第13話 戦闘演習(5)

許せぬものがあるとするならば

許すべきものを許せない

己の狭い心だけ



***



白恋は、己の脳の全てを全力で回す。

彼に参謀や策士、あるいは軍師と呼ぶべき才を与えたのは〈冒涜〉こと愛里 蜜柑あさと しとらす

彼女は特別にそれらの方面に強い訳ではない。だが、彼女の頭脳であればそれさえもできてしまう。


「よし。作戦はできた。ただし――この作戦は遠渡にかなり無茶をさせる」

「別に構わねぇよ。この前だって〈観察者〉を退けたのもお前の作戦だったしな。俺はそれに乗ったぜ」

作戦の詳細も聞かずに遠渡は了承する。

別に白恋を信頼してるからとか、カッコつけたいとかそんな理由ではない。今だって口から出たその理由は、でっちあげだ。


軍人の家系としてはこの上ないほどに名家である西牙家。その宗家に三男として生まれた遠渡。

遠渡は己の固有魔法を発現してから、戦場に立つタンク役としての活躍を期待されてきた。

遠渡の4つ上の兄の次男は、西牙家としては珍しく兵器の開発を得意としている。

8つ上の長男は―――二階級特進をした。

入隊して初の戦場でだ。


その長男の――西牙 彩渡あやとの死の真相を確かめたい。

あの日、兄が出向いた戦場には、はいなかったはずだ。

いや、いなかった。それは〈西牙〉の名を使って日本魔道軍の機密情報を入手し、彼なりに考察した結果の確信。

兄を殺したのは敵じゃない。

日本魔道軍の中の誰かだ。


ソイツを倒せるくらい強くなるために、遠渡はこの学園にやってきた。


彼もまた、白恋と同様に。

親しい人を失いたくないという思いが強い。


5年前。固有魔法の発現時期としては遅いくらいの、10才の頃。

世界で1番好きだった兄を失った。

その悲しみに応えたかのように固有魔法が応えた。

それは、誰も傷付けない力。

この世に存在する固有魔法。

その大抵の能力は、使のだ。

しかし遠渡の固有魔法は、どうやっても人を傷付けることができない。

軍人として見れば、敵を倒せない遠渡は失格。

だが、誰も傷付けない――完全なる無血の勝利を彼は願っている。

今だって、たまたま入学式で隣だった男と戦闘演習で同じ班になった女を。

言ってしまえば無関係の女を助けるために戦っている。

白恋が冷静さを失ってしまう程に暴走した相手を、遠渡は1人で相手する。

「――上等だ。やってやんよ!!」

〈無限〉を作り出す力。

たとえ目の前にいたとしても、遠渡と相手の間には無限の壁が存在する。

触れているようで触れられない。どんなに近づいても決して辿り着かない。


「なぁ、遠渡」

作戦開始の前に、白恋は。

「――死ぬなよ」

そう声をかける。


たかが女子高生の暴走くらいで――なんて、遠渡は言わなかった。


白恋は3年前に大切な人をメイリアに殺された。

遠渡は5年前に大好きな兄を軍の人間に殺された。

大好きな人を殺される悲しみを、2人とも知っているから。

そしてそれを、互いが何となく分かっているから。


「あぁ。ハクも――死ぬなよ」

遠渡も優しく微笑んで返事をする。


「アレクシア。お前は錨先輩を呼んできてくれ。ついでに理事長やら藤編先輩やらも来てくれりゃあありがたい」


「わかったわ」

アレクシアは、そう一言だけ答えて姿を消した。


「白恋は何を?」

遠渡の問いに白恋は。

「俺か?俺は今から、あそこに落ちてる謎の短剣を調べる」

白恋が目を付けたのは、誰の物かも分からない2つの短剣。

恐らく長閑が殺した敵のものだろうという予想はつくが、白恋にはそれを知る術はない。

この状況で――女子高生が1人で暴走している状況で。そこに誰かの魔装が落ちているなんて不自然だ。

あの短剣こそ長閑の暴走の鍵なのだと、白恋は確信していた。

「―よくわかんねぇけど、ハクがそう思うなら間違いないな。長閑の相手は任せろ」


遠渡は固有魔法の発動のみに集中し、長閑を抑え込む。今、長閑と世界との間には無限の隔たりがある。

彼女が発動した固有魔法。そして極による攻撃。それらはすべて無限の距離を進むうちに消滅する。

「――!!」

音に乗って、音の速さで飛んでくる斬撃。その一つひとつが地面を深く切り裂き抉るだけの威力。

今の長閑は、2つの極を同時に発動している。

震脚の力を魔装に乗せて放つことで、振動する斬撃となる。

それを〈無限〉で打ち消すことで精一杯の遠渡。


「―――――!!!!」

無限によって攻撃を防がれた長閑は何かを叫ぶ。その咆哮が何を伝えたいのかは分からない。ただその咆哮の衝撃で、鼓膜が破れそうになる。それほどまでに大きな声。遠渡は聞いたことがなかった。

――ここで、遠渡は本能的に危機を察知する。

なぜ〈無限〉の壁があるにも関わらず長閑の声が聞こえるのか。

「俺の〈無限〉が――越えられた!?」

嫌な予感がする。

じわりと頬に汗が伝う感覚が鮮明過ぎる。


「――!!」

長閑は叫び声を上げながら全力で跳躍する。刀を振り上げて遠渡をめがけ振り下ろす。

それは彼女が然にとどめを刺したあの技。

「――クソッ!」

遠渡は彼女を見上げて考える。なぜか〈無限〉を超えてきた彼女。その彼女の放つ斬撃の威力と恐ろしさは見ている。地面は抉れて削られて。深い亀裂が入っている。これが直撃すれば間違いなく死だ。

「どうすれば――」

時間にして一瞬。

体感にして永遠。

迷っている暇はない。

考えている隙はない。


「――っぶねえ!!」

体が勝手に動いた。遠渡は間一髪で横に飛び退いて回避する。

斬撃は、彼女の魔装を振った方向にしか飛ばない。縦に刀を振り降ろし前へ放てば、縦方向の斬撃が前に飛ぶ。横に払えば横方向の斬撃が飛ぶ。

「アイツの手元を見ときゃ、回避は辛うじてできそうか――」

恐怖に震えて跳ねる心臓を抑えて、遠渡は長閑の手元に集中する。

見誤れば即死。そのただならぬ緊張感。殺される恐怖。

この固有魔法を手にしてから久しく忘れていた感覚に、遠渡は押しつぶされそうになる。

それでも戦うのは、目の前で暴走する少女を助けたいから。

「お前のために、命張ってやる」

遠渡の決意。

だが、それは。

容易く打ち破られる。

「曲がって――!?」

斬撃が婉曲して、遠渡が避けた先へ飛んで行く。それに回避が間に合わず、遠渡に直撃。その斬撃は遠渡の左腕を切り落としても尚、威力が衰えることはなく、遠渡のはるか後方へと消えていく。

「――マジかよ」

切り落とされた断面を、火属性の汎用魔法で焼いて止血する。熱さと痛みで気が狂いそうなものだが、遠渡はこの程度では動じない。

痛みには、とうの昔に慣れている。


固有魔法は効かない。斬撃は曲がる。

追い詰められた遠渡にできること。それは諦めることでもなく、泣きわめくことでもなく。

「おもしれぇ!!」

――戦闘を楽しむという選択だった。


軍人の家系に生まれ、軍人になることを宿命付けられた男。

その人生のレールを踏み外そうなどと考えたことは一度としてない。

兄の死の真相を確かめるまでは、死ねない。

そのためなら、どんな痛みだって耐えられる。

その決意と覚悟の下に。そして遠渡の固有魔法を最大限に活かすために顕現した固有の武器。


「悪いが、ここから先は一方的な蹂躙だ」


西牙 遠渡――決して、ただの筋肉の塊などではない。

「〈輪環転変トーラス〉!」


――魔力によって生成され、顕現したその魔装。


その魔装の効果によって、失ったはずの腕が再生する。

再生した腕も合わせ、両方の腕が肩からはずれる。

脱臼ではない。骨も神経も筋肉も脂肪も外れる。

両方の肩から先が外れ、宙に浮く。

浮いた両腕に西洋騎士の纏う甲冑のような装甲が装備される。

肩の断面には遠渡の血液に魔力を織り込み銃弾として発射するための機構が取り付けられる。


「無限の生成。これが俺の固有魔法の能力――、実は」

指定した対象との距離を無限にする。目と鼻の先にいて、手と手が触れていたとしても。そこには絶対に超えられない無限の距離がある。故に他者の攻撃は無限の距離を進み続け、次第に威力は衰える。端から見ればその場で停滞しているだけに見えるそれが、実はひたすら無限を突き進んでいるのだ。

絶対防御。無限。その生成が、彼の能力の真髄ではない。


「だってよぉ――地球の距離は有限だろ?赤道をぐるっと一周すりゃあ元の場所に戻って来る。じゃあ〈無限〉の距離なんて本当にあんのか?」

――ねえよ、と自ら答えを出して。

「〈無限不終アンリミテッド〉の真の力はな――」

出口と入口が繋がった、永遠にループし続ける空間の生成である。


「覚悟は良いか?俺の覚悟は、

宙に浮き、装甲を纏った遠渡の両腕。それが手のひらを開き、風切音を発するほど疾く叩き合わされる。

「真名―〈無限円輪インフィニティ〉!!」


固有魔法は、発動に条件がある。

1つ――発動に必要な魔力が残っていること。

2つ――固有魔法の名を口にすること。

名前は力。ならば、その

異なる能力になるのも道理である。


魔力の許す限り、空間を生成する。本来であれば単体で成立し、ひたすらループを繰り返すだけの空間が、ざっと20はありそうか。

その出入り口をランダムに繋げ、可逆性はないようにしてある。つまり、同じ出入り口を通っても、元の空間には戻れないのだ。

「超えられるもんなら超えてみな。俺の作る円環を――!!」



***



錨 猫いかり まお先輩ね?協力してくれるかしら?」

アレクシア・レイルヴァイン。

赤と青の髪が目を惹く、正真正銘の王女様である。

実況席までやってきた彼女は、今回の戦闘演習の実況担当である猫に協力を依頼する。無論、その隣に控える理事長と夏南にもだ。


「嫌です」

猫も。

「断る」

理事長も。

「ムリムリ!」

夏南も。


返ってきた答えは、三者三葉ではあるものの、総じてノーであった。

「いえ、協力してもらうわ」

だがその程度で引き下がるアレクシアではない。ここで素直に帰れるわけがない。

「なら、どうする?」

理事長はモニターを見つめながらアレクシアに問いを返す。

そのモニターには、遠渡が長閑と戦っている姿が映し出されている。

「手荒いことはしたくないわ。だから頭を下げている。この私が――よ?」

「ここは完全なる実力至上主義。立場も身分も出自も信仰も関係ないのさ。だから、君が本物の王女様だとしても、我々はそんなもの知ったこったちゃないんだ」

理事長はモニターから一切の視線を外さずに答える。

アレクシアは確かに、その辺の者達とは立場が異なる。それを傘としたことはない。いつだって溢れ出る本物の気品が周りを押しのけていただけで、アレクシア自身にはその意識は全くない。

「やるならやれば?1人でアタシ達に勝てるなら――ね」

夏南は理事長のうなじを撫でながらアレクシアを煽る。

「――そう?じゃあやってあげるわ。後悔しても知らないわよ?面倒だから、3人まとめて来なさい」

アレクシアは魔法を発動させながら啖呵を切る。

「負けても文句はなしよ?黙って協力してもらうから」

アレクシアの固有魔法は2つ。

そのうち、発動するのは〈最高傑作ハイエンド〉の方。

他の固有魔法をコピーし、その固有魔法を完全に使いこなせるという能力。

もう1つの〈災禍と混沌の匣パンドラ・ボックス〉は勝手に使用できない。


――実は、即死攻撃が可能な禁忌魔法にはとある抜け道がある。

アレクシアはその抜け道を、1人で通ることができる。

コピー能力を介しての発動。

これで禁忌魔法の使用制限に引っかかることなく発動できてしまう。

なぜなら、使っているのは即死攻撃の禁忌魔法ではなく、あくまでもコピー魔法なのだから。

それに為す術なく、3人は息絶えた。

「〈恢回廻天リヴァイヴ〉」

アレクシアは固有魔法で、養護教諭の固有魔法をコピーして3人を生き返らせる。世界で唯一の、蘇生魔法である。

「死んだら文句も言えないでしょうから、生き返らせてあげたわ」

上からの物言いに、何か言い返したくなる3人だがそれはできない。不意とはいえ即死魔法を受けて死んでいるのだ。彼女らが文句を言える立場にはない。

「――わかりました。協力します」

猫は素直に敗北を受け入れて、立ち上がる。

猫に続き理事長と夏南も立ち、アレクシアの後ろについて現場へ向かう。

静寂島 長閑の暴走する戦場へ。



***



アタイの頭の中に、ずっとこびりついて剥がれない記憶がある。

魔法が暴走したときのこと――違う。

魔装を手にした日のこと――違う。

初めて己の意思で人を殺した日のことだ。


時雨 皐月しぐれ さつき

固有魔法が暴走し、多くの人を殺してしまった。そんなアタイと仲良くしてくれたのが、サッちゃんだった。

小学校2年生。アタイの〈監視期間〉最後の年。

街中を通る線路。それを超えるための歩道橋。

時刻は5時を過ぎていた。12月ともなれば、5時でも充分に暗い時間だろう。

歩道橋の真ん中で、彼女は――サッちゃんは。

「ねぇ、一緒に死なない?」

笑顔だった。けれどその目には涙があった。

アタイは何を言っているのか分からなかった。意味が理解できなかった。

雪がパラパラと降ってくる。僅かに積もった雪に残るのは、2人の足跡だけ。眼下の線路には、電車の轍のみが刻まれている。吐く息も白く、手は悴んで上手く動かない。

「生きてても、良いことないじゃん」

そこから彼女は、己の人生を語り始めた。

家は火事になり母親は大火傷。今も入院中。

父親は残された妹を助けるために炎の中に入って行ったが、帰ってこなかった。

残ったのは、サッちゃんただ1人。

サッちゃんには、固有魔法が使えなかった。

だが、火属性の汎用魔法への適性が異様に高かった。当時でも〈十大魔皇〉と張り合える程に適性があった。

なればこそ、子供は残酷な生き物だ。

施設の他の子供は、〈火事を起こしたのはサッちゃん自身だ〉と、勝手に決めつけた。

日の不始末が原因の火事だったのにも関わらず、彼らはサッちゃんを責めた。

「近付くと燃やされる」

「そのうちここも火事になる」

――ありもしない話で、サッちゃんは虐められていた。


――虐められていた。

「だからって、何でサッちゃんが死ななきゃならないんだ」

アタイは、素直に思った事を口にした。

「ソイツらを殺しちまえば、サッちゃんは死ななくて良いだろ」

――あぁ、これが殺意か。



「――!長閑!!」

――誰かの声がする。この無限に出入口がループしている空間を作り出した男の声か。

「落ち着け!」

――うるさい。

「極を止めろ!!」

――できたら、やってる。

「白絡泉が破裂する!!」

――だから何だというのか。

「そしたらお前も死ぬ!!」

――関係ないだろ。


「――――――――――!!!!!」

声にならない声を上げ、長閑は無限ループの空間を走り抜ける。どこまで行っても似たような光景ばかり。元いた場所には戻れない。あるのは前進のみ。

時折、遠渡の血と魔力によって生成された弾丸が飛んでくる。だがそれは、暴走した長閑の前には無意味。〈適応〉によって高速の弾を魔装で切り刻む。超高速で微細な振動を繰り返すその刀に、切れないものはない。

他にも、何やら装甲を纏った腕が長閑を攻撃するが、それはもはや気になるほどのダメージすら与えられない。

「―――――!!!」

やられたら、やり返さなきゃならない。

静寂島 長閑の二つ名。

〈制裁刀〉――それは。


オスカー曰く。

『この世への嫌悪が彼女の動力源。己を嗤った世界を壊したいと、そう願うだけの憎悪の権化。故に〈制裁〉と付けた』と。


「―――!!」

取り戻せ。

暴走した己にさえも適応しろ。

声を取り戻せ。

「〈極〉の共鳴―――」

圧震うちならせ――〈共振石竜子レゾナント・ルーラー〉!!」

圧倒的な量の魔力を放出する。

それは、極による魔法の技を放つ為ではない。


とある事実に気付いたから。


遠渡を己の意思で、殺すためだ。


「そういや――白恋から聞いてたわ」

暴走した極を己の意思の支配下に置き、長閑は思い起こす。

それは、白恋から聞いた入学式の日の話。

〈観察者〉が襲撃してきた日の話。


「放送室に入ろうとしたら、いきなりワープさせられた――とか言ってたな。それってよぉ。今のお前の能力と一緒だよなぁ?」

長閑は魔装を分割し、両手に構える。

赤くなった肌と瞳が、次第に元の色を取り戻していく。

「単刀直入に聞くぜ。お前は〈観察者〉のメンバーか?」

ループする空間だけが連なる中、魔力を放出し続けながら、長閑は一人。

事件の核心に迫っていた。


「――で、お前の推測が正解だとして、だ」

遠渡は、否定をしなかった。

飛翔する腕を背後にし、肩に装着した砲塔を長閑へ向けて現れる。

「それをどうやって他のヤツ――ハクに伝える?お前の〈適応〉なら、この空間を。ループを無視することもできたはずだ。だが、そうしなかった。それはつまり。お前の魔力よりも、本気の俺の魔力の方が多いってことだ。だから、魔力量で圧し消せる」

その言葉は、暗に己が〈観察者〉だと認めたことになる。

「あぁ。だから、魔力を放出し続けている」

魔力が実質的に無限となる効果。正確に言えば、魔力の生成速度が跳ね上がり、使ったそばから補給される。この魔力の生成を担うのが、心臓の横にある白絡泉という臓器。魔法士にのみ存在する臓器である。白絡泉を過剰で異常なまでに酷使するのが極。発動時間に上限はない。故に、発動し続ける限りは白絡泉は休まらない。その反動は、極の解除後に一気に押し寄せる。最悪、白絡泉が破裂し、死ぬ。


長閑は先の戦闘からもう長いこと極を発動し続けている。加えて、意図は不明だがひたすらに魔力そのものを放出し続けている。

その行為の意味を知るのは、もう少し後だ。


これ以上は、長閑の体が持たない。

「――決着をつけようか。裏切り者」

二振りの魔装を構えた長閑。

「もっと遊んでいたかったのになぁ」

魔装を解除し、五体満足になった遠渡。


どこかもわからない謎の空間で。

二人だけの時間が流れていた。



***



「この2つの短剣は――魔装か」

謎の空間が生成されていく様を横目に、白恋はある種の特殊能力を発揮する。

魔力そのものを視認する力。

普通の魔法士ならば、物体や生物の中に流れる魔力を視認する手段はない。

師の1人である〈英雄〉に教わった力だ。

魔装には2種類ある。

1つめは夏南や遠渡のように、固有魔法の性能を発揮できるようにサポートするタイプ。これらは、使用者の魔力によって生成・顕現する。つまり、固有魔法と魔装に流れる魔力は同じだ。

2つめは長閑の魔装のように、他に魔力を有していたものを加工して武器とするタイプ。これは使用者の固有魔法に関わらず、常に一定の性能を発揮する。また、魔力によって生成・顕現はできず、常に携帯する必要がある。その一方で、魔力は魔装自体が有しているため、魔装の使用によって魔力切れを起こすことはない。


白恋が見たその短剣に流れる魔力。それは、長閑に切り刻まれた肉に僅かに残った魔力と一致した。

「俺がこの短剣に刺されてみても良いが――反射しちまうな」

短剣に自分が刺されてみれば、能力は簡単にわかる。だが白恋には反射の呪いがかかっており、おそらくその自傷行為は意味をなさないだろう。とはいえ、この2つの短剣の能力を知る方法は他にもある。

名前は力。

すなわち、力が名前なのだ。

この魔装とミンチになった敵の魔力。その固有魔法や魔装の名前さえ分かれば――もしかしたら。

「猫先輩が来れば――」

「呼んだ?」

――タイミング良く、彼女が現れる。

「えぇ。呼びました。いきなりですが、貴女の能力を借りたい」

白恋は今の状況と事情を説明し、猫に短剣を渡す。

「分かったよ」

猫はそれを受け取り、固有魔法を発動する。

「〈不生姓命ワンズ・マンシー〉」

彼女の――錨 猫の固有魔法〈不生姓命〉は、対象の真の名前や能力を見抜く。簡単に言えば、ずば抜けた観察眼を得るだけの力だ。しかし、それは。時に絶大なる効果を齎す。

名前や力が分かれば対策できる。対策できるということは、こちらが優位ということ。

彼女の固有魔法の有効範囲に制限はない。地球上どこにいても。あるいは宇宙空間のどこにいても。彼女はそれを対象に設定できる。

一万光年離れたはるか彼方の星の名前も。そこに住む地球外生命体の名前も。彼女は固有魔法一つですべて把握できる。


「この魔装の名前は〈賢者ジキル〉と〈愚者ハイド〉」

その能力は。


魔法がこの世に現れてから約400年。

今までの常識と人類史を覆す力だった。

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