身にはありとあらゆる攻撃を。ダメージを。そして傷を反射する呪いが宿っている。それは3年前にメイリア・ヴェスターと戦った時に彼に宿った。
望んだものは護るための力。
手にしたものは、単なる呪い。
一見すれば、ありとあらゆる攻撃の反射はメリットに思える。だがそれを〈呪い〉と評するのは、固有魔法ととてつもなく相性が悪いから。
そもそも白恋はその身体的特徴により、常に身体強化の魔法を己にかけている。魔法が使えないのでも、使わないのでもない。既に使っているのである。
だが、今のガレスが相手なら。
身体強化の魔法を解除しても問題ない。
それに、白恋の〈呪い〉は反射されない。
この状況下でのみまともに発動できる、白恋の固有魔法。
「ガレス。お前の敗因はたった1つ」
両の脚で地を踏みしめて。
「勝利を確信したことでもない」
ガレスを見つめて。
「アレクシアに擬態したことでもない」
久々に固有魔法を使えることに跳ねる心臓を抑えつけて。
「――この俺を相手にしたことだ」
〈復讐者〉玄鉄 白恋は。
「固有魔法――」
固有魔法を発動する。
それは、ガレスでさえも扱い切れる自信がなかった程の魔法。
その名は。
「〈
その力は。
「――は?」
ガレスは、白恋の固有魔法が発動した瞬間。
全身の穴という穴から血液を噴出し、絶命した。
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