第10話 戦闘演習(2)
壊して
犯して
眠って
食らって
そうして私は
貴女を愛する
***
「ワシはもう、齢なのかもしれん」
今の彼は、1位ではなく。WWO会長としてのオスカーだ。
オスカー・グレイヴ。世界最強の魔法士。それだけで全人類に通じる、絶対的な魔法士の象徴。
WWO会長執務室。そこに用意された筋トレ器具の山。
ベンチプレスの重さは、見間違いでなければ〈2トン〉と書かれている。
オスカーは汗を拭きながら椅子に腰掛け、側に控える第一秘書に溢す。
「そんなことありませんよ。会長は生涯現役。今も貴方より強い魔法士は現れていないじゃないですか」
勿論、その秘書の言葉は本心だ。自分が仕えるこの男こそが世界最強。人類最強。それは疑う余地のない事実だ。確かに97歳という年齢だけ見れば齢なのかもしれないが、とてもそうは思えない貫禄と威厳がある。見た目だけで言えば、60代と言っても通じるほどではある。
「そうかのう?ワシもそのつもりじゃった。そう思っておった。しかし――」
いつになく弱気な彼に、秘書はかける言葉が見つからない。
「どうされたのですか?らしくありませんよ」
「例の事件の資料が見つからないんじゃ」
オスカーの記憶が正しければこの部屋の金庫に入れていたはず。だがそれが見当たらない。確かに昨日の帰宅前にしまったはず。それがなぜか消えていた。
「例の――あぁ、〈
「――それと、例の少年もな」
学園を襲撃した彼らを退けた。だが、それで終わりにできるほどに簡単な事件ではない。
あの事件の根本的な解決には未だに至っていない。
それに。
あの件で二つ名を得た玄鉄 白恋も謎の多い男ではある。
ジョージ・ワトソンから報告のあった〈反射〉の力。
あの力がいつ、どこで、どうして彼に宿ったのか。
あるいは彼が弟子入りした5人の師匠。その全てが〈極〉の発現者。これを偶然と片付けるのは無理な話である。
「話を聞くに、〈観察者〉のメンバーを殺したのは7位、6位、2位。それに仄火と白恋だけ。他の者は直接的なトドメをさしていないらしいな。仄火は分かる。アイツの固有魔法を使った殺人を無罪としたのはワシじゃから。一度でも〈殺し〉をすると2回目からはブレーキが効かん。〈殺したらまずい〉という思考自体がなくなる。――だとして、じゃ。白恋の1回目の〈殺し〉はいつなんじゃろうな」
オスカーの興味は、もはや〈観察者〉ではない。白恋という謎の存在。それだけに向いている。
そしていろいろ調べた結果。彼の正体にたどり着きそうだったのにも関わらず。
その資料が消えた。
――玄鉄 白恋にはなにかある。このタイミングで資料が消えるなどおかしいのだ。
「ところで、君は誰かね?――ああ、名乗らずとも良い。分かっていて聞いておるのだから」
ボディーシートで体を拭き取り、服を着る。その姿は至って普通の筋トレ終わりの男。
だが、その眼が獲物を狙う鷹のように鋭く光る。
「久しいのう――〈影〉よ」
〈影〉――天位 漆聖。白恋の師の一人である。天位流忍術42代目継承者。諜報や工作、暗殺まで。おおよそ〈忍者〉と聞いてイメージするものは何でもできる男だ。
「もうバレたんか。ほんま、相変わらず聡い爺さんや」
変装のためのスーツを脱ぎ捨て、忍装束に変貌する漆聖。
「ジャパンの言語に詳しくなくて悪いが、似非関西弁は関西人に怒られるのでは?」
「そんなん気にせんでええやん。そもそも似非関西弁キャラなんて、作者がホンマの関西弁を喋れないくせに、何となく関西弁キャラ出したいってエゴで生まれるんや。せやけど怒られたないから、作者は似非関西弁って件を入れて保険かけてるだけ。察したってや」
おちょくるように影分身をしたり瞬間移動したり狐に化けたり。世界1位を相手にヘラヘラしながら喋るその底知れぬ愚かさ。
これこそ天位 漆聖。口を開けば何らや分からぬ理屈を捏ねくり回して黙れない。
ありとあらゆる言葉を持ってしても表現出来ない程にサラサラの白髪。それとは対照的に漆黒よりも深い闇のような色をした瞳。
「――で、何しに来た?」
自身の周りをウロチョロして落ち着かない忍者に尋ねる。勿論、オスカーはまともな返事など期待していない。
「何しに――って、情報提供や」
彼は天井に立って、オスカーにUSBを投げる。
「そこに俺が個人的に調べた〈
そう言い残して漆聖は。影の中へと消えていった。
「どうせこれを見たって、ワシを煽るようなモノが入っているだけじゃろ」
漆聖の考えをすぐさま見抜き、USBを叩きつける。それを何度も踏みつけ、破壊する。
事実、オスカーの読みは正しかった。そのUSBの中身には、オスカーの嫌いなパンプキンパイの上で女装した漆聖が妖艶な踊りをしているだけの動画が入っている。
何から何まで信用できない。だが、忍者としては。諜報員や工作員としては、世界1位も認めるほどの腕前。
実際に、オスカーに気づかれるまではこのWWOの他の職員には全くバレていなかった。世界最高峰のセキュリティを突破しWWO本部に侵入し、しかもオスカーの執務室までたどり着いている。
「流石は元〈十大魔皇〉じゃ。ガレスとディミトリのせいで穴の空いた〈十大魔皇〉に復帰――はせんじゃろうな。アヤツは―――」
白恋の師が、白恋を弟子に取ったのには当然ながら理由がある。
〈影〉――天位 漆聖。彼もまた修羅の道に墜ちた者。復讐に身を染めた者。
故に白恋の境遇に痛いほどに共感し弟子にした。
極めて個人的な理由の復讐のためだけに、〈十大魔皇〉を抜けた男だ。
その覚悟は半端なモノではなかっただろう。だが、当時の彼の心情など、他人であるオスカーが推し量れるものではない。
「課題は山積みか――」
新たな〈十大魔皇〉の選定。〈観察者〉の問題の根本的な解決。
そして、玄鉄 白恋という男の正体。何からどう解決すれば良いのか。未だにその光明は見えずにいた。
***
「――おかしいな」
戦闘演習を実況・解説席から眺める理事長―草凪 咲良は違和感を覚える。
「何がですか?」
隣に座る実況役の錨 猫は理由を尋ねる。彼女からすればこの演習は問題なく進み、大した異変も違和感もないように思える。だが、共にこの演習を見届ける世界8位は違った。既にこの演習には、細工がされているのを見抜いていた。
「
理事長が指名した人物―夏南。弓道部の部長を務める3年生である。二つ名はない。だが、それでも。実力でのし上がれるこの学園において、部長に就任しているということは。それだけの実力者だということ。
「うぇーい!!呼んだ!?呼んだよね?ねぇねぇ!!」
理事長が名前を出したその瞬間。まだ誰にも呼ばれていないはずの夏南が現れた。
「アタシは咲良ちゃんが大好きだから。いつでも側にいるよ!!お風呂もトイレもベッドでも。アタシは咲良ちゃんの側にいる」
ストーカーである。紛れもないストーカーである。
「変態か」
咲良は冷静に、そして適当に夏南をあしらう。だが、夏南は咲良にすり寄って、耳元で囁く。
「アタシに自分と同じ入れ墨を彫っておいて、他人の振り?――冷たいなぁ咲良ちゃん」
制服の胸元をチラリとめくる。そこには確かに理事長と同じ入れ墨があった。
「バッ、バカか!!ここでそんなこと言うな!!あれは勢いでつい――」
「つい、で自分と同じ入れ墨を彫るかな?しかもアタシ女子高生だよ?」
入れ墨を彫るときの痛みさえ、咲良の為なら耐えられた。自分を独占しようとする女の為なら耐えられた。この先、一生。絶対に消えない〈愛〉を体に刻まれた夏南。
爛れた関係がそこにある。
けれど、咲良からすれば――それこそ紛れもない純愛。
「――で、何をすれば良いの?どうすれば良いの?」
あぁ――と、理事長は冷静さを取り戻して説明する。
「そもそも、演習を始める前に確認しとけば良かった話なんだが――人数が合わないんだ」
「――1年生の?」
「あぁ。この席は、すべてのチームの動向が見える。それはドローンや現場の放送部員達によって、全チームをカメラが追跡しているからな。その映像がモニターに写し出される」
理事長は眼前の巨大なモニターを眺めて、ある映像を指差す。
「このチームを追っていたのは放送部の第2班だ。君も知っての通り、倉敷 仄火のチームだ。第2班は倉敷のチームを追っている。それは錨が作成した担当の表にハッキリと記されているから間違いない。しかし、なぜか第2班は今――」
全く知らない、謎の5人を写していた。
「この前の〈観察者〉の一件もある。今回もこの謎の5人が〈観察者〉かもしれない。演習中の1年生バレないようにこっそりと、消してこい」
「はぁい!!」
理事長からの命令に素直に従う夏南。返事と共にその姿が消える。
「この5人は何者だ?第2班はなぜコイツらを撮り続けている?何が目的だ?」
理事長は溢れる疑問のすべてを口に出す。それは無意識に出ていた言葉だった。
「頼むぞ――夏南」
***
「固有魔法―グハッ!!」
相手が固有魔法を発動するよりも先に、白恋が距離を詰め、相手の胸に手を当てて気を放つ。それだけで大概の敵は倒れていく。
順調に勝ち残っている白恋のグループだが、しかし。
それは思わぬ形で足止めをくらう。
「玄鉄 白恋だな?」
見覚えのない5人組。彼らが目の前に立ちはだかる。
「――明姐の仇だ!!」
白恋の反応も待たずに、彼らは襲いかかってくる。その際の言葉から、彼らもまた〈観察者〉の一員だと察することができた。
「――悪いが、仇討ちに構ってやるほど暇じゃない」
白恋は自身の武器である糸を使って、相手を拘束する。
――しようとした、の方が正しいか。
残念ながらその糸は、5人の体をすり抜けてしまう。ただの一人も糸にかからなかったのだ。
「――!?」
これには白恋も珍しく焦る。
「―――ふんっ!!」
相手の中でも、一際大きい体格の男が地面を叩く。その瞬間、地面が隆起する。火山地帯であり、そもそも隆起している地形であるにも関わらず、それを全力でぶっ叩き、力技で地形を変えてしまった。
「な、ナンでふかっ!?」
響姫は困惑し、その恐怖に今にも泣きそうな声を上げる。
だが、すぐに冷静さを取り戻して、状況把握に努める。流石は二つ名持ち――といったところか。
(――仇?って、この前の〈観察者〉の件のことかな?だとしたらあの人たちも〈観察者〉なんだよね?――狙いは白恋くん。それに5人で襲いかかるなんて――白恋くんが不利すぎる。ならここは。1対1に持ち込むべきだね)
響姫は冷静に状況を把握する。そしてそれを他のチームメイトにもテレパシーの汎用魔法で伝える。
「――はぁっ!!」
揺れる足場をものともせずに響姫は最も近くにいた敵を蹴り飛ばす。
それに合わせて長閑がなんちゃら丸を抜き、敵の一人に突き技を放ち共にどこかへ消える。
瞬時に彼らのやりたいことを察した白恋も、眼の前に立つ大男に気を放って牽制し、1対1に持ち込む。
写詞も人好も共に、敵を煽って自身に着いて来るように誘導する。
「1対1ならやりやすい――とか思ってねぇか?」
残された大男は地面を叩くのを止め、白恋を睨みつける。
「思ってるさ。俺はアンタに勝てる。絶対にな」
その自身は、白恋にかけられた〈呪い〉があってこそのもの。無論、眼の前のこの男も白恋の呪いは知らない。知るはずもない。
「行くぜ?固有魔法―」
大男は早々にケリを付けたいのか、固有魔法を発動する。
「〈
瞬間、男の背後から大量の土砂が吹き出す。土砂意思を持っているかのように動き回り、男の体に纏わりつく。――それは、まるで土の鎧。顔を除く全身を覆う。
普通の鎧と異なり、関節部分にも隙間はない。通常、鎧とは体を守るためのもの。だが護りを固め過ぎても良くない。関節を曲げることができなければ動けないからだ。故に鎧とは、関節部の護りが甘くなる傾向にある。だが、眼の前の男が纏う鎧は違う。魔法で土を自由に操ることができるため。そして金属のように固くないため。関節部も土で覆うことができている。
白恋は最初、鎧なら関節から崩せば良い――などと、普通の装甲を破壊するつもりだった。しかし、この男は。この敵は。そんな常識が通用しないのだ。
それでも。
「フフッ」
それでも――白恋は。
「お前、やっぱり俺に勝てないよ。絶対にな」
余裕の笑みを浮かべていた。
〈英雄〉――白恋の師の一人。彼はたった一人で第5次世界大戦において、日本を戦勝国へ導いた英雄。彼の持つ力は、一国の魔導軍に匹敵する。
もしも若き日のオスカーと〈英雄〉が世界最強の座を巡り争ったのなら。〈英雄〉が勝ってしたのではないか。そう言われる程だった。
だが彼は最強の称号に興味などなかった。
その代わり。戦闘意欲だけは、世界中の誰よりも持っていた。
〈英雄〉だと?――その本性を知っている白恋は鼻で笑う。
彼はそんな男ではない。
憂嶋 羽涼は。ただの戦闘狂だ。
戦闘狂から教わった技術は数多く存在する。中でも非魔法士を屠るのに使った技。それが。
左手の掌を相手の腹部にぴたりと付けて。その左手に右手を重ねて、魔力を撃ち出す。その衝撃を、左手が更に魔力を流し込んで増幅させる。その魔力の塊が鎧に浸透し、中にいる人間の内臓を揺らす。
対魔法士用の〈鎧通し〉である。
だが、それには大きな誤算があった。それは、白恋が土を。砂を。その汎用性を知らなかったこと。
砂を操るその男の魔法。それは単に砂を纏っているだけではなかった。
相手の体に当てた掌には、なんの反動もなかった。相手の体どころか、空気すら震わせた感触もない。
「――真空か」
直ぐに状況を判断して白恋は距離をとる。いや、そもそも全てのダメージや痛み、衝撃に傷。ありとあらゆる攻撃を反射する〈呪い〉をその身に宿しているのだから、離れる意味もないのだが。
「たった1度で見抜くとは――やるな。そんなお前に敬意を持って名乗ろうか」
大男は仕切り直しの意味も込めて名乗る。
「〈
中華圏――特にその文明の中心地であった中国。かの国において〈名前〉というのはとてつもなく重要なもの。
日本であれば、名乗る時に苗字だけ。あるいは名前だけで良い場面も多々あるが、彼らは違う。彼らの文化圏においては、名乗る=フルネームを伝える、なのだ。
中国語における名は、そのほとんどが良い意味や願いを込めてつけられる。今でも名を付ける際に占いを本気で参考にする親もいる程に、彼らにとって名前は重要。
そんな文化の中で生まれ育った彼らが、名を名乗る。それはこの上ない覚悟を示している。
事実、名乗りを上げた〈観察者〉の敵は勝利に貪欲であった。
超回復の金は、体がちぎれることすら受け入れた。自身の固有魔法を信じて、己の体を糸で細切れにした。それだけの覚悟と根性を持っていた。
西嵐は己の武の全てを出し切ってきた。
対して明は1度として名乗らなかった。
故に、白恋に容易く負けた。
「―――ん?」
と、ここで初めて白恋は違和感を覚える。
だが、今はその違和感をしまい込んで目の前の男――戮に集中する。
「玄鉄 白恋だ。直ぐに〈
戦闘演習において、邪魔者が入り込むという異常事態。だがそれすらも受け入れて、白恋は構えを取る。
勝った者は、負けた者から恨まれる。その周囲の人間からも憎まれる。それを仕方ないこと、宿命だと受け入れて。ただ1人。
白恋はここに立っている。
そして、またもや。彼の覚悟を遮るように。
「――バレないようにって言われたけど。無理かぁ」
乱入者の登場。夏南のお出ましである。
そして彼女は流れるように固有魔法を発動する。
「固有魔法――〈
彼女の持つ武器〈
本来ならば、夏南が触れなければ効果を発揮しない〈瓦落多〉を、触れずとも発動できるようにする為の補助器具。
4つの五寸釘である。
その釘を打ち込んで、囲まれた範囲内の敵全てに有効となる代物。
さて――そんな〈瓦落多〉の能力はというと。
「な、何だ!――俺の体が!?」
戮が慌てるのも無理はない。
その体にカラフルな水玉模様が浮かびあがってくる。そして、足の先から徐々に固まり、動かなくなる。それはまるで、ブロンズ像のように。
最終的に戮は。カラフルな水玉模様を浮かべた銅像と成り果てる。
だが、これで終わりではない。五寸釘を手元に呼び戻し、それらを今度は銅像に打ち込む。その瞬間、銅像となった敵が瓦解する。崩壊する。
「――じゃあね、白恋くん」
何も言わずに立ち去ろうとする彼女を、白恋は。
「待ってくれ!!」
呼び止める。
「――何?」
夏南は振り向き、白恋を見つめる。
試したい。
――試したい。
果たしてこの女の魔法は、白恋の〈反射〉の対象になるのかを確かめたい。
だがこの力は簡単に口に出せるものではない。
故に彼の選ぶ言葉はいつも通りただ1つ。
「俺と戦ってくれ」
「ヤだよ。疲れるもん」
そう言いながらも、手には既に五寸釘が握られている。
―――籐編 夏南。
後の玄鉄 白恋の6人目の師である。
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