第12話 戦闘演習(4)
灯る流星
反発する銀鱗
番の轍
***
世界は、弱い者をイジメやすいようにできている。
世界は、強い者が得をするようにできている。
それが、アタイが5歳にして知った真理―真実だった。
アタイは弱かった。
だからいじめられた。
いつだって奪われる側だった。
幼稚園では、アタイのクレヨンがよくなくなった。日に日に粘土が少なくなっていった。
――これが、幼稚園の友達による反抗ならば〈まぁ子どもだし〉と許せた。
だが、犯人は先生だった。
アタイに手を差し伸べることはなく、いつだってアタイ以外の子どもを助けていた。
誰かのクレヨンが折れて使い物にならなくなったら、アタイから奪って与えていた。
――それを知ったときの怒りに、アタイの魔力が応えた。
魔力の暴走。
アタイの1つ目の魔法が暴走して。
同じ幼稚園にいた子供も先生も。全員死んだ。
アタイを排斥した世界。それを壊してしまったアタイにあったのは――――意外にも後悔だった。
でもそれは、人を殺してしまったことへの後悔ではなくて。
死よりも凄惨な復讐ができなくなってしまったことへの後悔だった。
魔力の暴走による死傷事件。これは12歳以下の者が起こしたものであれば、以後3年間の常時監視、そして週1回のカウンセリングで済む。捕まりはしない。
アタイは。
それから―アタイは。
どこへ行っても〈人殺し〉と言われた。
でも、アタイを避けるだけで誰も虐めてこなかった。
何故ならば、人を殺したことがあるから。
やられたらやり返す。
やられたら通りにやり返す。
全部、そっくりそのままやり返す。
地の果てだろうと追いかけてやり返す。
アタイを殺したのなら、生き返って殺し返してやる。
強くならなければ。
何が何でも強くなりたい。
〈人殺し〉のレッテルに怯えられていても、実力がなければ意味がない。
誰も追いつけないくらいに強くなりたい。
だから。
だから。
だからアタイは。
「強くなってやったんだ。昔のアタイに顔向けできるように」
負けてられるか。
水溜まりに囲まれたから何だってんだ。
姿が消えたのだって、どうせの水の中に潜ったからにきまってる。
さて。
長閑の魔装が設定したルールを破ると魔力を吸収される。
問い――魔装が吸収した魔力はどうなるのか。
問い――そもそも魔力を吸収した魔装はどうなるのか。
「アタイは負けない。なぜなら強いから。てめぇみてぇなカス野郎は――ここで死ね」
刹那、長閑に対して魔力吸収が発動する。
「ぶっ殺す」
再び発動。
これは、長閑のミスではない。
「ぜってぇ殺してやる」
戦略だ。
答え――限界まで魔力を吸収したそれは。
第二形態へ変貌する。
それはまるで、魔法の頂――〈極〉にも似た極限の形態。
否、似ているのではない。
刀を媒介として、膨大な魔力を溜め込み一気に解放。ありとあらゆる環境に適応してきた最悪の魔獣。〈
魔装へ加工されても尚、魔力を。魔法を。昇華させることができる。
――本物の〈極〉である。
「〈刀の極〉――」
本来ならば、滾る心と静まる心とを合わせ、両手を力強く叩くことで極を発動させる。だがこれは、魔装の持つ極。
長閑は自身の魔装で、自らの首に刃を立てる。
その魔装は然と長閑の魔力を吸収している。
ふたつの魔力を吸収し、その刀は極の発動条件を満たした。
ありとあらゆる環境に適応し。
寒さや暑さもものともせず。
溶岩の中も、世界最高峰の山頂も。深海でさえも彼の領域。この世の全てに合わせて変容した最強の魔獣。特別呼称――タイラント。称号と合わせ、その魔獣はこう呼ばれた。
「
――と。
この魔装は、死しても未だ力を失わない魔獣の骨が元になっている。
どんな環境でも適応する。
そんな異形獣が、長閑と然の2つの魔力を吸収した。
それはつまり。
その魔力に適応したということ。
長閑は自身の魔装を全力で振り抜く。それと同時に刀は24に分割される。刀身の欠片が、延長され、また新たな刀となる。それがまた24に分割されて、欠片が伸びて刀となる。
――これを無限に繰り返し、瞬く間に長閑の周りが。否、彼女の周りを囲む水溜まりの周囲が、長閑の魔装のレプリカで囲まれる。
「どうせ水の中に隠れてんだろ?なら解決方法は単純明快」
魔装のレプリカによって、この水溜まりを隙間なく突き刺せば良い。どこかに隠れても無駄。千を超える刃が水溜まりに突き刺さる。
――彼女の魔装は、先刻の仄火との戦闘時に見せたように、感覚が全て長閑に伝わる。
中でも人体を刺したときの感覚は特別だ。柔らかい肉と臓器に締まった筋肉。硬い骨。それを断つときの手応えは、いつまでも慣れない。どうしたって嫌悪してしまう。
だが、それで躊躇っていてはこちらが死ぬ。死にたくないから殺す。生きたいから殺す。そんなの自然界に生きる野生動物は当たり前にやっている。自分も魔法士。人間だ。人間も動物だ。ならばできる。殺せる。相手は己の命を狙う敵だ。
「――残念だなクソアマァ!!」
「なっ!?」
――誤った。
長閑は誤った。
然は水溜まりの中に確かに隠れていた。だが隠れていた場所は、長閑の足元だった。水溜まりに満遍なく隙間なく刃を突き立てたが、自身の足元には攻撃していなかった。
足元から姿を現した然が、容赦なく首を絞める。その状態のまま長閑の足を払って押し倒し、水の中へ顔を沈める。
「クソアマ――さっさと沈めて終わりにすりゃ良かったんだ」
然は首を絞める手に一層の力を込める。
――だが、彼は知らない。
「てめぇ――舐めんな」
沈められて、首を絞められ。まともに呼吸ができなくても長閑は焦らない。彼女は両腕を掲げる。どれでも良い。適当に近くにある魔装のレプリカを呼びつけて、掲げたその手に刺す。
何度でも言おう。
タイラントは、ありとあらゆる環境に適応する。
その刀はレプリカといえど変わらぬ力を持っている。
それを自身に刺すことで、その〈適応〉の力を長閑も得ることができる。
今の彼女は、〈無呼吸でも問題ない体〉になっている。
呼吸ができないなら、しなくても問題ない体になってしまえば良いだけの話。
長閑は掌に突き刺さった魔装を分割し、そのまま然へ向けて放つ。だがそれを瞬時に水溜まりの中に潜ることで回避。今度は倒れた長閑の下から姿を現して羽交い締めにする。
既に呼吸という課題は解決している。このまま締められても問題はない。だがこのままでは膠着して状況は変わらない。
ならば――出すか。
〈極〉の真髄。
実質的に無限の魔力によって、様々な技を放つことができるようになる。
「〈
散らばった千を超える魔装のレプリカ。それが長閑の意思に従って動きだす。自分を締め上げている然へ向けてそのレプリカを一斉に射出。
それを見た然はまたもや水中へ姿を消す。だが、レプリカは止まることなく然のいた場所へ向かってくる。それは即ち、長閑がいた場所とほぼ同じ。
千を超える魔装のレプリカが長閑を貫く。
「そりゃ悪手だろ」
どこからか然の声が聞こえる。
「悪手?それはどうかな?」
再び大量に出現する魔装のレプリカ。
それが既に、この状況に適応している。
そのレプリカを、水溜まりへ突き刺す。その瞬間。水溜まりに電撃が走る。水溜まりに適応した魔装が、電撃を放てるように進化したのだった。
だが、それは。
電撃は。
「不純物がある水は電気を通す。だが純水は電気を通さねぇんだ。俺の水溜まりは魔力で生成されたもの。正真正銘の純水だぜ?」
「あっそ」
なら、純水でも電気を通せるように適応するだけだ。
「死ねクソカス野郎」
然の最期は呆気なく。
為す術もなく電撃に身を貫かれた。
極は強力。魔法の頂とさえ言われるこの力。その分、長いこと使えば、解除後の反動も大きい。
〈パチャッ〉と音を立てて膝をつく長閑。
(―――あぁん?)
待て――と。長閑の本能が告げている。
何故?
どうして?
何故まだ水溜まりが消えていないのか。
「まさか―――!?」
長閑は慌てて立ち上がろうとするが、反動による疲労が凄まじく、足が言うことを聞いてくれない。
「だから――魔力によって生成された水だって言ってんだろ!!」
然が電撃によって焼かれた身を晒しながら、水溜まりから姿を現す。
適応したはずの魔装。それに対して適応し返されたのか?
いや――違う。適応されたなら、そもそもその身を焼かれることはない。
「俺の魔装〈
煽る口調で魔装を見せびらかした然は、水の中へ姿を消す。
ありえない。
そんなはずはない。
体を電気で焼かれても、焼け焦げても立ってくるなんてありえない。
嫌な予感に全身が震える。頬に冷や汗が伝う。体温が下がっていくのを感じる。このままでは死ぬ。それは本能による警告。有り得ない程に五月蝿く頭の中で鳴り響く。
あの魔装を使わせたらダメだ――と、頭でも心でもなく。本能で理解した。
だが、長閑には。
まだ使っていない手札がある。
「死に損ないがイキんな。調子乗んな。潔く退場すんのが良い悪役の条件だろうが」
「固有魔法――」
立てないなら、立たなくて良い。膝をついたままで、長閑は本来の彼女の固有魔法を発動する。
長閑の1つ目の固有魔法を。
「――〈
震脚。
理屈を抜きにして言えば、脚で大地を揺らす技。
とてつもなく強い力で踏み込むことで、その振動を伝播させる技術。決してファンタジーの話ではなく、震脚―あるいはそれに準ずる技術がある流派は実在している。
だが、その実在する震脚はあくまでも技術の話。玄人でも周囲を震わせる程度の威力にしかならない。否―魔法がない世界ならば、それでも脅威になるということ。
だがここは魔法がある。
身体強化ができる。
故に、周囲を揺らす程度では足りない。ならばどうするか。
答えは至ってシンプル。その振動に魔力を合わせ増幅させる。
ここで次の疑問。
膝をついた状態で、長閑は震脚を放てるのか。
答え――可能。
なぜなら、震脚を放つのは目に見えない脚だから。
まるで幽霊がそこにいるかのような。そう錯覚してしまう程に透明な何かが、震脚を放つ。
その威力は、然の想像を超えていた。
地面を強く踏みつけたその反動によって、水溜まりの水が全て浮き上がり、飛沫となって霧散していく。
水溜まりが浮き上がったことで、姿を消していたはずの然が現れる。水と人体の重さの違い。それにより、反動でも浮き上がる高さが異なる。
それを見逃すことなく、魔装を振り抜く。
24分割した刀身の欠片の全てが然へ向かって飛んでいく。
何とか立ち上がり、長閑も駆け出す。
ここでトドメを刺さねば。
あの魔装は危険すぎる。まだハッキリと能力は分からないが、絶対に使わせてはならない。
然への攻撃は己の魔法と魔装を信じた。
ならば自分がやるべきことは、中に浮いて身動きが取れない然から、魔装を奪いとること。
震脚はもういらない。固有魔法を解除して身体強化と回復魔法をかける。今の全力で走る長閑。息は切れている。脚は震えている。疲労で思考はまともにできない。
それでも、ここで自分が止めなければ。
「――え?」
そんな、誰の為かも分からない使命感を無惨にも撃ち抜くのは。
然の魔装の1つ。
〈
その場に長閑が倒れ込む。
―――否。
「アタイは死なねぇぞ!!」
激烈なる覚悟で。
鮮烈なる覚悟で。
まだ走れる。
この手で然の魔装を破壊するために。
――固有魔法とは。
使用者の思想が。心が。精神が。魂がとてつもなく強く反映させる。
己を追い詰め、弱者を追い込むこの世界をぶっ壊したい。そう願ったかつての少女が発現したのは、絶大な力で全てを踏み壊す力だった。
あるいは。
魔装となっても尚、その力を誇りたい最悪の魔獣。それ由来で発現したのは、己のルールを強制する頂点捕食者たる力だった。
固有魔法とは。
使用者の思想が。心が。精神が。魂がとてつもなく強く反映させる。
それは能力が発現した当時の精神状態を素にして生まれる力。だがごく稀に、固有魔法が途中で変化することがある。それが魔法の頂である〈極〉だ。追い込まれ。絶望し。打ちひしがれて――それでもまだ、喰らいつく。そんな心の下に生まれる〈極〉を、この少女は宿している。勿論それはWWOも〈十大魔皇〉も知っている。しかしそれは魔装によって得た力であるため〈極〉の使用者リストに名は乗らない。元の己の固有魔法から〈極〉が発現すれば嫌でも世界中に認知される。
「〈鳴動の極〉――」
心臓が熱い。
いや――心が熱い。
痛みは消えた。疲労もどこかへ消えた。嫌に頭がクリアになっている。笑えるくらい心地よい。春先の暖かい陽だまりで昼寝でもしているかのような。そんな優しさに包まれて。
けれど苛烈な戦意は、確かにここにある。
静寂島 長閑――真の〈極〉の使い手へ覚醒である。
真夏の燃え盛る太陽のような心を右手に。
蛍が飛び交う梅雨入り前の宵のような静かな心を左手に。
それを全力で叩き合わせて、腹の底から叫ぶ。
「
〈極〉の連続発動。
その負荷は計り知れない。極を使えない者が極を使う者の負荷など、想像のしようもない。
だが、負荷が襲うのは極の解除後。今は皺寄せのことを考えても無駄だ。
極の発動と同時に、長閑の背後に巨大な何かが現れる。それは透明で視認することは叶わない。気配だけを感じる〈ソレ〉が、長閑の動きと連動していることは直感で理解した。
大きさで言えば、5階建ての建物くらいの人型のナニカが、長閑に合わせて動く。彼女が走ればソレも走り、彼女が止まればソレも止まる。
それを直感で理解し、感覚として確かめた長閑は。今度は自分の脚で震脚を撃つ。
―――震脚とは。
中国武術における〈踏み込み〉あるいは〈踏み付け〉のようなもの。
日本では〈踏鳴〉と呼ばれ、こちらもやはり踏み込みに近しい基本技術である。ファンタジーでは、その踏み込みの衝撃で大地を割ったり、遠くにいる敵を吹き飛ばしたりする。
だがそんなことはできない。
そもそも脚を強く踏みつけたところで、ただの地団駄でしかない。
己の体重を脚へ込め、その重さを利用して沈み込む――と言った方がイメージとしては近いか。
自身の魔装を――刀身の欠片を呼び戻して長閑は踏み込む。
その動作も見えないナニカと連動し、まるで地震と紛うほどの衝撃となる。その衝撃を圧倒的な体幹で耐えて。今度こそ本気で殺すために魔装を構えて。
「静寂島新伝流――
揺れる大地の衝撃を、その両足で吸収し。全力で飛び上がる。振り上げた魔装で、然の頭上から躊躇いなく叩き斬る。
その攻撃は、長閑自身のものに加えて、透明な何かによって二撃目もある。1度で2回の斬撃。
長閑が手にしたものを、透明な何かも手にする。彼女の一挙手一投足の全てが連動しているようだ。
縦に真っ二つとなった然に長閑は容赦なく追撃を入れる。
何度も何度も魔装を振り、徹底的に細切れにする。
「オラァ!!死ね!!死ね!!死ねェ!!クソ野郎!カス野郎!」
怒りに任せて魔装を振るう。何度でも斬ってやる。あの魔装だけは使わせたくない。だから使えない体になるまで切り刻む。
みじん切りだ。細切れだ。ミンチだ。
そんな彼女に声をかけるのは。
「――やりすぎだ、長閑」
自身の武器である糸を操り、魔装を取り上げる白恋だった。
「あぁん?うっせぇよ。どっか消えろ」
「それはできない。今お前がやってるのは戦いじゃない。勝負じゃない。命のやり取りじゃない。そこまでやったら、それはもう――冒涜だ」
白恋には白恋の流儀がある。
命のやり取りの前に名乗ること。そして相手の名前を聴くこと。それを心に刻み付け、勝敗に関わらず試合後には敬意をもって覚えておくこと。たとえそれが殺人鬼でも〈観察者〉のメンバーでも。殺し合うならそうするべきだ。勝負はついたのに、それでも相手を傷つけるのは彼の流儀に反する。
普段ならば自分の流儀を相手に押し付けることもない。
けれど、今の長閑は見過ごせない。
見過ごしてはいけない。そんな気がした。
これ以上は、戻ってこれなくなる。そんな気がして。
「長閑――お前!?」
白恋は気付いた。気付いてしまった。
「そういうことなら――相手になろう。殺さずに鎮られるように努力する」
白恋が見た長閑。
彼女の目が赤くなっていた。
肌にも赤みを帯びていた。
魔力が溢れ出て抑えることができていない。
(俺は修行のおかげで魔力を見ることができる。とりあえず、再起不能にならない程度に白絡泉を壊す。そこからだな)
長閑は、突如として目覚めた〈極〉をコントロールできずに暴走している。目も肌も赤くなるのがその証拠だ。このまま暴走を放置すれば危険だ。〈魔人〉になるか、その前に体が耐えられずに死ぬかの2択。どっちにしても避けなければならない。
人も魔獣と同様に凶暴化する。それを特別に魔人と呼んでいる。魔力が常に溢れ出し、見るもの全てを衝動のままに破壊し尽くす暴力の権化。
「〈
彼は彼の流儀に則り、名乗る。
もしも自分が負けてしまっても、誰かが覚えてくれていると信じて。
「助けなんかいらねぇ!グォォォ――」
だんだんと言葉が怪しくなってくる。言語機能を失い、唸り声だけになればもう完全に魔人化したと判断し、殺すしかない。
それだけは避けなければ。
絶対に助ける。
「何と言おうと助ける。大切な人を。仲間を失うのは、もう二度と御免だ。助けられないなんて、そんなの絶対に嫌なんだ。それは。それだけは――」
糸を巻き取り、レイピアを形成する。斬る為ではなくただ一点を突くための武器。
一説によれば史上最強の貫通力を誇るとさえ言われるレイピア。それを白恋の武器である糸によって再現する。糸という性質を使い、さらには硬度や太さ、性質に至るまで魔力によってコントロール可能な特性を使って。そうして出来上がったレイピアは。
先端が視認できない程に細くなったレイピアだった。魔力を最大限込めたソレの先端は、核兵器でも傷付けることが叶わない硬さとなっている。これで、長閑の白絡泉をピンポイントで突き壊す。
「それだけは――俺の譲れない信念なんだ」
レイピアを構えて、長閑を見据えて。両足でしっかりと地を踏みしめて立つ。
あの日の出来事が。
メイリアによって大切な人を殺された時の光景が。記憶がフラッシュバックする。
己の腕の中で息絶えた彼女。血に塗れ雨に濡れ。とても彼女らしい最期ではなかった。もう二度と、仲間のあんな姿は見たくない。
だから助ける。だから救う。
メイリアと父親への復讐心と。
仲間を助けたいという気持ちとが入り交じり、白恋の心はとうに壊れている。矛盾を抱えて壊れている。やりたいことを――否。救いたい人だけを救って、殺したい奴はぶっ殺す。そんなもの白恋の都合でしかなくて、勝手極まりないことくらい理解はしている。理解した上で壊れている。
「俺の信念の為に、今からお前を傷付ける。許してくれ」
「あぁん?がっでに――勝手にしろよ!!」
対する長閑は溢れ出る魔力に圧し潰されそうになりながら白恋と対峙する。その瞳には、白恋への敵意が宿っている。
今の長閑は〈鳴動の極〉が暴走している状態だ。透明なナニカが暴れており、大地は常に揺れている。無限に湧き出る魔力をコントロールできずに魔人化しかけているのは姿を見れば明白。そんな状態の長閑は、白恋の想像を上をいく行動に出る。
「〈刀の極〉――」
白恋が取り上げたはずの魔装が、何故か長閑の手元にある。それを握り、自身の首に立てる。
それを見た白恋は当初の考えなど捨てて、長閑の魔装へ手を伸ばす。
「
だが、間に合わない。
間に合わなかった。
「――――――!!!!」
もはや聞き取り不可能。咆哮なのかさえも分からない轟音が長閑の喉から発せられた。思わず耳を塞いで白恋は立ち止まる。
〈極〉の同時発動。そんなの白恋は聞いたこともない。いや、理事長だって世界一位だって知らないだろう。こんなの、白恋は知らない。極が1人に2つも宿るなんてありえない。
「オイ――長閑!?どうしたんだよ!!」
白恋はまだ僅かにでも人としての理性が残っている可能性に賭けて彼女を呼ぶ。だが返ってくるのは耳を劈く咆哮だけ。
「――――!!!」
再びの咆哮。
それに耐えかねて耳を塞いだ瞬間。
白恋の周囲の地面に、まるで斬撃の跡のような傷が大量にできていた。きっとその攻撃は白恋に向けられたものだったのだろう。〈反射〉され、長閑に斬撃が入る。
「――――!!!」
「クソッ!!俺の反射は勝手に発動する。長閑が攻撃してくる限り反射しちまう。それで長閑が死んだら元も子もないな。ここは引くしかねぇか」
白恋は、長閑を助ける為に離脱することを選択した。ここまで魔人化してしまえば。暴れられては。レイピアで白絡泉を貫くなんてできない。
――殺すしかない。
でも、それは最終手段だ。白恋はまだ助けることを諦めていない。だからこその離脱という選択。
「――!!――――!!!」
長閑が、明確な殺意を白恋へ向けて攻撃をする。
「〈
そこに割り込むのは、〈無限〉の使い手。
見た目に変化はないが、対象との距離を無限にする、ある種の絶対防御。
それを、音よりも早く発動して現れるのは。
「手伝うぜ、ハク」
白恋をハクと呼ぶのはただ1人。
入学式の日に、共に〈観察者〉と戦った仲間である。
「少しは頼りなさいよ。あの子を助けるんでしょ?」
気高く、気品に満ちた声。そこにいるだけで背筋が伸びてしまうような。そんな高貴なオーラを放つのは、正真正銘の王女様。
アレクシア・レイルヴァイン。
「お前ら、何で!?」
白恋は仲間の登場に、目を丸くする。
「アレを止められるのなんて、そういないでしょ?私と遠渡はガレス・サンチェスにも勝ったのよ。――余裕だわ」
「そりゃあ頼もしい限りだ。ちょっと待ってろ。作戦を立てる」
こうなれば――自分が。白恋がやるべきことは1つだ。
遠渡もアレクシアも無事で、長閑も助ける。
たった1人の少女の為に白恋は持てる全てを注ぎ込む。
もう二度と、この手から大切な人の命をこぼさないために。
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