第11話 戦闘演習(3)―刀
「ヤだよ。疲れるもん」
白恋の申し出をすぐさま断る夏南。
しかしその手には既に五寸釘が握られている。
「それに、アタシと君とじゃ流儀が違うよ。違いすぎる。アタシと戦ってもきっと君は満足しない」
それでも良いなら――と、彼女は口にこそ出さないものの。その目に炎を宿して立つ。
白恋は彼女の綻んだ口元を見逃さない。結局、彼女もまた戦いたいのだ。
「――ッ!!」
五寸釘を刹那の間に四方へ投げ、白恋を取り囲む。
真っ先に白恋が思いついた回避方法は、当然ながらその〈領域〉から出ることだった。
だがそれも当然ながら読まれている。
故に夏南は五寸釘のひとつを、そもそも白恋に突き刺す為に投げていた。
だがそれは刺さることなく弾かれる。それは白恋の呪いが――反射が発動した証拠。ならば、と白恋は距離を詰める。彼女の攻撃も反射されることが分かってしまえばこちらのもの。
師の1人である〈影〉から教わった天位流忍術の基本的な歩法。名前すらない〈できて当たり前〉の技術。
以前、明と戦った時に指摘されたこと。それは相手の背後を取りたがるというクセ。それを踏まえたうえで、白恋は背後ではなくそのまま胸元へ潜り込む。
手を夏南の胸元へ当て、気を放つ。これはあの理事長ですら吹き飛んだ技。それならば夏南にも通じるはず。
「どこ触ってるの?」
わざとらしく頬を赤く染めて白恋を煽る。
(――なんで効かないんだ!?)
得体の知れない違和感と恐怖に、白恋は思わず距離を取る。
「掌底と発勁の合わせ技に、全身の筋肉とバネを乗せただけだろう?君がソレを撃ち込む時、僅かに右手――アタシに触れた手が震えていた。よってその技は、特に右腕を酷使するはず。つまり君は、アタシが吹き飛ばないのに驚いて距離を取ったんじゃない。連発できないから、反撃を恐れて離れたんだよね?」
その見立ては完全に的中している。
完璧な正解を導き出されてしまった。
寒気がする。悪寒がする。
5月も半ばに入り春の陽気。戦闘中ともなれば普通に汗をかくくらいの季節にも関わらず、鳥肌が立つ程の嫌な寒さが白恋の肌を刺す。
「全身の筋肉の動き――回転に合わせてアタシも動けば、そんなもの簡単に相殺できる」
(簡単に相殺できる――?いや、そんなはずない。脚は外側へ、腕は内側へそれぞれ回転させている。腹部の筋肉は反動から内臓を護る為に使っている。俺のこの〈気〉を撃ち込む技は、全身の筋肉の使い方が全く違う。そもそも相殺どころか対応すら不可能だ)
だって――この技は。
「咲良ちゃんでも対応できなかったのに、って顔だね?」
咲良ちゃん――理事長。世界八位の実力者。そんな彼女に対応できなかったこの技が、なぜただの女子高生に対応される?相殺される?意味が分からない。
「――ハァ」
夏南は困惑する白恋を見てため息をひとつ。そして。
「君の流儀に乗ってあげるよ」
白恋の流儀。
それは、5人の師のもとで修行するうちに勝手に身についたもの。
それは5人のうち4人が〈武〉や〈力〉を求める追究者であり探求者であったが故のもの。
「国立・第九魔法学園所属。学内序列1位。弓道部部長兼生徒会長。世界ランク8位専属護衛官の藤編 夏南だ」
護衛官。世界ランク8位の護衛官。
それは――つまり。
「護る対象よりも護衛官が弱かったらダメだろう?」
――つまり。
理事長よりも強いということ。
たまにいるのだ。
こういう手合いの者が。
圧倒的な実力者なのに序列に興味のない人間が。魔法士が。
そういう者達は〈十大魔皇〉や各国首脳など要職に就く者の護衛を任される。
今、白恋の目の前にいる女は。
少なくとも世界8位より強い。
敵とはいえ、命のやり取りをする相手。ならば敬意をもって名乗ること。それが白恋の流儀であった。それに則り彼女は名乗る。それがどれ程の意味なのかが分からない白恋ではない。
「〈
名乗りを上げた直後。刹那の沈黙。
それを先に破ったのは、夏南だった。
武器である五寸釘を手元に戻してそれを白恋へ投げる。それを白恋は左腕のみで裁ききる。白恋に弾かれた五寸釘は、しかし。そのままどこかへ消えることなく白恋を追いかけて飛来する。追尾式にもできることを確認した白恋はすぐさま作戦を立てる。
こういった追尾式の武器の対処法はいくつかあるが、今回は。
武器である糸を取り出し、それを編むことで蜘蛛の巣のように張り巡らせる。
――捕らえる。ここで捕まえて、壊す。
「そうすることも分かってる」
だから、夏南は。
蜘蛛の巣に引っかかった五寸釘を、更に五寸釘で打ち込むことで強引に突破する。
「――あぁ。俺も分かってた」
白恋も、この蜘蛛の巣が突破されることくらい想像していた。
だから真の目的は五寸釘を捕らえることではない。
引っかかった五寸釘は、速度を大きく落としていた。それに対して放つのは蹴り技。
ジョン・ドゥ直伝の蹴り技である。
単に蹴りあげるだけだが――しかし。
その蹴りは白恋の持つ特異体質によって絶大な威力となる。
ミオスタチン関連筋肉肥大症。
見た目にそぐわぬ筋肉量をその体に溜め込み続ける。筋骨隆々の筋肉ダルマにはとても見えないが――その体には常人の何倍もの筋肉がついている。
身長165センチ。
体重187キロ。
その重い体での戦闘を補う為に、常に身体強化の魔法をかけている。
その特異な体から放たれる蹴り技は、夏南の武器を粉砕した。
「――まずは1つめだ」
自身の武器が破壊されたことにより、夏南は満足してしまった。
「君、良いね」
――違う。
満足したんじゃない。
(ここで勝敗を決したら―――)
この先、満足できなくなってしまうから。
だから手を止めた。
胸に手を当てて〈気〉を放つあの技。
夏南は強がって「どこ触ってるの?」なんて言ったが、その実。
制服の下はボロボロになっていた。
自身の武器――魔装も破壊された。
それ以前に、何故か彼には五寸釘が刺さらなかった。
面白い。
面白い。面白い。
この男との勝敗は付けたくない。付けたら二度と戦えない。こんなに自分を満たしてくれる男がいたなんて。
この男を育てたい。
そして自分より強くなってほしい。
藤編 夏南はこの男と戦う為に生まれてきたのかも知れない。そう錯覚してしまう程には白恋に興味を持った。
「――おしまい。おしまいだよ。うん」
自分で自分の感情にケリをつけた彼女は。
「また遊ぼうね」
理事長の元へ帰っていく。
白恋はもっと戦いたい。今すぐにでも夏南を倒してやりたい。だが――それは叶わない。
何故か勝手に立ち去る彼女を止められなかった。
***
「てめぇ――不味いな!」
静寂島 長閑は乙女である。
好きなキャラクターはリンゴ3つ分のあの白い猫の女の子。
好きな食べ物はマカロン。
行きたい場所はネズミの国。
好きなタイプは漢気とタッパのある漢。
静寂島 長閑は乙女である。
ほんの少し態度と口が悪いだけの乙女。
「いきなり腕を噛みちぎんじゃねぇよ――このクソアマがァ!」
長閑と対峙する男の左腕が、見事に抉られている。血が流れ出し、止まる気配はない。骨まで見えてしまう程に深いその噛み傷。
長閑はその男の腕の肉を「不味い」とだけ評して吐き捨てる。口の端から滴る敵の血を拭って睨みつける。
「不味い男は嫌いだ」
長閑は己の武器を取る。
魔法士の使う武器。それを魔装と呼ぶ。
魔装には必ず名前があるが、その名前は持ち主が勝手に決めて良いものではない。
ある日、頭の中にふと浮かぶのだ。
夏南の〈瓦咤瓦咤〉も。
長閑の〈アルティメットクレイジースーパーハイパーヘルフレイムウルトラインフェルノデスドラゴン丸〉も。
では、名前を教えてもらったらどうなるのか。
答え。
〈魔装〉の力を完全に引き出すことができる。
元は長閑の刀も、単に切れ味の良い刀でしかなかった。
だがその名を知ってから、刀身を分割できるようになった。刀身の欠片を操れるようになった。そして、彼女は。
「固有魔法――」
魔装の名を知ってから2つめの固有魔法が発現した。
固有魔法は、使用者の思想が。魂が。心が。精神が。とてつもなく色濃く反映されるもの。
刀は、鍛冶師が己の全てを賭して鍛造するもの。
長閑自身の固有魔法と。
魔装由来の固有魔法。
その二つが彼女にはある。
そのうちの2つ目を発動する。
「――〈
発動した瞬間、長閑と敵の両足首に枷が取り付けられる。
「〈
――そのルールを決めるのは長閑ではない。
魔獣化し巨大で凶暴だったトカゲが決める。今はもう日本刀へと加工されてしまったが、それでも。かつて〈
〈
そんな正真正銘の化物が、ただの魔装へ成り果てても尚、力を発揮する。
「課せられたルールを破ったら魔力を刀に吸収される。当然ながらルールを破り続ければ魔力は吸収され、無くなる。魔法士が完全に魔力を失う意味――わかるよな?」
魔法士が魔力を完全に失う、即ち死。
「ただ、どんなルールかはアタイが決められない。ルールはアタイの魔装が決める」
けれど、長閑は与えられた3つのルールを知っている。
知っていながら魔装を構える。
それを見た相手の男は。
(武器を出すのは少なくともルール違反じゃねぇってこった)
そう考察して武器を出す。
「クソアマぁ――ぶっ殺してやんよ」
彼が悪態をつきながら取り出したのはふたつの短剣。日本刀――分割され浮遊し自在に操れる長閑の魔装と比べれば、そのリーチの差は明白。だが、それでも彼は戦意を失っていない。
「〈
彼が名乗ったその瞬間。
長閑の持つ魔装が淡く赤い光を放つ。刀身から放たれるその光は1つの束になり、然へ向かっていく。束となった光は彼に突き刺さり、魔力を吸収し始める。
「な、何だ―!?」
総魔力量の10分の1を吸収したところで、光は消える。
(なんで――?俺は何のルールに触れた?どんなルールに違反した!?)
然は頭を回転させる。
(クソアマが武器を出した。だから俺も武器を出した。あの女が魔力を奪われてねぇってことは、武器を出すのはルール違反じゃねぇ。それは合ってる。あとは――)
その考察の最中。
再び長閑の魔装が光を発して、然の魔力を吸収し始める。
魔力を奪われる――吸収される感覚は、言わば血を抜かれる感覚に近い。
魔力は〈白絡泉〉と呼ばれる臓器によって作り出され、血液に乗って全身へ行き渡る。それを吸収される時に大した痛みはない。だが魔法士の命をつなぐもの。大量に抜かれれば貧血に近い現象――魔力欠乏に陥り、立つことすら困難になる。
(ぐっ――)
言い表しようもない不快感に襲われ、然はその場にしゃがみこむ。
(考えても仕方ねぇ。それに俺の魔力の回復速度は常人の約3倍。もう魔力は全回復してる。だがそれをこの女は知らn――)
再び、魔力を吸収される。
それに抗う方法は存在せず、ただ吸収されるしかない。光の束がこちらに向かってきていることは確かに視認し頭で理解できている。だが、それを避けようという考えに至ることができない。そして、その考えが出てこないという違和感そのものに気づけない。
「――分かったぜ。ルールその1」
然は不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。既に回転した魔力を自身の魔装へ流し込む。
「相手を呼ぶ。これがルールその1だ」
事実、魔力吸収が発動したのは然が〈テメェ〉〈クソアマ〉〈この女〉と、長閑のことを呼んだとき。
名前を呼ぶのではない。対象を指定して呼べばいい。つまり〈お前〉でも〈テメェ〉でも良い。
相手を呼ぶ――ただそれだけで魔力を持っていかれる。
(とりあえず、俺がルールを見破ったこと自体は何の違反でもない――か。となれば、この固有魔法は互いにうっかり破っちまうくらいの簡単なルールを作りだすものか。それに、ルールに気づけない限り何度も違反してしまうようなルールだ)
然の考察は全て当たっている。
頭の中で相手の固有魔法の〈制限〉について考える。
言葉使いこそ悪いものの、然もあの明の下で働ける程には優秀なのである。
ただし。
魔力の吸収が発動する条件。
それは。
彼が考察したそれは。
「残念。間違いだ。おめぇ――バカだろ?」
然が考察したその条件は間違っている。
現に長閑に対して魔力の吸収が発動しない。
「な、何で――!?」
目の前の女は。このクソアマは。
確かに自分のことを〈おめぇ〉と呼んだ。しかし魔力吸収が起きない。
敵味方問わずその効果が適用される。互いに足枷が付けられているのだから、術者である長閑も固有魔法の対象のはず。
だが、彼女には何も起きない。起きなかった。ならば、何か別の条件がある。
ルールは3つ。
そのルールのどれに触れているのかも分からない。
(だが――奴の言動はどのルールにも抵触してねぇ。これがヒントなのは間違いない)
――吸収が発動する。
(ったく――気持ち悪いな。相手を呼ぶのがルールじゃねぇのに、吸収が発動してた。つまり条件は別にある。俺は何を見落としてんだ?)
――吸収は発動しない。
分からないものはいくら考えても分からない。だから、わかるところから攻めていく。
(今現在の情報を整理しよう。相手を呼ぶ、という予想が間違い。相手を呼ぶ以外の何かがルールに指定されている。未だにクソアマはどのルールにも抵触していない。魔装を使うのはルール違反ではない。魔法を使うのもルール違反ではない。なぜなら、魔法を使うのがルール違反なのであれば、そもそも魔法を発動中のクソアマに対して魔力吸収が発動するはずだからだ)
と、ここまで長々と思考した然に、天啓にも似た閃きが走る。
(魔力吸収が起きねぇ――?めちゃくちゃ考えてんのに、今の俺はルールに違反してねぇのか?さっきは俺の考えを読んで魔力吸収が発動したのに、何も起きない?)
然は頭をフル回転させて考える。
吸収が起きた時と起きなかった時の違いを。
何が違ったのか。
なぜ違うのか。
吸収が発動した時の共通点は何だったのか。
「今度こそ分かったぜ!!」
然は自信満々に、笑みを浮かべて叫ぶ。
その瞬間、光の束が然へ向けて奔る。
然は、魔力吸収が発動すると分かっていながら叫んだ。それは、最後の最後に確信が欲しかったから。確証が欲しかったから。
予想が正しければ、魔力は吸収されるはず。そしてその予想は見事に的中した。
「〈こ〉って言う。それがルールその1だろ?クソアマァ!!」
余裕たっぷりに叫ぶ然。その手には魔装である短剣が握られている。
その短剣を長閑へ投擲しようとした瞬間。
「正解だ。そしててめぇは、ルール2に違反した」
また別のルール違反によって、魔力を吸収された。
「――は?」
投げようとした短剣を落とし、その場に倒れ込む。まるで貧血のときのような不快感に襲われて、然は呆然とする。
せっかくルールを見破ったのに。
それなのに、今度は別のルールに違反した。
「ルールは全て独立している。〈ルールを看破する〉のはルール違反にはならはない。だから今のアンタは全く別のルールに違反した」
(クソアマ――しっかりルール1に違反しねぇように喋ってんな)
先述の通り、然の魔力の回復速度は常人の約3倍。
既に完全に回復しているが、まだ回復仕切っていないようにみせるため、わざとフラフラになりながら立ち上がる。
(あ――?いや待てよ?なんで俺はルールを見破ろうとしてんだ?普通に魔法で攻めりゃあ良いじゃねぇか)
然もまた、ルール1に触れないようにゆっくりと思考する。
「悪いな。お遊びは終わりだ」
然も固有魔法を発動し、攻勢に出れば良かったのだ。なぜそれに気づけなかったのか。
自分で自分を責めたくなる。だがそれは後にして。今は目の前の女をぶっ殺す。
「――〈
刹那。
然の姿が消えた。
それと同時に長閑を中心とした半径100メートルに水が出現する。それは彼女の足首ほどの深さの水溜まり。
半径100メートル。かなりの広さの水溜まりが一瞬にして出来上がる。
(何が起きた――?)
長閑はひとまず、水溜まりから出る為に走り出す。
水溜まりの終わり――端を目指して走り出すが、しかし。
(アタイに合わせて水溜まりが動いてる!?)
その水溜まりは、絶対に長閑を逃さない。彼女のいる場所が常に水溜まりの中心となるように。
長閑の動きに合わせて水溜まりもまた動く。
脱出不可の水溜まりに囚われた長閑。
敵の姿は消え、戦場にただ1人。
形勢逆転されてしまった。
焦る気持ちに蓋をして、彼女は。
静寂島 長閑は――
「姿を消さなきゃ、アタイのタイプだったのにな」
――乙女である。
好きなタイプは漢気とタッパのある漢。
身長は申し分ない。
だが姿を消してしまうのは、漢気があるとは言えない。
静寂島 長閑は――
「姿を消してんじゃねぇよカスが」
――ほんの少し態度と口が悪いだけの乙女である。
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