第8話 襲撃(7)

お前の中の

お前が嫌い

私の中の

私が嫌い



***



「僕にね、誰も人参をくれないの。私はみんなにおでんの羽をあげたのに。裁縫セットが俺を睨むと、黒板がくしゃみをするわけじゃないけど、必ず折り紙が手を上げて横断歩道を舐めるんだ。でもペリカンが逆立ちしたってディストピアだろ?ついでにゴーレムの使い込んだ座布団が欲しいんだ。あ、音楽の先生が水族館で作った電気でも良いよ」


「その支離滅裂な言葉に、何か意味はあるのかしら」

ジョージは答えを期待せずに、とりあえず質問してみる。


「え?え?えええええええええええええええええええええええええ?君、オイラが見えるのかい?我は――なんだっけ。ねえ君。拙者の名前知らない?」


――思ったより話は通じるようだ。だが、お前の名前など知らない。わかりようもない。


「なんだよ。吾輩のこと知ってんじゃないのかよ」

彼は残念そうに大きく肩を落とし、その場にうずくまる。

――かと思ったその刹那。彼はうずくまったままに固有魔法を発動する。


「固有魔法―」

が、それは不発に終わる。

「あれ、固有魔法の名前まで忘れちゃった」


何なんだ――コイツは。

どうしたら良いんだろうか。攻撃しても良いのかすらわかない。

けれど、この空間の光景を見るに、彼を倒さなければならないらしい。


「仕方ないわね――怖いけど、行くわ」

ジョージが固有魔法を発動しようとする。その思い込みの力があれば、何とかなるはずだ。

だが、しかし。ジョージも固有魔法を発動できない。

正確には。

「――固有魔法の名前、何だったかしら」

彼女の頭の中から、固有魔法の名前が消えていた。

「アタシの固有魔法は――」

必死に思い出そうとするジョージだが、頭の中に全く浮かんで来ない。何が起きたのかさえ分からぬまま、脳が雁字搦めになった気分だ。肝心な部分に靄がかかっている。鍵がかかっている。とにかく、固有魔法が思い出せない。

どうしても、その名が出てこない。

固有魔法の発動条件は2つ。

発動に必要な魔力が残っていること。

固有魔法の名前を言わなければならないこと。

魔力が残っているのは確かだ。ならば、あとは固有魔法の名前を口に出すだけ。だが、その〈だけ〉が、どうしてもできない。


「ならボクが行きます」

仄火は短剣を投げつける。その短剣は敵の正中線上にクリーンヒットする。そこへすかさず放電する。否――しようとした。

電撃は放たれず、ただ魔力のみが放出されるばかりである。


固有魔法を思い出せず。

電撃は出せず。


「何が起きたの?」

ジョージは恐らく相手の固有魔法の能力であることを察するが、全く理屈が分からない。固有魔法を封じるだけなら分かる。汎用魔法を封じるだけなら分かる。

だが、固有魔法を、汎用魔法をなんて力は聞いたことがない。

それぞれ異なる無力化の仕方ができるなんて、意味が分からないのだ。


「分かりません。見当もつかない」

二人そろってお手上げ状態。

じりじりとタネの分からない謎の能力に追い詰められる恐怖。相手と会話して能力を聞き出そうとするが、会話にならないのだからそれも不可能。

残る手は、体術による近接戦闘。

しかし、ふたりともその心得はない。不得手な策を取って返り討ちにされる可能性もある。


「:¥@$ちゃん」

ジョージは仄火の名を呼んだつもりだった。しかし、その名は発声されることなく、聞き取り不可能な謎の言葉に置き換えられていた。

何をしようにも奴の謎の能力が邪魔をする。

2位の頬に冷や汗が伝う。その表情からも、焦っているのが分かる。分かってしまう。

そうして何もできない間にも、彼は支離滅裂な言葉を呟き続けている。

なぜ、人の名前まで言えないのか。いや、言うことはできるのだが、それは不快なノイズに邪魔をされ、おおよそ聞き取れない言葉となってしまう。

絡繰なんて考えるだけ無駄なのかもしれない。

固有魔法は、使用者の思想、心、魂と強く結びついている。

それゆえに、得体のしれない魔法士の固有魔法は得体がしれない。それで片付けることもできる。しかし、本当にそれで良いのだろうか。

何か見落としていないか。

もしくは、彼の支離滅裂な言葉にヒントがないだろうか。


「ネズミとりに船はひっかからないし、殺虫剤で二段ベッドは殺せない。段ボールと痣が大喧嘩して噴火しちゃった映像を肘に付いてるテレビで見てないよ。えんぴつとセミの抜け殻は互いに愛し合っていたのに、なんでガムはバケツを噛んだんだろう。雀とマグロとお道具箱が踊りながらセロハンテープを吸ってたんだけど、ココアが下を見ながらコンセントを削ってるところに遭遇したら泣き出したんだ」


――待てよ。

と、気がついたのは流石の2位だった。

「ねぇ――ここ、何て言うんだっけ」

2位は隣に立つ電撃少女に自身の腕と腕とをつなぐ関節を見せる。

「そんなの―――何でしたっけ」

電撃少女は、答えられない。いや、確かに知っているはずだ。だって15年も生きてきたんだ。お決まりの10回クイズだって何度やったか分からない。魔法士であるからには、戦闘訓練でそこを擦り剥いたこともある。何度もその部位の名を口にしているはずなのにもかかわらず。

そこの部位の名を発することができない。思い出すことができない。

「じゃあ、ここは?」

2位は電撃少女に自身の膝を指さして尋ねる。

「膝――ですよね?」

今度はすんなりとその部位の名を言うことができる。

「なるほどね。――分かったわ、敵の能力」

そう言うと、2位は汎用魔法を発動する。それは電気ではなく水属性の魔法。これが問題なく発動できるということは、2位の読みは当たっている。――はず。


世界2位の実力者ともなれば、汎用魔法といえど当たれば致命傷。それほどの威力の汎用魔法を前にしても、敵の男は退かない。


「――水と芋虫がじゃんけんしたら夜明けが訪れてね。でも烏はまだ寝足りないからバランスボールにデコピンしたんだよ。でもダムの底にある大きな落とし穴でゴルフをしたら玉ねぎが腹を抱えて笑うじゃん。紙吹雪と一緒に樹海でフルマラソンをしたら窓ガラスが紅茶を淹れたんだ」

相変わらずの意味不明な言葉。

それが彼の口から出た瞬間に、汎用魔法の水属性魔法による攻撃が、消滅した。

「思った通りだわ」

2位の勘――予想が当たっていることを確信する。

「貴方が発した意味不明な言葉。そこに含まれる単語と同じものが、アタシ達は使えない。――そういう魔法ね」


「――ちっ!バレんのが早すぎんだろ!流石はジョージ・ワトソンだ」

ただ――と彼は話を続ける。

「ただ――まだ満点の回答じゃないな。70点」

彼の固有魔法〈論理の飛躍サラリー・ウムスワ〉は、2位の言った通りの能力。

彼が発した言葉に含まれる単語が、そのまま相手は使えなくなるというもの。

故に、〈音楽の先生が水族館で作った電気でも良いよ〉などと理解不能の言葉を彼が発した時点で、電撃少女にとってのメインウェポン―電気は使えなくなる。

〈あれ、固有魔法の名前まで忘れちゃった〉と彼が口にした時点で、2位も固有魔法を使えなくなった。


〈拙者の名前知らない?〉の問いかけにより、彼女らは名前を言えなくなった。


「えぇ。そうでしょうね。相手の固有魔法すら封じるほどの強力な魔法が、何の縛りもなく使えるはずないもの」

それに、この魔法によって相手の〈何か〉を封じるならば、その単語だけをただ口にすれば良い。しかし、そうしないのには理由があるはず。

それから、彼はジョージ・ワトソンと名前を口に出すことができた。

これも何等かの縛りに関係してるはず。

「貴方は必ず文章を作らなければならない――のよね?そして、その〈何かが使えない〉という縛りは、。だからさっきアタシがあなたの能力を暴いたときはアタシの名を口にできた。それは驚いて。つまり意図的じゃない」

2位の推理の通りなら、ほとんど辻褄が合う。

合うのだが、それでもまだ足りない。


「うん、流石だね。でも――まだ80点」

まだか。まだ足りない。何か決定的で圧倒的で致命的に足りない何かを、2位は見落としているのか。

相手の能力のタネが全て割れないうちは、攻撃するべきではない。

これが例えば、1位や10位のようなフィジカルお化けなら問答無用で突っ込んでも勝ち目はあっただろう。あるいは白恋のような〈反射〉の使い手ならば、そもそも影響を受けなかっただろう。

この男の支離滅裂な言葉に恐れ、速攻をしかけなかった2位と電撃少女の落ち度はそこだ。

そこ以外にない。

いや――でも。仮に速攻をしかけていたとして。

あのとき全身を駆けた嫌な寒気と鳥肌は何だったのか。アレを気の所為と断じて攻撃できるほど2位も電撃少女も強くない。


どうするべきか。

ていうか――6位は何をしているんだ。

と、2位はどこかでフラフラしているであろう脳筋を思い出す。

彼ならば、


しかたない。ここで推理をしていても意味がない。

いつまた意味不明な言葉を言い出すかわからない。そうなればどんどんこちらの手が少なくなっていく。封じられていく。


「やるしかないわね――!!」

2位の覚悟。

その覚悟に水を差すかのように。


「〈火炎の極〉――」

どこからか声がする。

猛炎もえあがれ――〈火群灰燼紅蓮回禄ブレイズブルバースト・イクス〉」


極の発動により、魔力の消費なしで魔法が発動できる。

6位――リチャードは極に至った者の1人。

この次元を覆う黒い霧の向こうから、赤熱した右腕をぶん回しながらやってくる。

「獲物はお前か――!!」

敵を発見するなり、その腕で殴りかかる。

〈ジュッ〉という音と共に、敵がガードした腕が溶ける。

「摂氏1万8千度。俺の腕に触れたら溶けるぜ」

彼の言葉に嘘はない。事実、その攻撃をガードした敵の腕は溶け落ちている。

リチャードの本来の固有魔法は〈紅蓮回禄ブレイズブルバースト〉という。端的に言えば、温度を自由自在に調節したりする能力。自身の体を、人肉が自然発火するまで高めることで炎を纏って戦うのが彼の主な戦闘。そのため、彼の扱う専用武器は耐熱・耐火炎の加工が施された服。

「―――!!」

敵は何か言葉を捻り出そうとするが、それは叶わない。自身の体が焼ける痛みと熱さに、それどころではないのだ。

「〈暴流刑乃ボルケーノ〉!!」

赤熱し、燃え上がる腕を全力で床に突き刺す。その衝撃は大地を揺らす程に大きく増幅していく。グラグラと床が揺れ、巨大な地震かと紛うほど。彼の腕から熱は伝わり、床も次第に赤熱を始める。靴を履いていても足の裏から全身へ熱が浸透してくる。まるで焼けた鉄板の上にいるような気さえしてくる。

――ピシッと音を立て、床に罅が入る。

その罅は伝播し、そして。

床を割き、熱が。炎が。溶岩が。一気に吹き出す。それはまるで噴火のように。


「――溶岩とチョコバナナは風呂に入らないんだ。熱が出た夜は蛹の中から消臭剤の子供を起こしてカレーを作ると良いらしいね。炎に追い炊き機能はないけど雨には鳶の嫌いな電球を投げるとダメなんだってさ」

死が目の前に迫れば、腕が溶け落ちる痛みなど我慢できる。敵の男は固有魔法を発動して、襲い来る攻撃を何とか無力化しようと必死に口を動かす。

無効化したい物が複数ある場合は、一度に言わなければならない。故に支離滅裂な文章になってしまう。だが、それでも問題なくその効果は得られる。

だが――彼は〈極〉を知らない。


極は白絡泉の魔力生成速度が爆発的に向上し、実質的に魔力消費なしで魔法が発動できる。

そして。相手の魔法を無効化する方法がいくつかある。

そのうちの1つが。

圧倒的な魔力量で相手の魔法を圧し潰す方法。

無限に湧き出る魔力で、敵の〈論理の飛躍〉を無効化するリチャード。


吹き上がり湧き上がる無限の灼熱地獄。それに囚われればもう逃げられない。体を灼かれる苦痛に襲われ、息絶える他ない。


リチャードが主に操るのは熱。固有魔法の延長であり強化でもある〈極〉は、熱を拡大解釈し炎やマグマ等を操ることが可能になる。

その攻撃方法故に、大抵の相手は死体すら残らず溶けて消える。

死の形すら残らずに、〈無〉がただあるだけ。


「――リチャード。今までどこにいたの?ていうかどうやってここに入って来たの?」

ジョージは突如として現れ敵を倒したリチャードに質問する。その疑問も最もである。


「道に迷ってた。でも、途中でなんか細い糸があんのに気づいてさ。それ辿ってたら放送室に着いたんだ。で、入ろうとしたらここに飛ばされた」

まだ校舎内の構造が把握できてない故に、通った道には糸を仕掛けていた白恋。そのおかげでリチャードが辿り着けたわけか。

これは恐らく偶然だろうが、白恋の取る行動の全てが勝利へ繋がっている。そんな気がしてしまう。

ひとまずこちらは片付いた。

だが、安心はできない。颯歌の元へ行かなければならない。彼女を1人にできない。仄火は急いで霧の向こうへ駆け出した。



***



多重人格障害とは。正式には解離性同一症とばれる神経症である。

幼少期、その者の適応能力を遥かに超えた激しい苦痛や体験による心的外傷――つまりトラウマによって一人の人間の中に全く別の人格が複数存在するようになる病気の一種。

颯歌にとっての〈激しい苦痛〉は、虐待であった。

自身を護るために苦痛を感じなくなったり、苦痛を受けた記憶がトんだりする。


この〈解離〉とは。

一時的に意識がどこか遠くへ行ってしまい、周囲からのアプローチに気づかない状態。

心ここにあらず――つまり、心。〈精神〉の解離のことを指す。一般人でもそれは十分に起こり得るもの。

例えば、考え事に夢中で声を掛けられたのに気づかない――なんてのも、一種の〈解離〉である。

多重人格は、この〈解離〉を精神ではなく1人の人間――人格そのまま丸ごと行う。

長期に渡る激しい苦痛を〈解離〉によって耐える。それが続くと、その苦痛を引き受けるための別の自我が形成される。

この形成された自我Aは、元の人格に苦痛や記憶を引き継がない。自我Aは独立して、ただ何らかのきっかけで現れるようになる別人。

この元の人格と自我Aでも解決できない衝撃があれば自我Bを形成し、それでもダメなら自我Cを――それをひたすらに繰り返す。

現在、颯歌の中には主人格を含め4つの人格がある。


――ちなみに、多重人格者は。人格によって筆跡や利き手、喋り方なんかも変わる。更には背丈や性別すらも変更できてしまう。


「ハァ―――」

颯歌は。否、

大きなため息と共に、入れ替わる。

元の体格とさほど変わりはないが、今の彼女は全くの別人。

「やっと一人になれた」

颯歌が感じた幼少期の孤独。それに耐えるために生まれた第二人格。

周囲に味方がおらず、孤立することが入れ替わりのスイッチとなっている。


「ていうかお前――誰?」

第二人格は、霧の中。別次元に飛ばされた。そこで彼女は敵を見つける。

味方を分断するためだけに用意されたこのフィールドで、名を尋ねる意味などあるのだろうか。名前など分からなくても敵は敵だ。


西嵐シーラン。名字はない。私はただの西嵐。明姐の忠実な下僕さ」

敵も敵とて、名乗る意味はない。だが名乗った。それに深い意味はない。

なんとなく、


富士 千歳ふじ ちとせだ。よろしくな」

颯歌の中に眠る2番めの人格。彼女の名は千歳というらしい。

「で、ここから出たいんだけど――お前を倒せば良いのか?」

千歳は西嵐の答えを待たずに構える。両の手を開き、右手を前に出す。左手と左足を引く。

「そうだ。私を倒せれば――の話だけどな」

西嵐は構えなど取らず、余裕の表情。それは絶対の自信の現れ。何が来ても対応してみせるという自信。それは、堂に入ってない千歳の構えを見て、素人だと判断したからこそのもの。固有魔法を使うまでもない。この女は素人だ。そう西嵐は判断したのだ。

だが、千歳の方は違う。戦闘の実力に限った話で言えば颯歌の方が上なことは承知している。主人格は自分ではないのだから、必然的にそうなることを分かっている。

だからこそ、あえてのなのだ。


余裕の西嵐はそのまま千歳に近づいていく。その手には武器もなく丸腰だ。

かと思えば、次の瞬間。西嵐は上体を大きく右に揺らし、右手を突き出す。

それにかろうじて反応する千歳。ガードは間に合わず、その拳を顔面に受けるかと思いきや。千歳の意識の外にあった左足を払われた。バランスを崩し、千歳は後ろへと倒れる。受け身は何とか間に合ったが、体勢を立て直そうと上げた顔に、今度こそ西嵐の拳が決まった。わかりやすいフェイントにかかってしまう千歳。それもしかたない。なぜなら彼女は〈孤独〉に耐える方法しか知らないのだから。


さて。多重人格者は。人格によって筆跡や利き手、喋り方なんかも変わる。更には背丈や性別すらも変更できてしまう。


それが魔法士ならば。


「分かった分かった。お前のことが良く分かったよ」

鼻血を出し、前歯は欠けた。切れた唇は酷いものだ。

それでも彼女は、笑っていた。

「〈幹へ帰結する枝葉の連理グイフェイ・オピエート〉」

刹那。千歳の体が消えた。

消えたように見えた。

驚き、僅かに反応が遅れる。その隙に西嵐の左足が払われる。そのまま後ろへと倒れる。

「な、何が起きて――」

体を起こし、状況を整理しようと周囲を確認する西嵐の顔面を蹴り上げる千歳。

その蹴りに何故か反応できない。

どうして――この私が。西嵐の顔に焦りが見える。


「私の固有魔法の能力だ。タネは教えてやんねーよ」

「――え?」

西嵐は聞き返す。それは、単純に聞き取れなかったから。口の動きしか分からない。何故か耳が機能していないのだ。蹴られた時に鼓膜が破れたわけではないことは分かる。それほど強い蹴りではなかったから、破れるほどの損傷ではないことは、自分の体だ――よく分かっている。

「耳が逝ったか。じゃあベラベラ喋っても問題ないな」

富士 千歳。その固有魔法の能力は。

相手の攻撃を受けてからでないと発動できない。

一度でも受けた相手の攻撃の仕組みを理解し、その技術の根幹へと至る。

即ち、相手の攻撃を真似することができる。ただし、それを完璧にマスターした状態で。

そして。そのマスターした攻撃によって相手にダメージを与えた場合。相手の五感のうちどれか一つをランダムで奪う。


〈孤独〉を嫌った。故に他者との関わりを強く願った。それに答えるかのように、彼女の固有魔法は〈誰かのマネごと〉になった。誰かの真似をすれば、その人になれる。その人になれば、見てもらえる。そんな強い強い認識の上に成り立つ固有魔法である。

ただ――謎なのは。

主人格の颯歌の場合、〈護りたい〉という心に応えた固有魔法はなぜか超火力だった。


千歳の固有魔法も、なぜ〈五感を奪う〉という能力がついてきたのかが分からない。

それでも、この能力に目覚めたからには使わせてもらう。それで勝てるのなら、使わない理由がないだろう。


「次は何を奪おうか――」

千歳は、根底から理解し極地へと至った〈真似ごと〉の構えを取る。

「かかって来い――モノマネ芸人」

西嵐は、聴覚を失いつつも戦闘に支障はないと判断。続行する気の構えを取る。


二人の間に、緊迫した空気が流れる。少しでも気を抜けばその瞬間に良い一撃をもらうことは容易に想像できる。

退けば負け。

攻めれば反撃。

どちらかがしかけた瞬間に、撃ち返す。そのための拳は既に握られている。

そのまま。そのまま。並々ならぬ緊張に、冷や汗が頬を伝う。相手の唾を飲み込む音すら聞こえて切る程の静寂。それに、先に耐えられなくなった方が負ける。

互いにそれが分かっているからこその沈黙が。


「固有魔法―――」

聞き慣れた電撃少女の声で破られた。


禁忌魔法。それは発動すれば即死のあまりに危険な魔法。故に使用するためには許可がいる。現在は25の魔法がそれに指定されているが、中には既に使用者が死んでいるものもある。

さて。禁忌魔法よりも危険度は低いものの――使用には大きな危険が伴う魔法がこれまた存在する。

まぁ――魔法など使い方次第で大量虐殺ができてしまうような危険な力ではあるのだが。も、当然この世界には存在する。それを〈反則魔法〉と分類し、許可はなくても使えるが、使用後に必ず事細かな状況と使用目的をWWOに報告する義務が課せられている。


例えば、彼女。

倉敷 仄火の固有魔法も、それに該当する。


この魔法で、颯歌の母親を殺した。

衝動的に使用し、人を殺している。

本当ならば今、ここにはいられない。

悪意を持って使用した場合、最悪は死刑。

けれど当時の状況と仄火の年齢を考え無罪放免。

その能力は。

誰かを愛したい。そんな無償の愛に生きる彼女の魂そのもの。

「〈愛楽武遊アイラブユー〉」

だれか一人を指定し、発動。この魔法にかかった者は仄火のことを心の底から愛するようになる。仄火を愛した者は、仄火の命令を何でも聞く。

そう。

――小学生が「死ねって言ったら死ぬのか?」なんて煽りあっているのは記憶のどこかにあるだろう。そんな子供の戯言が。煽るためだけの屁理屈が。

倉敷 仄火には、現実にできるのだ。

「――死ね」

仄火が西嵐にそう命令をする。その瞬間、彼女は。

汎用魔法で己に火を付け、自殺を選んだ。


「颯歌、大丈夫?」

「――ん。ダイジョブ」


仄火が現れたことで、千歳は眠りについた。体は既に主人格の颯歌に移っている。

傷も記憶も、颯歌には全く引き継がれない。何があったのかは颯歌には分からない。けれど眼の前の彼女が。心配しているのだ。きっと何かあったのだろう。残念ながら颯歌には、その理由も分からない。けれど、仄火がいる。

だから、大丈夫。

「ありがとう、仄火」

何も分からないままにお礼を口にする自分を、どうか許してほしい。

そう思う颯歌だが、仄火は。

「良いよ」

何も知らずに笑顔を向ける。

いつだって笑って許してくれる。

だから彼女が好きなのだ。

一凪 颯歌は。

倉敷 仄火は。


誰にも知られてはいけない秘密を抱え。

その秘密を墓まで持っていく。



***



――後日。

WWO本部に呼び出された白恋は、1位―オスカーから話を聞いた。

「なるほど――事の次第は分かりました」

白恋は全てを聞いて、だいたいは納得できたし腑に落ちた。

ただ、一つ気になるのは。

「今回の件で、明が最初に殺したのは講堂にいた一般生徒です。師匠―〈影〉に身辺調査を依頼しましたが、殺された彼は〈観察者〉には全く関係ありませんでした」

白恋が気になったこと。

それは最初に死んだ彼の最後の言葉だった。

「ガッァァ!レ――さ――」という言葉を残し息絶えた彼。

今回の件で名前が出たガレス・サンチェスのことではないか。白恋はそう睨んでいた。

「ガ、レ、さ。この3文字しか聞き取れませんでしたが、俺はそう考えています」

だとするならば。

名を呼んだとするならば。

なぜ明ではなくガレスだったのか。

学園ではなく、遠く離れたアメリカのWWO本部にいた男の名前なのか。

それを、なぜ完璧に白の男子生徒が呼んだのか。これが未だに納得できずにいる。

「ふむ。それはこのワシが責任を持って追求しよう」

オスカーは調査を引き継ぐ旨を申し出る。さすがにそれを断るほど無礼な白恋ではない。しかし、そんな〈初対面の子供の些細な疑問〉をなぜ引き継ぐのか。それを質問してもまともな答えが返って来ないことは分かっている。だから聞かない。


「――で、貴様を呼び出した理由じゃが」


オスカーは姿勢を正して、本題を切り出す。


「玄鉄 白恋。お前に二つ名を与える」

〈二つ名〉は、その者の特徴や精神性、固有魔法などを表す重要なもの。

これを与えられるということは、少なくともオスカーが認めたという証拠になる。別に飲食店で割引されたり、ネズミランドでファストパスがもらえたりするわけではない。

だが、「俺は世界1位に認知され、それなりに活躍している魔法士だ」と自慢できる。


「――沈黙は肯定と受け取るぞ」

オスカーは答えない白恋を見て、何かを察する。

「安心したまえ。父親に。メイリアに。呪いに。それら全てに復讐を誓ったお主のことはよく分かっている。そして今回の活躍。明への――〈観察者〉への反抗。それらをふまえて、貴様に与える二つ名は――」

オスカーは二つ名を記した純金のプレートを渡す。

純金にレーザーで掘られた二つ名。そこには。

「〈復讐者アヴェンジャー〉――か」

二つ名を読み上げ、自分にぴったりだと笑みを溢す白恋。

「ありがたく頂戴します」

彼にしては珍しく、キチンと頭を下げる。


斯くして、呪いを宿した魔法士は。

魔法学園の復讐者となった。


復讐者アヴェンジャー〉―玄鉄 白恋。


己の全てを復讐に捧げる男の、新たな生活の始まりである。

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